第十七話 迫る魔の手

 事件から数日経った朝の事だった。ファミリーの一人が一夜の間に襲われたという情報が事務所内を駆け巡った。しかも、襲われた被害者は幹部候補の一人で、寝ているところを集団で襲われたらしい。


 それを聞きつけた銀司ぎんじはバレットと構成員数名と共に現場へ向かった。

 現場は王都近くのスラム街との間に位置し、スラム街では比較的豊かな地区だった。二階建ての建物の一室で。階段を上がって部屋に入ると、亡骸なきがらはナイフで一突き、胸に刺さっていた。


 中に入ると先に、到着していたプジョルが遺体に向けて祈っていた。


 「奴らか……」バレットが静かに言った。


 「そうみたいだな」祈りを終えたプジョルが小さく返事を返した。 


 バレットもプジョルもこの件においては先日の襲撃よりも深刻な表情をしていた。幹部候補が殺されたからだろう。将来、ファミリーの中心となる人間を殺されたのだ。構成員が巡回中襲われたのとはわけが違うのだ。

 そして、Bストの仕業だというのは明らかだった。先日の報復ということは銀司の眼からしても分かった。

 敵の下っ端の命の代償がこのような幹部候補となるのは、報復にしてはこちらのに分が悪すぎる。苦い顔をした二人は、恐らくこの意味の重大さを今かみしめているのだろう。


 何よりも問題なのは敵はファミリーの構成員を把握していることが今回の事件で確実になってしまったことだ。何らかの方法で、Bストはクラードファミリーの構成員、それに役職まで情報を入手。これはいつでも組織の人間を殺めることができるという警告のようにも思えた。


 さらに、ファミリーが危機感をいだいているのは、急激に拡大した組織ゆえ、相手の構成員を詳しく把握できていない状況だったのだ。ファミリーがいくら大きく強かろうと、相手の全貌を把握しなければ、部が悪いのは確かだった。


 先日も人の死を近くで味わったとはいえ仲間の亡骸を見るのはショックが大きい。

 銀司は女が言っていた「我々が有利」と言う言葉を思い出していた。面が割れていないはずだが、襲撃の日はA地区とB地区のどちらにも参加していた。銀司は次が自分が殺されるのではないかと、恐怖が足の底から湧いてきた。


 この日からファミリーは警戒態勢に入ったこともあり、以降、死者が出るよう事件は起こらなかった。ただ、ファミリー配下のギャングとBスト所属のギャングとの間で小競り合いは何度か起きており、スラム街全体の治安の悪化が懸念されていた。


 「彼らは何で生計を立てているのか」


 現場を後にした銀司は帰り道、バレットにBストについて聞いていた。バレットは細かいことは知らないと前置きして、


 「まぁ人のモン盗んだり、王都で少し商売したり、あとは冒険者の妨害だな」


 「チンピラみたいだ」


 「ただ、今までウチには手をだしてきたことはなかった」


 「それほど勢力を付けてきたってことか」


 「いや……かりそめの自信を付けてしまっただけだろ」


 この事件以降、Bストの実態が気になった銀司は事件の翌日からひとりでこのギャングについて調べはじめていた。ここ最近の確認されたギャング抗争から、Bストの管轄にある商店の数、闘技場などに出向いて、Bストに関連したものを探った。


 また、ファミリーもBストの勢力において把握していない面が多く、時を同じくして構成員たちによる調査も大々的にスタートしていた。

 Bストに襲撃されたきっかけともいえる他国の商人との取引きは、次までに時間はあまりなく、ファミリーも焦っていた。


 Bストのこと以上に銀司は、ファミリーに加入した当初から続けてやっていることがある。それは、転生者についての情報収集だ。

 異世界に来てから他の転生者と出会っておらず、不安は無くなったわけではない。銀司は主に酒場や闘技場、情報が集まるスラムのギルドなどを回っていた。多少いきすぎな行動でも、変人が多いスラム街では特に怪しまれることはない。自らの足で地道に転生者についての情報収集を試みていた。


 この日もいつもと同じように酒場に出向いた。麦酒ビールを注文して、周りに聞き耳を立てながら、いつもの友人とテーブルに着いた。友人とは事務所近くのボードゲームで老人たちと卓を囲って遊んでいる青年の事だった。

 彼の名前はグラハムと言い、クラードファミリー以外で唯一出来た友達だ。彼が事務所近くのボードゲームで遊んでいる横を通ったときに彼から声をかけれて以降、酒場でも偶然にも何度か顔を合わせているうちによく話すようになった。彼はもちろん銀司が転生者だということは知らない。たまにある会話の齟齬そごはスラム街に来たのが最近だからと言ってかわしている。しかし、最近来たというのは決して嘘ではないから、友人を欺くような罪悪感はなかった。


 この日はグラハムと飲んでいるところ、盗賊のような近寄りがたい雰囲気の4人組が店に入って来た。金のなさそうな服を着ているが、高さそうなアクセサリー首や腕に飾り付けている。4人のうち1人だけ少年のように身長が低かった。

 

 その4人組は銀司の方に近づいてきた。どうやら銀司の後ろの席に座るようだった。最初は柄の悪い奴らだな、としか思わなかったが、4人組が席に着くなり、いきなり“ルルーG”という名前が聞こえた。


 銀司は思わず席を立ってしまいそうになった。胸の鼓動が一気に早くなる。一瞬的に身体が酸素を取り込むのを忘れてしまったかのようだ。向かいに座るグラハムが、不思議そうな顔をして「どうしたんだ」と声をかけてくる。銀司は少し冷静に戻って「いや別に……」と平然になりきれず無理に口角こうかくを上げて笑顔をつくった。


 銀司は情報を得られるかもしれない千載一遇の大チャンスに、自分でも驚くほど冷静に聞き耳を立てていた。グラハムの話などもちろん聞き流している。


 「しかしアンタは恐ろしい人だ」


 「ほんとですよ。奴らから首が送られてきたとき、ニヤニヤしてんすもん」


 「俺らは、びっくりするどころか、唖然としたわ」


 「ただ、そのあとは、ルルーGここにありって感じだったな。奴らも相当焦ってますからね」


 「ああ、まちがいねぇな」


 銀司はそっと店内を見渡すフリをして後ろを見た。

 どいつがルルーGなのか一瞬で理解した。周りとは明らかに異なる雰囲気をまとった、背の低い男。まるで少年のように小柄で無邪気さの中に強烈な残酷性を内に秘めている。肌から滲み出るそのカリスマ性。初めて見たハズなのに芸能人を見ているような不思議な感覚がした。


 「だが、これで奴らをヤル理由は出来たってわけだ」


 ヤンチャな高い声が、はっきりと聞こえた。姿は見てないが、ルルーGの言葉だと銀司は確信した。


 「ああ、怖い怖い。うちのリーダーは」


 「では、次にはを」


 「ああ、伝えた通りだ」


 やがて、ルルーG率いる4人組は酒場を後にした。銀司は店から姿が消えたのを確認すると、グラハムに断ってから返事もろくに聴かずに急いで席を立った。グラハムの「ちょっと待て、おい、おい」という言葉も聞こえないうちに店を飛び出した。


 息を切らしながら事務所に戻った。事務所には商売の担当であるハリーがデスクで書類の確認をしていた。銀司から酒場での出来事を聞かされたハリーは、すぐさま部下を呼びつけ話し合いが始まった。

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無能力転生者は異世界でスーツを着こなす ボン与太郎 @Yotarou_

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