第8話 鎌倉探偵
門倉刑事は、今回の事件をまたしても鎌倉探偵の元に持ち込んだ。もっともこの事件のことは鎌倉探偵も知っていて、それだけに門倉刑事もビックリしていたが、
――どこから鎌倉さんの耳に入ったのだろう?
と思った。
この事件は他に誰か疑われるような人がいるわけでもなく、まだまだ事件は始まったばかりなので、誰か事件関係者が鎌倉探偵に何かを依頼するというイメージもない。
「どうして、ご存じなんですか?」
と聞いてみると、
「実はある筋からの依頼なんだが、その人はまだこの捜査線上に浮かんでいる人物ではないので、守秘義務もあって、その名前を明かすことはできないのだが、犯人を究明してほしいということなんだよ」
「ということは、その人物はこの事件において、いずれ重要参考人として疑われるべき人物で、それまでに鎌倉さんに犯人を見つけてもらって、自分に容疑がかからないようにしてほしいということなんでしょうか?」
「概ねそういうことになるだろうね。私も彼の話を聞いて、なるほどと思うところがあったので、独自に捜査を始めていたんだ」
「何か分かったことがあるんですか?」
「少しずつぃだけどね。もっとハッキリというと、その依頼人には犯人の心当たりがあるというんだ。ただ、証拠を見つけることができない。自分のような素人だと証拠も見つけられないし、自分が犯人ではないという証明もできない。だから、私に依頼したというのだよ」
「そういうことですね」
今まで門倉刑事は、鎌倉探偵とともにいろいろな事件を解決してきた。今までの流れでいうと、門倉刑事が捜査してきた内容と、鎌倉探偵が独自に捜査した内容と、こういう形で話をして、すり合わせた結果、事件の全貌が見えてきたということが結構あった。
元々金倉探偵と言うのは作家だったという珍しい経歴を持っていて、作家としての目であったり、冷静沈着な想像力は、こういう風に話をしていて、どんどん膨れ上がっていくもののようだ。
今回もきっと鎌倉探偵は何かを掴んでいるに違いないと思った門倉刑事は、決してジフンが出しゃばることもなく、冷静に鎌倉探偵の推理の邪魔をしないように心がけようと思うのだった。
「ところで門倉君。殺された男性、確か新宮晴彦という男について、何か分かりましたか?」
と聞かれて、本当は鎌倉探偵が依頼人の守秘義務を主張するのであれば、門倉刑事としても、
「捜査状況については、お話しかねる」
と言おうと思えば言えるのだが、自分から訪ねてきているのだし、自分たちよりもすでに鎌倉探偵が犯人に近づいていると思うと、無碍に断ることなどできるはずもなかった。
「新宮晴彦、三十二歳、M商事のK支店に勤務している人ですが、彼は派遣業者から派遣された人物です。その日無断欠勤をしたので、会社の人である樋口泰司氏が、会社の帰りに様子を見に来たというのです。その時に部屋の様子が怪しいということで管理人室に行き、管理人を伴った部屋に入ろうとすると玄関の扉が少し開いていたという。電話をしても呼び鈴を鳴らしてもまったく応答がなかっただけにおかしいと思い、二人は仲に入った。そして、殺されている新宮氏を見つけたんだといいます」
とここまで言うと、
「その様子を、実は知っていた人がいたんじゃないかな?」
と言われて、
「ええ、その通りです。ちょうど近所の奥さんが管理人室に入っていき、何か新宮氏の様子がおかしいということを話しているのを聴いていたということを、聞き込みをしていて情報として入っては来ました。でも、それは偶然聞いていただけだということなので、管理人の話の裏付けが取れただけで、そこでこの話は終わりましたが」
門倉刑事の言う通り、確かにこんな情報は存在した。しかし、筆者としては、さほど大きな情報ではないと思ったので、読者に披露しなかったが、その問題を鎌倉探偵がいちいちここで出すということは、彼なりに何か必要があると思ったからであろうか?
「そうですね、取り立てて問題にする場面ではないかも知れませんね。ただ状況としてはそういうことがあったということも頭の隅に置いておく必要があるかも知れ褪せんね」
と鎌倉探偵は言った。
「すみません、話の腰を折ってしまって」
と鎌倉探偵にそう促されて、門倉刑事は話を続けた。
「部屋の中に二人で入ると、部屋の奥で、奇妙な姿をして殺されている被害者を発見したということなんです。被害者は逆さまに吊るされていて、胸にはナイフが突き刺さっていた。そしてあまりにも奇怪な状況であり、しかも、顔が恐ろしく歪んでいたのを見ると、一刻もその顔を凝視することができなくなって、その場に立ちすくんだとのこと。二人は金縛りに遭ったかのようにしばし動けなかったそうなんですが、ほぼ同時に金縛りが解けて、警察に連絡し、中にはとてもいられないということだったので、扉を閉めて、カギはかけずにですね。そのまま警察が来るのを待っていたというんです」
というのを聴いて、鎌倉探偵は少し腕組みをした。
彼がこのような雰囲気になる時というのは、実は困っている時では会い、自分に中で会う程度結論めいたものが見えていて、あと少しで繋がるという時にそのあやを結び付けようと考えている時である。
そんな時は余計な声を掛けることなく、彼の様子をじっと見ていることが賢明だとうことを分かっているので、門倉刑事は余計なことを言わず、黙って見ていた。
すると、鎌倉探偵は口を開き、
「僕はその時の死体発見状態を聴いた時、何か違和感のようなものがあったんだけど、それを今思い起こしてみたんですよ。一瞬感じた違和感だったので、どんな内容だったのか、その時の一瞬を思い出すことがなかなかできずに困っていたんですが、今聞いて分かりました。まず一つはですね。その時どうして発見者二人が二人とも、その場の様子に恐怖や気持ち悪さを強く感じたかということです。二人が二人とも確かに死体を見るのは初めてなんでしょうが、もう一人一緒にいるのだから、そこまで恐れることもないと思うんですよ。そこで感じたのが、血の量だったんですよ。話で聴いた時は、真っ赤な鮮血が放射状にまわりに飛び散っていたというじゃないですか。真っ赤な鮮血ですよね?」
と言われて、
「ええ、そうですね。確かに我々捜査員が最初に到着した時も、印象としては、真っ赤な血がすごい量飛び散っていたということを聞きました」
「死亡推定時刻は?」
「朝方だったと言います」
「かなりの時間が経っているわけですよね?」
とここまで聞くと、門倉刑事にも鎌倉探偵の言いたいことが分かった気がした。
「あっ、そういうことですね。胸に突き刺さっていたナイフが致命傷ではなく、首を絞められた跡もあったので、それが致命傷ではなかったかということでしょうか?」
「かも知れません。でも、逆さにつられていたわけでしょう? 長時間であれば、それだけでも死に至る場合もありますよ」
と、鎌倉探偵にいわれたが、
「じゃあ、何のためにそんなことをしたんでしょうね。わざわざ逆さづりにしたり、その後でナイフで刺したりですね」
「それは今のところまだよく分かりませんが、この事件には何かもう一つ奥にあるような気がするんです。一つの出来ごとにだけ目を奪われていると、実際に見なければいけないことを見逃してしまいそうな気がするんですよ」
と鎌倉探偵は言った。
「まだ他に違和感があるんですか?」
と門倉刑事が話を向けると、
「ええ、私が感じているもう一つの違和感というのは、なぜ死体を逆さづりにしなければいけなかったのかということですね。殺してしまうことが目的なら、逆さづりにした後死んでしまってから、別におろしておけばいいだけじゃないですか。それをわざわざ逆さづりをそのままにしておく意味がよく分からない」
「身体に縄の跡が残っているから、下手におろすとこの縄の跡はなんだろうってなるからなんじゃないですか? どうせそう思われるのであれば、わざわざ縄をほどいて時間をかけてその場にい続けることはない。犯人というのは、一刻も早くその場から立ち去りたいと思うはずですからね」
と門倉刑事はそう言った。
しかし、
――ああ、この一言が実は事件の真相に大いに近づくヒントになったであろうに、ある程度気付いている鎌倉探偵であっても、ここまでは気付いていなかったようだ。この言葉が実は犯人を表しているということに、まだ分かっていなかったのだ――
だが、それでも鎌倉探偵は、計らずとも事件の核心に自ら近づいていることは確かなようだ。これも鎌倉探偵の探偵としての資質が備わっている証拠なのかも知れない。
「確かにその通りなんだよ。だから、被害者が逆さづりにされた時間というのはいまいち分からないけどそこからだいぶ時間が経ってから、ナイフで刺された。このナイフがどういう意味を持つのかというのも問題だと思うんだよね」
「そうですよね。まるでとどめを刺したような感じなのに、念には念を入れたというかんじなんでしょうかね?」
この言葉もある程度核心をついていたのだが、鎌倉探偵のように、ある程度事件の核心近くにいるということを自覚している人は、他の人が何の気なしに与えたヒントを見逃しがちなのではないだろうか。実際に近くにいすぎて見えないものがあるとすれば、それはまさに罪なのかも知れない。だが、この場合は仕方がない。鎌倉探偵は事件の核心に近づいていながら、致命的な勘違いをしていたのだ。それがこの違和感を生み、さらに違和感が彼を堂々巡りさせることになるというのは、実に皮肉なことであった。
それはきっと警察も知らない鎌倉探偵だけが持っている情報に偏りでもあるのか、それともある程度近づいているのに、持っている情報が中途半端すぎるのか、鎌倉探偵はこれまでにない迷走を繰り返していた。
「交わることのない平行線」
それは、きっと堂々巡りを繰り返させるのであろう。
これまでの探偵としての仕事で同じことを感じたことがあったはずなのに、それを思い出せない。
――あれはいつのどの事件だったっけ?
という程度のことが頭の中にあるだけだ。
いつもいつもカミソリのような切れで事件を解決に導いてきた鎌倉探偵の頭も、堂々巡りを繰り返し始めると、まったく機能しなくなるのかも知れない。
そんなことを考えていると、門倉刑事の方がひょっとすると現実的な意味で、事件の核心に近づいているのかも知れない。
ただ、それでも二人が事件を解明するうえで切っても切り離せない関係にあることは確かで、お互いにお互いの足りないところを補うというのは、最初からのことであったのだろう。
「そういえば、捜査の中で、隣の住人が犬を飼っているということが分かったんですってね」
と鎌倉探偵が言った。
「ええ、そうなんです。お隣さんはスナック勤めのまだ二十代の女性で、一人暮らしの寂しさから小型犬のマルチーズを飼っているそうなんですが、実はあのマンションはペットを飼ってはいけない規則になっているそうです」
「じゃあ、苦情が出たんじゃないですか?」
「いえ、そんなことはないようです。管理人が寛容で、小型犬で、しかも大人しいイヌなら、別に文句は言わないようです」
「ほう、管理人は寛容なんだ」
と鎌倉探偵は少し意外そうな言い方をしたので、門倉刑事は少し変な気がした。
「でも、イヌを飼うというのは、確かに癒しにはなるんだけど、それで日ごろから隣人関係について悩んでいた李するなら、それはそれで本末転倒なことなんだけどね。そういうわけでもないんですか?」
「ええ、そういうわけではないと思います」
と門倉刑事がいうと、
「実は私も他の部屋で子犬を飼っている奥さんがいて、その人はこの事件とは何の関係もなく、部屋も実際には遠いんですがね。イヌを飼っているというのを知って少し聞いてみたんです。すると彼女のいうには、どうも管理人が怖いらしくて、隣人とのトラブルよりも、管理人さんに見つかると厄介だというような話をしていたんです。隣人のことでトラブルにはならないけど、管理人には気を付けるようにって、他の奥さんからは注意されたというんです。その人はそのマンションに引っ越してきてから、それほど時間も経っていないので、自分から近所の奥さんに近寄って行ったというから、肝は座っている人だと思いますよ」
と、鎌倉探偵は話した。
「そういう情報も得ていらしたんですね。でも、小型犬というのは吠えるというイメージがあるんですが、そのあたりは大丈夫なんですかね?」
と門倉刑事が質問したが、
「門倉君は犬を飼ったことがないんだったかな?」
「ええ、ないですね」
「じゃあ、分からないかも知れないけど、小型犬でも室内犬と言われるようなイヌは、完全に飼いならされていて、自分が人間だと思っている犬むいたりするくらいで、人間にとって都合のいいイヌが多いんだよ。だから可愛がられるし、癒しにもなる。室内犬と呼ばれる犬たちは、飼い主も人間と同じ目で見るんじゃないかな?」
「そうなんですね」
「例えばパグというイヌがいるんだけど、顔はブルドッグのような顔をしていて、いつもブヒブヒいいながら、鼾をかくイヌとしても有名なんだけど、このイヌは本当に人間になついていて、優しい性格なんだ。頭もいいし、まったく見た目とは違っていたりするんだよ。だからそのギャップが可愛いんじゃないかって思うよ」
「なるほど、そうなんですね」
門倉刑事はそう言いはしたが、パグろいう犬を想像することはできないでした。
「イヌと一緒に住んでいる人間というのは、一人の寂しさをイヌに癒してもらおうという意思が強いんだけど、一緒に住んでいると完全に家族なんだよ。女性だったら、母性本能からまるで自分の子供のように思っている人も多いんじゃないかな? だから彼氏よりも子供の方がほしくなるって人もいるかも知れない」
「そんなものなんですかね。私は男だし、イヌも飼っていないので、その気持ちは分かりかねます」
と門倉は少しいじけた様子で言った。
だから鎌倉探偵もつい面白がって話をやめるどころか、余計にまくし立てる。
「ネコを飼っている人もいるかも知れないけど、ネコは爪を研ぐから、よほど躾けておかなければ、いろいろなところを傷つけてしまう。だから、ネコよりもイヌの方がペットとしては最適なんだよ」
と言った。
「匂いなんかはどうなんでそうね?」
「室内犬であれば、お風呂場でシャワーを浴びせてあげれば綺麗になるし、シャンプーだってできる。臭いはほとんどしないんじゃないかな?」
「そんなものですかね?」
「それに、ネコにも言えるんだけど、表に出る時などは、かごのようなものがあって、それに入れておけば、電車にだって乗れる。さすがに女性には大きくて重たいカモ知れないけど、ペンションなんかでは、ペットも一緒に泊まれるところは結構あるので、ペットと一緒に旅行なんていうのも、素敵班じゃないかな?」
「前に泊まったペンションではペット可だったので、可愛いイヌを連れてきている人がいましたね、確か種類はシーズーだったと思いましたが」
と門倉氏がいうと、鎌倉探偵はニッコリと微笑んで、
「種類が分かるということは、門倉君も結構な犬好きなんですね」
「ええ、好きですよ。実際に飼っている人が羨ましく思えますね。でも、その飼い主が何かをすれば、ペットは放置状態になるのも事実、それを思うと可哀そうに感じられる気がしました」
と門倉氏はそう言って、悲しそうにうな垂れた。
昔、S慣れた経験を持っていると、なかなか自分がら飼おうとは思わないものですからね。実は私の母親もそうだったんです。イヌを一番かわいがっていたのは母親だったので、死なれるのを見ると、もう可哀そうで次は買えないと言いましてね」
「そうだろうね」
「私も刑事なんfて商売をしている関係で、人の死などは嫌というほど見てきていますが、動物の、しかも自分が愛玩している相手はまた違うんです。何というか、私には家族以上のものがありました。ただそこにいてくれるだけでいいというような感覚ですね。母性本能のようなものなんでしょうか?」
「そうかも知れないね。刑事だって人間なんだ。可愛いものは可愛い。そういうことだよ」
と、先生にそういわれると、とりあえず納得した。
イヌがいたのは、子供の頃でまだ田舎で家族と住んでいる頃だった。門倉が中学生の時、飼っていたイヌが死んだのだという。
「十五年も生きたんだから、老衰よね」
と母親は言ったが、確かにイヌの寿命とすればそんなものだ。
ということは、自分がちょうど中学生、
「このイヌは、僕が生まれた時に飼ってきたの?」
と母親に聞くと、
「ええ、そうよ、大体の寿命は聴いていたので、今くらいまでしか生きられないのは分かっていたわ。でも、その途中で病気や事故で死ぬかも知れないとも思っていたけど、よくここまで頑張ってくれたと思うは。お母さんはそれなりに覚悟はしていたつもりだったけど、やっぱりこの子に死なれてしまうと、もうこれ以上可哀そうで、他の子を飼おうとは思わないのよ」
と言っていた。
門倉は今ならその時の母親の気持ちが分かる気がする、自分が一人暮らしの中で寂しさからイヌを飼い始めたら、最後にはきっと同じ気持ちになるのではないかと思うからだった。
あの時のイヌの顔が今で忘れられない。何とも甘えたようば顔で、子供の頃のような甘えた声で力なく鳴くのだ。あれが精いっぱいだったというよりも、あの声があの子の気持ちだったのだろう。
「待ってるよ」
と言ってくれているような気がして、涙が止まらなかったのを思い出す。
「たかがイヌ一匹」
と、他の人はそんな風にいうだろう。
しかし、それはその場にいないと分からないことだ。どんなに訴えても、その場にいなかった相手には決して伝わらない気持ちがある。しかも、自分とイヌとの間には、十何年という歴史が刻まれているのだ。それを分かるという人がいれば、その言葉に、さらにはその人の言葉に信憑性が感じられないと思うのも無理もないことではないだろうか。
「ところで、イヌを飼っていた人がいたということがこの事件と何か関係があるんですか?」
と門倉がいうと、
「それはまだ分からないけど、管理人がよく許したなと思ったんですよ。普通なら、マンションの管理を預かっている人だったら、イヌを飼うなら出て行ってもらうなどの手を考えるのが普通なのに、その管理人は犬が好きなんだろうか?」
という鎌倉探偵に、
「いえ、そうではないようです。以前にも似たような事例があって、強硬にこちらの立場を押し古老とすると、相手が不動産会社とこのマンションの管理会社に怒鳴っていったそうです。確かにその人の言い分は通ったわけではないですが、結局その人も嫌気がさしてマンションを出ることになったんでしょうが、管理人もただでは済まなかったようです。厳重に注意を受けたり、減給もあったかも知れない。そんな思いをしてしまうと、今度はなかなか逆らえなくなりますよ」
