仕方ないから絆されてやるっ

「……ない」

「またかよ?」

 宮下頼人みやしたよりと、特に何も特徴のない平凡な男子大学生。

 パーカーにジーンズにバックパックがデフォルトの格好で、染めたことのない自然な黒い短髪で、顔だって可もなく不可も無く、人に不快感は与えないが目立つわけではないので、出会っても3〜4回挨拶しないと覚えてもらえないような存在といえばどれだけ平凡かわかってもらえるだろう。


「多分、あの人なんだよなぁ」

「……はぁ?特定できてるのかよ」

「昨日もいた。俺が部屋に入っていくところ見て、しばらくしたらいなくなったから多分そう」

「……御愁傷様」

 こそこそと友達と話す。

 この友達も言っちゃ悪いが平凡。きっと俺よりは平凡じゃないと言い張るだろうが、いつも「彼女欲しい」と泣いている言動まで平凡な平凡。


 類は友を呼ぶともいう。彼と俺が同じ境遇にはないことは確実だが。

 そこは類友ではなかったか。

 

「……はぁ。なんでハンドタオルなんか」

 今日は入れていたはずのハンドタオルが消えていた。いつかわからないけど、財布とスマホだけ持って学食の椅子にカバン置いたままにしてたからその時かもしれない。

 

 そんな感じで、ここしばらくものが消える。そして視線を感じる。さらには消えたものと同じようなものがポストに入っている。そんなコンボを繰り返す日々を送っていた。


 なくなっても代替品が戻ってくるから困らない、むしろ新しくなってしまって申し訳ない。丁寧に包装されていて、新品だとわかるものは仕方なく使ってしまっているし。

 ストーキングされているわけだけど、ただ、なんで俺なんだろうという疑問とそれ以上の実害がないからそのまま放っておいてしまって今に至る。


「見られているよなぁ……バイトまでは時間があるし……」

 それ以上に放置した理由はこっちが大きいかもしれない。

 講義後は夜ギリギリまでバイト。早朝も入れればバイトいう大学とバイト先と家を行き来するような生活を送っている状況で、実害がないからいいやというのが本音でもある。


 聞いてみたい。なんで俺なんかをって。

 そんな思いがムクムクと湧いてくるのがわかった。

 一応時間はある。なら行動あるのみだ。


「僕は小関薫こせきかおるという者です。初めまして、宮下頼人君」

 ふんわりと微笑みながら自己紹介始めたのが、ストーキングしていた男だ。

 初めましてなのに自分の名前を知っているし、ニコニコと微笑んでいる。


 思っていた以上に穏やかな邂逅になってしまったと気がついたときは遅かったのかもしれない。


 見られているのはわかっていたから、一回撒いたように見せかけて、背後にまわった。

「俺に何か用っすか?」

 俺を見失ってキョロキョロしているところに突撃してみれば、最初はびっくりしたようだが、すぐに嬉しそうに微笑んだのがわかった。

 

 深く帽子を被って、メガネにマスクっていうあたかも変装していますという格好を解いて、現れたのが、キラキラと花が舞うようなエフェクトが似合うような美人だった。


 体格やら骨格やらそもそも身長が俺よりも10センチ以上大きい時点で女性じゃないことはわかっていたけど、美形というよりも美人という表現が似合う男で、思わず息を呑んでしまったのは仕方ないと思う。


