第9話 真相
世の中には、
「こんなくだらないことで殺人を犯すんだ」
ということがあったりするものだ。
殺された方からすれば溜まったものではない。
殺した方としても、殺意がなかったのであれば、その思いは殺された人間よりも、ひょっとすると大きいかも知れない。完全に一生を棒に振ることになるのだからである。
家族でもいれば、さらに悲惨だ。
「人殺しの家族」
と言われ、隠れるようにして生活しなければならない、
転居も余儀なくされることだろう。
そんな場合は、ほとんどの阿合、
「殺すつもりなんかなかった」
といういわゆる、
「衝動的殺人」
というものになるのであろう。
今回のこの意見、
「派遣社員新宮晴彦の逆さづり殺人事件」
と、衝動的殺人と思う人はまずいないだろう。
なぜなら、被害者をナイフで刺し殺しておいて(実際の殺害はナイフが致命傷ではなかったが)衝動的な殺人だったなどということは言えないだろう。
しかし、いくら計画的な殺人であっても、その動機が普通の人から見れば、
「何も殺さなくても」
と思うこともあるだろう。
しかし、どんなにくだらない理由であっても、自分の目的を達成するためには、被害者に生きていられては困るということもある。今回の殺人には、そういう思惑も少なからず働いていたのも事実であった。
そのことにいち早く気付いて、そのあたりから捜査を行っていたのは、他ならぬ鎌倉探偵であった。彼は自分の考えを警察には伏せて、自分独自の捜査を行っていた。むろんそれは鎌倉探偵にはれっきとした依頼者があり、少なくともその依頼者の利益を守らなければいけないというのは、前述で何度もしてきしている「守秘義務」があるからだった。
鎌倉探偵がまず最初にやったこととしては、管理人に遭うことだった。管理人がこの事件で何らかの影響を持っていることは明白な気がしたからだ。その内容を細かく記すということはあまり意味がないように思えるが、一つ言えることは、殺された被害者の隣に住んでいる女性が犬を飼っていることを知っているのではないかということを指摘した時、管理人は明らかに動揺した。
正直、管理人は自分が犬を飼っている住人に対して寛容であり、またイヌたちの味方であることは、すでにマンションでは公然の秘密になっていることを知っていたはずだからである。
このことは鎌倉探偵が自分でその隣の女性に直接聞いて仕入れた内容だった。
警察が事情聴取した時は、あくまでもお隣の被害者との関係から見た関係であり、鎌倉探偵は、最初から被害者のことはそっちのけで管理人の話だけをしたのだから、当然、彼女の目は管理人だけを見ることになる。
彼女としては、管理人を嫌いではない。むしろ寛容な人として好感すら持っていたのだ。少なくとも他のマンションの管理人のような融通の利かない人ではない。ペットを容認してくれたことで、嬉しいと思っていることから、被害者と切り離したところでの管理人への話になると、饒舌になり、本心が出るのも当然であった。
本心とともに、少々のことであっても話をしてくれる。ひょっとすると管理人としては知られたくないと思っていることであっても、そこは探偵として、さりげなく相手か供述を引き出すという意味でのテクニックを持った海千山千の探偵にはなかなか通用しないだろう。
彼女は鎌倉探偵の欲しがっている情報をもれなく提供してくれた。
ただ、断っておくが、彼女は別に管理人の不利な話を口にしたわけではない。彼女としてみれば、どうでもいいような世間話に当たるような話を口にしただけだった。
「仮人さんは、本当に優しくていい人なのよ」
と、最後に彼女に言わしめたそのことに関しては、まったくウソ偽りのない彼女の本心だったに違いない。
そしてまた、管理人としても、住人に対して、遜色なく、ほとんどの人にそのように接してきたことだろう。そんな管理人だからこそ、どこかに隙があったのかも知れない。この事件を別の側面から見るとすれば、そのことを分かっていなければ、事件をまともには見ることができないような気がする。
まともに目の前に現れたことだけを真正面から見るだけでは、決して解決することのできない側面。ミスリードさせられるその道は、決して誰かがわざと敷いていたわけではないだろう。
