1話完結の書き投げBLアンソロジー

神子矢 和水

東雲くんが諦めない

「ユノさんは連れてくから!」

 そう言って、転移陣の光が収まっていくのを見ながら、こちら側の人間が無事勇者一行を元の世界へ送り返せたとホッと気を抜いた一瞬の隙をつき、勇者、東雲春時しののめはるときは目にも止まらない速さで、愛しのユノの腕を引っ張った。

「え?え〜〜〜〜!?」

 無抵抗なユノの体は消えゆく光の中へと叫び声の余韻をこちら側に残して消えていった。


「……ユノ殿が欲しいと言うのは冗談ではなかったのか……」

 残された高位の神官であるとわかる服装の男性の呟きは誰にも拾われることはなく、転移陣の消えた神殿の広間らしい場所は騒然となっていた。


ことの起こりは、もう20年ほど前になる。


「おじいちゃん……」

 そう泣く孫やひ孫たちに見送られ、解脱か輪廻転生かと言う岐路にたったであろう一つの真白き魂が行き着いた先は、不思議な空間だった。

 ここが魂の裁定の部屋かとも考えたが、どうやら違うらしい。


「ごめんなさい!あなたに頼みたいことがあるの!」

 目の前にはキラキラとした光彩を纏った絹のような白い布を上手にドレスのように着こなしたモデルのようなプロポーションの女性が頭を下げて立っている。

 死してすぐに謝られるというのもなんだか異様なものだったが、それよりも、こういうの若い頃によく見たなという既視感を覚える方が先だった。

「あ、異世界転生……」

 若い頃、よく見た記憶がある。一時代を築きあげ、ブームは去った後も一定の需要があり、すでに定番となった物語の設定だ。


「ああ!やっぱり知っていたのね!それなら話が早いわ!」

 ガバッと長い銀髪を揺らして顔を上げた。

 絶世の美女である。

「あのね、これから20年ほどすると私の世界に厄災の悪神が目覚めてしまうの。その時に異世界から……と言ってもあなたのいた世界なんだけど、勇者を召喚して悪神を倒してもらわないと世界が滅亡してしまうの。でね、その勇者たちの案内人としてあなたを私の世界に転生させたいの!」

 美女に詰め寄られているが、自分は97歳という大往生だったため、どうしても孫におねだりされているおじいちゃんという構図をイメージしてしまう。


「案内人?」

「そう、案内人。勇者を召喚するための道標になる人物で、さらに勇者を強くしながら悪神の元へ導ける人格者!お願いします!本当なら解脱して、子孫を上からサポートするお役目に移行するはずだったんだけど、だからこそ、あなたがふさわしいって思ったの!」

 これからの人生、神様だったかぁとぼんやりと思う。

「お願い!お願いします!」

「えっと……なんで、勇者を召喚するだけじゃダメなんだい?と言うよりも、むしろ悪神とやらはそちらの人間で倒せないのかな?」

 髪を振り乱さんばかりに頭を下げる美女。私の世界と言ったから神様か?

 こんな創造神ってしゃべるもの?日本の天之御中主様なんて、すぐにお隠れになってしまったよ?


「厄災の悪神というのは、私の世界の負の感情を集めて凝縮したような存在なの。で、その感情と波長があってしまうその世界の人では倒せない厄介な存在なの。そこで異世界から勇者を召喚して倒してもらって浄化してもらうのが私の世界の方法なの」

 ここまではわかった?と首を傾げる女神に頷く。

 一生懸命に今日あった出来事をお話ししてくれる孫を思い出す。内容は全く可愛くないが。

「異世界から勇者を召喚すると、どうしても能力を授けても最初は戦ったこともなかったり、魔法を使ったことがなかったりで戸惑うことも多いし、それを教育する人間が勇者を使って権力を掴もうとしたりすると悪神が倒せなくなる恐れがあるの。自分の娘と既成事実を作らせようとしたり、勇者を囲って他国に戦争を仕掛けたり、そんなことで世界が崩壊したことがあって、やっとここまで成長した世界なのに、またそんなことでぐちゃぐちゃにされるのは嫌なの!」

