過去 二十四 南部馬
「遅いから捕まったのかと思ったよ。」
「先生の母上と離れるのが……。」
「其うだね、
修一が馬具の位置を確認する。
風に
「
「では何故二人で会話した時、逃げろって云わなかったのだ……。」
明継が不服そうにしている。
修一が罰が悪そうに、頭を掻いた。
「
修一が説明し終わると、又、頭を掻いた。
彼は
「佐波様も明継が独りで、
修一が、馬具に
「いい加減、馬に乗れ。今直ぐ、天都を出るぞ。」
「伊藤さん達は、私に着いて来て下さい。宿場を通らず、案内します。」
明継が
「大丈夫。仲間だ。俺と同じ立場だと思えばいいよ。佐波様の仲間だ。」
修一が、馬の
「私は、信じられない。始めて合った時、新聞記者だと名乗って、不安だけ煽る発言ばかりされた。道案内なら修一がすれば良い。」
馬の肩に紅を横座りさせて、明継が鞍に乗る。流石に、馬も嫌だったのか鼻息が荒くなった。
紅を両腕の中心で挟み、手綱を握りしめ包帯が巻いてある拳で、馬の首筋を
「仕方ないだろ……。明継と同じ背丈の男で、内部事情に詳しいの俺しか居ない。明継を逃がそうとしてるの、佐波様なんだからな……。俺が
顔を隠すための
明継は久しぶりの馬に不安気な紅を見て、心配した。
「私にしがみ付いて……。」
紅の体重が明継の胸板に掛かる。左手を
「馬は久しぶりです。」
「大丈夫、振り落とされないで……。」
紅の握力が強くなる。
明継の腕が優しく紅を抱き止めると、身体の緊張感が和らいだ。
「三人の馬で逃げる方が目立たないか……。」
「信用して下さらなくて結構です。
節が言い切る。
「では、何故私の諜報も紅の諜報も知りながら黙って知らないふりをした。」
節は口を一文字にしている。明継の問いに答えるつもりは、
「先生。節さんも大丈夫です。此れを見て下さい。」
紅の胸元から古びた財布が出てきた。
此れは、明継が昔紅と宮廷にいた時代。初めて渡した贈り物だった。
銭を使う事はないかも知れないが、庶民の感覚を養って貰うために渡した財布。
「修一さんから頂いた写真です。」
まだ学生時代の明継が写っている。白黒の角が擦れた写真、隣に修一も居る。
二枚目を見ると学校の集合写真だった。
「此所を見て下さい。節さんです。先生達は同郷の同級生何のです。」
女の子の比率は少ないが、確かに幼い節が居た。
「覚えてない……。」
「俺も当時の女子、何て覚えてなかったけど、
直ぐに写真を
「昔の事はどうでも良いです。さあ、行きましょう。」
節が体を伸ばし馬の腹を優しく蹴る。
其れを合図に修一と明継も馬を動かした。
「道中、彼女に話を聞け。」
修一が早くない速度で直進して行く。
「紅、振り落とされないで。」
明継も脇に力を入れて、紅を抱え込む。彼の体に力が
「逃げるんだから、会話すら出来ないわよ。」
節が頬っ被りを被る。
明継も布を口まで伸ばした。紅は明継の毛布に体ごと隠れる。紅の体温で体が温かい。
「天都を一気に抜けるわよ。着いてきて。」
「云われなくても……。」
二つの
日本家屋の下町を抜けて店屋を横切り、自分達が住んでいた家が遠くなって行く。
道に誰もいない時間なので、馬で走り抜けても恐怖はなかった。
天都の関所には、見張りが倒れるように眠っていた。酒の瓶が転がっている。
扉が閉められており節が馬から降りると、鍵を開けていた。門扉を押してこじ開け、馬を通す。通り終わると、又施錠した。
人の気配がしなかった。
関所を抜けると直ぐに、杉の森に覆われた道になった。向かい風が冷たくなる。
「先生。」
布から顔を出した紅が安心したように問いかけた。
「まだ、速度がある。隠れてなさい。」
「はい……。」
紅は目線だけ動かした。
「杉並木ですね。先生。無理なさらないで下さいね。」
しかし、誰がが騒ぐでも追ってくるでもなく、楽だった。
夜露に濡れた杉の薫りがする。
目に写るものは、森だけだった。異常もない。
「御時宮様は無事なの……。」
節が小声で明継に問い掛ける。
「大丈夫だ。疲れた様子もない。」
其れを聞いた節が、馬の馬身を開いた。速度を上げたらしい。
二人乗せている馬の息も騰がっていないので、明継も、節の馬に続いた。紅は必死で明継の体に寄り掛かる。
「もう少しの辛抱だ。頑張れ。」
明継が呟くと、胸の辺りで頷く紅の姿が解った。
明け方近くなり寒さの頂点に達した時、節が馬の脚を緩めた。
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