 そんな美しい男が、相貌を柔らかく崩して本当に嬉しそうに微笑んだんだ。

「君から声かけてもらえるなんて嬉しいですね」

 そして、心底嬉しそうにそう言われて仕舞えば、平凡である俺は「あ、はい」しか答えられなかったもの間抜けだけど、仕方ない。


「バイトまでまだ時間あるから、そこのカフェで一休みしましょう?僕が奢りますから」


 バイトの時間を知っているのは些か気色悪いが、カフェなら人目があるからと、オーケーした結果が現状だ。


 人目はあるが、人目を惹きすぎる。

 カフェに入った途端に女性の目の色が変わったのが俺でもわかるくらいで、席に座ってからは、俺も値踏みされているようで居心地が悪いったらない。


 しかし男の方は終始ニコニコと微笑んで、俺の手をとってエスコートせんとばかりに、椅子を引こうとしたり、荷物を預かろうとしたりしてきた。


 やっと注文のアイスティが来て、一口飲めば、人心地ついた気がする。

 それでも視線はうるさいのだが、それも慣れてきてしまう。

 どうせ自分に向けられているものでもないし。


 優雅にコーヒーを飲む姿が様になっている男に視線を向ける。

 何度見ても、なんでこんな人が自分なんかをという疑問しか湧かない。


「なんでしょう?僕に何かついていますか?」

 嬉しそうに視線を合わせてくるので、咄嗟にそらす。

 男はそれに対しても嬉しそうにしている。

 何がそんなに嬉しいんだろうか。


「あんた、俺に何か用なんすよね?」

「小関薫です。頼人君」

 ふふっと笑ってコーヒーを飲む。

 なんというか、ここだけ異空間だ。


「小関さん?」

「うん、下の名前じゃないけど、今はそれでも嬉しいですね。頼人君に名前呼んでもらえる日が来るなんて」

 頭が痛くなるようなやり取りである。

「で、小関さん、俺に何の用があるんすか?」

「ん?ん〜?用ですか。無いですよ?」

「無い?」

 小関さんのなんとものんびりとしたペースに飲み込まれそうになるのを堪える。

 これが別の誰かならイライラするかもしれないが、この風貌でこの雰囲気なら仕方ないと思ってしまう。

「ええ、ただ頼人君のことを見ていたかっただけなので。強いていうなら、‘興味’ですかね?」

「ああ、小関さんにとって俺みたいなのは珍しそうですもんね」

 ちょっとだけやさぐれた気持ちになってしまった。


 物語ならモブである俺に対して、確実にメインキャラを張れるのが小関さんだ。きっとメインキャラ街道を直走ってきた時にちょっとよそ見したら俺みたいな平凡が見えて、面白くなったとかそういうところだろう。


「ええ、珍しいというか、とても素敵だなと思ったんですよ。それと同時にちょっと心配になってしまって。気がついたら好きになっていました」

「へ?」

 ふふふっと頬をほんのりと桜色に染めてこちらを見る小関さんに、俺は豆鉄砲を喰らったように呆然としてしまう。

「最初は飲食店で見かけたんですよ。時給は変わらないはずなのに誰よりも動いているところに目が行きました。しばらく通ったんですけどね。気がつきませんでしたか?」

 こんな美人がいれば噂に……なってたな。俺は忘れていたけど、女性キャストがキャッキャッしていたのは小関さんだったのか。

「その後、早朝コンビニのゴミを片付けているところを見かけて、さらに別の日の夜には居酒屋の呼び込みしてましたよね?働き者だなと目が離せなくなりました。最近は大学のゼミの教授の手伝いをしていますよね」

 外の話はいい。生活圏内が被っていれば出会うこともあるだろう。しかし、大学内の話はちょっと怖い。

「そんなに怖がらないでください。僕は頼人君の先輩にあたるのですから。教授のゼミに僕もいたので、教授に久しぶりに連絡しました。驚いていましたよ」

 そうだろう。いきなり卒業生から在学生の俺の話が出てくるのだから。

「ちょっとだけ君の話をしました。バイトの掛け持ちを頑張っているのは素敵だけど、体が心配だと」

「……もしかして……」

 教授に手伝いの提案をされた時、バイトの掛け持ちの話が出たし、そこの時給も聞かれて、少しそれに色をつけて出すと言われたのを思い出した。

 教授がそんなことをと思ったが、裏でこの人が働きかけていた?何のために?

