エピローグ
歩道に落ちている無数の落ち葉が、小雪(しょうせつ)の来訪を告げている。
1日の授業を終えた総次と青葉は、並んで商店街へ向かっていた。今日の夕食の材料を買うためである。
「総次さん。もうすぐ冬ですね」
「そうだね。冬といえば、なんといっても冬休みだね」
「もう、総次さんったら。遊ぶことばかり考えていると、期末テストで赤点を取ってしまいますよ」
「う、それだけは勘弁だ」
頭を抱える総次を見て、青葉は小さく笑った。
「でも、私も実はもう楽しみにしています。特にクリスマスとか・・・」
と言ってはにかむ。
「クリスマスか。そういえば、冬休みに入れば、クリスマスまではすぐだよね。青葉ちゃんはどこか行きたい場所とかあるのかい?」
「はい。実は総次さんと一緒に行きたいところがあるんです」
「へえ、そこってどこなんだい?」
「それはまだ言えません。当日のお楽しみです」
いたずらっぽい微笑みを見せる。
「そう言われると、余計気になるんだけどなあ。まあ、あとの楽しみと考えればいいか」
総次はとりあえず納得した。
「お兄ちゃーん。お姉ちゃーん」
そのとき、遠くでふたりを呼ぶ声がした。振り返ると、セーラー服を着た紅葉が手を振りながら駆け寄ってきた。
「エヘヘ、お兄ちゃんとお姉ちゃんの姿を見つけたから、走ってきちゃった」
総次たちのもとにたどり着いた紅葉は、乱れた息づかいを整えながら言った。
「紅葉、歩道で走ったりしちゃ駄目よ。転んで怪我でもしたらどうするの」
青葉が妹をたしなめる。
「大丈夫だよ。紅葉は運動神経がいいんだから。それより、今日ね、麻美ちゃんからね、甘味通りに新しいケーキ屋さんが出来たことを聞いたの。だから、今から一緒に行こうよ。あ、もちろん、お兄ちゃんのおごりでね」
紅葉が総次のほうを見て、無邪気な笑みを送った。
「お、俺がおごるの?」
総次は突然の言い分に驚いた。
「ねえ、いいでしょ、お兄ちゃん。紅葉ね、新しくできたお店のオレンジシフォンケーキが食べたいの。お願い」
紅葉は総次の右腕に両腕を絡ませると、甘えるように体をすり寄せた。小さなふくらみを腕に感じて、総次の心臓が早鐘を打ち始める。幼くても女性なのだと意識してしまう。もはや総次の意思は砂上の楼閣に過ぎなかった。
「ま、まあ、紅葉ちゃんが食べたいっていうのなら仕方ないな」
抵抗することなくあっさり陥落する。あのような素振りをやられてしまっては、こうなるのもやむを得ないだろう。その瞬間、紅葉が手放しで喜んだ。
「わーい。ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんは優しいから大好き!」
再度右腕に抱きつく。自然と総次の表情が緩んだ。
「ふーん、総次さんはそういう態度に弱いんですね」
反対側にいる青葉が冷ややかな視線を送った。その目には幾分かの怒気が含まれていた。
「あ、いや、そういうわけじゃ・・・」
恋人の表情に慌てふためく総次。否定しようにも説得力に欠けているのが自分でも分かる。この年代の男は、こういうシチュエーションに弱いのだと言いたくとも、無論そんなことは口にできるはずがなかった。
「いいんですよ、総次さん。趣味や嗜好は人それぞれですから」
青葉は感情を押し殺したような口調でそう言うと、空いている手に向かって紅葉と同じように抱きついた。当然ながら、意図的に体を密着させてきたのはいうまでもない。
「私も新しいお店のケーキが食べたいな、お兄ちゃん」
「あ、青葉ちゃんまで・・・」
総次は激しく動揺した。こちらは紅葉よりはっきりと女性特有の感触を感じるぶん、余計に意識してしまい、瞬時に顔が真っ赤になった。
「だって、私も負けたくありませんから。それでもちろん、私にもケーキをご馳走してくれますよね、お兄ちゃん」
「分かりました。喜んでおごらせていただきます」
こちらに対しても、総次はあっさりと陥落した。
「決まりだね。それじゃあ、甘味通りへレッツゴー!」
話がまとまったところで紅葉が総次と青葉の手を引っ張った。
「そんなに慌てなくてもケーキ屋さんは逃げないわよ」
青葉が困ったような顔をしながらあとに続く。
───これからは小遣い帳をつけないといけないな。
総次は苦笑しながら、晩秋の気配が漂う歩道を歩いた。
ファーストプレリュード 三剣 佐為 @sai-miturugi
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