幻想物語Ⅱ
第11話 反政府組織
その世界では人は生まれながらに生き方を決められる。
生まれた時、政府はその人物の遺伝子情報をデータベースに保管し、才能や適正を検出したうえでその後の人生を決定するのだ。遺伝子に刻まれた情報をもとに従事すべき職業が決定され、そして相性の照合により結婚相手も定められるようになっていた。
それは人々の進むべき道を示し、不平や不満のない完璧な社会を目指した結果、行き着いた理想世界の体現である。
その世界では特定の人物以外との生殖行為が禁じられていた。それは素晴らしい遺伝子を社会に残すためであり、才能なき物は淘汰されるべきという考えが社会全体に強く根付いているからである。
だが、トンビが鷹を生むように逆もまた然り。いくら優秀な遺伝子同士の結合であれ、
そうした『スクラップ』達は社会での行き場をなくし、肩身の狭い思いをしながら生きていかなくてはならない。仕事は最低賃金で酷使され、才能のなさを馬鹿にされるのだ。
「俺達は政府に反乱を起こす。これは革命であり、テロではない。腐った社会システムを打倒するために掲げられた正義の鉄槌なのだ」
反政府組織のリーダーであるトーマスは仲間を集い、政府への反乱を開始せんと牙を研いでいた。都市部から離れた郊外の廃工場にて、彼は仲間達に得意の弁舌を披露していた。
「そして今日、我々に仲間がひとり加わる。彼女はメアリー。学者の夢を断たれ、教師になるしか道がなかった者だ。彼女も我が組織の一員として志を共にすると約束してくれた」
トーマスは大勢の同志達にメアリーを紹介した。
「こんにちわ、皆さん。わたくしはメアリーと申します」
彼女は気品ある顔立ちの女性だった。このような過激な組織に加担するとは到底思えない。だが、リーダーが認めた者ならば、と同志達も彼女を受け入れた。
「我々は六日後、悪の統治者たるグレートファーザーに革命の矢を放つ。そして、我々の自由を手にするのだ」
トーマスはファーザー討伐に向けての作戦内容を仲間達に伝え、来る決行の日に備えて武器・弾薬、爆発物の点検をさせた。
「ねぇ、リーダー。本当にこれが正しいと思っているの?」
「我々の怒りを世界に知らしめることに意味があるのだ。そうすれば大衆の意識が変わり、政府も我々に対する見方を正すことだろう。何もしないままでは何も変わらない。誰かが始めなければならないことなのだ」
メアリーはこの男が本気で言っているのだと理解すると、それからはもう何も言わなかった。彼女はトーマスと共に作戦を立案し、当日は同志達の指示を担う役割を受け持つ。
「我々は自分の意思で生き方を選ぶのだ。誰にも指図されない。いまの社会システムでは人は幸せにはなれんのだ」
トーマスは筋金入りの軍人気質で、思想も偏っていた。
––––万全な準備で当日を迎えるはずだった。
しかし、革命は未然に防がれることとなる。
反政府組織、その内部の告発により鎮圧されたのだ。
裏で手を引いていたのはメアリーだった。
彼女は政府から要請を受け、反政府組織の調査に入った密偵だった。安全局に勤めるメアリーは反政府組織の企みを探り入れるため、同志として潜り込んだのだ。
「ご苦労だったなメアリー。グレートファーザーも大喜びだろう。貴君のような忠義に厚い者がいれば、より良い社会の発展を実現できることだろう」
「ええ、ありがとうございます。ジョージ巡査部長」
反政府組織のメンバー達が装甲車に収監されていく中、メアリーは上司であるジョージと会話する。
収監されていくメンバーの中にトーマスの姿はなかった。
トーマス、彼は着替えを終えるとメアリーの隣にやってくる。ジョージと同じく警察の制服に身を包んで、上等なコートを羽織っていた。反政府組織のリーダーを演じていた時のような薄汚れた私服ではない。
「どうだ? なかなかの名演技だったろう?」
「トーマス警部。演技とはいえあまり危険な発言は謹んでくださいね。なりきりすぎるものよくありません」
「まぁまぁ、いいじゃないか。あれくらい反社会的で堅苦しい台詞を『あぶれもの』の前で言ってやらんと信用されないからな。奴らよ、グレートファーザーの批判には眼を輝かせて喰いつくもんだからなかなか面白かったぜ」
咎めるメアリーにトーマスは愉快そうに喉を鳴らしていた。
彼に騙された反政府組織のメンバーは皆、トーマスに罵声を浴びせていた。だが、それはトーマスにとって負け犬の遠吠えにしか聞こえず、尚更愉快そうに笑みをこぼして、彼らを見下すのだった。
「しかし、このやり方は効果的ですね。政府への反乱分子を炙り出し、淘汰するには奴らの反抗意識を吐き出す場を用意してやればいい。そうすれば、後はエサにかかるネズミのようにワラワラとやってくる」
ジョージは反政府組織のメンバー全員を装甲車に収監させ終えると、運転席へと向かった。
「さて、私は此奴らを矯正局にまで送ります。後のことはお任せください」
ジョージはそれだけを言い残すと、車を走らせて去っていった。
「しかし、残酷な話ですね。遺伝子情報を政府が把握しているのであれば、あのような劣等な輩が生まれてくることはないはず。あれはワザと生まれてくるように仕向けられている」
「ああ、そうさ。俺らのような優秀な人間ばかりでは息が詰まるだろう? ある程度ああいう奴らがいる方が精神的に助かるんだよ。あれはな、俺達の心を優位であり続けるために用意された駒だ。
だがな、政府に反抗意識を芽生えさせるような奴らはいらねぇ。そんな奴らは消えてもらうしかねぇな」
矯正局という名のスクラップ処理場では何が行われているのか、メアリーは想像するのも恐ろしかった。
「トーマス警部」
「何だ?」
メアリーは煙草に火をつけ紫煙を吐き出すトーマスの背中を見つめた。
「あの時の台詞……多少の本音はあったのではないですか?」
メンバーを騙すための演技とはいえ、メアリーにはその発言すべてが嘘だとは思えなかった。
トーマスも本当ならば安全局ではなく、子供の頃から目指していたプロのラガーマンになりたかっただろう。そのことをメアリーは知っていた。メアリー自身も本当ならば教師になって、たくさんの生徒達の未来を導いてやりたかったのだ。
彼らは自分の進みたい道を歩めない。そういう意味では『スクラップ』と同じく政府の被害者に近しい存在だった。
「どうだかな……」
トーマスは有耶無耶にして、言葉を濁すだけだった。
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