「心底不思議だという顔をしていますね?」

「そりゃそうでしょう?」

「ですから、興味ですよ。頼人君に興味を持ってみていたら、いつ休んでいるのかと思うほどバイトしている。家に帰ってきても夜遅くまで電気は消えませんし、朝は早くからバイトです。睡眠時間が心配です。君は試験やレポート提出前もバイト減らしてはいますが、休まないでしょう?それに、それだけバイトしているのに自分の身の回りのものには無頓着なのも心配です」

 身の回りの物と言われて、周りにも「買い換えたら?」と言われるようなものがなくなって、代替品が返ってくるのを思い出した。

「せっかく綺麗なものをあげてもきっとものが増えるだけで困ると思ったので、古いものをいただいて、綺麗なものをお送りしていたのですが……」

 うん、気持ち悪いな。おっとりと言っているが、それ犯罪だから。


「えっと……小関さんは、俺が可哀想な子だと思ってるってことっすか?」

 確かにバイト掛け持ちしている。それは俺が、再婚した母にそして義父となった人に遠慮してできる限りの支援を断ってしまったからだ。

 本当は自宅からも通えるが、母に義父、歳の離れた彼らの間に生まれた妹という新しくなった家族の形に馴染めなくて、家を出ただけだから。

 母は女手一つで俺を育て、義父は俺に配慮する形で再婚を10年くらい待っていたらしい。母は義父との子どもを諦められなくて、40歳を越えたところで高校生だった俺に結婚したいと許可を求めてきた。

 その時点で、嬉しかったけど、俺が邪魔になるなとも思った。

 義父は俺も本当の息子のように接してくれたけど、妹ができた時に、俺は勝手に疎外感を感じてしまった。

 だから、学費は奨学金をもらって、生活費は自分で何とかするということで家を出た。

 人によってはそれを可哀想と称す人もいるが、俺は違うと思う。

 俺の勝手なんだ。


「可哀想?可愛いとは思いますが、可哀想ではないですね」

「か、かわっ!?」

 突然の「可愛い」発言に、顔から火が出るとはこのことかと感じる。今俺は顔が真っ赤だろう。

「ええ、可愛い。頑張り屋さんで、一生懸命、でも自分のことには無頓着な頼人君は可愛くて愛おしいです」

「……え?」

「そうでなければ、こんな犯罪みたいなことしませんよ」

 犯罪だってわかってたんかい!と叫びたかったが、それどころではなかった。

「ふふふっ、真っ赤ですね。可愛いです」

 小関さんは、「ん〜?」と首を傾げたあと、うっとりと微笑んでまっすぐ俺を見つめたまま言った。


「僕は頼人君のことが好きですよ」


 それからの記憶はおぼろげで、熱に当てられたというか、ぼんやりと夢現の状態で、気がついたときはバイトも終わって、ポストに入っていた真新しい有名なブランドのハンドタオルを握りしめていた。

 

 そんな感じで熱に浮かされたまま眠ったからか、有り体に言えば夢精した。

 あの綺麗な顔が、穏やかな声が、心底こんな俺を愛おしいというよう微笑んで「好きですよ」と連呼しながら、抱く夢をみたら仕方ないと思うしかない。

 いや、色々ダメかもしれないが、久々の感覚で頭を抱えた。

「……そうなるよな。っていうか、俺、そっち!?いや、そうか?う〜ん……とりあえず起きよう」

 早朝バイトの時間も迫っているし、難しく考えたところで頭の良い答えなどでるものではなかった。


 驚いたのは自分自身が男同士でも全く嫌悪感を抱かなかったことにある。自分が抱かれる側というのは想像したこともなかったが、彼の雰囲気ならばそうなるのも頷けてしまう。

 それよりも、何よりも。

「俺、喜んでる……?」

 なんか嬉しかったのだ。

 まだ、この感情に名前をつけたくはなかったが、きっとそうなのだろう。

 彼が何者かとか、男同士だとか、見た目やら何やらの格差とかそういうのを考えなくてはならないのかもしれないが、そういうことを吹っ飛ばして、自分を好きでいてくれる人がいることが嬉しかった。


