【if】お兄さんとわたし

恋・玲奈の告白なしに「女として生きる覚悟」が決まるのかとか、真美桜はどう対処したんだとか考え始めると長い話になりそうだったので「細けえことはいんだよ!」と開き直りました。

お兄さんと付き合う場合のifルートです

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「美桜ちゃん、今日はいつになく念入りだね?」

「はい。できるだけ邪魔を避けたいので」


 中学二年生になってしばらく経ったある日。

 わたしはお兄さんと平日の午後に待ち合わせをしていた。

 学校をサボったわけじゃなくて、午前中に事務所へ行く用事があったからだ。学校に直行しても五時間目の開始に間に合うかどうか。学校側からは理解を得られているし、だったら休んでしまったほうが体力的にも気力的にも楽になる。

 だからってプライベートの用事を済ませるのはちょっと罪悪感あるけれど。

 休日に出かけるよりも格段に人込みを避けられるので平日外出はお得だ。


 今日のコーデはお兄さんの言った通りいつもよりも念入り。

 カジュアルな帽子にサングラス。体型があまり出ない服を選んで、トレードマークの銀製お守りも服の下、首から下げる形に。

 学校に寄る予定がないので鞄も私物の中から地味なものを選んだ。


「これならそう簡単にわたしだってバレないでしょう?」

「どうかなあ。変装しててもめちゃくちゃ可愛いから正直怪しい」

「これでだめってわたし、マスクでもするかジャージでも着るしか……?」

「それはそれでめっちゃ怪しいと思うな」


 なにはともあれ、お出かけである。


「今日は買い出しじゃないですか。身バレして時間を食わないように気を付けたんです」

「ああ。それはありがとう。助かるよ。美桜ちゃん、ご飯は食べた?」

「はい。打ち合わせをしながらパンとおにぎりを」

「そっか。じゃあもし早く終わったらファミレスか喫茶店にでも行こうか」

「ありがとうございます」


 お昼が軽めだったのを察してこの気遣い。

 お兄さん、本当になんで彼女いないんだろうか。

 女の子に飽きて恋愛は懲り懲りだという彼と連れ立ってとある大きな画材屋さんへ。

 今日はお兄さんの買い物の荷物持ちだ。デジタルに移行したのでそんなに絵の道具は必要ないんだけど、プライベートではアナログで描きたい時もある。足りなくなったものもいろいろあるということでまとめて買いに来ることになった。

