そして/親子へ
016
タロンとギャングたちが憲兵に連行された後。
三人の子供たちの両親も、アイロニを追ったケルトの転移魔術で合流している。それぞれが事情を聞かれる中、ティカルは伏し目がちな様子で静かにアイロニの前に立った。
「あの、ご主人様。私……」
「何を考えてんだ!! お前はァ!!」
安堵の雰囲気を切り裂くように、アイロニの声が轟く。
そして。
「……っ」
アイロニは、ティカルの頬をバシンと引っ叩いた。ジンとした痛みが、ティカルの体に染みてゆく。
「俺が……っ! 俺が! どれだけお前を心配したと思ってるんだよ! このバカタレェ!」
……アイロニは、泣いていた。
「お前はスペルマイン家の娘なんだぞ! お前の名前は飾りじゃねぇんだぞ! 分かってんのか!?」
そして、アイロニは跪くとティカルを強く抱き締めた。言葉を探しているようだが、いよいよ見つからなかったらしい。
「……よかった。間に合って、本当によかった」
一歩も動けないまま、誰もが言葉を失い彼を見る中。静寂を破るように、ティカルが最初に思い浮かべた言葉を徐ろに呟いた。
「ごめんなさい、お父さん」
耳も尻尾も、ペタンと垂れて落ちている。しかし、この温かさには覚えがあった。
何でも教えて欲しくなる。この世界で一番だって誇れる。ついイライラをぶつけたくなる。褒めて欲しいって思ってしまう。心の底から信じてしまう。元に戻れるって分かってしまう。
……そっか。
私は、この気持ちをお母さんに貰ってたんだ。
「……はぁ。立て、ティカル」
そして、涙を拭って隣に立つと、ファルコたちの両親へ向かって深々と頭を下げた。
「この度は、私の娘が多大なご迷惑をおかけした。大変申し訳ない」
「も、申し訳ございませんでした」
二人が謝る姿に、平民である彼らの両親は驚いたが。それ以上に慌てていたのは他でもない子供たちであった。
「ちげーよ! ティカルのせいじゃねぇんだよ! そもそも、俺たちが兄ちゃんの宝石を使いたいって言ったのが始まりだったんだ!」
「パパ! あたしたちはみんなで正義の味方をやりたいって思ったの! ティカルを怒らないで!」
「ティカルがいなかったら僕たちは多分死んでたよ! あんなに怖い人たちに囲まれてたのに決闘してくれたんだよ!」
子供たちは口々に言い訳を繰り返し、大人はどうすればいいのか分からない。しかし、ここでもいち早く事情を察知したのはやはりケルトだ。
「ここは、私に預からせてもらおう。子供たちに事情聴取をした後、改めてアイロニ男爵の処遇を決める」
「しょ、処遇ですか? ケルト様、それはあんまりでは……?」
ファルコの父が、ポツリと言った。
「ほう? 意見があるのかね?」
「大変恐れ多いのですが、申し上げさせて頂きます。私にも、息子を止められなかった責任があるのです。アイロニ様一人に押し付けるのは納得がいきません」
「しかし、彼は貴族だ。君たち市民の平穏を脅かした責任は取らねばなるまい」
やがて、頭を上げるとアイロニは更に発言しようとする父親たちを手で制した。その姿こそ皮肉まみれのアイロニ男爵らしいと、彼らは安心したらしい。
倉庫には、再び安堵が訪れていた。
「今日のところは、息子を気遣ってやってくれ。後日、改めて謝罪をさせてもらうぞ」
「ですから!」
「行くぞ、ティカル。お前はこっちだ」
「は、はい!」
二人は、並んで憲兵とケルトの後を追う。
「人を育てるのは、やはり一筋縄ではないな。自分のことより神経も削られる」
アイロニが、ため息をついて愚痴ってしまった。うっかりしていたと気が付いても、たまには本音を喋るべきだと考えたのだろう。
彼は、既にただの父親だった。
「お前に長期の留守を一人で任せるのは早かった。他の貴族に自慢するくらい、俺はお前を買ってたんだが」
「そんなこと言わないでください、お父さん。悲しいです」
「帰ったらお仕置きだ」
「ごめんなさい」
「だが、俺にもお仕置きが必要だ。今一度、お前が出来ることを勉強しなきゃならん。信用と放任は別だと思い知ったよ」
……。
「んふふ、はい」