「だからと言って、これは違う……!」

「あれがそう?すごくないか?」


 遠巻きにされてはいるが、女子たちが喜色満面でチラチラと視線を送っている先に、小関さんはいた。

 俺にバレて隠す必要がなくなったからか、帽子も眼鏡もマスクもしていない。その美しい姿を惜しげもなく晒して、大学の庭のベンチに座って本を読んでいた。


「話しかけにいかなくていいのか?」

「行ったら行ったであとが面倒になるのが目に見えてる」

「あ〜、質問攻めに合うな」

「そう」


 声をかけたら最後、それを見ている女子たちにどういう関係かとか誰なのかとか色々と質問され、挙句、紹介してと言われかねない。

 それはなんか嫌だなと思いながら、ぼーっと見ていると、バチっと視線が合ってしまった。


 小関さんは嬉しそうに微笑んで手を振ってくる。俺はそれに対して複雑な感情が湧いてきてサッと視線を逸らしてしまった。

「行こう」

「いいのか?」

「いい」


 小関さんの噂はあっという間に広がった。

 とんでもない美形がいる。どうやら卒業生で図書館を利用しにきているらしいとかカフェで本を読んでいたとか、教授と話していたという話が耳に入ってくる。


 ついでに彼はバイト先にもちょくちょく顔を出すようになった。

 大衆居酒屋には似つかわしくない彼が一人でハイボール片手にたこわさを突いていたときはなんのホラーかと思ったほどだ。

 早朝のコンビニにも何だかんだ買い物に来るし。

 だからと言って、彼から声をかけられることはなく。ただ変装を解いて俺をストーキングしているだけのようだった。

 

 そのおかげか、ものがなくなることはなくなったけど。

 何となくモヤモヤする。

 このモヤモヤが何なのかわからなくて、イライラする。


「あの!最近大学に来ていますよね?」

「え?そうですね。僕、卒業生なんですよ」

「そうなんですね?何学部だったんですか?」

「文学部です」

「じゃあ、先輩ですね!あの、よろしければカフェで少しお話ししたいなって」

 

 とうとう勇気を出した女子が小関さんに声をかけてしまった。

 困ったように微笑む小関さんに、周りの人たちもその行く末を見守っている。

 

「断れよ……」

 ぽろっとこぼれた言葉に自分自身で驚いた。

 そして、実感してしまった。

 そうしたら行動するしかなくなった。


「あんたが用あるのは俺だろう?行くよ」

「あ、頼人君!はいっ、行きましょう!どこへ行きますか?」

 グイッと腕を掴んだ俺に気がついた小関さんは一気に花が咲くように微笑んで、俺の肩を抱いて歩き出した。

 それは呆気に取られているギャラリーから俺を隠すような感じだった。


「今日はバイトはお休みですよね?そうだ、僕の家に来ませんか?お話したいことがあって。何もしないので安心してくださいって言っても、僕の言うことは信用できませんよねぇ。う〜ん、一旦カフェに行きましょうか?」

 ぎゅっと肩を抱きながらウキウキとした足取りで歩く小関さんに微笑んでしまう。

 それとは裏腹な「信用できませんよね」という言葉に、学内で声をかけてこなかったのは、不安だったからかと勝手に納得する。

 やり方はともかく、彼は本当にちゃんと俺を好きなのだ。

「……小関さん家でいいよ。俺も話したいことあるし」


 ちゃんと言おう。俺も好きだよって。

 出会いや何やらはどうあれ、ちゃんと大切にしてくれるなら、俺は嬉しかったから、好きになってたよって。


 嫉妬でモヤモヤしていた心が晴れて、彼の隣にいる覚悟はできたから。


 その後、もう一度ちゃんとお付き合いしたい旨を伝えられて、俺はそれに頷いて、あれよあれよと一緒に住むことになったり、小関さんの仕事の手伝いをするようになったり、最終的にあの時夢に見た、小関さんに甘やかに愛される日々を送り続けるようになるのだが、それはまた別のお話。


 そうそう、俺から取った古い俺の持ち物は、小関さんに大事に保管されているものが多かったけど、身につけていたものに関してはナニに使ったりもしていたようで、穏やかな人だけどそういうところはちゃんと男性なんだなと、ちょっと白い目で見たら、「そんな視線もゾクゾクしますね」と変な扉を開けそうになったので、この人はただ穏やかな美人ではなく、やっぱり変態だと認識を改めたのはいうまでもない。

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1話完結の書き投げBLアンソロジー 和水 @nagomi-369

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