 グッと手を握り締め、悔しそうに顔が歪む女神を見るのは初めてで、どうしていいかわからない。が、わかるのは、人間は愚かであるということだ。

 もちろん賢くもあれるが、浅ましくもなれるということだ。

「そこで、あなたのような勇者の世界で生きた魂を前世の記憶をうっすらと残して、勇者に先立って転生してもらおうと思ったの。そして、権力やしがらみにも負けない地位に立ってもらって、勇者のための案内人になってもらおうと思ったの。お願いします。私の世界の救い手となってください」

 女神とはいえ、見た目は孫くらいである。孫がこんなに必死で頭を下げているのに知らんぷりすることはできなかった。

「うん、私ができることなら力になるよ。どうすればいいか教えてくれるかな?」

「ありがとう!!」

 パァッと嬉しそうに綻んだ笑顔に同調するようにその世界が色付いたのは見間違いではなかったはずだ。


 それから幾星霜、案内人としての役割を果たすその日を神職者として時折女神の御信託を受けながら待っていた。


「ユノ!御信託が降ったというのは本当か!?この厄災を止める勇者が転移してくると!?」

 ユノと呼ばれた私はあれからこの世界で生まれ変わり、20歳を迎えていた。

神職者であるため、婚姻をすることはないが、もししていいなら適齢期真っ只中である。男性は18歳から25歳が適齢期であり、女性は16歳から20歳くらいの世界だ。

「はい。女神フォルトゥナ様からこの数日中にこの大聖堂地下の女神の間に転移陣が現れるとのことです」

「数日!?詳しい日程は!?」

「数日と。転移陣がブレる可能性があるので、そこにいるのは私と教皇様、扉番と見届け人として大司教様3名までとのことです」

「人数制限もか!?」

「はい。転移が失敗に終われば、この世界もあちらの世界もどうなるか分かりかねます」

「そうか……わかった!教皇様にはそう伝えよう!」

 慌てた様子で自分の前から去っていった司教の後ろ姿を見送って、私は肩の力を抜いた。


 転生の時に話した女神はフォルトゥナと言い、この世界の最高神であった。

 ここはその女神の信仰を世界に広める一種の宗教国家フォルオルである。


 私はあのあと転生し、この国の象徴である大教会の祭壇の上に置かれた。誰かが祭壇に神の加護があるようにと捨てた体にしたとフォルトゥナから聞いたが、見事に朝日が私に光を当ててくれたのが「祝福された子」に見えたらしいので大成功と言えるだろう。


 そのまま大教会の神職者として育てられ、今では特別も特別「聖人」という称号を与えられている。

 おそらく女性だったら「聖女」になるのかもしれないと思うが、元の世界の感覚だと「聖人」は死後与えられる称号のようなイメージがあるし、教えも何も持ってないのに面映い感じがする。

 教皇すら一目を置く「聖人」。

 確かに権力やしがらみがないし、魔術も戦術も一人で一国の軍隊を倒せるくらいには身についているので、それこそ私を取り込もうとする人間はいても楯突こうという人間はいなかった。

 

 この世界では珍しくもない赤茶の髪に茶色の目、背もこの世界の平均が175cmくらいなので167cmの自分は低い部類に入る。神職者特有の節制生活もあり体重は59kgと軽め。顔も平凡。

 この辺りは髪と目の色がこの世界の平均値に収まっただけで、前世とほぼ変わりない。つまり、立場以外はいわゆるモブである。


 それでも最初のインパクトのおかげでこうして無事にフォルトゥナと約束した日を迎えられるのだ。


「……ここは!?」

「ようこそ勇者様方」

 フォルトゥナの言葉通り数日後転移陣が現れ、それが光り輝きだし、その光が収まると勇者一行がそこに現れた。


 勇者・東雲春時はモデルかと思うほどのスラットした青年だった。18歳だという。整った顔立ちで色白だが髪は艶やかな黒髪、瞳は緑色がかっているように見えた。笑うと少し幼い。

 そのほかに、戦士の剛田、銃戦士の安山、光の治癒師の清美、魔法使いの糸というバランスの良い布陣だった。おそらく清美はラノベなどなら聖女となるのだろう。私が聖人であるがばかりに混同する称号は使わなかったようで、申し訳なくなったのは気のせいではないだろう。

