遠方からはるばる。
「……電話に出ないから、直接ご自宅に伺いましたけど……」
「ほお、遠くからはるばるご苦労なことです。どうぞ、お茶くらいは出しますよ」
「ええ。それくらいはしてくださいよ……っ、理由を聞かせてもらいますからね」
どうして電話に出なかったのか。
数日前からしつこいくらいに(自覚はある)電話をかけていた。
呼び出し音が未だに耳の奥に残っている……ぼーっとしていたら、その音ではっと意識が戻るくらいだ。
こびりついている。
どうしてかけた側の私が、こうも苦しめられないといけないのか……。
出された熱々のお茶を飲み、ふう、と一息をつく。多少は落ち着いた……、ここに辿り着くまでの新幹線の中では、不安と焦りで、充分に心が休まらなかったから。
「……無事なようで、良かったです。警察に相談することも考えましたよ、まったく……」
「警察は絶対に電話に出ますしね」
「……先生、悪いと思っていますか?」
「少しなら」
少しでも思ってくれているなら、まあ良しとしましょう。
「それで、電話に出なかった理由は、なんでしょう?」
少しの間が空いた。
理由を考えているのだろうか?
「……なあ、電話が生まれてから、人は気軽に、遠方の人間と意思疎通ができるようになってしまった……確かに便利だが、人の苦労も考えずに、一言二言で『お願い』をする者が増えたとは感じないか?」
「…………」
「あんたがこうして遠くからはるばるやってきてくれた上で、お願いをされたら、こっちも前向きに考えよう……だが、移動もせず電話で済ませたお願いなんてものは、聞く気にはならんな」
それは……分からないでもない。
対面して、頭を下げてお願いされたのと、電話で、一言二言で済ませられたお願いごと、どちらを前向きに受けるかどうかを考えるか……――圧倒的に前者の方がこっちも応えたくなるものだ。
電話があるからこそ、情報以上が伝わらない……感情が置いていかれる。
電波に、感情とニュアンス、その全ては乗らないのだから。
「お願いごとをするなら、人の目の前で頭を下げて言うものだ――そうは思わんか?」
「ええ、激しく同意です。しかしですね、先生……、――仕事の締め切りを破っているのは、先生ですよ?」
どちらかと言えば、謝罪をするのが先ではないですか?
電話ではなく、私と対面して――です。
まあ、先生の場合は作業を優先してもらいたいので、電話でも良かったのですけど……。
催促でもなく、進捗を知りたいだけの電話にも出ないなら、そりゃ自宅までいきますよ。
無理をしてでも。
……怒ったりしませんから、電話に出てください。
「…………怒らない? 本当に?」
「はい。怒るとすれば、電話に出なかったことについて……ですかね。――さて、お説教は後回しです……、今後のスケジュールを組み直しましょう。もう逃がしませんからね、先生?」
―― 了 ――
初出:monogatary.com「電話に出てください」
猫とぼくと転校生 渡貫とゐち @josho
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