殺害現場に残された不可解な現状、それは最初から計画されていたということを考えて、さぞやこの事件の犯人を極悪非道な者による仕業だと思わせ、下手をすれば、猟奇殺人ではないかと思わせることで、一種の捜査のかく乱を企んでいると思わせるのも、本当に犯人による最初からの工作だったのか、そのあたりが鎌倉探偵にもいまだに分かっていないところであった。
ただ、彼には別に依頼人がいることで、警察とは違った視点からの捜査ができることは有利だったに違いない。
鎌倉探偵は、その足で管理人とも話をした。そこで管理人にイヌについて少しだけ訊ねてみたが、管理人はのらりくらりとはぐらかすだけで、決して話の中核に入ろうとはしなかった。
ただ、彼と話をしていて感じたのは、
「この人はあまりウソが上手ではないな」
という思いであった。
ウソをつくのが得意な人はあまり表情を変えない。それを無意識にできる人なのだろうが、この男は無表情であることがウソをつきとおすことのできる手段だということは分かっている。分かっていてわざと無表情を装うものだから、余計に無表情になろうとする意志を感じることができ、そこに言葉と表情の矛盾が生じるのだった。
そこが、彼の、
「ウソをつくのが下手だ」
と思わせるところであり、鎌倉探偵の想像通りの男であることが分かったのだ。
そして、最後に鎌倉探偵は意外なことを言い出した。
「あ、そうだ。そういえば被害者の死後、児玉恭介という人物から、被害者の新宮氏に対して小包のようなものが届いていませんか?」
と言われて、管理人は一瞬考えたが、
「そうそう、確か届いていましたね」
と言って、奥の部屋に取りにいった。
この行動は別に過去そうかとどうしようかという意識があって、返事が遅れたわけではなさそうだ。本当に忘れていたに違いない。
「これですね」
と、言って、小包としては少々小さなものを持ってきてくれた。
「これは私がお預かりしてもいいですか? 実は本人から、もし被害者のところに届いていればもらってきてほしいと頼まれたもので」
と言って、児玉氏本人の書いたと思われる依頼書に印鑑が押されていた紙を提示され、管理人はそれと引き換えに、鎌倉探偵に渡した。
管理人も、鎌倉探偵が尋ねてくるかも知れないということは、警察の門倉刑事より聞いていたので、
――警察が直々にいうのだから、信用してもいいだろう――
ということで、鎌倉探偵に郵送されてきた小包を渡した。
その小包は別に開けられた気配はなかった。そもそも管理人にとって、何ら損も得もない、まったくゆかりのないものなので、それは当然ことであろう。
「ありがとうございます。では頂いてまいります」
と言って一礼し、鎌倉探偵は被害者の住まいであるマンションを後にした。
別に改まって新しい情報が得られたわけではなかった。門倉刑事から聞いた話の裏付けを自分で確かめに行ったという程度だったが、鎌倉探偵はそれだけで満足だった。
「この事件の概要は大体分かっている」
という意識があり、その部分を組み立てていって、どこかに矛盾が存在すれば、もう一度壊して、再度組み立てるというのが、鎌倉探偵のやり方だ。
自分のやり方を門倉刑事と話をした時、門倉刑事に聴かれたことがあった。
「どうして、せっかく組み立てたものを、崩してしまうんですか? 矛盾があればそこをどう埋めるかを考えればいいだけじゃないんですか?」
と聞いたが、
「そんなことはないんだよ、矛盾があるということは、その後のピースを無理な形で嵌めこむか、無理のないところまでさかのぼるかしかないんだよ。でもm無理にはめ込むことは他の矛盾を引きおコク可能性がある。しかも、今度の矛盾はさらに小さなものになるはずだよね。矛盾というものは大きいほど、少しずつでも狭めていけばいいのだろうが、小さくなってしまうと本当に同じ形でないと補えなくなる。例えば、君は双六をやったことがあるだろう? あれと同じで、最後のところで、サイコロがちょうどゴールまでと同じ数でなければ、もう一度戻ってくるということをしなければいけない。残りが少ないほど難しいというのは、そういうことなんだ。矛盾が小さいとピタリと嵌るののがなければ、それは他のどこかがおかしいということさ。そうなると、小さな点から、少しずつ開けていって、見るよりも、一度壊して最初から組み立てる方が早い時もある。ただ、これは極論でもあるんだ。締め切りが迫っている時に、果たしてすべてを壊すだけの精神的な余裕が持てるかどうか、それが難しいんだよ。つまりは、日ごろからそういう訓練をしていないと、いきなりできるものではない。私はそれが難しいのだろうと思っているのだよ」