 勇者以外がフルネームでないのは、勇者がそう紹介して、本人たちが頷いたからだ。


「私がこれからあなた方を厄災の悪神のもとへ導かせていただきます。ユノと申します」

「俺、東雲春時です!こっちから剛田、安山、清美に糸。ユノさん、よろしくお願いします!」

 いわゆる陽キャという者だろうかと苦笑しながら、「よろしくお願いします」と答える。

 

「ものわかりが良すぎやしないか?」

 教皇が疑問に思うのももっともではあるが、こちらとしてはその方がありがたい。1から全て説明して、何もわからないまま命をかけろでは申し訳なかったのでここもフォルトゥナに頼んでおいたのだ。

「女神フォルトゥナ様の眷属である女神ノルン様が転移時に説明してくださったのでしょう。加護も付与されているようです」

「そうか。それではユノ、このあとのことはお願いしても良いのだろうか?」

「はい。教皇様は世界へこのことを広めてくださるんですよね?」

「ああ、それが私の役目だからな。厄災の悪神が目覚めること。勇者一行が倒しに来てくれたことを世界に発信しよう。そして、勇者一行はこの世界の至宝、女神フォルトゥナ様から借り受けた特別な者たちであるから、不埒なことをしないよう釘を刺さねばな」

「勇者をめぐって戦争なんて、厄災の悪神を増長させるだけですからね」

「ああ、それ以上に、ユノの仕事を増やすのは心苦しいからな」

 苦笑いの教皇も表情を引き締めて、勇者一行に向き直る。


「戦闘のないところからお見えになったと伺う。この世界のために感謝する。この後、心ばかりではあるが歓迎の意を込めて晩餐会を行おうと思っているので、ご参加願いたい。戸惑うことは多かろうが、ここにいるユノはとても優秀な神官で「聖人」の称号を持っているので、困ったことがあったら彼を頼ってほしい。それでは私は勇者様が現れたことをこの世界のものたちに知らせてこなければならないので、失礼する」

 それだけ一息に言うと教皇は深く一礼をして、大司教一人を残し、女神の間を出ていった。


 それからの日々は地味ではあったが、フォルオルから仕事以外で出たことのなかった私にとって、とても有意義なものだった。


 勇者一行は飲み込みが早く、それこそ最初はスライムやホーンラビットなどの弱い魔物ですら取りこぼしていたが、数日するとコツを掴んだのか魔熊などをソロで倒すことも可能となっていた。

 

 目を見張る成長を遂げているのは勇者だった。

「ユノさ〜ん!!俺強くなった?」

「なりましたよ、東雲くん」

 自分の三倍くらいの大きさはあるだろう魔熊や魔猪を一撃で倒し、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる東雲くんに思わず微笑んでしまう。


 「勇者様」と呼ばれるのは嫌だと言うので、「東雲様」と呼んだら、それも気に食わなかったらしい。「東雲さん」でもダメで、清美さんと糸さんが「東雲くん」と呼んでいたので、それに習ったら、嬉しそうに笑っていたので正解だったようだ。それからは「東雲くん」と呼ばせてもらっている。

 ちなみに他の人は「さん」付である。剛田さんや安山さんも「くん」で呼んでみたら、慌てたように拒否されたのだ。

 ちょっと心の距離があって寂しさは感じたが、その直後現れた、巨大なトロールキングを東雲くんが一刀両断して「くん付は俺だけにしてね」と念を押されたので、勇者だし特別感を出したいのだろうと、他の人は「さん」付のままにしている。


 戦闘に慣れてきたら、今度は全国行脚である。といってもこれも悪神を倒すために必要なことで、悪神を強化してしまう負の感情の種をなるべく取り除いていくことが必要なのだ。

 それは戦争を起こしている国などの調停だったり、身分間の不満の解消だったりと色々である。

 これが結構面倒くさいものなのだ。


 そして、貴族の中にはあれだけ言っても勇者を取り込もうと言う者もいた。


 それはとある上級貴族の屋敷に招かれた時だった。


 貴族の屋敷に泊まることは珍しくなく、晩餐会で歓迎されることもいつものことなのだが。

 

「……はぁ……」

 迂闊に出てくるものを食べないと言うのは常識ではあるが、それでも晩餐会で全く手をつけないわけにはいかない。

 まして、私ユノ、東雲くん……というように一列に座らされ、正面には貴族の関係者が並んでいる状態で手をつけないのは不自然になる。

 自分の地位を考えれば、この料理、料理自体は問題ないが、を出してくること自体が不敬になるのだが、彼らの様子から、私の立ち位置をよくわかっていないのだろう。勇者の従者くらいに思っているようだ。

