ただの酒飲みを冒険者というらしい
「とれたてリンゴ‼ 一つ五十ベル! どう、安いでしょ!」
「こっちも見ていけ! 今朝釣られたばかりの真珠鯛だぜ!」
石を敷き詰めて作られた道の両端に所狭しと並んだ屋台のような店。
その店の店主なのだろう人たちが、自慢の品を大声で言い合っている。
「賑やかだなー。日本の祭りみたいじゃね?」
「……うるさいだけよ。早くいきましょう」
太陽の位置からして朝の七時くらいだろうか。
異世界では、そんな朝早くから気持ちのいい声でモノを売る——というのが日常らしい。
そんな、日本の屋台や縁日のような雰囲気を感じて、俺は少しだけ「異世界も悪くない」なんて思ったのだが——。俺の同行人はこの雰囲気が嫌らしい。
「——あのさぁ。ついさっきも言ったけど俺ら二人で魔物を殲滅するとか無理だからな? 魔物と戦う云々の前にこの世界を知るべきだって言ったろ?」
「それなら魔物と戦いながら知ればいいと言ったハズよ。——私はこの世界を楽しむつもりなんて全くないの。だから、日本に帰れるような手掛かり以外は余計なものでしかないわ」
——とまぁ。
俺は何故か、この右も左も分からない世界を、頭の固い委員長と二人で歩いていた。一体なぜ、そんな状況になっているのか。それを説明するには少し時間を遡ることになる。
————————————-------------------------
「言災者」というスキルが何なのかステータスを見てもさっぱり分からない。
漢字を見る限り、言葉に関するスキルなのは間違いなさそうなのだが——。
言葉に災いと言われても、思いつくのは「口は災いの元」という
そうして、一人悶々と訳の分からないスキルについて考えていた時。
「みんな、聞いてくれ! これから先はグループに分かれて行動しないか?」
杏理でなければ委員長でもない、俺が名前を知らない奴が突然そんな提案をした。
「えー、なんで? 別に何かと戦う訳でもないんだし一緒でよくない?」
「まぁ涼瀬は日本に帰りたいらしいから別行動でいいけどさ……。俺らまで
別行動する意味あんの?」
「——そう。それについて僕から提案があるんだ。みんな、スキルはどんなものだった?」
唐突にこの場を仕切り始めた奴の質問に、クラスメイト達は各々答えていく。
——もちろん、俺を除いて。
「
やっぱりそうだ。このスキルは戦う力に関係している——という僕の考えは正しかったみたいだね。あ、ちなみに僕は
「やっぱ戸根碕がヒーローか、納得だわ。それで提案って?」
「さっき国王様が言っていただろう? 『我らを救ってほしい』って。だから僕たちはこの国を救わないといけないと思うんだ」
「別に救わなくてよくない? うちらに関係ないんだし」
「そうでもないと僕は思う。人に感謝されて悪い気はしないだろう? だからこの国を救えば僕たちの居心地もよくなるんだよ。それに、せっかくの異世界を魔族に台無しにされたくない——っていうのはみんな同じ気持ちなんじゃないかな」
人は自分の力を過信するとここまで愚かになるらしい。
そもそも、ただの高校生に過ぎなかった俺たちが異世界転移したからといって突然変われるわけじゃない。
国を救うということがどういうことかすら理解していない人間が、救えるわけないだろう。
——だがそんなことを微塵も考えていないこいつらは、自称勇者の提案に賛成して意気揚々とグループを作り始めた。
「杏理ちゃんは僕のグループにおいで。大丈夫、勇者の僕が必ず守るから」
「——んー……そうしようかな。ありがと」
次々とグループが出来るのを端で眺めていた俺に、杏理が何か言いたそうな視線を向けてきた。が——諦めたように視線を逸らし、誘われたグループへと加入する。
「それじゃあ、大体みんなグールプに分かれられたかな?」
「——ちょっと、私はどこのグループにも所属していないのだけれど」
「あー、涼瀬さんか……。そういえば言野辺もグループに入ってなかったね」
「ならその二人でいいじゃん。委員長なら不真面目生徒の面倒も見れるだろうし」
——正直、委員長がクラスから浮いた時点でこうなることは分かっていた。
俺と委員長、ハブられた者同士がペアにされるなんてことはよくある。
だが、頭の固い委員長からしてみれば俺とペアになるなんて死んでも嫌だろう。なにせ「あなたのその行動は他人を侮辱してるのよ!」と言ってきたくらいなのだから。
だから、委員長が駄々をこねてグループになる計画は白紙撤回される——と思っていたのだが。
「……そう。ならそれで構わないわ」
委員長がそう言ったことによって、俺と委員長がペアになることが確定してしまった。
———————————————————------------------
——と、いうことがあって今まさに委員長と共に異世界を歩いている訳なのだが。
「日本に帰るためにも、まず俺らの戦力を把握しとくべきだと思うんだけどなー?」
「…………」
この委員長は俺が何を言っても聞く耳を持たない。というか、さっきからずっと同じ道をグルグルと回っている。
そんな委員長が見てられなくなって、俺はその腕を掴んだ。
「——ッ! いきなり腕を掴まないで。あなたが私に触れることを許可した覚えはないわ」
「うるせーよ。このままお前に任せてたらいつになっても日本に帰れないだろうが。大体、今の俺らには所持金も装備も寝る場所もないのに魔物と戦ったって仕方ねーだろ」
