第7話 涼し夜
先輩と別れてから数週間が経ち、私は前を向けるようになっていた。
仲の良い同期たちと離れることは少し躊躇ったが、サークルを辞めても友達だから安心しろ、という悠真たちの言葉に背中を押してもらい、私はサークルを辞めた。
サークルを辞め、西村先輩との関係を切ることができた私は、安堵していた。しかし、数ヶ月が経ち、春がやってきた頃、事件は起こった。
新学期になり、新たな生活に胸を躍らせながら校門を出ようとすると、誰かから呼び止められた。そう、西村先輩だ。彼は私の腕を引き、こう言った。
「葵ちゃん、やっぱり俺、間違ってた。」
突然の告白に、私は息をするのも忘れていた。数秒が経って、事の大きさに気づいた私は、彼を嘲るような顔で、
「何のことですか?」
と答えた。そんな私の態度に腹が立ったのか、先輩は腕を強く掴み、やり直そうと言い出した。どこまでも自分勝手な先輩に、怒ることさえできず呆れていた。私は、先輩の誘いをはっきりと断り、引き留める声を無視しながら、前だけを見つめ、駅へ向かった。この後、先輩が追いかけてくることはなかった。
―沢木葵は、西村先輩との関係を、涙ぐみながら必死に伝えてくれた。今日も、先輩から復縁を迫られていたらしい。僕はこの話を聞いて、沢木葵の暗い面を知った。正直、人気者で何事もこなすことができて、明るくて、美人な彼女には、悩みなんて無いと、安直な考えをしてしまっていた。
「相馬君、ほんとに大丈夫…?」
「…うん、でも。沢木さんの方が大変だったでしょ。」
「そんなことは、ないよ…」
本人が言わなくても、彼女がずっと抱えていることは鈍感な僕にでも分かった。初めて見る、暗い顔をしていたからだ。
「沢木さん、話してくれてありがとう。」
「こちらこそ、助けてくれてありがとうね。話も聞いてくれて、救われたよ。」
涙で滲んだアイシャドウを見て、これ以上の追及は酷だと思い、今日はここで別れの挨拶をすることにした。
「じゃあ、気をつけて帰ってね。僕はこっちだから。」
「うん。今日はありがとう。」
さよなら、と言い、お互いに背を向けて歩いた。しばらくして、後ろから声が聞こえてきた。
「相馬君!」
振り返ると、彼女はこちらを見て、立っていた。そして、続けてこう言った。
「また、話してもいいかな。」
僕は驚き、ひるんだが、
「もちろん。」
と、涼しい顔をして答えた。
地表に残る熱さを、夏風が冷ますような夜に、
彼女との距離が少し縮まった気がして、ほんのりと温かい気持ちになった。
夏風薫る、暁の君 雨満月 @amamitsutuki
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