と鎌倉探偵がそう言った。
そういう意味で今、鎌倉探偵は、事件のしめに入っていた。
そういう意味では警察よりもかなり先に立っているわけだが、だからと言って、自分が有利な位置にいるという意識はなかった。
「ボタンをつけ間違えると、取り返しのつかないことになる」
というのが、鎌倉探偵の持論で、それも、さっきの矛盾の大きさという考えに結び付いてくるものであった。
今回のマンションへの訪問で聞けた、管理人の人間性と、そしてペットを飼っていいということを承認したということで、管理人が何か後悔しているような素振りが見え隠れしていると感じたのは、鎌倉探偵だけだろう。
警察は隣の住人の証言から、
「管理人さんというのは、本当に寛容な方で、私たち住人の気持ちをよく察してくださる人なんです」
というイメージで凝り固まっているのではないかと思う。
しかも、彼の温厚な雰囲気と、死体の第一発見者であり、それも一人ではなく、もう一人いたということで、第一発見者を疑うという条件に当て嵌まらないと感じているからではないだろうか。
第一発見者と疑えというのは、自分が第一発見者になることで、犯行において残してきたものを始末するための行動であったりするのが目的ではないかと思っている。これだけ大胆な状況を作り出し。まるで猟奇的犯罪ではないかという様相を呈していることから、いまさら何かの証拠の隠滅もないというものであろう。
このあたりは、警察でも鎌倉探偵でも同じ考えのようだった。
鎌倉探偵の今回の訪問で一番の成果というか目的は、児玉氏からの小包を持って帰ることだった。
ここまでくれば勘が鋭い読者諸君のことなので、鎌倉探偵に事件に関しての何らかの依頼をしたのが児玉氏であるということは分かっていただけるだろうか。
ただ、元々の依頼は、この小包を返してもらうというのが本当の依頼であった。小包を出したはいいが、これを彼に渡すには時期尚早だという意識に駆られたのだろう。自分から返してもらいにいくのはトラブルになりかねないと思ったのか、そこは法律に詳しい探偵に依頼するのが一番だと思ったのだ。
ということは、彼もまさか新宮氏が殺されているなどということは夢にも思っていなかったことだろう、
小包は実際には児玉氏の手で作られたものではなく、児玉氏が作成依頼をしたCD会社の方で、作品が完成すると、それを新宮氏当てに郵送するという依頼になっていた。
実際にいつ郵送されるかということは、製造会社の方としても、予定としてしか言えなかったので、いつになるか分からないと思っているとこでで起こったのが、今回の殺人事件であった。
まさか、殺人事件になっているなどと思っていなかったのは、児玉氏だけではなく、鎌倉探偵にしても同じだろう。
さて、もしここでこの小包が後で届けば自分も疑いの対象になると思った児玉氏は、せっかく依頼したのだから、鎌倉探偵に自分に容疑が向かないようにと今度の事件の真相仇英を依頼したというわけだった。
費用に関しては、実はこのCDを販売してくれるという会社があり、そこから費用が入るのが分かっていたので、それで十分充てることができるのだ。とにかく、ここで自分が容疑者の一人にでもなれば、契約もどうなるか分からない。それを思えば、鎌倉探偵に依頼して、精神的に楽になっておくことが必要だった。
児玉氏は正直、新宮氏のことはあまり知らなかった。
彼との間で、
「最適な演奏時間をお互いに割り出して、それを作曲しあって、お互いに交換して聞いてみて、意見を言い合おう」
という話がついていた。
