第10話『レプリカ』

 僕は誰かの代用品。オリジナルの肉体が朽ちるその時に新品として取り換えられるためだけの予備でしかない。政府は人間のクローンを生み出すことを禁止していた。しかし、そんな政府に対し秘密裏にこの予備肉体のビジネスは進んでいた。


 例えばの話だが、オリジナルが肉体に何かしらの障害、臓器の病気で生活に支障をきたす場合があったとする。その時、僕らはオリジナルのために四肢を始めとした肉体や臓器を提供し、彼らの生活を何も不自由のないものにする。


 これは新しい保険ビジネスであると僕らの博士は言った。すべてはオリジナルの生活のため僕らのようなレプリカが存在するのだ。


「博士、僕らは何のために生かされ続けるのですか?」

「無論、オリジナルのためだよ。キミ達のオリジナルはとても素晴らしい才に溢れた者達だからね。科学者だったりアスリート、政治家に資産家だったり多種多様だ。みんな長く生きる価値のある人間達だよ」


 博士は身体検査の際、僕にそう言った。僕たちに自由はない。施設で仲良くなった仲間も同じだ。時が来れば、オリジナルのためにその肉体と命を差し出さなければならない。僕らは人形のように空虚な存在だった。


 成人男性の肉体になるまでの数ヶ月を培養液の中で過ごし、その後もオリジナルの年齢に合わせるため特殊な成長ホルモンを投与され続けた。肉体をクリーンに維持にするため日々の健康チェックは欠かさず行われた。施設に生まれて実年齢は二歳だが今の肉体は三十歳ほど……何とも奇妙な話だった。


 そして僕がその時を迎えたのは生まれて四年になる頃だった。


 僕のオリジナルは政治家だったらしい。彼は演説の最中、反対派の勢力に背後から拳銃で撃たれ脳を損傷してしまった。一刻を争う事態に僕の脳はオリジナルの彼に提供されることとなったのだ。


 僕の命はこれで終わりを迎えるだろう。だが、それでいい。自由のない人生などまっぴらごめんだ。僕は安心さえしていた。家畜のように生きるのなら死んだ方がマシなのだから。


「手術は成功です。彼は一命を取り止め、脳の損傷も跡形もなく消えました」


 多くの人々に囲まれて僕は拍手を受けていた。生き返った、奇跡が起きた、と周りの人々は……オリジナルの家族達は涙を流して大層喜んでいた。僕はオリジナルの家族に抱きつかれ、キスの雨をたくさん受けた。


 混乱する僕を家族は、


「あんなことがあった後なんだ。それに手術を受け、目覚めたばかりなのだから動揺するのも仕方がない。いまはそっとしておくのがいちばんだ」


 そう言って落ち着くまでの時間を与えるのだった。オリジナルの家族や親友が去った病室には担当の、手術を引き受けたあの博士がいた。彼はオリジナルの関係者がいなくなったのを見計らうと僕に話をし始めた。


「気分はどうだい? びっくりしただろう?」

「博士、これはどういうことなのですか?」


 そう問いかける僕に博士は言った。


「残念ながらオリジナルは既に死んでいた。今更、脳を交換したところでどうこうできるはずがない。しかし、だ。この予備肉体のビジネスが失敗したとあれば大きな問題となる。今まで大金を支払ってきた者にどう説明するのだ? 信頼を失うことはあってはならない」


 博士は僕の手を取り続きを語る。死んだのはオリジナルの方で、僕はただこの場に連れて来られただけのレプリカだった。


「キミがオリジナルの代わりとなり人生を生きるのだ。彼の人生はキミのものとなる。自由を手に入れたぞ。いまのキミは政治家だ。莫大な資産と多くの国民から信頼を得る素晴らしい人間の代用品だ!」


 博士は僕の手を強く握って笑った。


 僕はこの時、彼の人生を生きる決意と、またそれとは別の決意を胸に秘めていた。


「ええ、博士。あなたの言う通り僕は自由を得た。これからは僕がオリジナルだ。僕は彼の人生を好きなように生きる」


 そう僕が言うと博士は大層に喜んだ。


「ああ、そうだとも。これはキミの人生だ。好きに生きるがいい。だが、その前にオリジナルは政治家だ。キミは彼のように生きなければならないし、たくさん勉強する必要があるな。近々、演説する必要もある。まずはスピーチの練習をしておくべきだろう」


 博士は手を叩いて僕にそう伝えた。


「ええ、それはごもっともですね博士」


 この後、政府に隠蔽していた予備肉体のビジネスは崩壊を迎える。オリジナルとなった僕の決意はもうひとつ、あの悪辣な保険ビジネスを弾劾することだった。オリジナルのために命を差し出してきた亡き仲間達のために僕は演説ですべてを話した。


 博士は今回の責任と追及に逃げ場がなくなり自殺したらしい。


 僕はというと、あれからもオリジナルとして生きた。政治家として真摯に、そして正直に、自分の人生を自由に生きた。

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