【if】カメラマンとわたし

「お前を撮るのに最適の奴が俺以外にいるのか?」

「……た、鷹城さん。顔が近いです」


 ワイルド系のイケメンに壁ドンをされてしまった。

 声まで渋いから困る。

 やんわりと抗議しても彼はどこ吹く風。


「いいから答えろ。俺に依頼するよな?」

「依頼します。しますから離れてください!」


 わたしは悲鳴を上げるような気持ちで彼をスカウト(?)した。



    ◇    ◇    ◇



 ことの発端はわたしがコスプレを始めたこと。

 何度かイベントにも行って慣れてきて、もともとの知名度もあってファンが増えて。

 コスプレの画像集とか販売しないの? という声が届くようになった。

 もともと個人でボイスのリクエスト受付とかしてた(というか今もしてる)わたしだ。そういうのに抵抗はないので「じゃあやってみようかな」となった。

 で、いろいろ調べている時にたまたまそれを鷹城さんに話したんだけど。


「で?」

「はい?」

「誰が撮るのかって聞いてるんだよ」


 カメラマンのことは特に考えてなかった。

 コスプレ仲間──読モ自体の友人とか、ほのかとか、なんなら一葉とかに頼めばいいかなくらいの想定だった。

 でもまあ、考えてみると道具や撮影の腕もクオリティに影響しそうだ。


「こういうの上手い人に依頼できたりするんでしょうか」


 なにげなくそう聞いてみたところ──どん、と壁に追い詰められ、あれである。

 なんとか解放してもらったわたしはお詫びにと買ってもらったミルクティー(無糖)を飲みつつ「なんでそんなにやる気なんですか?」と尋ねた。

 すると相変わらず仏頂面の彼は「悔しいだろうが」と答えてくる。


「俺以外の奴にお前の写真撮られて、それが絶賛されるとか」

「お仕事ではよく撮られてますよね?」

「会社が依頼するのとお前個人が依頼するのは全然別だろ」


 別かな?

 それはまあ、わたし的には下手したら持ち出し、赤字になるので重要だけど。


「もしかして鷹城さん、そんなにわたしのこと撮りたいんですか?」


 意外なことに返事は一拍遅れて返ってきて、


「撮りたい、って言ったらどうするんだ?」


 わたしはたじたじになりながら「よろしくお願いします」とだけ答えた。



    ◇    ◇    ◇



 何度かネット経由だったり、実際に会っての打ち合わせを経て。

 ようやく実現した撮影。

 場所はコスプレ系の貸しスペース。機材は鷹城さんの私物。わたしはコスプレ衣装や小物を持ち込んでひたすら着替え、撮られるだけで良い段取りだった。

 時間貸しなのでなかなか慌ただしい。


「ほら、着替えろ」


 着くなり機材を準備しながら言ってくる彼。

 うん。彼らしいと言えば彼らしいけど相変わらず偉そうというか優しさがない。

 お兄さんあたりと比べると雲泥の差である。

 でも、プライベートとはいえ収入にするつもりならお仕事なわけで。そういう場ではこれくらいびしっとしているほうがやりやすくもある。

 わたしは「わかりました」と頷いて。


「別室に行くの面倒なのでここで着替えていいですか?」

「────」


 何故か「正気かこいつ」みたいな目で見られた。


「見せたいなら別にいいが」

「わたしの身体なんてモデルの撮影で見慣れてるじゃないですか」

「そうだが、今回は雑誌のコンセプトだの企画意図だの気にしなくていいからな」


 真剣な撮影者の視線がわたしの身体に注がれる。

 まだ脱いでいないのに丸裸にされたような感覚。


「そっちがその気なら、俺はお前の全てを芸術として扱う。いいな?」

「……最初からそのつもりだったくせに」


 わたしは妙な感覚を覚えながら最初の衣装に着替えた。



    ◇    ◇    ◇



 淡々と撮影が続いていく。

 鷹城さんからの指示は簡潔で、わたしはそれに夢中で応えていく。

 写真に収めた時により良く見えるように。

 被写体になりきっていると次第に身体にある種の熱が溜まっていく。

 彼の内に秘められた情熱にあてられているのだろうか。

 それとも、わたし自身の自己顕示欲的なものが満たされているのだろうか。

 あっという間にスペースの利用時間が終わって。


 火照った身体を冷ますにはペットボトルの水を一本分飲み干さなければならなかった。


「これからどうしますか? どこかで写真見せて欲しんですけど」

「外だと落ち着かないからな。やるなら俺の部屋でやるぞ」


 いや、女の子を簡単に部屋に誘わないで欲しい。

 いや、この世界だと乗る女の子が全面的に悪いんだけど。

 わたしは少し考えてから「まあいいか」と判断した。


「鷹城さんって昔はよく女の子連れ込んだりしてたんですよね?」


 彼の部屋は意外と片付いていて。

 物が多く見えるのはカメラ関係の本や機材が多いせい。

 カップ麺などのインスタント食品はかなり利用していそうだけれどゴミは残っていない。冷蔵庫にはビールがいっぱいだった。


「昔はな。今は割り切れる女としかやってねえよ」

「してはいるんじゃないですか」

「飽きたんだよ。女はあれこれ面倒だからな」


 言い訳がましく「上手いって評判だったぞ」とか言ってくる。いや、わたしまだ中学生なんですけど。


「餌を与えておいて懐くと放り出すとかたちが悪いです」

「そうかもな。で? 見ないのか?」

「見ます」


 隣に座って覗き込む。PCの画面はそう大きくないので狭い。

 どいてくれるのかと思ったら鷹城さんはぐいっとわたしを抱き寄せてきた。


「近いんですけど」

「この方が見やすいだろ」

「そうですけど」


 画面の中にいるわたしは──自分でも見惚れるくらい綺麗だった。


「悔しいけど上手ですよね、鷹城さん」

「だからそう言っただろ」

「そっちじゃなくて」


 それとも、似たようなものなのだろうか。

 彼の情熱がわたしをこんなにも輝かせているのか。

 だとしたら。


「会ってからけっこう経ちますけど、飽きませんか? わたしのこと?」


 少し間を置いてから「飽きないな」と返ってくる。


「もしかしたら一生飽きないかもしれない」

「珍しいですね」


 それじゃあ、と、わたしは考えて、


「今回の作品がうまく売れたら次も撮ってくれますか?」


 彼はにやりと笑った。


「なら確定だ。これが売れないはずがない」


 どんな自信だ、と思ったけれど、わたしはなにも言い返せなかった。

 不意打ちの笑顔に意識を持っていかれてしまったからだ。

 急にそう言うことするのはずるいと思う。

 だというのに、鷹城さんはいつになく饒舌に、


「お前のことは俺が撮ってやる。どんな衣装だろうと。どんな表情だろうと。俺に全部見せろ。お前の全てを曝け出せ」

「いつか刺されますよ?」


 とは言ったものの、わたしが彼を刺すイメージは見えなくて。


。今日はまだ時間あるのか?」

「ありますよ。撮影しかしませんでしたし。ご飯も途中で買ってきたくらいですし」


 ご飯を食べて、少しのんびりして、編集を手伝って──どうせ編集は終わらないだろうから、それでも時間は余る。

 明日もお休みだからなんなら夜更かしになっても大丈夫だ。


「なら、もう少しここにいろ」


 彼の体温を感じながら、わたしは「はい」と答えた。

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