 この国の国王と教皇様に連絡だなと考えていると、東雲くんの手が太ももに置かれた。たまにこのようなスキンシップを東雲くんは取るので、これもいつものことだ。

「ユノさん、これ清美から」

 カサっと折り畳まれた紙を手渡される。書かれていることはこちらが今頭を悩ませていることと同じことだった。

『ご自身とそちら側お二人をお願いします』

 空いているところに返事を書いて、東雲くんに渡す。

「ユノさん、OKだよ」

 おそらく状況を理解した東雲くんが今度は膝の上にあった私の片手を握り頷いた。


 毒無効の魔法をかける。

 この場合毒ではなく媚薬であったが。


「美味しい」

「この国自慢の料理です」

 皆が美味しいと言いながら食べると、貴族側も嬉しそうにしていた。

「お口にあったのなら良かった」

 

「……毒入りだけどね」

「……媚薬です。そんなに変わりませんが」

 東雲くんの呟きに思わず訂正してしまった。

 そっと視線を送ると東雲くんもこちらを見ていたので、思わず二人で微笑んでしまう。

 ハニートラップを仕掛けるつもりだったのか、それは失敗である。


 しかし、彼らは用意周到に、不敬に不敬を重ねるつもりだったらしい。

 

 晩餐会が終わり、各々が自分に割り当てられた部屋へ戻ったので、私はこそっと持ち帰った料理の一部とともに国王と教皇への手紙を書こうとした時だった。


「ユノさん!!開けて!!」

 ドンドンと扉が強く叩かれ、悲鳴のように自分を呼ぶ声が聞こえた。

「糸さん!?」

「ユノさん、俺もいる!」

「っていうか、みんないるから!」

 扉を開けると、東雲くんたちが雪崩れ込んできた。

 特に糸さんは青白い顔でガタガタと震えてしがみついてくる。


「何があったのですか?」

 糸さんを宥めながら、それぞれ好きな場所に座った彼らを見回す。

「えっと、逆にユノさんは何もなかったの?」

 ベッドに腰掛けた東雲くんに逆に問いかけられる。

「ええ、晩餐会の料理のことを国王と教皇に連絡しようと手紙を書こうとしていたのです。」

「……誰も来なかった?」

 清美さんにも聞かれる。

「ええ」

 私の答えに皆顔を見合わせる。糸さんも冷静になったのか、じっと私の顔を見ている。


「……部屋に戻って一休みしようとしたら、ベッドメイキングするって男の人が入ってきて、それで、いきなり脱ぎ出したの。気持ち悪くて魔法ぶっ放して逃げてきた。本当ここにいる男の人以外、男嫌い」

 糸さんが思い出したのか涙目になって俯いてしまったので、頭を撫でる。

 どうやら糸さんは男性からそういう目を向けられるのが生理的に受け付けない。そして高校の友人でもある勇者メンバーには心を許していたし、私は「お兄ちゃんみたいだから」という理由でこのように甘えてくることもあった。

「うん、私も同じ感じ。しかも『勇者様には見た目は劣るかもしれませんが、テクニックはありますので』とか言われたから、魔法で縛ってきた。そもそも私付き合ってるの東雲くんじゃない!安山くんだもん!」

 光の治癒師とあるが、正確には光魔導士の方が近い清美さんは、光を巧みに操り攻撃する術を身につけていた。

 そして、いつも「聖女」と間違われ、「聖女」は「勇者」とカップル扱いされることにも憤っていた。それが、今回はさらに怒りを増幅する対応をされたのだ。縛られて然りである。


