第20話 無駄死にではない
「ディアナ。ご飯持ってきたよ」
「わ……悪いなミラ。腹が減って死にそうだ」
近衛兵たちが背中を丸め、気配を隠して食事を取る夜。
俺は少し離れた位置で木に縛り付けられていた。
顔面をボコボコに腫らして。
あの後、1日の行程が終わり馬車が止まったのだが、アンは座ったまま動こうとしなかった。
当然、ルークとリーちゃんはアンに事情を聞く。
そして今に至るという訳だ。
「まさか縛られた後、近衛兵たちに袋叩きにされるとは思わなかった。愛されてるねぇアンは」
「ディアナはやりすぎ。女の子を泣くまで追い詰めるなんて」
それに関しては悪かったと思ってる。
だがどうしても必要だったのだ。
俺のような厄介な『ギフト』を持っている人間は、依頼人に嫌われるくらいがちょうどいい。
アンのような人間からは特に。
もちろん依頼人から嫌われれば俺の状況はキツくなるのだが、今は幸いミラがいる。
俺に気を遣って、2人分のパンとスープを持って来てくれた。
飯も食えずに縛られっぱなし、という展開にはならないだろう。
俺にしては珍しく幸福な状況だ。
「助かるよミラ。悪いんだけど、その飯を食べさせてくれないか?見ての通り、両手が自由に動かないから」
「何言ってるの?これは私のご飯だよ?」
「は?」
ミラは俺の前に座りスープを飲み始める。
普段は表情が薄いくせに、こんな時だけ満面の笑みだ。
「美味しい。舌がとろけるってこんな感覚なんだね」
野営の飯がそんな美味いわけがないのだが、ミラはわざとらしく頬に手を当てて、こちらに笑いかけてくる。
悪魔かコイツ?
「なぁ頼むよミラ‼︎少し、ほんと少しだけでいいから」
「自分で鍋からよそって食べてね。できればだけど」
「皆さーん‼︎ど畜生です。ここにど畜生がいますよー‼︎」
普段なら同情の目が向けられただろうが、今はど畜生はお前だろうという、近衛兵からの視線が突き刺さるばかり。
どうやら今日の晩飯はお預けのようだ。
まぁ万年金欠の俺にとって、飯がない夜は珍しくないから問題ない。
自分で言ってて悲しくなってくるが、とにかく問題ないのだ。
それにアンも食欲が無くなってるだろうし、俺だけ食べるのも気が引け……あれ?
「皆さん。今日はお疲れ様でした」
近衛兵の輪の中に入っていくのはアン。
いつの間に馬車から出てきたのか。
表情は晴れないものの、顔色は悪くなかった。
近衛兵が飛ぶような速度で、次々とアンの元へ集まっていく。
アンはその一人一人の手を取って、目を見て話し始めた。
「今日も私達を守ってくれて……本当にありがとう。私にできることがあれば、なんでも言ってくださいね?」
アンの感謝の言葉に近衛兵が次々にお辞儀をする。
近衛兵の心にアンの言葉が沁みているのは、表情を見れば明らかだった。
今夜は馬車から出てこないかと思ったが、思ったより芯が強いらしい。
俺が心をえぐっておいてなんだが、過度に落ち込んでなくてよかった。
だが、今日は馬車の中に閉じこもっていて欲しかった、というのが正直な感想だ。
「なぁミラ。最悪の場合、俺と2人で掃除に行くけどいいか?」
「……気づいてたんだね。ずっと木に縛られてたのに」
「匂いで分かるよ」
嗅ぎ慣れた香りが森の奥から漂ってくる。
ほんのわずかだか、絶望を知らせる香り。
俺も食事の席に一緒にいたなら、香りが上書きされて気付けなかっただろう。
それでもアイツなら、と思ってたんだが。
今も近衛兵の輪に入ったまま何の反応もなかった。
「仕方ない。ミラ、縄を切ってくれ。俺とミラだけで何とか……お?」
諦めに決断を促された瞬間、アンを含めた近衛兵の輪の中から、一つの影が離れてくる。
輪から抜けたことを悟られないようにしているのか、足音を殺してこちらに近づいてきた。
「どうしたルーク?もしかしてまだ殴り足りない……訳じゃないよな?やめてね?」
「ふざけるな。先程から俺に何度も視線を飛ばしているだろう。一体何の用だ?」
どうやら気づいていて、出てくるタイミングを見計らっていたらしい。
もう無理かと諦めかけてたけど、これならルークも連れて行けそうだ。
「ちゃんと気がついてくれて安心したよ。とりあえずこの縄を解いてくれ。見せたいものがある」
ルークがため息をついて剣を抜いてくる。
あまりに鋭い切れ味のせいで、縄を切る音が一切鳴らなかった。
流石、近衛隊長ともなれば良い剣を持っている。
あとは、その剣に見合うだけの強い精神力を持っている事を祈るばかりだ。
「いいかルーク。絶対に悲鳴をあげるんじゃないぞ?特にリーちゃんとアンには気が付かれたくない」
怪訝な顔をするルークにそれ以上の説明はせず、森の奥へ足を進める。
明日の行軍進路を5分ほど進んだところで、ルークも異変に気がついた。
「おい……この匂いは」
流石にここまで近づけば気がつくらしい。
俺からすれば歩き出す前からほのかに香ってくるくらいなんだが……。