ティカルは、アイロニの腕へ無邪気に抱き着く。
ふと振り返ったケルトは、アイロニが笑っているのを初めて見た。
017
タロンは、家を追放され離島へ流された。どうやら、家柄を保つために軍人である彼の父が先立って処分を言い渡した事で流刑が成立したようだ。
もちろん、誘拐はそれだけで許される罪ではない。ましてや、ブレイビーランド王国の法律では魔術師の一般人への魔術による脅しは場合によっては終身刑となる重い罪である。
子どもたちへの心的ストレスと後遺症を鑑みれば、タロンの父は彼らに一生身を尽くす事も視野に入れるべき責任が伴うが。
「なぁ、兄ちゃん。空飛ばしてよ。メチャはやで」
「あたしはケーキが食べたいよ〜、おねが〜い」
「アイロニ様、実は新種の鉱石から紫の絵の具が作られました」
戦闘の惨状すらまったく気にしていない逞しすぎる彼らの生活を監査官に目撃され、相応の賠償金のみの刑となった。
伯爵家は、未だ健在だ。
「ご主人様。お疲れ様です」
「あぁ」
ところで、なぜティカルがアイロニの触媒を使っても気付かれなかったのかという事だが。それは、彼女が持つ魔力が純粋なる憎悪と恐怖を由来としているからだ。
つまり、アイロニは大まかな魔力の質の違いしか見抜けない。触媒にかけておいた、いわゆるセーフティロックのような探知魔術は根源を計れど人までは調べられないのだ。
同じ奴隷出身である彼と彼女の魔力は、同じ性質を持った代物であるという事だ。まだまだ、魔力に関する研究は見通しが悪い。しかし、実用的な魔術を発明しなければならない今、この問題を解くのはしばらくら未来となるのだろう。
「見ろ、ティカル。お前がサボったから庭の雑草が伸びっぱなしだ」
「ごめんなさい。でも、魔術で芝焼きするというのはどうですか?」
「何度言わせるんだよ、俺は魔術が嫌いなんだ」
アイロニは、一年の研究助成を継続しながらも屋敷へ戻ってくるようになった。しかし、移動はあいも変わらず馬車のため非効率この上ない。
「あ、20時になったよ。お父さん」
だから、いつも帰ってきた頃に就業時間を過ぎてしまう。ティカルがメイドとして活動するのは朝5時から夜20時までの為、魔法が解ければこうしてお父さんとなるのだった。
「……お前、もしかしてワザと粘ったのか? そんなに残業したくないのか?」
「ううん。でも、今の私はメイドさんじゃないから。お父さん、一緒に引っこ抜こうよ」
「まったく、仕方ないヤツだな。憎たらしい」
「まぁ、お父さんの娘だからね」
こいつめ。
そう言って、アイロニはティカルの額を小突いてバケツを手にする。軍手を嵌め、頑固な雑草を引っこ抜いていく。その隣に座ると、ティカルは耳と尻尾をピョコピョコと動かしながらアイロニを真似て作業をした。
「見て見て、これすっごく大きいよ。根っこなんて野菜みたい」
「ほう、ティカルはこんなに仕事をサボっていたのかぁ」
「ち、違うよ! これは気付かなかっただけだよ!」
「俺の手紙も読んでなかったけど?」
「だって、いっつも『まだかかる、返事はいらない』しか書いてくれなかったじゃん! 全部同じだって思うよ!」
どうやら、何度かはティカルの身を案じる文章を寄越していたようだ。
この男は、本当に不器用だ。まだ8歳の少女を心から信用し、少し教育を施したからと言って全て言った通りにやってくれると勘違いしていたのだから。
「無駄口叩いてないで、早く終わらせるぞ。絵を描く時間がなくなる」
「お父さんがイヤなこと言ったからじゃん、もう」
言って、ティカルは口を尖らせながら雑草を引き抜いた。
「おい、ティカル」
「なに?」
「これを見ろ、俺の雑草の根っこの方がデカいぞ」
言って、アイロニは笑った。
この人は本当に私のお父さんになったんだと、ティカルは密かに思った。
―――――
次回『学院編』は書き終わったら一括投稿、時期未定。
【中編】亜人奴隷ちゃんのアイロニ 夏目くちびる @kuchiviru
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