それが、鎌倉探偵が知っている二人の間の話だった。
もちろん、二人が知り合った時のことについても聴いていたが、そんなことは今回のことに何ら関係のあることではない。あくまでも音楽CDをいかに返してもらうか、そして自分に容疑がかからないように、鎌倉探偵に保身を頼むしかなかったのだ。
これが鎌倉探偵がこの事件に首を突っ込むようになった理由であり、当然に守秘義務が存在するのも分かっていただけることであろう。
実際には児玉氏がこの事件の表に出てくることは今のところないが、そこで繋がってくるか分からない。それを阻止したいと思うのは、児玉氏でなくとも誰もが考えることだろう。
しかも、児玉氏には今までの人生を変えるチャンスであると思われた人生の分岐点を迎えていた。それを考えれば、鎌倉探偵への依頼も納得がいくものだろう。ただ、それを警察が聞くと、どう思うかということだが、何とか警察に知られないようにするだけであった。
児玉氏は、自分の作品を過小評価し、自分を卑屈な状態に追い込苦ことで、自分の正当性なるものをまわりに示そうとする性格だった。だから、確実性のないようなことは、ことごとく否定し、
「俺には才能なんかないんだ」
と思うことで、もし何かしらの結果が出たら、それを素直に喜べばいいというような考えだった。
そのせいもあってか、自分の作品を作ってみては、コンテストやプロモーションの担当の人に送ってみたりしていた。
以前コンクールに応募した時、少しだけ注目されたということで、担当の人から連絡があり、
「作品ができれば、どんどん送ってくれるといいよ」
と言ってもらっていたのを、そのまま真に受けて、ずっと送り続けていたのだ。
さすがに担当者もウンザリはしていたが、自分で言った手前撤回もできず。たまに忘れた頃にデモを聴いてみるくらいだったが、今回の作品には何か感じるものがあり、さっそく会議に提出すると、とんとん拍子にCD化になったという運びであった。
しかし、その作品は、新宮氏にも同じように郵送する予定のものだったので、郵送に待ったをかけようとしたが遅かったというわけである。販売しようとしているものを、他人に聴かせることを嫌った児玉は、急いで鎌倉探偵に依頼したというわけだ。こういう時の探偵はフットワークが軽いので、探偵しかないと思った。それは正解だったのだが、まさかこの時期に当の新宮氏が殺されてしまうなど、思ってもいなかったのだ。
実は殺された新宮氏は、人の作品を自分のものにするという前科がかつてあった。ある筋では公然の秘密になっていたが、そのことを知った人物がいた。それが彼の後輩である樋口泰司だった。
彼は音楽関係ではなかったが、新宮氏に自分のアイデアを盗まれ、発表されそうになっていたようだ。
樋口氏は、その事実を知り、怒りがこみあげてきたが、まさか殺そうとまでは思っていなかった。それで、とりあえず新宮氏のプライベートを探るというところから始めてみることにした。
実はその時に樋口氏は管理人の貝塚三郎と面識があった。
管理人の方は覚えていなかったようだが、それもそのはず、樋口氏が新宮氏のプライベートを探っているということは、なるべく表に出さないようにしていたからだ。
管理人もその時まさか新宮氏がそんな悪いやつだったという認識もなかったので、樋口氏が新宮氏を探っているという意識もなかったのだ。
新宮晴彦という男は、大それた悪いことをするわけではない。小さなことをちょこちょことしているだけの、まるでコソ泥のようなやつだったが、被害に遭った人にはそんなことは関係ない。しかも、彼の悪さは、犯罪に抵触するほどのものではなく、相手を精神的に打ちのめすほどのものではあるが、表に出たとしても、罪に問われることはない。
要するに、
「泣き寝入り」
となるのだ。
だから、警察が新宮氏の話を会社に聞きに行っても、彼に対して、
「私はよく知りません」
という冷淡な返事しか聴けなかったのだ。
本当は憎んでも憎み切れないのに、いまさら死んだ相手の恨み言を言って何になるというのか、それを思えば、冷淡に突き放すだけしかできなかったのだろう。
だからみんな。心の中で、
