第18話 2022年6月 相生、公募を目指して挫折する ~『フォレスター子爵夫人の成り上がり』について語りたい~(2)
この『フォレスター子爵夫人の成り上がり ~高位貴族というのはとても面倒なので本当は関わりたくありませんけれど、お金がもらえるのなら仕方がありません。精一杯努力することに致しますわ~』では、相生は、キャラクター設定というものを意識しましたね。
これまでぼんやりと考えていたものを、はっきりと形にした、という。
今までの作品もキャラ設定はあったけれど、文字化は最低限だったので。
やり方はプロットと同じ。
自分自身への質疑応答。つまり自問自答ですね。
名前、生年月日、住所、家族構成、年齢、性別、容姿、性格、特徴、趣味、自分史、作文作法、呼ばれ方などなどについて、自問自答していくんです。そして、文字にしていく。
名前とかはまあ、説明は不要ですね。
でも、異世界ものになると、もう、生年月日の時点で世界観が絡みますね。厳密には名前もそうなんでしょうけれど。どういう暦なのかって話になる。住所もそう。王都ですよ、王都のどのあたりですか、南の方ですね、南の方とはどういう場所ですか……などなど。
容姿は、作中で誰かからのセリフやその人が視点だったら語りとしての言葉の中に組み込まれるし、書いていく上で欠かせない情報ですね。髪の色、瞳の色、身長、などなど。
性格は行動要因となりますから、これもまた重要です。Aみたいな場面ではBという性格だからCになる、という感じ。
特徴は、キャラ付け的な。趣味もカブりますね。
自分史は生育歴みたいなものです。個人年表ですかね。そうすると家族構成がまた膨らみますね。母よりも祖母が関わっていたとか、祖母がいつ死んだ、とか。
作文作法は、まあ、会話文の語尾とか、そういう感じ。小説を書く時に「」の中だけで発言が誰かを固定できますよね。一人称が「我」ならA、「わたし」ならB、「私」なら……とか。「けど」と「けれど」の意味は違わないとしても、その人だとどっちか。この人は「けれど」あの人は「けど」というように書く時の設定をしておく。一人称や語尾でどのキャラか特定できるように。
呼ばれ方もそんな感じですね。A、B、Cからは「奥様」で、Dは「若奥様」、Eは「お嬢さま」と言ってしまっていつも叱られる、とか。呼び方もここに書くけれど、別のキャラの呼ばれ方のところにも書いてある。
ま、あれです、履歴書みたいなもの。
相生、ずっとこのへんがほわっとしてましたけれど、『フォレスター子爵夫人の成り上がり』では、ここもそれなりに準備しました。
これ、かなりの情報量になります。
結果として、公募の枚数や文字数をオーバーしてしまったのではないかと考えています。
ただ、公募ではなく、単にネット小説だと考えると、文字数が増えること自体は必ずしも悪くないんですよね。実際、過疎ジャンルとはいえ、日間・週間・月間の全てで1位になった訳ですし。
ただ、このキャラ設定による最大の効果は、おそらくキャラブレがなかなかしなくなっている、という部分かと思います。
このへんは読む人によっても変わるので、そこはどうすることもできませんけれど、相生としては、自分の作品の中で、これまでは不安になっていた「あれ、これ、ブレてるかも……」というドキドキする瞬間が、『フォレスター子爵夫人の成り上がり』では発生しなかったんですよ。
頭の中にそのキャラはいるんです。でも、頭の中だけだと、ぼんやりとしたり、ふわっとしたりしていた部分が、文字化していくことでおそらく鮮明になっていったのではないか、と。そんな風に考えています。
キャラがブレないと、書く時にとっても楽なんです。だって、不安にならないから。迷わないから。自分で自分に、なんかおかしいぞ、って思われたら、エタ、まっしぐらです。
相生は、キャラ設定、を、身に付けた! やったね!