実際に起こったことにお約束があるとは思ってない。だが「魔に与するものを倒せ」と言ってきたくせに、装備も金も支給されなかったのだ。
そんな俺らに残された手段は一つしかない。
そんなわけで。
グルグルと同じ場所を回ったことで見つけた、唯一この状況を打開できそうな場所に、「触るな」と言ってきた割におとなしい委員長を引っ張って向かうことにした。
「——ここは?」
「冒険者ギルド。まぁ——異世界のハロワ的なもん」
まだ状況を把握できていなさそうな委員長に代わって、木製の扉を開ける。
——と、案の定というべきか。
強い酒の匂いとやかましい声が聞こえてくる。
「何がハロワよ。ただの酒場じゃない」
「奥にあるから、異世界ハロワ。——多分」
冒険者ギルドが酒場と併設されている——というのは、実際に目の当たりにすると不安でしかない。本当にここにいる人間が魔物と戦えるのかと。
そんなことを思いながらも、酔っ払いを掻き分け奥へと進んでいく。
すると、カウンターらしき場所が見えてくる。
「あのー、すみません。冒険者登録したいんですけど、ここであってます?」
「え……? 冒険者登録——本当ですか⁉ 嘘じゃなくて⁉ ほんとに⁉」
「一応、冒険者になろうと思ってここに来たんですけど……」
「ちょっと、聞いてないわよ。冒険者になるなんて」
「やっぱり嘘だったんですね! 私は簡単に騙されませんから!」
「——騙してるわけじゃねーんだわ。この子の言ってることは無視していいから、早く冒険者登録済ませてくんないかなぁ?」
「——本当の本当に冒険者になりに来ただけ……? いや、でも……。よし! じゃあ、登録料としてお二人で千ベルになります!」
「——は?」
いや、金取るのかよ——と、突っ込まずにはいられなかった。
「先程はベルーシャがご迷惑をかけたね……。とはいえ彼女を責めないでほしい。御覧の通り、ここのギルドは出会いの場にしかなっていないんだ。そこへ冒険者になろうという君たちが来たものだから彼女も慌ててしまったんだろう」
ベルーシャこと、さっきの受付嬢に俺が盛大なツッコミをかました後、慌てて飛び出してきた初老の男性がそう言った。
——いや、ギルドが出会いの場ってなんだよ。合コン会場にでもなっているのかここは。あと、ベルーシャさんは受付嬢に向いていないと思う。
「いろいろツッコみたい所だらけなんだけど、とりあえずアンタは誰?」
「そうか、自己紹介がまだだったね。私の名前はビルッツだ。一応、ここのギルドのマスターをしている人間さ」
そう言いながらも、ビルッツさんは冒険者登録の手続きをスムーズにこなしていく。
その仕事ぶりに感嘆していた時、委員長が口を開いた。
「あなたが何者かなんて私には興味ないの。それより、出会いの場になっているってどういうことかしら。依頼を見た限り、冒険者ギルドというのは主に魔物の討伐を仕事にしている人が集まる場所のはずでしょう?」
俺たちの後ろで酒を飲みながら談笑している人たちに指をさして、堂々とそんなことを言う委員長。
——最近、というか異世界に来てから委員長の失礼具合が上がっている気がする。
自己紹介してくれた人に「興味ない」は流石にないだろう。というか気になったのがそこなのかい。今の俺たちにとってそっちの方が要らん情報だわ。
「……もしかして知らないのかい? 今の冒険者の八割はあんな感じだよ」
「——それどういうことだよ。冒険者ってただの酒飲みのことなのか?」
本で得た異世界知識だと、冒険者は薬草採取から魔王討伐までやる「何でも屋」のはずだ。依頼を受けてそれを達成し、その報酬で生きていく人間たち。
それが朝——もうすぐ昼になる頃合いだが、そんな時間から酒を飲んで駄弁っている役職になっているとは。
「ただの酒飲み、か。言い得て妙だね。——数年前からだったかな。冒険者は副業として人気になったんだ。非日常を体験できるうえに稼ぎがいいということでね。そしていつの間にか冒険者一筋で生きていく人は殆どいなくなった」
「——それで?」
「それで——、次第に冒険者として活動する人すら減っていってね。元々は依頼終わりの冒険者を労うために併設されていた酒場が仇になって、今じゃ金持ちのお見合い会場さ」
「なら酒場を別の場所へ移転させればいいじゃない」
「それは無理な話になってしまうよ、お嬢さん。今このギルドが辛うじて体裁を保てているのは酒場があるおかげだからね」
ギルドマスターの哀愁漂う昔話に、場の雰囲気が重くなる。
こんな状況じゃベルーシャさんが俺たちのことを疑うのも無理はない。
「今の冒険者ギルドは地方のお悩み相談箱に過ぎない——というのは殆どの王国民が知っていると思っていたんだけどね。それを知らないとは……君たちはいったい何者なんだ?」
ギルドマスターの話のせいで感傷に浸っていたからだろう。
その質問に、どう答えるか迷って息が詰まった。
知恵の弾丸はバカに効かないようでして 豆木 新 @zukkiney
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。知恵の弾丸はバカに効かないようでしての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます