第3話 ボクはスローライフ希望‼

 マウスをクリックする音と、小気味よいタイピング音がリビングに先ほどから響き渡っていた。小窓から入る柔らかな日差しを背中に受け、カウンターテーブルに突っ伏したまま、どれくらいか眠っていたらしい。


 キッチンから漂う、やや甘く香ばしいコーヒーの香りでゆっくりと意識を浮上させた。お昼寝というには、少し寝すぎちゃったかな。

 しかもお客さんが来ていたのに、飼い主が気にしなくていいなんて言うからすっかり気が抜けちゃっていたし。


「ん?」


 目を開けると目の前には、いつものカメラがあった。


「んんん? んんんんんん。ナニコレ! ねー、飼い主、何これ!」

「ん? 置いておいただけよ」


 相変わらず飼い主は、カタカタとパソコンをいじっている。今日は、配信お休みの日。

 飼い主は黒い縁取りの大きなメガネをして、前髪を洗顔用のもふもふカニさんのついた赤いバンダナで上げていた。

 可愛いは可愛いけど。お客さんがいるというのに、ボクよりも飼い主のが大概なんだよね。お客さんが来るような恰好じゃないし。


「ホントにぃ? ホントに変なコトに使ってない? 飼い主ぃ」

「本当やわ。疑り深いコやねぇ。寝言で何言うか分からへんのに、生配信なんて出来るわけないやないの」

「うー。それもそうだけど……」


 確かに、飼い主の言うことは一理ある。この業界は放送事故とか、とっても大変なんだよね。ただでさえ、ボクたちがやっているお化け退治系なんて、うさん臭いチャンネルだし。アンチとかに、凸されても困るもんなぁ。


 それに画面の向こう側のみんなは、ボクがただのケモ耳を付けたコスプレーヤーだって信じ込んでいるんだ。でもボクは人ではない。元狛犬にして、飼い主の使い魔なんだ。これがバレたら困るなんてもんじゃないから。


「今の時代はなぁんでも、大変ねぇ~」


 身長がゆうに180㎝近くあり、大柄で筋肉質な男性がその体形に似合わないピンクのフリフリとしたエプロンを付けてキッチンから出てきた。その手には小さなマグカップに並々と注がれたコーヒーがある。それをボクと飼い主のところに届け、満足そうに微笑んだ。

 お客さんだっていうのに、キッチンでコーヒーとか逆に出しちゃうあたりがなんともだな。


「大家さん、ありがとうございます」

「やっだぁ、そーくん。大家さんだなんて、そんなよそよそしい。アタシのことは、レミちゃんって呼んでって言ってるじゃないの~」

「え、あ、ハイ……」


 この体系に似つかわしくないお姉言葉。でもそっち系な方ではないらしい。このしゃべり方がしっくりくるんだそうだ。行くあてのなかったボクたちを保護してくれたとっても良い人でもある。

 あるけど、ちょっとだけ苦手なんだ。だって距離感がががが。


「ほぉんと、可愛いわよねぇ。食べちゃいたいわぁ」


 レミさんはそう言いながらボクの隣に腰かけ、その大きな手を伸ばしてくる。そして本物の犬でもなでるかのごとく、ボクの頭を撫でまわした。


「あぅぅ、レミさん、やーめーてー」

「えー、いいじゃない。可愛いって正義よ?」

「そういう問題じゃないです! どーしてこうもボクの周りにはHENTAIさんががが」

「なぁに、そーくん何か言った?」

「イイエナニモ」

「まぁ、正義やねぇ。その可愛さを、配信でも遺憾なく発揮してもろてええんょ?」

「配信……」

「お化け退治系配信だっけ。この前見たわよぉ、会社のコとぉ。なーにも、あんなに危ないコトしなきゃいいのに」


「そーだ、そーだ。ボクはスローライフ希望なんだぁ。飼い主ぃ、スローライフにしようよぅ。流行りのキャンプどーがとかにしよーよぉ」

「男の娘のキャンプ動画ねぇ。需要あるかしら」

「ぐぬぬぬぬ」


 飼い主はパソコンを打つ手を止め、ボクたちの方へ向き直った。そして大きなメガネを外しながら、ため息をつく。


「それに、アレじゃないと意味ないんやもの。そーちゃんだって、それぐらい分かっているでしょう?」

「分かっているけど……分かっているけどさぁ」

「あー、目的ねぇ」

「うん……ボクたちは、飼い主の目を開く方法を見つけたいんだ」


 目……普通のではなく、妖などを見ることが出来る霊的な目。

 