「彼らは私たちが媚薬を無効にしているのに気が付かなかったのですね。ハニトラ仕掛けて既成事実を作って、取り込みたかったのでしょうが……」

「無理だな。俺、元の世界にいる恋人裏切らないもん。そもそも、女に興味ないし」

 剛田さんは男らしい顔に怒りを滲ませていた。

「だからと言って女を殴るわけにはいかないから」

「どうしたのですか?」

「シーツで包んで縛った」

「あ〜、そういう手があったか」

 そう言ったのは安山さんで、清美さんと手を繋いで清美さんの怒りを抑えている。

「僕、麻痺弾撃っちゃった」

「安山くん、それでいいと思うよ」

 清美さんに言われて、安山さんもほっとしたようだ。


「それより、ユノさんは大丈夫だったの!?」

 ガバッと視界いっぱいに東雲くんの整った顔が広がった。

「え、ええ。あ、そうですね。……あ、手紙書きたかったので邪魔されないように封印魔法でみなさん以外は弾くようにしたので」

「良かったぁ。ユノさんになんかあったらこの屋敷ごと木っ端微塵にしてたよ」

 怖いことを呟きながら東雲くんがヘタリこむ。

 使用人如きにどうにかされるほど弱くはないと思いながら、苦笑いしか出てこない。


「あ、皆さんにも自衛を促しておくべきでしたね。申し訳ありません。それよりも東雲くんは大丈夫でしたか?」

 そう尋ねると、東雲くんはぴょこんと立ち上がり、親指を立てた。

「大丈夫!俺のところに来たの多分ここの娘だけど容赦しなくて良かったよね?……今頃いい気分で幻想に浸っているんじゃないかな?」

 一番怖い子がいた。幻覚魔法、敵を撹乱するときに使うものだが、使い方を考えれば、幻想世界に誘うこともできてしまうのだ。


「っていうかさ、俺の時も『聖女様でお楽しみでしょうが』とか言われたんだけど!なんで!?俺、楽しむならユノさんがいい!あ、そうだよ、媚薬で乱れるユノさんを介抱する俺っていうシチュも体験したかったなぁ。そうなったら介抱じゃ済まないよなぁ。絶対我慢できないもん」

 どんどんと声が小さくなってブツブツと独り言のように何かを呟く東雲くんにみんなの表情がなくなっていく。糸さんに至っては「楽しむなら」あたりから私の耳を塞いできた。楽しむなら何?


「……ユノさん、私部屋戻りたくない」

 糸さんのその言葉に、みんな頷く。

 それはそうだ、部屋にはまだきっと自分を襲おうとしたこの屋敷の使用人が転がっているはずだ。

「ユノさんさえ良ければ、この部屋でみんなで寝てもいいかな?なんて」

 東雲くんが頬を掻きながら照れたように言う。

 なぜ照れるのかわからない。

 そういえば、仕方なく野営する時も、女性陣は二人一組で、あとは一人用の小型テントで分かれて寝ていたんだと言うことを思い出す。

「そうですね。雑魚寝のようになってしまいますが、良いですか?」

 その言葉に全員頷いて、結局女性陣がベッド、私がソファ、残りの三人は野営用の寝袋で床に寝ることになった。

 

「私はこのことも含めて、国王と教皇に連絡してから寝ますね」

 そうしてこの貴族の屋敷での一日は終わったのだが、この件がきっかけとなり、より勇者一行との絆が深まったように感じた。


「ユノさんの寝顔、か〜わいい。大好き」

「……東雲くん、顔溶けてる。キモい。ユノさん起きちゃうから、どく」

「え〜、もっと見てたい」

「……キモいって思われてもいいならいいんじゃない?」

「……やめます」

 なんとも反応のしにくいやり取りが夢の中で行われている。

 前世から特徴のないモブ顔で、だからこそ前世では平凡でも穏やかな人生を送れていたのだと思っている。

 東雲くんたちはいわゆる一軍と言われるような人たちだから、異世界転移などに選ばれたのだろうと思う。

 普通に生きていたのでは接点のない人たちだ。

 そう思って、モブ顔だけどそういえば普通ではなかったなと考え直す。普通ではなかったから出会ったのだ。こんな経験できるのはフォルトゥナに感謝しかない。


 そう、フォルトゥナは勇者の転移に力を使ったため、現在おやすみ中で信託はほぼ降りない。ほぼというのは眷属の女神ノルンがこちらの問いかけに答えてくれる形で信託をくれるのだ。