「どうせ、誰かに殺されると思っていた」
であるとか、
「いい死に方はしないだろうと思っていた」
という思いを抱いているに違いない。
鎌倉探偵は、その様子を聴いて、さぞや新宮氏が嫌われているということを悟った。警察もそのつもりではいただろうが、あくまでも犯人をその中から探すという目的で聴いているので、彼の性格としては二の次だったのだ。この彼の性格がこの事件においてどれほど重要なものなのか、すでに見誤っている警察が真実に辿り着くのはまだだいぶ先になるだろう。
ただ、証拠は次第に集まってくるだろうし、取捨選択をすれば、真相に近づくこともできるはずだ。それには時間を要するということであり。発想をどこかで転換させなければ真実に近づくことはできないだろう。
そう思うと、鎌倉探偵は、再度自分の頭をリフレッシュさせて考えようと思うのだった。
鎌倉探偵はこのCDを持ち主の児玉氏に返した。これで以来の半分は解決できたことになる。
「ありがとうございます。これが帰ってこなかったら、安心できませんからね」
と児玉氏は言った、
「やはり管理人のところにありましたか?」
「ええ、そうですね。管理人からもらい受けてきました」
「そうですか。それはよかった。新宮さんのところに渡っていればもっと怖かったんですが、管理人のところで止まっているというのも少し怖いですからね」
「どうして?」
「だって、管理人の手から樋口の手に渡らないとも限らない。これは安心できませんからね」
「樋口氏というのは、もう一人の第一発見者ですね?」
「ええ、彼も実は僕や新宮さんと同じような音楽の作曲家なんです。彼は僕たちとは少し違ったもっと斬新なものを製作しているようで、ようで、どうもそれが今回認められるような話を聞きました」
「なるほど、そういうことがあったんですね」
「でもですね、今度その作品発表で少しもめたようなんですよ。というのは、その似たような作品を新宮氏が発表するという話がありましてね。これは本当に一部の人間しか知らないことなので、警察もまだ知らないと思うんですが、そのことがあってから、二人の間にはぎこちなくてきな臭いウワサが流れているんですよ」
「よくご存じですね」
「ええ、今度僕が発表することになった作品の担当をしてくれた人が結構おしゃべりで、何でも話してくれるんですよ。そうじゃなければさすがに僕も知りませんからね」
「じゃあ、樋口氏にも新宮さん殺害の動機があったんだ」
「そういうことになりますね。ただ殺害の動機としては小さくないですか?」
「そう、それだけ一つならね」
「どういうことですか?」
「何となくですが、だんだん分かってきた気がします」
という鎌倉探偵を見て、児玉氏は少し興奮してきた気がした。
「これは楽しみだ」
「今度の事件は、一つでは殺人の動機にならないようなことでも、それが二つに交り合えば立派に殺人が完成するというような事件なんです。つまりこれは複数犯、主犯共犯という構図ではなく、二人とも主犯であり、共犯でもあるんです」
「どういうことでしょう?」
「ここからはまだ想像の域を出ませんのでそのつもりで聴いてください」
「ええ、分かりました」
「まず、犯人は管理人と、樋口泰司。管理人の方は、イヌがらみ、そして樋口氏の方は音楽作品の盗作がらみですね。樋口泰司は、盗作されそうになっている作品を彼から盗み返そうとした。それを新宮氏に見つかったんじゃないでしょうか? そこで思わず殺してしまった。首を絞めて殺したんでしょうね。そこで死亡推定時刻をごまかせるかどうか分からないけど、逆さにすることで、頭に血が上ってごまかせるとでも思ったのかも知れないですね。後で自分が第一発見者にでもなるつもりだったんでしょう、もちろん、管理人も一緒にね」
