第十六話 断罪と報復
———……。
バシャッ
静まり返った空間に水の音だけがこだまする。バレットが気絶した女の顔にバケツの水をかけたのだ。
「起きろ」
女はハッと目を覚ました。椅子に座らされ、両手を後ろで縛られている。
女の目の前には、襲撃時、一緒に家にいたとされる男がぐったりとしていた。男は前歯が数本欠けた顔は血だらけで、パウルに髪の毛を掴まれて床に座らされていた。
死と隣り合わせているかのような息を微かにしているだけだった。
この男は、襲撃時に女と共に家にいたのだった。女との関係は分かっていないが、彼らが同じ一味で、さらに家の感じから生活を共にしていた可能性が高い。
「誰の命令だ?」女に向けてバレットが口を開いた。
女は水に溺れた後のように咳込むが、それはその場しのぎのごまかしに過ぎず、女に答える気はなさそうだ。
「どこの所属だ?言え」
「……」
びしょ濡の毛先から水滴がポタポタと下に落ちる。女は黙ったままだ。
バレットの横にいたプジョルは前に出てきて、かまわず女を叩いた。
バシッ!という高音が部屋に響いた。
女は横に倒れた。部屋の脇で見守っている
緊張感が部屋の中を切り詰める。ファミリーに入って数か月が過ぎたが、ここまでマフィアらしい現場に遭遇したのは今回が初めてだった。
プジョルはしゃがんで女の髪の毛を持ち上げると、目を合わせるようにして言った。
「命が惜しいんだろ?さっきだって、命乞いしてきたじゃないか」
「あなたたちに話すことなんて何もない」
「ただ、攻撃は誰の指示か、と聞いているだけだ。簡単だろう?」
「さぁ、知らないわ」
女に譲る気はないようだ。
「……組織に対して忠誠心があるのは素直に認めてやる。だがな、加減を知るのも大事なことだ」
プジョルは女の首を動かして、ボロボロになった男の姿を見せた。
「コイツがどうなってもいいってことだな」
「……」
「この男が誰か分かるよな」
「さぁ?」
「ウチのヤツを撃った時に一緒にいただろう」
「……」
「そうか答えないんだったら、まずこいつを殺そう」
パウルは掴んでいる男をグイっと持ち上げて、近接戦闘用の魔術を唱えようとした。
「待って!」
「どうした?」
「彼は関係ないでしょ!」
「大アリだ。お前が吐かないからこうなる」
「彼を離して!彼を離したら、何だって言うわ」
「こいつを開放すれば話すのか?」
「ええ」
「分かった」バレットが低い声を発して、男を掴んでいるパウルに首をクイッっとやって開放するように促した。
パウルは男を掴んで部屋から出て行った。
その様子を見届けてから、プジョルが女に再び詰め寄った。
「さぁ、解放したぞ」
プジョルは女の
しかし、女は言葉を発しようとしない。
「どうした、お前の望み通り解放してやったぞ」
「……」
はぁ、とプジョルは大げさなため息を吐いた。
どうやら女は男を助けた時点で、もう何も言わないと覚悟を決めていたようだった。ただただ、男の開放だけが目的だったのか。この二人は特別な絆で結ばれているのだろう。
プジョルが後ろのバレットのほうを向くと、バレットは「時間の無駄だったな」と吐き捨てた。そして、冷徹な目で「やれ」と言い放った。その冷血さは、銀司が今まで見たこともないようなものだった。
「……っな!私たちを殺せば、アンタらも死ぬことになる」
女が大声で叫んだ。
「なんだ、まだ命が惜しいのか?」
「アンタたちはまだ理解していないようね。私たちが主導権を握っているということを」
女の眼には活力があった。何か確信があるのか、何かを信じている眼だ。
「お前らが有利だと?寝言なら死んだあとに言え」プジョルが呆れたように言った。
「フン……この調子じゃ、私たちに壊滅されるのは時間の問題ね」
「Bストに……か?」
「どうかしら?」
この言葉にムカついたのか、プジョルはああ!!と声を上げて
「いいか、死ぬ前に教えてやる。お前らは利用されているだけだ。組織に大事にされている奴が自宅から襲撃しろと命令されるわけないだろう。お前らは最初から道具としか見られていないんだよ」
「何ですって……」
このタイミングでパウルが部屋に戻ってきた。その手には、先ほど解放したはずの男の頭だけが握られていた。
「なっ……何をやって」
絶望した様子が、これ以上分かりやすい例はないだろう。現実を受け入れることができず、表情と声帯が機能しなくなっていた。脳みそがマシな未来を考えているのに対して、肌身はひたすら現実を浴び続けている。このギャップに人間は酔うのだ。
「仲間が
「一体……何をやってるの?」女は力なく倒れた。
「いいか、俺らはすぐにお前らを殺しても良かったんだ。少しでも延命できたとありがたく思え」
「…っそ、そんな」
「やれ」
バレットの冷たい言葉が重く部屋に響いた。 この世のモノとは思えない、人の感情が感じられないセリフだった。
プジョルはバレットから剣を受けとり、それを構えた。
銀司は目を伏せた。ドスっという鈍い音がやけに大きく耳の奥で響いた———。
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