 悪神を倒せば再びフォルトゥナの力で元いた世界に勇者たちを戻さなければならない。そのためには万全を期さないと最高神であっても転移は失敗する恐れがあるのだ。


 一応、このことはノルンにも報告しておく。見ているだろうからわかるだろうけど。この貴族の処遇をもしかしたら信託によって決めるかもしれないからだ。


 教皇の動きは早かった。手紙につけた転移陣を起動し、朝食のため部屋を出ようとした時、神聖騎士団の副団長と勇者転移の際にもいた大司教が扉を叩いたのだ。

 その少しあと、各々の部屋を見てもらい説明している時に国王側からも偉い人が送られてきて、もう一度説明する羽目にはなったが。


 結局、ノルンの信託を降ろすこともなく、この貴族は勇者一行への不敬を働いたこと、国家の命に背いて勇者を取り入るという行為を行おうとしたことが国家反逆の罪となり、捕まった。

 

 そして、国王側から教皇側への謝罪が行われた。これは簡易なものであったが、正式なものは後日国王がフォルオルへと向かい教皇に謁見して行われる。

 勇者は誰のものでもない。どこの国にも属していない。強いていうなら最高神フォルトゥナからの贈り物を預かっているだけの話なのだ。

 それを忘れてはいけない事件だった。


 そうそう、東雲くんを襲ったこの貴族の娘の幻覚というのは、東雲くんに手練手管に蕩けさせられてしまうというものだったらしい。

「勇者様は私を愛していらっしゃるのよ!ねぇそうですよね!?」

 連れて行かれる時に叫んでいたが、東雲くんは見たこともない苦虫をこれでもかと噛み潰したような顔をしていたが、私と視線が合うとハッとしたようにいつものように微笑んだ。

「ユノさん、俺はあんなの好きじゃないよ」

「ええ、知っていますよ?」

「え!?俺の気持ちバレてる!?」

「え?気持ち?」

「ユノさ〜ん!」

 そんなやり取りの後、ぎゅっと東雲くんに抱き締められて、大型犬と戯れる感覚に陥ったのは間違っていないだろう。


「……東雲くんも東雲くんだけど、ユノさんって神職者だからかな?鈍感すぎない?」

「うん、東雲くんあれ、ユノさんの頭頂部嗅いる」

「たまに腰触ったり、首筋ガン見してたりしてるよね」

「ユノさん、逃げて」

 清美さんと糸さんが呆れたように見ていたのだが、全くもって気がつくわけもなく。

「たまに東雲が羨ましくなる。俺も帰ってあいつ抱き締めたい」

「……僕も流石にみんながいる前で清美といちゃつけるわけがないからちょっと羨ましい」

 剛田さんと安山さんがそんな風に思っていたことも知る由もなかった。


 彼らがこの世界に転移してきて3年が経った頃、世界各地で起こっていた戦争や混乱は勇者たちによって平定され、災厄の悪神の元にたどり着くことができた。


 その頃には彼らは私のサポートなどなくとも圧倒的な力で悪神の影響で生み出された魔物たちを倒していった。

 私自身も魔物については倒せるのだが、悪神に関してはこの世界の住人なので倒すことができない。

 それが歯痒かったが、彼らが本当に見ず知らずの世界のために奮闘してくれるのはありがたかった。


「ここが……」

 広大な荒涼の大地に風が吹き荒れる。厄災の悪神が目覚める場所だった。

 すでに目覚めていておかしくない状況で、最終決戦のための戦闘体制に入る。

 私はここに関しては最も役立たずになる。それでも東雲くんたち勇者へのサポートは怠らない。


「いない?」

「いえ、姿が見えないだけです。というのも悪神は私たちこの世界の人間の負の感情の集まりが具現化したもの。世界は平定されましたが、それまでに集まった負の感情は計り知れないものです。そして、目覚めるのは既定路線。つまりあと一つの衝撃でここに悪神は現れます」

 そう言って私は真っ黒い石のような塊を取り出した。

「ユノさん、それ何?」

「負の感情の塊ですね」

「そんなの集めたの?」

 戦闘体制に入っていたはずの東雲くんが私の方に顎を乗せ、諤々と顎を揺すって遊んでくる。

 緊張しているのかもしれないと思い、空いている手で東雲くんの頭を撫でる。

「はい、トリガーとなるものが必要になるかもと思ったので。必要ではなかったら壊せばよかったので」

「ふ〜ん。すごいね。真っ黒」

「まあ、瘴気の塊みたいなものですから。はい、ではいきますから戦闘準備してくださいね」

「は〜い」

 離れる際にチュッと音がして柔らかいものが当たった気がした。

 

