過去 三十四 温泉
明継と紅と修一が温泉に浸かると、顔まで締まりが無くたった。
体全身の筋肉が緩む。微かに香る独特の臭いが心までも溶かす。
「なあ、浸かって良かっただろ。効能が美肌らしいぞ。」
「確かに、肌がツルツルするなあ。手足を伸ばせる風呂は久しぶりだよ。」
明継の家では浴室はあったが広い物ではなかった。湯を溜めるだけの簡易的な浴槽。
公衆浴場もあったが、紅を連れていけないので諦めていた。
「
温泉は広く露天風呂で、雨
「やっぱり男なのだな。」
修一が髪を掻きながら呟いた。
視線の先には紅がいる。
「其れは、当たり前だろう。今迄、女性だと思っていたのか……。」
「皇子だと解って居たんだが、何故か中性的だったからな……。」
風呂淵に背を預けながら明継が頷く。確かに、紅の顔立ちや仕草は女性的であった。優雅な装いに見える。
「確かに、律之さんと比べると女性的だな……。」
修一が温泉を顔に掛けた。頬を擦りながら耳の壺を念入りに押している。
「律之が佐波様の仮の姿だって知っていたのか……。皇子としては突拍子もないがあの姿で宮廷内を管理しているよ。明継の三男も、佐波様に遣えている。」
急に
「確かに、時継
「今、佐波様と三男……時継さんが皇反対派と軍部を洗い出してる。下働きの者を入れてだ。何処まで進んでるか解らないが……。」
「内部事情を話しても大丈夫なのか……。」
明継が声を潜めた。
今周りに居るのは三人だけだった。だが、逃げている身としては不安が過る。
「紅は殆ど知っているよ。明継だけ蚊帳の外だったんだよ。何故なら紅がそう望んだからだかな。」
浴槽の淵に両腕を預け、楽しそうに外を眺めている紅。
外の景色を
「紅はやはり皇子としての裁量があるな……。私に守られてるだけではない。必ず手を打ってくる。」
明継が温泉の湯船に顔を近付けた。項垂れている様である。
「佐波様の命令で勉強も続けていたからな。俺が運んでたのは、学術書物ばかりだぞ。論文を書いて提出してた。だから勉強も出来るはずだ……。明継だけが支援者ではないのだよ。紅は……。」
明継が温泉で顔を洗った。
グワシグワシと音がする様だった。
「私の知らない間に其の様な事が……。」
「紅が御願いして佐波様が望んだから、皇も認めたんだ。秘密裏に出来たのは、
「修一の助けもあったんだろ……。今まで有り難うな。」
修一が浴槽から出て、縁に座った。
見事な腹筋と、上腕が訓練の賜物を思わせる。
「礼なら故郷に帰ってからしてくれ。まだ、護衛中だ。伊藤の家では安全だから何も心配はいらないよ。」
修一は肩を回しながら、湯気が上がる筋肉をほぐした。
「でも、何故佐波さまは私の実家で待機を命令したのだ。」
「明継の家は士族の家老の出だろ。普通の家よりは守りも固いし護衛もある。常継兄が勧めたのだよ。佐波様にね。明継が留学してから、宮廷で働いてる間に、色々九州はあったのだよ。明継が思ってる以上にね。」
故郷がどれだけ変わったのか……が想像できた。
明継は紅を見た。白い肌が赤みを増している。
背中だけ向け腕を湯船から出して、檜の上で組んでいた。
「紅を守らないと……。」
明継の呟く言葉に修一は頷いた。
「俺も残るからな……。覚悟は、既に出来てるのだよ。三年前からな……。」
明継は修一の言葉に驚かなかった。
彼は何かを背負い、二人に協力してくれているのだとは思っていた。其の重さは解らないが、紅が信頼した様に、昔の友の言葉を信じる事に決めた。
「頼むよ。もし、私に何かあったら頼む。」
修一は信じられないと云う言葉の表情をした。
「縁起でもないぞ。御前ら二人共に助けるって決めてるのだ。当の本人が居なくなってどうする。」
明継が修一の隣に腰かけた。
湯が明継の体積分だけ減った。
「分かっている。もしも……だ。もしもだ。」
「心境の変化でもあったのか……。」
大きめの竹の湯口から、温泉が掛け流されている。たっぷりの湯に灌がれていく。
浴槽の湯と交わって適温になっている様だった。
「いいや。只、紅を守りたいだけだ。其れ以上でも、其れ以下でもないよ。」
明継が微笑む。
夜風が肌を
「紅。もう上がろう。」
後ろを向いている紅が振り替える。
立ち上がり二人の元へやって来た。
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