まぁ、近衛兵がエリート集団なのは確かだが、この匂いには慣れてないんだろう。
王族が命を狙われることなんて稀だからな。
意外と実戦経験が積めない、というか実戦にならない段階で対処するのが理想の部隊だ。
集団に襲われるなんて経験は更に少ないだろう。
だからこの匂いに鈍感だとしても、仕方がないのだ。
「ついたぞ。ここだ」
「ッ⁉︎こ、これは……」
そこには縄に縛られ、木に吊るされた死体。
大きな木が赤い実をつけているように、約30もの死体が風に煽られプラプラと揺れている。
果汁が滴るようにポタポタと血が垂れ、地面から鼻腔を刺激する匂いが放たれていた。
生きたまま捕まえられた後、皮を剥がれたり剣の試し切りをされたりしたのだろう。
全身が血まみれなのはもちろん、不自然な手足の欠損が多い。
特に女性兵士の死体は状態が最悪だ。
漏れなく裸に剥かれ、顔には死してなお苦悶の表情が残っている。
何をされたか想像に難くない。
「アインズ⁉︎レイン‼︎ニーシャまで。誰か、誰か生きている者は⁉︎」
ルークは取り乱しながら死体の森を進む。
だが帰ってくるのは無言、無言、無言。
全部死体だ。
「声を落とせルーク。何のためにお前だけ連れて来たと思ってる?」
他の兵士がこれを見たら間違いなく戦意を喪失するだろう。
王宮までまだ半分も来ていない状況で、それは絶対に避けなくてはならない。
だから俺とミラだけで片付けるというのも考えたのだが、ルークには確認したいことがあったのだ。
コイツなら大丈夫かと期待していたんだが、沸騰した豆粒のように瞳が揺れている。
信じられないものを見るような目。
そしてそんな目をなぜか、俺の方に向けてきた。
「貴様……どうしてそんな冷静でいられる?」
驚いてんはのそっちかよ。
イカれてんのかコイツ、みたいな目で見やがって。
こんな『ギフト』持ってりゃ死体なんて慣れるんだよ。
100回200回見れば何も感じなくなるもんだ。
「そんなこと、どうでもいいだろ。それよりコイツら、どこの部隊だ?」
赤の他人、なんてことはあり得ない。
おそらく昨夜に襲われたであろう囮の部隊だろう。
燃えた街を通っていた部隊だ。
というのはあくまで俺の予測。
コイツを連れてたのは、それを確定させるため。
最悪の可能性も否定してもらうためだ。
「……昨日の燃えた街を通る予定だった、囮の馬車を守っていた兵士だ」
胸が痛むような苦々しい声で、数ある中で最もマシな答えを返してくれる。
国王様の部隊だと言われなかったのは不幸中の幸いだ。
とはいえ、ルークにとってはどの部隊の近衛兵も自分の大切な仲間。
俺のように国王様が無事ならマシ、などとは思えないだろう。
分かりやすく頭を抱えていた。
「ご……拷問を受けたのか」
「いやそうじゃないだろうな。もちろん情報が筒抜けになったと考えておくべきだろうが、拷問じゃない」
なぜ分かると言いたげなルークの視線が刺さってくる。
どうやらルークには拷問をした経験がないらしい。
初心者でもまず最初に教えられる基本だ。
「拷問ってのは基本的に、情報を聞き出すためにやるんだ。つまり、強い痛みを長時間与えるのが上手いやり方。体へのダメージは最小限に、痛みは最大限に。それが拷問の鉄則なんだよ」
人はもう助からないと確信するほどの怪我をすると、逆に覚悟が固まってしまう。
今なら助かる、まだ痛めつけられる箇所が残っている、という思考が、拷問において最も重要なスパイスなのだ。
だが吊るされている死体の痛めつけ方は、情報を取ろうとした拷問の傷じゃない。
残虐な見た目にしようと意図された、助ける気など一切ない傷跡だ。
しかも深い傷で大した出血の跡がない箇所まで。
これは心臓が止まった後の傷、つまり死んだ後のにつけられたものだ。
単に人を痛めつけるのが趣味なのか、あるいは精神的にこちらを痛めつけることを目的としたのか。
後者ならば敵の狙いは成功しているだろう。
それはルークの血の気が引いた顔を見れば明らかだ。
だが、これで俺たちは大きく前へ進んだ。
黒幕がカードル帝国なら、こんな素人じみた真似はしない。
死体を運ぶなんて手間をかけて、確実な戦果が期待できない精神攻撃など愚策の極み。
まだ確定ではないが、おそらく、こちらの精神をすり減らしたいという衝動を抑えられなかったのだろう。
それほど皇女様に対する明確な恨みを持っているとなれば、今のところ心当たりは1人。
自分が正当な王位後継者と認められなかったのに、お前はどうして。
そんな声が聞こえてきそうな、壮絶な恨みを持つ人物。
国王の隠し子ーーアルフだ。
明確な証拠とは言い難いが、可能性はかなり高まった。
だから、この兵士たちの死は決して無駄ではない。
決して……決して、無駄死になどではないのだ。
史上最低のボディガード_ドス黒い不幸に愛されて @Mainecoon
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