あとは、前回も少し書きましたけれど、下調べですね。いっぱい本を読みました。図書館で。
中世ヨーロッパや近代ヨーロッパについて、ですね。
世界観づくりのための、基礎知識です。
ひとつの作品のためにそこまでしなくても……って考え方もあるかもしれません。でも、身に付けた知識はたぶん、この先でも、使えますんで。無駄にはならないかな、と。
相生は処女作で書籍化デビューしちゃうような天才肌ではないんです。
だから、ひとつひとつ、それぞれの作品に取り組んできたことは、相生の中に積み重なっているし、絶対に無駄にはならないはずなんです。
……未だに書籍化したこと、ないんですけれどねー。
でも、まあ、知識って、小説を書くのに欠かせないものだと考えています。
エタることに関して書かれたとあるエッセイの感想に、相生はこんなことを書きました。
『小説家になりたい! と思った時点では、よくあること? だと思うのだけれど、ものすごく壮大な物語が自分の中にあったりする。
それを1発目で、最後まで書けちゃう人って、言ってしまえば才能のある人なんだと思う。
多くの人は書きたいと思っても、文章力が足りなかったり、知識が足りなかったりで、どこかで書けなくなってしまう。
小説というものは、ひとつの世界を作り上げて、それを書き残すこと。
そのためには、政治、経済なんかの社会的な知識は必要だし、キャラクターの行動にリアリティを持たせるには心理学にも触れないと、行動原理が掴めない。
まあ、そう考えたら、ど素人が壮大な夢を語ろうとしても、どこかで限界がやってくるのは当然の結末で、それが一つのエタの形。
だから、エタは自然発生的に起きることだと思う。
読者目線だと、長編を追い続けて、それがエタるというのはキツイ。だから、確実に完結している短編が好まれるというのも自然な流れではある。(長編連載の宣伝目的での短編を含まない。それをやるのは長編を書ける人が基本なので。)
なろうが短編に埋め尽くされそうかもしれないけれど、作者目線で短編というものを書くことは、とても良い練習になる。
壮大な夢が破れてエタったとしても、短編を書いて、ひとつの物語を書き切る力を伸ばしていくことは、いつか大きな長編小説を書く時に役立つ力になる。
そもそも長編小説というものは、同じ世界の中で生きている、複数の登場人物たちによる、いくつもの短編小説が複雑に絡み合って重ねられたものでしょう?
そういう意味では、今、なろうに短編が溢れているのなら、優れた長編が姿を見せる前段階なのかもしれませんね。
そもそもの問題は、素人作家が無料で公開している作品をわざわざ読んでおいて、不満を漏らす読者なのでは。
納得できるものを読みたいのであれば本屋で買うなり、図書館に行くなりすれば良いし、お金を出して買ったものに納得できなければ、自分の選択するセンスが足りないことを嘆くべきじゃないかなぁ。』
……うわぁ、毒、吐いてるなぁ。でも、それが相生。
『そういう意味では、今、なろうに短編が溢れているのなら、優れた長編が姿を見せる前段階なのかもしれませんね。』なんて、書いてますけれど。
この部分なんて、なろうに(優れた)短編が溢れているのなら、の「優れた」という部分は書いてないですもんね。
とにかく、相生は。
訳も分からず、パンツァーとしていきなり長編を書き始めて。
とにかく設定を作り込んでから、プロットらしきものを書いた上で、ひとつの大長編を勢いだけで書き上げて。
短編でランキングを狙うことで、ランキングの仕組みに気づくとともに、プロットの立て方や物語の全体的な構成力、読後感などの意識を高めて。
さらにはキャラクター設定という、登場人物の背景までこだわるようになってきました。
そうやって高めた総合力で、今、挑んでいるのが『RDW+RTA ~リアルダンジョンズワールド プラス リアルタイムアタック~』の世界なんです。
次回からは、現在も連載中の、この作品について語ろうかと思います。
あ、『フォレスター子爵夫人の成り上がり ~高位貴族というのはとても面倒なので本当は関わりたくありませんけれど、お金がもらえるのなら仕方がありません。精一杯努力することに致しますわ~』は、現在、カクヨムで毎日、更新中です!
https://kakuyomu.jp/works/16817330659799867509
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