S字むぎゅうう!

アート‐ポイエーシス

① わたしには表現の自由がない・・・

 タカチが手をつなごうとするからイヤやって振り払ったら即別れることになった。


タカチ「なんで?」

キララ「なんでも」

タカチ「なんでもじゃわからん」

キララ「いつもバカは黙っとれ、口ひらくな、バカなアラサーに表現の自由はない、って言うやんか。なんでこういうときだけしゃべらせんの?」

タカチ「逆キレかよ」

キララ「キレてない」

タカチ「つーか、さわらせてくれへんなら、オレら終わりやわ」


 さわらせへんかったら、終わり? え? どういうこと?

 なんかうわぁあああってなってきてタカチの言葉が届かないところまで離れたくなってダッシュ。われながら会心の走り。

 そういや昔から駆けっこだけは一番やったし誰にも負けへんかったし賞状いっぱいもらったし、わたしの価値は頭やなくて足にあるんだ、って痛感したし。タカチには追いつけまい、ふふん。だから追ってこないのだ。

 駐車場に残したタカチの猫背がもう随分と遠くなったところで、あ! と思う。わたしには足はあっても足がない。仕事帰りはタカチに送ってもうらうことになってる。

 ぶほほほーと、タカチご自慢のBRZとやらの改造マフラーが鳴り響いた、かと思うとUターンして、どっかへいってしまう。

 わたしはカナちゃんにラインした。既読にならへんから電話した。


キララ「わたし、タカチと別れたかも?」

カ ナ「またなんかやらかした?」

キララ「タカチ、ベタベタさわってくるんやて」

カ ナ「それ、おのろけ話?」

キララ「うつるからイヤやん」

カ ナ「うつる? なにが?」

キララ「ウイルスが」

カ ナ「気にし過ぎやって」

キララ「また感染爆発しとるし」

カ ナ「たしかに、波きてるよね」

キララ「なのにタカチがさわってくるんやて」

カ ナ「えぇやんか、べつに」

キララ「あかんて絶対」

カ ナ「あのさぁ、キーちゃん、ちゃんと病院いっとる?」

キララ「いってない。自粛しとる」


 『ごめん、お風呂はいるから、また今度きくわ』ってことで、通話は一方的に切られた・・・・・・

 カナちゃんに迎えに来てほしかったけれど、うまく言えんかった。

 タカチの言うとおりや。わたしには表現の自由がない。伝えたいことをなにも伝えられない。体育ならいつも「4」か「5」やったのに、国語は「1」から上にいったことがない。作文提出とか超イヤやったし。なん回書き直しても先生がまた書き直せと言う。エンドレスやった。

 で、しまいにはママが呼び出されてしまう。

 先生『キララちゃんには特別支援学級がいいと思いますのぉ』。ママ『いいと思いませぬのぉ』とかいう押し問答が展開し、わたし『もういい、なにも書かへん。書きたくないし。1でえーから、ケンカせんといって』つって、わたしは教室のドアを閉め、やっぱりダッシュするのだった。


 ・・・・・・つらい。死にたくなるほどつらい。

 ホモ・サピエンスが動物と違うのは言葉があるトコやと言うけれど、わたしにはその言葉がないし、どうやら国語もないのだ。うまくしゃべれへんし書けへんし、カナちゃんだけが友だちやのに『ごめん、なに言ってんのかわかんない』からの『うざい』でシャットダウンされてしまうのがいつものオチやし、図書館なんて、わたしには嫌味の百貨店に見えてしまう・・・・・・


 なんてことをぶつぶつ言ってたら、知らんとに家に着いとった。十時を過ぎとった。2時間は歩いたことになる。

 ママが帰ってこないうちに、つっても、朝まで帰ってこーへんけど、わたしは鬼ママの寝室に侵入し、仏となったパパの形見となったPCを立ち上げて、ずっと気になってたウイルスについて調べる、調べまくる。

 わたしの中で、なにやらタカチがばい菌マンみたくなってるのだ・・・・・・

 けれどウイルスはばい菌とは違うようで、ばい菌は生き物なんやけど、ウイルスはむしろ物質やと、ユーチューブが教えてくれる。

 ここで、けつまずく。

 物質って、モノってことやろ。ウイルスって生きてないんか、生きてるようにしか思えへんけど。タカチは生きてるばい菌マンやなくて、なにやら得体の知れぬモノになってるわけ? タカチにさわられるとばい菌がわたしの中へ入ってくるんやなくて、モノが入ってくるの? 感染するって、そういうこと? モノが入ってきて、わたしのからだがモノまみれになって、そしてわたしもモノになる? モノに・・・・・・

 お! と思う。

 わたしはカナちゃんにラインする。既読にならへんから電話した。


カ ナ「あんたなん時やと思っとんの!」

キララ「ごめんカナちゃん、聞いて、わたしたぶん、人間やなくてモノになるのが怖かったんや」

カ ナ「はい?」

キララ「モノは嫌や。だから感染するのが怖かった」

カ ナ「意味がわからない」

キララ「だってわたしもう、モノみたいなもんやんか。わたしの話だれもきいてくれへんし、職場でモノあつかいやんか。モノやんか、わたし」

カ ナ「どうした急に?」

キララ「わたしこれ以上、感染したくない。モノになるのは嫌」

カ ナ「べつにキーちゃんはモノじゃないよ」

キララ「モノやて。だってわたし、イジメられとるんやろ?」

カ ナ「まぁそれは・・・・・・そうだね、普通にムシられてるし」

キララ「カナちゃんもムシするし」

カ ナ「それはゴメンだけど、職場では話しかけないでね」

キララ「どんどんモノになってくのが怖くてわたし、タカチから逃げてたんや」

カ ナ「ごめん、なに言ってんのかわかんない」

キララ「でもね、ホントは逆やったの。逆やった。ウイルスいっぱいもってんの、タカチじゃなくて、わたしやった」

カ ナ「・・・・・・」

キララ「タカチにふれたら、タカチまでモノになってしまうかもしれへん。それが怖かったんや、きっと。タカチまでモノになったらアカンし」

カ ナ「・・・・・・」

キララ「あ、うざいって思っとる?」

カ ナ「つーか眠いし、ごめんね」

キララ「切ったほうがいい?」

カ ナ「うん、そうしてくれる?」

キララ「きいてくれて、ありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る