第12話 ギフテッドチルドレン

 近未来、脳手術により超能力を目覚めさせることに成功した一国の研究機関は政府の要請に従い、孤児を使った大規模な実験を開始した。超能力者の育成と開発である。


 外界と隔絶された施設に子供達を集め、超能力訓練と人格の矯正きょうせいが行われた。その目的は更なる国家の繁栄。優秀で特異な能力を持つ人間を増やせば国が豊かになると信じてやまなかった。


「簡単なテストを受けてもらうわ。まず、裏向きに置かれたこのカードの番号を、私の頭の中を覗いて言い当てて見てちょうだい」


 この日もボクは研究員の若い女性から能力テストを受けていた。


 真っ白な部屋には必要最低限の家具しか置かれていない。部屋の中央でテーブルを広げ、ボクは彼女とそれを挟んで座り、差し出される命題に答える。


 今回の形式は机に裏向きに置かれたカードの番号を相手の思考を読み取って言い当てるというものだった。


 ボクは研究員の脳内に意識を傾け、考えていることを読み取り、提示された命題のすべてを答えてみせた。


「上出来よ。その調子で能力を向上させてね」


 そう言って研究員は能力検査のキットをケースに仕舞う。彼女はボクと接している時、始終笑顔だったがその心の内では『不気味な子……』と呟いていたのを知っている。


 ボクは『能力者収容施設』に来て間もない。いまは簡単なテストしか受けていないが、その内もっと難しくなるだろうし、求められるものも増えていく。役に立たなければ道具のように扱われ、処分されることもあるだろう。


 そういう意味ではボクらの価値は鴻毛こうもうのように軽かった。


 だけど、能力テストの成績が良ければ褒められるし、一人前と認められれば早く外に出られる。


 能力者としての役割と任務を押し付けられる毎日がやってくるのだろうが、こんな閉鎖的な空間に長く留まるよりかは遥かにマシだし、ここはあまりにも退屈だった。


 ボクは早く外の世界を見たいのだ。


「あの子、また絵を描いているのか……」


 施設は地下にあり、中央のエレベーターを軸にドーナツ形リングが連なるように階層を分けている。ボクの部屋の対面には、少女の部屋があり、扉の小窓からその様子を伺うことができた。


 能力検査と身体検査、座学がない間、ボクらは時間を持て余す。研究員以外の交流が禁じられているため、人恋しい気持ちがあった。親というものがどういう存在なのかも知らない。ボクらは生まれながら孤独にいた。


 そういうこともあって、ボクは彼女とのコンタクトを何度も窓越しから試みた。しかし、向こうは反応を示してくれない。ずっと無心で絵を描いているだけだった。


「向かい側の部屋の子は何の能力を持っているの?」


 ある日、ボクはいつもの研究員に彼女のことを尋ねてみた。


「担当じゃないから詳しいことはわからないわ。でもきっと、絵に関する能力なのでしょうね。あの子にはいつでも絵を描けるようたくさんの画材を与えられているから」


 意外にも彼女はボクの話に応じてくれた。


「だけど、変なのよ。あの子が描く絵はすべて黒く塗り潰されている。こんな施設に預けられたのだからストレスが溜まっているのかもね。能力が開花してから失語症を患ったって話だし、せっかくの力が持ち腐れよね」


 確かに、小窓から彼女の部屋を見たことがあるが、奇妙なことに床一面にクレヨンで黒く塗り潰された画用紙が散乱していた。心に深い闇を抱えているのだろう。幼い頃からこのような場所に連れて来られては仕方のない話である。


 十四歳を迎えるとボクは外に出れるようになった。


 能力も自我も成長し、一人前と判断されたのだ。


 これからどうなるのかわからない。研究機関をたらい回しにされるか、国家のため能力を使わされるかのいずれだろう。場合によっては軍隊に配属されることもあるらしいし、ボクのように読心能力を持つ子供なら大企業や政治外交官の秘書に抜擢されるケースもあると聞く。


「元気でね。国家のために頑張るのよ」


 ようやく外に出れるこの日をボクは待ちわびていた。


 自由とまではいかないけど外の世界を歩くことができるのだ。


 この場所に未練はない。清々しい気持ちで出て行くことができた。


 なのに––––。


『ここから出ない方がいいのに……』


 自分の部屋から出た時、向かい側の子の心の声が聞こえた。


 ボクは扉一枚隔てた程度でも関係なく読心できる。


「……え?」


 ボクは研究員に連れられエレベーターへと向かう間際に覗いた小窓の先で、あの子が手に握った画用紙の絵が眼に入った。


 そこには黒のクレヨンで描かれた人型がたくさん映っていた。まるで彷徨う亡者のようである。


 あまりにも不気味な絵に鳥肌が立ってしまった。


 この時のボクはそれの正体が何なのかわからなかった。


 だが、ボクは外に出て数ヶ月経過してからその正体を知ることになる。


 政府の密命により諸外国の諜報活動を行うスパイとして派遣されたボクはその国々が抱える重大な計画を知ることになったのだ。


 それはボクが生まれたあの国に核兵器を落とすという計画だった。


 そして、それは間もなく現実のものとなり、ボクの国は焼き払われすべてが真っ黒に染まった。核爆発の余波に巻き込まれた人々は真っ黒な亡者と成り果て、黒焦げとなった地を彷徨う。


 それはボクも同じだった。


 能力開発の技術を独占するあまり、他国はボクらの国に脅威を抱いていたのだ。いつか、その大きな力で他国を支配しにかかると。だから、そうなる前に国々が結託し、核兵器を使用する決定に至った。


 ボクは核の炎に包まれるその間際に、あの時に見たあの子の絵のことを思い出していた。


 あの真っ黒な絵は未来の光景を描いていたのだ。


 核に汚染されたこの国の未来を映し出していた。


 あの子の能力はきっと未来視だったのだろう。


 もしかすれば、あの研究所の地下施設にいれば核の被害から逃れることができたのかもしれない。


 今となって理解したところで、何の意味もないことだが。

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