終わり、はじまり 前編
織姫 彦星 伝説[検索]
――織女(織姫)と牽牛(彦星)は、結婚してからというもの毎日遊んで暮らしていました。それに怒った天帝が、二人を天の川の両岸へ引き離してしまいました。二人は悲しみ、毎日泣いて暮らします。天帝は、二人が毎日真面目に働くなら、七月七日の夜に合わせてやろうと約束し、二人は毎日真面目に働くようになりました。 これが、現在よく知られている七夕の伝説です。
……ロマンチックを紐解けば斯くの如し。
「お待たせ、志村。……何を見てるんだ?」
「お、先輩どーもです。いま、織姫と彦星の伝説……もといわがままバカップルの話を調べてました」
暑さのせいかいつも以上に気怠げな先輩。浴衣、甚兵衛?姿の先輩はなかなかレアだ。後でさりげなくツーショットを撮ろう。
「なんで今更。大学に置いてあった笹ももう撤去されてしばらく経つけど」
「いやー、先輩ってば私を置いて卒業しちゃうじゃないですか。今ほどの頻度じゃなくても、年一くらいで遊べたらいいなーと考えてたら、織姫と彦星のことを思い出しまして」
「……俺が志村に染まったと言っていたが、俺からすれば、志村も俺に染まってるな」
「いえいえ、そんなこともありませんよ。ここまで調べて、それでもロマンチックならいいじゃないかと考えるのが私です。――というかそれよりも!」
私だって今日のためにレンタルした可愛い浴衣なのだ。下駄も履いて、髪だって綺麗に結ってきた。
「綺麗だと早く褒めてください。彦星先輩」
「……織姫後輩にはりんご飴が似合いそうだ」
「素直じゃないですねえ。ま、いいです。お祭りで買ってもらうことにしましょう、りんご飴」
「わかったわかった」
「ふふ。じゃあ行きましょうか、先輩」
いつも通りのじゃれあい。あと数か月で先輩が卒業してこれをできなくなると思うと、やっぱり少し寂しい。
先輩と過ごす最後の夏。寂しいなんて感情はわきに置いて、百パーセントで楽しみたい。だから、足に合わない下駄の痛みだって、気づかなかったことにしておいた方がいい。
大学近くでちょっとだけ有名な神社の夏祭り。この地域を挙げて盛り上げようとしているようで、小都市のお祭りとしては規模が大きい。祀られているナントカって神様が、お祭り騒ぎを好んだんだとか。おかげさまで現代の私たちが大いに楽しめるイベントになっている。
「あっちのステージで大学の友人のバンドが演奏するんですよ」
「ステージなんてものがあるのか。あとで行ってみよう」
「……うちの大学生の大半がこのお祭りに参加したことがあると思ってたんですが……ほんと先輩は楽しさに無頓着だったんですね」
「俺だって来たことはあるさ。なんなら毎年な」
「晩ごはんに焼きそば買って帰るくらいのことを「お祭りに参加した」なんて言わないでくださいよ?」
「……鈴カステラだ。焼きそばじゃない」
そんなことだろうと思った。
「今日はそんな先輩を楽しませるために来たんですから!射的も輪投げもヨーヨー釣りも、全部やりましょう!」
「今日も、だろう」
「てへ」
お祭りのメインストリートに到着して、気になる出店に片っ端から寄っていった。結局、遊び系の出店はほとんどコンプリートしたんじゃないだろうか。
通りを進めば進むほど、手に持つ景品が多くなる。射的で貰ったポッキーを分けて食べ、水風船を掌で弾きながら、クジのハズレとスーパーボールでいっぱいになった巾着をもう片方の手にぶら下げた。
「口を開けろ、志村。熱いぞ」
「あーん。……んー!美味しいですねこのたこ焼き!」
……両手が塞がっていることで、こういうこともできるのだ。
楽しい時間もいつかは終わるもので、通りの外れに近づくにつれ徐々に人だかりの密度が低くなってくる。
もう少し。もう少し我慢すれば、この時間を楽しいまま終えられる。
けど――。
「痛っ……」
限界だった。足の痛みに、思わずしゃがみこんでしまう。水風船がアスファルトに擦れてパンッと割れた。弾けた水が私の浴衣と頬を濡らした。
見ないようにしてたけど、血が滲んでるなあ。もうちょっとだったのに。
「志村!……靴擦れか。ちょっとだけ、歩けるか?」
先輩の肩を借りて縁石まで歩く。私を座らせてから、先輩はコンビニで絆創膏を買ってきてくれた。急いで帰ってきたその勢いのまま私の下駄を脱がせる。
「ちょ……自分で――」
パサッ。広げられたハンカチで顔が覆われる。先輩の柔軟剤の香りがした。
「お前はそれを拭いてろ」
あれ、私、泣いてたのか。気付いてしまって、堰を切ったように涙が流れる。
楽しく終えられなかった。先輩との最後の夏を。
痛さと情けなさで涙が止まらない。
履き慣れた靴で来ればよかったと思うけれど、祭りの後でそんなことを思っても、後の祭りだ。
2000/26000 船宮 真尋 @whonamedyourmyhero
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