第2話 実戦はトランクスを添えて

「ねーえー、逃げちゃダメやないのー。ここはずパッと戦わないと」

「戦うのって、どうせボクでしょう! 簡単に言わないでよー」

「まぁ、そうやけど~」


 ボクは飼い主の言葉を無視し、手を繋いだまま懸命に走る。追われて逃げないヤツがどこにいるんだよ。なめるなよ。元狛犬のボクの体力を!

 

「だいたい、そーちゃん、すでにしゃべれないくらいすでに息上がっているやないの。逃げ切れないやん」

「うぅぅぅぅ」


 狛犬は普通の犬とは違うんだぞ。

 こっちは元々、石で出来ているんだからな!

 行動範囲だって神社の中だけ。体力なんてあるわけないじゃないか!


 と、唸り声と睨みつけるだけのボクの抗議など、飼い主にも視聴者にも一ミリも伝わっていない。

 だいたいなんで飼い主は、そんなに余裕なんだよ。こっちは、こんなにも必死だっていうのに。


[うぅぅ、とかナニ! ナニか感じちゃってるのか?]

[睨む顔、ぃぃ。やっべ、涙目で睨まれてぇぇ]

[男の娘……アレで男の娘……。オレはイケる]

[いや。その前にガチなら逃げた方がいいんじゃね? オレたちのそーちゃんに勝手に触るとか、ありえねーんだけど]

[[そうだった]]


 階段を駆け下り、やっとの思いで土間へたどり着く。しかし倒れたいくつもの下駄箱たちが玄関の入り口をふさいでいた。


 そういえば、ボクたちはココじゃないところから校舎に入ってきたんだっけ。

 息はすでに切れ、膝は笑っている。ヤバいな。飼い主の言うように、これでは逃げ切れない。

 甲高い先ほどの音もまた、階段を下りてくるのが分かった。


「どうしよう飼い主! ここからじゃ外へ逃げられないし、あいつ着いてきてる」

「どうしようって。ココはガツーンといっちゃって」

「……自分のコトじゃないからって、そんな簡単に言うけどさぁ」


 飼い主が始めたこの配信は、ただの心霊スポットを巡る生配信なんかじゃない。

 コレはお祓い系っていうか、退治系配信だったんだよなぁ。すっかり忘れていたよ。


 いや、ボクと飼い主の目的のためにはコレが一番なのは分かる。分かるけどさぁ。


「だって飼い主、アレ見えてないんでしょう?」


 ボクの指を先にはあの青白い光。おそらく映像として、あんなに明るい光は写っていると思う。あれだけ強い光ってことは、それだけ比例して強いということ。


 でも光の正体はただの幽霊なんかじゃない。

 さっきは暗くて見えづらかったけど、土間から差し込む月明かりに写し出されたソレをボクはしっかりと見た。

 

「そーちゃん、アレってなぁに?」

「うわぁ。いいなぁ、見えないって素敵」


 思わず本音がこぼれ落ちた。こっちは白目剥きたい気分だよ。


[そーちゃんは、見えちゃうコちゃん?]

[不思議ちゃん系もいっとく?]

[飼い主は見えないって、どんな飼い主なんだよ。ナニさせてんだ、ナニを]

[そーちゃん、奴隷契約でもさせられているのか? オレが代わりに飼ってヤル! 毎日ちゃんと隅まで愛でるゾ]

[そーちゃん逃げてー。飼い主置いて逃げてー。そしてこの胸へダイブしてくるのだぁぁぁぁ!]

[草]


 きっと視聴者はボクの味方のはずだと思いつつ、ボクは諦めて戦うことを決めた。


 ソレはキツネのなれの果てというか、元はただの下ろされたキツネの妖怪だったのだろう。

 キツネはここが廃校になった後も、勢力的にいろんなものを吸収していったようだ。


 元は子犬並みの小さなキツネも、目の前にいるのは大きく肥え太り、悪い気や魂を取り込み過ぎたためにその原型は崩れてしまっている。


 巨大に膨れ上がったキツネは、こちらを見てにたりと笑った。

 どうやらボクたちも取り込もうとしているのだろう。


「冗談じゃねー! ボクはキツネが一番嫌いなんだよ!」

「んで、キツネはどこなん?」

「あああ。そうだった。飼い主見えないんだよね」

「うん、まーったく」

「もぅ、ボクがやるから、武器ちょーだい!」


 飼い主は「ん-」と言ったあと、やや不服そうに背負ったリュックサックから武器を取り出す。取り出した武器はボクが一番得意なヤツだ。魔法のステッキ金属バッド


[そーちゃんの武器キター。あのかわゆさに似合わない武器w]

[ちゃんと金属バットに魔法のステッキ書いてあるやろが]

[いや、ちゃんとで油性ペンとか草]

[幽霊に物理攻撃とかないだろぉ。誰か助けに行ってやれよ!]

[むしろお化けにヤられちゃうんじゃ]

[それはむしろ見たいッ]


 敵までおおよそ10メートルを切ったところで、キツネはこちらが逃げないことをいいことに、一気に加速して距離を詰めてくる。


「飼い主、残り約五メートル正面。後に下がっていて」


 ボクはそう言いながら駆け出した。

 キツネは霊体のまま長く手を伸ばし、ボクを捕まえようとするが、ボクはその手を逆に利用する。伸ばされた手をロープのように踏み台にして、そのまま高くキツネの頭上まで舞い上がる。


「コレでも喰らっとけ、キツネ野郎!」


 重力と自分の体重をフルに乗せ、ヤツの頭めがけてそのまま魔法のステッキを振り下ろした。


 ボクの体は一瞬、宙で止まったようにみんなには見えただろう。風船のように膨れ上がったキツネの頭にステッキがめり込んだかと思うと、限界を迎えたその体は弾け飛ぶ。大きく甲高い破裂音が響き渡ったあと、また静かな廃校が戻ってきた。


「ふぅ」

「そーちゃん、すごぉい。ホントにサイコーやわぁ」

「え、ボクそんなにカッコ良かった?」


 飼い主から褒められるのは、やっぱり悪い気はしない。

 あの武器も、本当は飼い主が使ってこその力を発揮するんだけど、飼い主の使い魔であるボクが使ってもそこそこの威力は出るのだ。

 だってあのステッキには、たくさんの飼い主の霊力が込められているから。


「すごくいい感じやったわぁ。そーちゃんが飛んだ瞬間、一気に視聴者倍増したし」

「ん?」

「やっぱりみんな好きなんやねぇ。パンチラ」

「え……はぁ!?」


 パンチラって、パンチラって。えええ。飛んだ時だよね。え、見えていたってこと?

 それを生放送されていたってこと!?


[パンチラいただきましたーーーーー]

[今日もごちそうさまデス!]

[セーラー服にトランクス。あああ、ギャップががががが]

[見てはいけないモノを見てしまった。もっと見せてくれー。その中身も見せてくれー!!]


「ぅーーーー。もぅお嫁に行けないょ、飼い主ぃ」


[ふぉぉぉぉ、きーたか皆の者。そーちゃんを嫁にもらうぞ、オレは!]

[男の娘でもイケる気がしてきた……]

[婿じゃなくて嫁を選択するあたりが、さすが男の娘の鏡だ]

[そーちゃんを穢す奴は許さぬぅぅぅぅ。純正培養するのだ! うほぉぉぉぉぉ]


 ボクの叫びも泣き顔もHENTAIさんたちには同情されることなく、ただただ画面の向こう側はコメントで溢れかえっていった。

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