過去 ニ十三 決断
明継は隣に寝ている紅を、離すまいと腰を抱き締めた態勢で眠っていた。
紅は上半身を起こし、明継の肩を揺さぶっている。
「先生。起きて下さい。」
窓の外を見ると暗い。ベットの棚の時計に視線を移すと、丑二刻だった。
無理な体勢で眠った為に渋々が痛くなっていたが、良い思い出が出来たと微笑んだ。
明継は寝転んだ態勢で、右手だけ持ち上げ、紅の頬に触れる。
「先生。寝ぼけているのですか……。着替えて下さい。」
明継も上半身を起こし、右手で自分の頬に触れて小さい欠伸をする。
「起きてますよ。まだ、朝には早い。着替えるのは、何故ですか……。」
「支度をしながら話します。まず、着替えて下さい。私も着替えますから……。」
紅は浴衣の着崩しを直しながら、和室に戻った。
振り向きながら伝える。
「
襖の閉まる音がし、
其処で寝ていた母親と話をしている声が聞こえる。
私服に着替えようと、
諦めた雰囲気でベッドに座り込んだ。
「御探しですか……。」
紅が着物を抱えて扉の袖に立っていた。
「紅にばかり家事をさせていたから場所が分からないね。」
アイロン掛けも済ませてある
「先生、初めから謝らせて下さい。」
「何を……。」
「全てをです……。其して、先生が独りで抱え込んで居たのを知りながら、何も行動しなかった私をです。」
厚手の着物と帯を締める。其の上から、
紅は明継に、もう一枚マントの様な毛布を掛けた。
紅も同じ格好をしている。
「此の侭、私と逃げて下さい。其して、倫敦迄逃げて下さい。」
革の手袋をがする。
「紅も知って居たのですか……。私が逮捕されるのを……。」
「
「私の足止めの為に母が呼ばれたと云う事ですか……。」
「其れも違います。佐波様の意思ではありません。内部を洗っておりますが、
紅が首を振る。
「ゆっくり話している時間はありません。話しながら行きましょう。正面入り口には見張りがいます。」
支度を即座に済ませて、準備万端でいる。
母は物珍しそうにしていて、「まぁ、仲が御宜しいのですね。」と声高々に笑う。
「明継……。」
人が話をしている最中に、母が声を発する事自体、稀だったので、一瞬驚いた。
明継の正面を見据えている母。
「御父様からの文です。道中読みなさい。」
明継の襟に差し込まれた。
「疲れたのなら、何時でも帰って来て良いのよ……。」
「すみません…。其れは…………。」
明継は言葉を濁した。
「私は、此の侭なら
母の空気は伝わって来る。母は明継の表情は伺えなくても、解かったようだった。
「先生。ですから……。」
「明継は、罪を償うべきだと思ってるのね。此の時間で二人の様子を見て分かったわ。尚の事、御逃げなさい。独りでは、生きられないのでしょう……。」
何でそんなに理解している。母は凄い物だと始めて分かった。たった、一言で此処まで、自分の心を救ってくれる。
「御父様も、
「
「此れから、色々と迷惑を御掛けすると思います……。何と云って良いのか……。」
話すべきか、其れとも……。自答自問するが、答えを出す前に、母が切り出してしまう。
「何時か分かる事なら話さなくても良いわ。其れに、時間が必要でしょう。」
隠す気は一切なかった。しかし、話せるだけの勇気がなかった。母に対する面目なさ、言葉に表せない程の後悔。若かったからで終らせるには、代償は大き過ぎた。自分一人の身に起こる事なら、後悔はしない。例え、捕まって死刑になっても、問題はない。明継が考えた。
関係ある全ての人を不幸にするであろう自分の行動、其れが怖かった。
「自分の手に負えない事も有ります。私の罪は大き過ぎた……。」
「加害者なのに、被害者に為った気分になるのは止めなさい。」
母の物とも思えない威圧が、皮膚から伝わった。雰囲気が一変した。
「貴方の決めた事でしょう。最後まで責任を御持ちなさい。」
優美な浴衣姿とは、場違いな鬼の様な目付きの母が仁王立ちしていた。
幼い頃に良く怒られた時の母が、目の前に居た。
「貴方は要らない事を考え過ぎる。」
女性にしては声が大きく、母が気が付いて手で押さえたが無理で、響き渡った後だった。
「熟考すべき時は、気に留めないのにねぇ……。」
老婆の愚痴を零す様に似ている母。其の姿から、母が年老いた事を現実として感じ取った。
二十歳も当に越えて分別が付いているはずなのに、明継は大きな子供でしかない。反対に母は年老いて行く。
一人になる不安。頼れる人物がいなくなる不安。全てが自分を中心とした利己でしかないのに……。
「もう、此処で良いわ。早く行きなさい。」
「先生。早く……。」
紅が不安そうな表情を見せる。
「例え何が合っても、私の息子には変りがないから……。何時でも帰っていらっしゃい。」
明継が母の側に寄って、頷く。
母は裾から、覗かせた細い腕で頬を撫でると、か細い声で、「笑ってくれるのね。」と云った。
母は、竹に包んだ弁当を紅に渡した。
「明継を宜しく御願いします。」
「おかあさんも、元気で……。」
紅が母の手を握り、物を受け取った。紅は手荷物に弁当を詰め込むと、頷いた。
其して、黒い家の鍵を母に渡した。
「先生。行きましょう。もう時間がありません。
明継の足が自然と停止する。後ろを振り返る勇気もなく、明継は耳を傾けていただけだった。
『もう、大人何だから、自分で始末を付けなさいな。』と裏の意味が有る気がした。
今日一日で何回、此の家後にしたのだろう。同じ様な風景を何度見たのだろう。
露台に出て黙々と歩く紅の後ろを、三歩下がって歩む。
こんな日に限って、月明かりが良く人通りはなく風は冷たかった。
「何故、此の道を知っているのですか。」
「先生と木蓮を見た後の買い物帰り、
「修一が……。」
修一との会話で、自首するように勧められた。
話が噛み合わない。
「大丈夫です。修一さんは、信頼できます。」
紅は急ぎ足で角を曲がる。何回か角を曲がると、修一が
其の隣に、
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