 わたしとしてもなにかの参考になるかもしれない。

 画家志望とか絵師の女の子を演じる時のためにもお客さんの様子を観察してみたり。こういう道具もあるんだ、としみじみ感心してみたり。


「やっぱり一人だとちょっと重いな……。美桜ちゃん、悪いけどお願いしていいかな?」

「もちろんです。そのために来たんですから」


 軽いほうの袋を渡してもらって、お駄賃としてケーキを奢ってもらえることに。


「近くに美味しい喫茶店があるんだ。軽食も置いてるからそこでどうかな?」

「じゃあ連れていってください」


 お兄さんは笑って「OK」を出し、わたしを導いた。

 路地を一つ入ったところにある落ち着いた雰囲気のお店。

 知る人ぞ知る名店らしく、わたしたちが入ろうとしたところでちょうど一人の女性が出てきた。

 女子大生? お兄さんと同い年くらいだろうか、と思っていると。

 彼女はわたしたちに視線を向けて、


「……久しぶり」


 女性ではなくお兄さんのほうが口火を切った。

 その声で女性の目がすっと細くなる。戦闘モードのオーラがこっちに向けられて、


「今はこんな若い子と付き合ってるんだ」


 わたしがmioだとは気づかれなかったみたいだけど、咎めるような声が痛い。

 ここまでのやりとりでなんとなく事情は察した。

 お兄さんが中学~高校時代に関わった女性のうちの一人だ。関係がなくなったことについてたぶん、あまり納得していない。

 女の子には男の子の横暴を責める権利はあんまりないんだけど。

 駆け引きの一つとして相手の罪悪感を煽ろうとする手合いは一定数存在している。そういうのはお兄さんみたいな善人にこそよく効く。

 お兄さんもお兄さんで、適当にあしらえばいいのに眉をひそめて、


「この子はそういうんじゃない。ただの友達だよ」

「ふうん、そう」


 案の定、彼女の声はさらに硬くなった。


「そっちの子がどう思っているかは別だと思うけど」

「悪いけど、あんまり絡まないでくれないか」

「絡む? なにそれ、私が悪いことしてるみたいに。私にはそれくらい言う権利が」


 ああもう、お兄さんてば、女の子の扱い上手いくせにどうしてこういう時だけ。

 じれったくなったわたしは変装を解くと「そうですよ」と答えた。


「わたしには下心があります。すみませんが、この人を渡す気はありません」


 これにはさすがに相手も怯んだ。


「え、うそ。もしかしてmio? それって──」


 あまり楽しい話じゃないけれど、同じくらいの可愛さならたいていは若い子のほうが好まれる。

 ましてその若い子のほうが知名度や収入で優っていたら? マウント合戦をして男の子を奪い合っているような女子にとっては死活問題。

 お兄さんもため息をついて「もういいだろ」と告げる。

 そっと肩に乗せられた手がわたしの身体を引き寄せて。


「もう俺たちにつき纏わないでくれ」


 店のドアが引かれても、女性が追いすがってくることはなかった。



    ◇    ◇    ◇



「ごめん、美桜ちゃん。あんな芝居までさせちゃって」

「気にしないでください。大したことはしてませんから」


 隅のほうの席に座ってそっと言葉を交わすわたしたち。

 まだまだ食欲旺盛なお兄さんと、人一倍運動量の多いわたし。午後のおやつタイムとは思えない量のメニューがテーブルに並んでいるのはご愛敬。


「でも、あんな嘘までつかせちゃって」

「いいんです。別に嘘ってわけじゃありませんから」

「え?」


 驚いたような顔をする彼をじっと見つめて、わたしは。


「お兄さんのこと、わたし、けっこう好きなんですよ?」

「な」

「こんなこと言っても困らせちゃいますよね? もちろん、どうこうする気はありません。だから、今まで通り付き合ってくれますか?」


 いつからだろう、胸の内に生まれていた思い。

 形にすることはきっとないと思っていたのに、いざとなったらあっさり唇から漏れてしまった。

 ああ。

 やっぱり言うんじゃなかったと思いながら。

 困ったような顔をするお兄さんを見て「ごめんなさい」と告げようとして。


「そんな事言われたら、我慢できなくなるだろ」

「え?」

「せめて美桜ちゃんが高校生になるまで我慢しようって思ってたのに」


 お兄さんから向けられる視線の色が変わっている。

 わたしにその意味がわからないはずがない。純粋なだけじゃない、女の子の身体に対する欲も含めた、強い熱量。


「俺だって好きだ。……君が同じ気持ちだって言うなら、俺は」


 ああ。

 こんな奇跡があっていいんだろうか。

 偶然から出会ってマンガのパートナーになったわたしたち。それだけだったはずの絆が、もっとかけがえのないものに。

 わたしは瞳に涙を浮かべながら「本当にいいんですか?」と尋ねた。


「わたし、けっこう嫉妬深いですよ? 別れてくれって言われてもなかなか納得しないかも」

「いいよ。俺もこう見えてけっこう束縛がつよいほうなんだ」


 なら、相性がいいかもしれない。

 わたしは精一杯の笑顔を作って、


「じゃあ、愛想をつかされないように頑張りますね」


 この世界では女の子が努力するのは当たり前だから。


「料理でも、マンガのお手伝いでも、コスプレでも。お気に入りのキャラの声真似とかでも。……もちろん、えっちなことだってお兄さんが望むなら」

「ストップ! 美桜ちゃん、ちょっと待った。その発言はいろいろまずいから。ほら、オーナーも変な顔してるから。いや待ってください、親指を立てられても困るんですよ! ああもう! そりゃ俺だって嬉しいけどさ!」


 そんなこんなでわたしたちは恋人同士になり、その報告をしたところお互いにとって大切な相手であるほのかにたいへん驚かれた。


「やっと付き合うことになったんだ、二人とも」


 うん、ちょっと驚きの方向性が違った気がするけど、まあ仕方ない。

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