「そうだね、きっとその奥さんは最初からマンションを出るつもりだったのか、それとも何かを覚悟してからなのか、それで管理人を道連れに心中するつもりだったのかも知れないね。言い過ぎたことには違いないけど、だからと言って巻き沿いを食らわされたんじゃあ、こっちだって適わない。それを思うと、管理人としても、住民トラブルは嫌なんだろうね。ひょっとすると、今度トラブルを起こすと、懲戒解雇だって言われているのかも知れないしね」
「そうなんでしょうね。私がイヌの話を聞いた時など、少しビビっていた感じでした。別に責めているわけでもないのに、どうしたことなんだろうって思いましたよ」
と、門倉刑事は言った。
そこで少し会話が途切れたが、門倉刑事が質問した。
「ところで、鎌倉さんに依頼していた人って誰なんですかね? 今出てきている人物の中に、鎌倉さんに何かを依頼するような人はいないと思うんですが」
と考え込んだように門倉刑事がいうと、
「そうですか? 例えば?」
「まずは、管理人さんですね。あの人は第一発見者ということであり、何か関わっているとすれば、、イヌを隣の人が飼っているというだけのことでまったく事件とは関係がないような気がするし、また一緒に死体を発見したという樋口という被害者が派遣された会社の社員で、大学の先輩後輩になるそうなんですが、彼がこの事件に関わっているというような気もしないんですよ」
と門倉は答えた。
「どうしてそう言い切れるんですか? 二人は会社でも親しい仲であり、少なくとも被害者の家を知っていることから、心配になってきてみたと言っているわけでしょう? 確かに普段無断欠勤しない人が急に会社を休むと何かあったのではないかと思うのは分かるけど、逆に言えば、それだけ二人は親しかったということなので、親しき中にも礼儀ありという言葉もあるくらいなので、仲がいいのが災いして、ちょっとしたことで喧嘩になるような仲だったんじゃないですか? 二人がどこまでの関係だったのかということも、ある意味この事件では結構大きな問題なのかも知れませんよ」
と言った。
「確かにそうですよね。第一発見者で、しかも発見したのが二人同時ということで、少し油断をしていたかも知れませんね。確かに、第一発見者を疑えという言葉も捜査にはあるくらいですからね」
と門倉刑事も答えた。
「それとね、詳しいことは言えないんだけど、僕に捜査を依頼してきたその人は、捜査線上にはいない人で、その人からの依頼なんだけど、その人の素振りから見ると、どうも第一発見者を怪しんでいるようなんだ。もちろん、僕にそのことは言わないんだけどね」
「どうして言わないんですか?」
「たぶんだけど彼からしてみると、僕が先入観を抱いて捜査するのを嫌ったんじゃないかと思ってね、下手なことを言って、捜査が別の方向を向いてしまうことを恐れたんだと思うんだ。あくまでも依頼したんだから、依頼した相手に任せるという気持ちにならないと、信頼関係は築けないからね。まあ、もっとも僕も依頼人がそれくらいの人でないとこちらとしても信用できないと思うところもあるので、その人の性格的には、依頼人としては合格だったんだ」
と鎌倉探偵はそう言った。
探偵の守秘義務というのは、警察官が守らなければいけない法律と同じである。もしすっひ義務が守られないのであれば、探偵や弁護士という商売は成り立たない。その時点で府当たり手形を二度出してしまって倒産を余儀なくされるのと同じであろう。
「何事においても、我々探偵業は信用が一番だからね」
と鎌倉探偵はいつも言っている。
それを守らないということは、警察官でいう。捜査情報を一般市民に漏らしたり、捜査で得た情報をどこかに売りとなすようなそんなやくざな商売のようなものである、
「なるほど、よく分かりました。必要以上なことは聴かない方がいいですね」
と門倉刑事がいうと、
「来るべき時がくればいいますよ」
「頼みますね」
と二人は笑顔で、まるで今日最初入ってきた時のような爽やかな気持ちで挨拶を交わした気分になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます