俺たちのマリトッツォ対決!
木曜日御前
マリトッツォ
とある高校の放課後。
とある教室に、三人の男子生徒がいた。
「
「
古山と呼ばれた少年は、きっちりとした学ランを着ており、その手には大きな桐箱のようなものを持っていた。
新山と呼ばれた少年はブレザーを着ており、その手にはおしゃれで大きなケーキの箱がある。
向かい合うように立っているの二人の間に、一人の私服の青年が困った顔をしながら机の椅子に座っていた。
(どうしてこうなったんだ……)
青年は頭を抱えながら二人を見上げながら、そう思っているが、そんな事はお構い無しに二人は口を開いた。
「「これより、
響き渡る言葉、そのあまりにもくだらない戦い。
今里は頭を抱えながら、一週間前のことを思い出した。
一週間前
「よぅ、
「お、
今日も元気に登校してきた新山は、下駄箱にいた友人である今里に声を掛けてきた。
「今里〜! 俺いいもん見つけたんだよ〜」
「へぇ、何々?」
「来年のドラマ! コント師がテーマなんだってよ、しかも、この俳優今年デビューでイケメンだし声もいい、なかなかありじゃね?」
「たしかに〜てか、よく来年のドラマ情報知ってるよな。新山すごいな」
新山は常に新しいものを探し、こういうものが流行るのではと日々発信している。当たる確率は半々だが、やはりアンテナはすごいなあと今里は感心していた。
そんな今里に誰かが近づいてくる。
「今里くん、おはようございます!」
「お、古山、おはよう〜」
それは古山であり、今里にとっては最近仲良くなった友達でもある。なかなかに古風でトリッキーな古山だが、今里としては面白いやつだと思ってる。
しかし、一つ大きな問題があった。
「新山、何故お前がここにいる」
「今里と会話してるからだよ。てめぇこそ、なんでここにいんだよ」
「ぼ、僕も今里くんと話に来たんだよ」
「へぇ、まあ、でも俺は今里の親友だからぁなあ、俺のが優先だろうなあ」
「なんだぁと!! 僕だって今里くんの親友、候補だぞ!」
新山と、古山はとんでもなく仲が悪かったのだ。
「ちょっ、二人共落ち着きなよ……」
「「無理!」」
止めようとした今里にすらもこの態度でずっと啀み合う二人、しかもその原因は少なからず自分にあるという。勘弁してよと、今里は心の底から思った。
止まることも知らない二人に、今里は困ったなあと思ってると、ついに話はとんでもないことになった。
「美味しいマリトッツォで対決だ! この前、マリトッツォが気になるって今里くんが言ってたからなあ! マリトッツォで勝負だ!」
「知ってますアピールかよ! こいつの好みは俺のが熟知してんだよ! 連休明けの来週の放課後覚悟しておけよ!」
え? 何が始まったの?
今里が聞き直す前に、チャイムによって話が遮られる。二人は「首洗って待ってろよ!」と同時に言い、さっさと解散。今里もまた、我に返り慌てて自分へのクラスへと戻っていった。
そこから、連休明けの一週間後。
今里は案の定、二人に捕まりこの冒頭につながる。まさか本当にやるとは思わなかった。
(二人に尋ねても話を濁すからなくなるのかと思ったのに)
なんなら、あれは幻覚だとすら思ってたのにと、今里は頭を抱えるしか無かった。
「あの、二人共……」
「それじゃあ、用意したマリトッツォ、お披露目と行こうじゃないか」
「いいぜ、度肝抜かしてやるよ!」
二人は既に戦いの中に向かってしまい、困惑する今里の声は届かない。
「「せーの!」」
声を合わせて、箱の中身を出し合う二人。
その中身を見て、今里は正直軽く絶望した。
そんな事もつゆ知らず、新山がまず口を開いた。
「どうだ、俺の『史上最強のニューカマーマリトッツォ 〜ダブルチョコレートはカヌレにNTRされ、レーズンバターのバターサンドに奇襲されたけど、最強のダブルクリームチートを手に入れたら特盛フルーツと
そう、彼のケーキ箱の中には、なんとマリトッツォらしきものの上に、大量のフルーツとチョコレートがけのカヌレに、バターサンドが乗っている。一体何が起きたという代物のなのだ。
そんな彼に対峙する古山も勿論負けていない。
「はっ、そのようなゲテモノ、僕の『悠久の
目の前にあるのは、たしかにブリオッシュにたっぷりのクリームが挟まったマリトッツォである。しかし、その大きさは、バスケットボールくらいの大きさがあり、まさにたっぷり大盛りなのだ。
「あのさ……」
「なんだよ、そのただのマリトッツォ。工夫も流行りもないじゃないか。さすが、時代遅れな古山くんだな」
「はっ、そんな流行りだからって詰めただけのものに言われたくないね。僕のは味や素材にもしっかり拘った一品なのだよ。見た目より味で勝負してるんだ!」
「技術なきゃ、宝の持ち腐れだろそれ!」
「その言葉、このゲテモノ作った君に返すよ!」
今里、完全置いてけぼりである。
言い争う二人は止まることを知らない。
「まあいい、まずはファーストインプレッションだ」
「そうだな、今里くん! どっちのマリトッツォに
が食べたいんだ!」
急にこちらに話を振ってきた二人。
その目がキラキラと期待の目でこちらを見ている。しかし、やっと発言権が回ってきたのかと今里も思い、今まで置いてけぼりを食らった分心を鬼にする事にした。
「……正直いうとね」
「おう」
「うん」
「どっちも、そこまで、食べたくないかな」
それは大変辛辣な言葉だった。二人の顔がざっと青く染まる。しかし、今里だって言いたくて言ったわけではない。
「なんでだ!? 俺の『史上最強のニューカマーマリトッツォ 〜ダブルチョコレートはカヌレにNTRされ、レーズンバターのバターサンドに奇襲されたけど、最強のダブルクリームチートを手に入れたら特盛フルーツと
縋り付く新山に、今里は困ったように首を捻る。
「いやまあ、まずさ、カヌレとレーズンバターサンド乗ってるってのもよくわからないんだけど、琥珀糖もなんだそれだし。それに、よく見ると更に抹茶パウダーとかカラースプレーとか、盛りすぎて味が想像できない。あと、単純に量多すぎ」
「全部流行ってるやつだぞ!? ちなみに中にはモンブランクリームや大学芋も入ってる」
「流行ってればいいって、全載せするもんじゃないでしょ。てか、これもうマリトッツォなのかもわからんやつになってない?」
「全部美味しいやつだし、流行り物今里好きじゃん!? カヌレとバターサンドって今のトレンドじゃん!! それに、今筋トレブームだから、しっかりとタンパク質も豊富に作ったのに!」
「タンパク質豊富ってのもよくわからないけど……美味しいもの×美味しいものだから美味しいって理論になると、キムチとケーキも美味しいってことになるね」
今里の指摘に、新山は膝から崩れ落ちる。たしかに、キムチとケーキは美味しくない。
「じゃあ、僕の『悠久の
そうなると、見た目からは正統派な古山のマリトッツォも食べたくないのか。しかし、ちゃんとした理由がある。
「いやあの、単純に量多すぎだし」
そう、ケーキワンホールよりも遥かに大きいマリトッツォ。一人で食べるには少々つらいものがある。
「正直、多いなるって文字から察すると、他にも何が入ってるかもしれないよね、コレ」
また、タイトルの多いなるのところでも引っかかりを感じているのだろう。
「あまり言いたくないが、見た目通りの、ほぼ本格的な最高級マリトッツォなんだ。工夫の仕方がわからなくてな」
少しばかり自信なさそうに言う古山、その声は段々と小さくなっていく。
「……最高級?」
「ああ、
「いや、同級生に作ってくるにしては重いよ! 高いよ!」
「ちなみに、最後までたっぷりクリームだ。あ、でも、味変として奥に、国産の小豆を使ったこしあん粒あんが入ってる」
「余計にきついって!」
今里は思わず言葉をこぼすと、古山はざっと顔を青く染めた。
新山、古山、二人共絶望の表情で言葉をなくしたまま今里を見ている。そんな視線を受けて、今里ははあっと溜息をこぼした。
「あのなあ、俺がマリトッツォとかお菓子気になってたのは、可愛い弟が食べたいって言ってたから、どこの店に買いに行こうかなぁって話だよ。俺は、甘いものそんな好きじゃないんだよ。敢えていうほどではないけどさ」
そう、今里は甘いものがそもそも好きではない。
ただそれをわざわざ公言するほど嫌いでもなかった。けれど、この量の甘いものを食べるかもひれないというのは、正直今里にとって苦行でしか無かったのだ。
「そもそもお前らの喧嘩理由に使うのやめてほしいし、勝手に喧嘩の原因にされたあげく、勝手に巻き込まれた俺の気持ちになってくれよ」
「「あっ……」」
「それに、俺に向けて作ってるって言って、結局自分が勝手に想像した何か向けになってんじゃん。もっと、俺の話ちゃんと耳を傾けてほしかった」
「「ごめん……」」
「俺ももっと強く言えばよかったけどさ、そんなに喧嘩したいなら、俺の見えない所で勝手にひっそりとやって。誰にも迷惑かけないで。正直こればかしは、もううんざりしてる」
「「ごめんなさい……」」
クリティカルヒット。二人は遂に口を閉ざし、黙ったまま俯いた。二人の視線の先には、そこにはまだ誰にも手がつけられていないマリトッツォがある。
「まあ、でも」
今里は仕方ないと肩を落とすと、椅子に座り直した。
「作ってもらったし、一口ずつ貰おうかな」
それは彼なりの配慮である。もっと前に強く止めればよかったと、思う部分もあるのだ。
「でも、もしかしたら、美味しくないかもだし」
「新山、わかってるよ、未知の味だろうなあって。でも、一口なら少しは我慢できるでしょ」
「量少しでいいからね」
「古山、一口だから相当少しだよ、安心して」
今里はそう言って、新山古山のを一口ずつ食べる。
「「どう?」」
「うーん、やっぱ甘いわ。じゃ、二人で仲良く食べろよ、俺、弟の宿題手伝わなきゃだからさ」
そう言って、今里はさっさと教室から出ていく。
甘いもの嫌いにとって、どれもただの甘いものである。
「じゃっ、また明日」
今里は二人にそう言って手を振った。
「おう、また明日」
「うん、また明日」
ほぼ同時に挨拶を返す二人に、今里は心のなかで明日は仲良くなってるかなぁと密かに期待する。そして、その次の瞬間には可愛い弟のことを浮かべた。
食い過ぎによる腹痛で二人が寝込み、会えるのは週明けになることを、この時はまだ誰も予想していなかった。
俺たちのマリトッツォ対決! 木曜日御前 @narehatedeath888
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