「飼い主は由緒ある祓い師の家系なんだ。力だって、本当は強いんだ……。ボクなんかよりもずっとずっと強いんだ」

「そーは言うてもねぇ。力がいくらあっても、見えなければ致命傷やわぁ。だから、一族に棄てられたんやし」


 ボクは申し訳なさがつのり、目の前のコーヒーを一気に飲んだ。ただでさえ苦いコーヒーは、いつもの倍くらい苦い気がする。


「ボクを使役しなければ……使い魔がボクじゃなければ……飼い主は棄てられるコトもなかったかもしれないのに」

「あのねそーちゃん、あの時どーだった、こーだったなんて過去のダメやったとこをグジグジ言うてもなぁんも意味ないんよ?」

「でも!」

「いい女は過去を振り返らないモンなんやで?」

「……」


 ボクは潰れたお社にいた、消えかけの狛犬だった。力もなく、相方も失い、あのままただ消滅を待つだけだった日々。そんな中、餌をもらうために犬に変化していたところを、飼い主に見つけてもらった。

 飼い主はあの時すでに一族からその瞳のせいで一族の中でも捨て置かれた存在であり、ある意味ボクと同じような境遇だった。

 だからこそ消滅しかけたボクを捨て置けなくなった飼い主が、契約を結んでくれた。


 でも人が使い魔と契約出来る数は決まっている。その霊力によるところも多いけど、無限ではないんだ。だからこそ、祓い師たちはより強い使い魔を求める。飼い主は目が見えないからこそ、もっと強い使い魔が必要だったのに。


「眉間にシワ寄せて、どーせろくなこと考えてへんねぇ、そーちゃんは。少なくとも私はそーちゃんと契約したコトを後悔してへんょ?」

「でも……」

「二人とも、寂しい者同士やし。お似合いでしょう」

「ぅゆ」

「祓い師はいつの時代も大変なのねぇ~」


「そーやねぇ。祓い師は大昔からこの国の秘匿やし、一族なんて言うんはそれこそ何時代ってくらい古くさいモンやから」

「カビ生えてないの、それ」

「あー、生えてるやもしれへんわぁ」

「あははははは」


 レミさんの豪快な笑い声に、飼い主もつられて笑い出す。二人のやりとりを聞いていると、ほんの少しだけ心が晴れる気がした。


「そういえば、そーちゃんはスローライフがええんやっけ」

「え、あ、うん。そうだけど、でもボクたちの目的のためなら大丈夫だよ」

「大丈夫。ちゃぁんと、私は考えてるねんで!」

「え?」

「ほらー。これ、ファンクラブ(会費アリ)限定の動画みてー」

「は?」


 飼い主のパソコンには編集されたらしき、ボクの寝顔が写し出されている。


「すやぁ、やで」


 親指を立て満面の笑みを浮かべる飼い主は、さも仕事をしたと言いたげだ。

 

「すやぁぁって、違う、そうじゃない!」

「そーちゃん希望の、スローライフやで?」

「こんなのスローライフじゃねぇぇぇぇぇ」


 叫び声もむなしく、平和だった予定の休日は終わろうとしている。

 そして飼い主のパソコンの画面には、投げ銭とアムギフからの衣装が届いたのを、ボクは見て見ぬふりをした。



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見えないのに祓いたい飼い主が、なぜかお化け退治系配信を始めました。でも、ボクはただのもふもふワンコなのでスローライフを希望しますっ!! 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi

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