「で、管理人の方何んだけど、隣の住人にペットがいることを新宮氏に嗅ぎつかれた。それで彼に脅迫されていたのかも知れません。彼はそんな陳腐な犯罪に手を染める運命の星に生まれてきたような人のようですね。しょせんは大したことはできないけど、悪さ程度の犯罪にはあちこちで手を染める。そんな新宮氏に対して、脅迫されていたのを誰にも言わないように頼みに行ったのか、それともお金でも渡しに行ったのか、入ってみると、異様な光景を目にする。もし、殺されているのであれば、幸い、誰がやったか分からないけど、ありがたいことだと思った。でも、ひょっとすると、その時まだ彼は死んでいなかったのではないでしょうか? 管理人が入ってきたことで、自分が殺されかけたのを思い出した。そして管理人を睨みつけたのかも知れない。管理人はすでにこの世の顔とは思えないほどの被害者の顔を見て。恐ろしくなった。このままこの男を抹殺してしまわないと自分が危ないと思い込んだ。そこでナイフでとどめを刺したのではないかと思います。そして、どうしていいか分からないところに樋口が現れた。そして一緒に第一発見者になったんです。お互いに相手が殺したことを知らずにですね。そこで死体を初めて発見したという芝居をした二人ですが、樋口の方は驚いたでしょうね。何しろ胸にはナイフが刺さっているわけですから。しかも、かなりの鮮血。きっとナイフでやったやつは縛られているのをいいことに後ろに回り込んで刺したんでしょう。そうじゃなければ、かなりの返り血を浴びるはずなので、後ろからであれば、少々浴びても、洗濯で何とかなるかも?」
「それにしても、どうして管理人はそんなに驚いたんでしょうね」
「被害者の顔が恐ろしかったんだよ。君はサッチャー錯視という言葉を知っているかい?」
「ええ、これでも心理学を専攻して今叱らね」
と言って鎌倉探偵を見返すと、
「ああ、なるほど、そういうことですね」
と言って、鎌倉探偵を見た。
「ええ、上下逆さまに反転させることにおいて、曲しh的特徴の変化の検出が困難になるということですね。つまりは逆さづりになっている死体の顔には恐ろしさが倍増する。しかもそれが蘇生したとなるとそれも無理もないことです。今にも自分が殺されるという錯覚に陥って、どうしようもなくなったんでしょうね。特に彼には被害者に対して後ろめたさと恨みもある、いろいろな心境が交錯しての犯罪です。ただ、これも動機としてはかなり薄い。衝動的だという方が正解に近いでしょうね。こうして二つの殺人の動機として薄い犯罪が完成した。もう助かる道はお互いに協力し合うしかないと思った二人です。当然二人はお互い知らない相手のように装って、自分たちはただの第一発見者であるということを知らしめるしか手はないんですよ」
なるほど」
「つまり、これはまったく違った非常にあいまいな殺人動機が、同時並行して存在していたということになるんでしょうね。もっとも、お互いに犯罪を隠蔽しようなどと思っていないので、すぐに証拠が固まって、警察もそのことに気づくでしょうが、ひょっとすると案外、殺害した二人の方も、それほど罪の意識はないかも知れません。二人とも平然としているでしょう? それがこの事件の特異性を表しているような気がしませんか?」
と鎌倉探偵がいうと、
「鎌倉さんは、これを警察には?」
という児玉氏に向かってニッコリ笑って、
「言おうとは思いません。しょせん推理の域を出ませんし、警察でもそのうちに分かることです。私のあなたに対しての依頼はここで終了ですね」
「ありがとうございました」
と言って、児玉氏は事務所を後にした。
事件の様相は、ほぼ鎌倉探偵の看破した通りだった。二人は捕まったが、どうにも二人とも犯人らしくないと言って、
「まるで暖簾に腕押しのようだ」
と、苦笑いを門倉刑事はしていたという。
児玉氏の方では、作品が発表されて、結構売れているということだが、実はその裏で樋口氏の作曲した作品が極秘に販売されているという。そしてネットでウワサになってることとして、児玉氏と樋口氏の作品がまったく同じ演奏時間で、曲調も何となく似ているという。ただ、次第に似ていないように感じてくるので錯覚だったと思うのだが、それこそが最適な演奏時間という魔力による仕業であることを知っている者など、誰もいないことだろう……。
( 完 )
錯視の盲点 森本 晃次 @kakku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます