② 動物ナメてた!

 世の中には障がい者雇用とかいうのがあるらしく、おかげさまでわたしは地元の市民会館で働けてるのだった。

 で、いつものように独り蛍光灯をはずしてつけていると、冷んやりした廊下をタカチがわたしから目を逸らすようにして歩いてきた。タカチの〈感じ〉が、みんなと同じ〈感じ〉になってきたなぁ、と感じた。でも、それでいい。

 と・・・・・・むぎゅにゅう!

 って、脚立から下りるわたしのヒップがいきなりつかまれた、にぎられた。振り向くと、タカチが笑っている。


タカチ「あいかわらず、いいケツしてんなぁ」

キララ「さわらんといて・・・・・・うつるよ」

タカチ「なにが?」

キララ「ウイルス」

タカチ「知ってたんだ? マジか」

キララ「うん、タカチがウイルスもってんじゃなくて、もってんのはわたし」

タカチ「みんながキララのこと、そう呼んでんの」

キララ「え?」


 タカチがわたしの手首をつかんでひっぱる。柔道で国体に出たとかなんとかで、その握力がパなくて払えない。ぶるんぶるん回しても払えない。わたしはズッコケそうになりながら、階段の踊り場まで拉致されてしまう。


タカチ「オレ思ってないからさ。みんなと違うし。キララのことウイルスだなんて思ってない」


 タカチがわたしを、ぎゅっ、とする。わたしのおっきなムネとタカチのおっきな太鼓腹がなんかSの字みたいにカチっとはまってしまい、おかしくてつい、笑ってしまう。


タカチ「あ、悪りぃ、なんかアッチのほうが無意識に反応してるし・・・・・・つーか昨日さ、誤解されるようなこと言っちゃったけど、オレ、べつにカラダ目当てとかじゃないからな。キララのこと、ガチで好きだからな。


 タカチが一段と力をこめて、むぎゅう、ってしてくる。ムネが、潰れてしまうよ・・・・・・


タカチ「キララいつもあんまりしゃべんねーから、なんつーか、こっちが一方的にしゃべりまくりーの傷つけまくりで、いつも悪いと思ってるし。昨夜も反省した。オレ、キララのテンポを大事にするよ、これからは、もっと。だからさ、結婚しない? 結婚しようよ。明日にでも入籍しよう。あーもう、このセリフ、すっげぇカッコいいタイミングで言おうと思ってたのに、なんか最近、キララ、オレのこと避けてるし、こんなわけわからんタイミングで言うハメになっちまったよ」


 タカチがちょっとだけ離れて、わたしの両肩に手をおく。


タカチ「悪りぃ、またしゃべりすぎた・・・・・・」

キララ「わたしといると、感染するよ」

タカチ「しないよ、なにも」

キララ「するって。職場にいられなくなるよ。ムシされちゃうよ。カナちゃんもそう言うし。モノになっちゃうよ」

タカチ「モノ? 大丈夫、オレの免疫は超つえーから」


 ・・・・・・知らんとに泣いてた。

 わたしのぽたぽた、ぽたぽたぽたがいっぱいタカチご自慢のヨウジ・ヤマモトとかいうブランドスーツを濡らしてしまう。

 結婚とかぶっちゃけよくわからんし、イメージつかんし、考えたことないし、こんなとき、なんて言ったらいいのか、表現の自由がないわたしには表現したくてもできない・・・・・

 でも一つだけ、わかったことがある。

 動物ナメてた!

 わたし自身がようわかっとらんわたしの気持ちが想いが、それでもタカチにはちゃんと届いとる、ような気がする。わたしただ、泣いてくっついてるだけやのに。

 きっと動物たちも同じで、うまくしゃべれんくても、言葉がなくても国語がなくても、むぎゅって、くっついて、わかりあえてるのやろう。


 帰り道。日が沈み、ちょっぴり欠けた満月がでてきた。

 タカチが『歩こう』と言うのでBRZにはのらず、一緒に手をつないでうちまで帰った。

 手をつないだら最後、ウイルスがうつる、ていうか、タカチにうつしてしまう、って思いこんでたけれど、2時間も手をつないでたら、なんか感染してモノになってしまう、というよりは、あったかい手と同じくらいあったかい人間になれてるような、そんな気がした。

 『ごめんねタカチ』と心の中で謝る。


 とても簡単なことだったのだ。

 手をつなげば、よかったのだ。


〈了〉


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