私のお姫様

星野しほ

私のお姫様

「ねぇ、巴瑞季はずき。今日、お勉強しに泊りに行ってもいい?」


「いいわよ、どうせ私しかいないしね」


 教室の自分の席で小説を読んでいると、幼馴染の唯が話しかけてきた。


 私の両親は仕事でほとんどいないから、べつに問題はない。


 私の返答に、唯は嬉しそうに、ニコニコしている。


 綿菓子のようなふわふわしたショートボブの髪型が、可愛い女の子。


「やった~。今日は家も両親いないからさ、お勉強会したいんだ~」


「ふふ、ゆいは本当に勉強が苦手ね」


「巴瑞季は私に勉強を教える分、私の美味しいご飯が食べれるんだから、感謝してよ?」


 等価交換にはなってないんだけどな……。


「ええ、楽しみにしてるわね」


 まぁ、得意げになって可愛いから、いっかな。


 放課後になって、二人でスーパーマーケットに行く。


 唯はカレーを作ると言って、材料やお菓子をかごに入れてくる。


「巴瑞季はカレー、甘口だよね?」


「うん、そのほうが助かるわ」


 お互いに好みを知り尽くしているから、任せて安心だ。


 買い物を済まして、帰宅し早速ご飯を作っていく。


 私はその様子を見ながら、サラダを作ることにした。


 ・・・・・・・・・・


「完成~、早速食べよ?」


「うん、私もサラダを用意したわよ」


「う、ピーマン……」


「好き嫌いしないの」


 私が見せたサラダを見て、露骨に嫌そうな顔をする。


「ぅぅ、悪魔~」


 そう言いながらも、ちゃんと食べるから偉いなとは思う。


 唯のお手製カレーはすごく美味しかった。


 お互いに風呂に入り着替えて、私の部屋にいく。


 ここからが、本番かな?


 しっかり勉強をみてあげないと!


 ・・・・・・・・・・


「唯が、お泊りなんていつぶりだろ」


「覚えてないな~」


 私の独り言に、クッションに座り丸テーブルの上に置かれたお菓子をあさりながら、唯がそう返してきた。


 私は自分のベットに横になりながら漫画を読んでいる。


 確か今日は唯に頼まれて勉強を教えるはずだったのに、一向に始まらない。


 時刻は午後十一時を迎えていて、そろそろ寝たいのだけど……。


「今日は、何をしに来たのか覚えてないの?」


「う~、あ、このボッキ―美味しいよ!」


 露骨に話題を避けてきたわね。


 私はそう思いながらも一本受け取って、くわえる。


「勉強しないなら、帰っていいんじゃない?」


 唯の家は隣なので、その気になればベランダづたいに帰れるのだ。


「だって、期末ヤバそうなんだもん」


 そう言って口をタコの様にとがらせる。


「ふふ、じゃぁ、勉強をしましょうよ」


「もう、笑い事じゃないんだよ? 私だけ留年は嫌だよ」


「はいはい。準備をするわわね」


 漫画を閉じて、勉強机の前まで移動して、必要な教材を丸テーブルに運ぶ。


「ねぇ、私が留年したら嫌じゃないの?」


 返事をせずにテキパキ準備をしていたら、涙目で聞いてきた。


「そうね~。早いところ卒業させないと、私が大変そうな気がするわ」


「もう、もう」


 ぽかぽかと私を叩いてくる。


 本当にてのかかる妹みたいだ。


 唯とは幼稚園から高校まで全部同じ学校、同じクラスで、来年にはもう高校三年生になる。


 ずっと一緒に育ってきて、たぶんこれからもずっと同じように過ごしていくんだろうな。


「これは、この数式を使えば」


「なるほど~」


「あ、ここはこうするの」


 しかし、本当に妹みたいに思えてくる。


 真剣な顔で問題に立ち向かう唯を、見つめながら教えていく。


「ねぇ……」


「どうしたの?」


 ペンを止めて、うつむいて黙ってしまった。


「わ、私ね、初めて告白されたんだ~」


 頬を赤く染めて、唐突にそんなことを言い出す。


「え……」


「一組の池照いけてる君っていうんだけど、知ってる?」


 確か学年で一番成績が良くて、スポーツもできる。おまけにどこぞの御曹司だと聞いたことがある。


「ええ、名前くらいは」


 私は短くそう言って、続きを解くように促す。


「私ね、付き合ってみようかなって思うの。何にもとりえのない私なんかを、好きになってくれるなんて、嬉しいよね」


 恋する乙女の様に、目が輝いていた。


「そんなこと言わないで!」


「え? ……巴瑞季?」


 突然大声を出した私に、目を見開いて私を見てくる。


「とりえがないとか言わないで、唯は確かに勉強はできないけど……料理はできるじゃん。背も小っちゃくて、胸はデカくて、もう、女子として勝てないって思ってるんだから!」


 ずっと思ってたことをぶちまけるた。


 どうせ彼氏ができて私なんかとは遊んでくれなくなるのなら、私の手でこの関係を壊すんだ。


「そんなことないよ! 巴瑞季の方が、魅力的だよ!」


 唯は、バンッ!っと丸テーブルを叩いて立ち上がった。


 私もむっとした顔になって立ち上がる。


「どこがよ! 私なんて、一度も告白されたこともなければ、男子に嫌われてるんだから」


 風紀委員として、活動していたせいか、氷の悪魔なんて噂が聞こえるほどの嫌われ者になってしまった。


「それは、お母さんみたいに口うるさいからだよ」


「誰が、お母さんよ! 規則を守らない人が悪いんじゃない」


「えっと、それはごめんなさいだけど。そういう、キッパリものをいう姿勢とか、眼鏡が似合ってるとか、すらっとした高い身長とか私が欲しいもん全部持ってるじゃん! 巴瑞季のが絶対素敵だよ」


 そう言って、大声で泣き始める。


「何なのよ、何なのよ……」


 私はもう何も言えなくって、ただ唯を抱きしめた。


 唯がそう思っていたことが、なんだかうれしかった。


 泣き止むまで静かに頭を撫でる。


「ごめんね、巴瑞季……」


 しばらくして、唯がそう呟いた。


「私も、大声出してごめんね」


 ギュッと抱きついてきて、愛おしくなる。


 池照と唯が付き合うのは嫌だな……。


「ねぇ、お風呂、もう一度行こ?」


「分かったわ。少し汗かいたしね」


 ・・・・・・・・・・


 私の家の浴槽はそこまで広くないが体の小さな唯を抱くように入れば、二人で入ることができる。


 ホントにデカいわね……。


 ぷかぷかと二つの白いふくらみが泳いでいる。


「もう、じっとみすぎだよ」


「ごめんなさい」


 肩越しににらまれてしまった。


「それで、池照君の事なんだけど」


 聞きたくないわ。


「うん、なに」


 自分の心に蓋をして、姉の様にふるまえるように徹する。


「ごめん」


「どうしたの急に?」


 急に謝られても、分からない。


「実はもう、断ったんだ」


「え? でも、さっき……」


「巴瑞季の反応が見たかったの」


 どういうこと?


「それって……。嫌がらせ?」


「違うよ! もうこの際だから言うけど……。私、巴瑞季の事が好きなの! 友達とかじゃなく、その、こ、恋してるってやつの――」


 顔は見えないけど、赤くなっている気がする。


 でも良かった、私も赤いと思うから。


「やっぱり、気持ち悪いよね? ごめん、忘れて……。それで明日からも、良ければ友達でいてください」


 黙っていたからか早口でそう言って、浴槽から出て行ってしまう。


 その日はもう、お泊りどころではなくなてしまっていた。


 ・・・・・・・・・・


 次の日、唯は学校を休んだ。


 なかったことにした言ってたくせに。


 朝、一緒に登校しなかったから変だとは思ったけど……。


 昼休みになってスマホのメッセを確認するも、何もきていない。


 私の気持ちも知らないで!


 私は走り出した。


 クラスメートに体調不良で早退と先生に伝えてもらえように頼んだ。


 待ってなさい! 


 肩で風を切って、走っていく。


 体育の時間でもここまで早く走れたことなんてない。


 眼鏡が曇る。息が苦しい。


 でも、一秒でも早く唯に会いたいの――


 昼間の静かな住宅街にインターホンの音が響く。


「……はい」


 インターホン越しにかすれた唯の声が聞こえる。


「唯! 私、巴瑞季よ」


「……」


 バタバタと音が響く。


 玄関のドアが勢いよく開き、唯がパジャマのまま出てきてくれた。


「巴瑞季、何で? まだ学校の時間だよ?」


 戸惑いながら、そう言ってくる唯の前に行く。


 唯の顔は、目元が泣いていたのか腫れていた。


「知ってるわよ。抜けてきたの」


「どうして?」


「唯に会うために決まってるでしょ?」


「……」


 驚いたような顔の唯の腕を掴んで抱き寄せる。


「心配したんだから」


「うん……ごめん」


「それとね」


 不思議そうに見上げてきた唯の唇を奪う。


 ビクッと少し震えた後、目を閉じたので、そのまま少しの間口を重ねる。


「……巴瑞季」


 うっとりとしたような可愛らし、目を向けてきた。


「私も唯が好き。ずっと黙って、言うつもりはなかったけど、両想いって知って嬉しかった。ずるいよね?」


「ずるいよ、でも、嬉しい」


 にししと笑みを浮かべて、ギュッと抱きついてくる。


 唯は背伸びをして、キスをしてきた。


 二度目のキスは砂糖菓子のように甘く、体を温めていく。


 私の初恋の人、お姫様。


 これからもずっと、ずっと、どこまでも二人で歩いて行く。





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