 流石にここまで来れば、東雲くんが私に懸想しているんだろうということは気づいている。気が付かないふりをすればするほど、彼は敏感に感じ取って距離を詰めてきたのだ。

 しかし、彼らはこれが終われば元の世界に帰るのだ。私はこちらの世界に残る。

 東雲くんの想いにはどうやったって答えられない。

 東雲くんのセクハラに近いスキンシップにだいぶ絆されていて、彼が好ましく感じていたとしてもである。


「寂しい……そうですね。でも、わかっていたことですし」

 そんなことを呟きながら、魔法を発動する。

 真っ黒な塊を荒野の真ん中辺りに飛ばした。


 キーン!!という甲高い音と共に急にあたりの温度が低く空気の重力が増したように感じる。瘴気だろうか。黒いモヤに覆われている。

「あれが厄災の悪神か!!」

 東雲くんの声が聞こえる。声だけでもわかる。彼らの緊迫感が伝わってきた。

「我こそこの世界を闇に変える……」

「うるさい……」

 地の底から這い上がってくるようなおどろおどろしい声で紡がれる口上を糸さんが鬱陶しそうに断ち切って、風の魔法で黒いモヤを吹き飛ばした。

 先手必勝とでもいうような、勢いで、清美さんが光魔法を付与した銃弾が安山さんのライフルから放たれ、着弾した瞬間光が弾けた。散弾だ。

「グオッ!?」

 そこで怯んだ悪神に態勢を立て直す時間を与えず、剛田さんと東雲くんの斬撃が襲いかかる。

 しかし悪神もやられてばかりではない。暴れる悪神に剛田さんの態勢が崩れそうになる。東雲くんもパッと底から飛び退いた。

「甘いな」

 悪神の腕のようなものが伸び、剛田さんを叩こうとする。

「させない!!」

 清美さんの光のロープが悪神を縛り上げた。


「ぐっ」

 悪神が身を捩ったとき、私と目が合ったように感じた。

 だめだ、と危険信号が鳴る。

 次の瞬間黒いモヤに私は絡み取られた。もがいても私ではこの黒いモヤをどうすることもできない。

「彼を返してほしくば、この世界を私に……」

「ユノさん!!テメェ!ユノさんは俺のだ!俺以外のものに指一本触れさせない!っていうか、ユノさん閉じ込めるとか羨ましい!俺の腕に閉じ込めたい!」

 東雲くんのこの局面に似合わない言葉の数々に絶句しながらも、彼の力が高まるのを感じる。

「……東雲くん、サポートする」

「このタイミングかなぁ?ま、いっか。光よ来れ!」

「とりあえず、ユノさんと悪神繋がっているモヤの部分狙う」

「ったく、本体以外のなんかよくわからないふよふよしているのは俺がやるわ」

 東雲くんの勢いに他の仲間が引き気味なのが伝わってくるが、それでも彼らはやるべきことをやってくれているのがわかる。

 私もモヤの中にいるが、それが関与できないように防御壁を張り巡らした。

「無駄だ。この世界は闇に包まれ……」

「んなこと知ったことか!ユノさんを困らすやつは蹴散らす!!」

 何度も言葉を遮られる悪神に笑いが漏れそうになる。東雲くん本当すごいな。


「消えろ、異世界の勇……」

「消えたら、ユノさんを愛せないから無理だよ!!消えるのはお前だ!!!」

「東雲くんに光を!!」

「ユノさん、防御してるよね?」

 急に視野が開けたと思ったら、光の洪水で思わず目を瞑った。


「グガガガガァ!!!!」

 大音量の断末魔の叫びが荒野に響く。

 光が収まると、少し離れたところに東雲くんが肩で息をして立っていた。

「やった?やった!?やった!」

 綺麗な三段活用で安山さんが飛び上がって喜ぶ。

 その声に剛田さんも清美さんも糸さんも飛び上がって抱き合っていた。


「東雲くん……!!」

 そう声をかけると、東雲くんはパッと顔をこちらに向けて、全速力で抱きついてきた。

 ぎゅっと抱き締められて、一緒にジャンプする。

「ユノさん!!!俺やった!悪神やっつけた!」

「ええ、ありがとうございます。これで世界は救われました」

「ユノさん!ユノさん!ユノさん!!」

 東雲くんは私の名前を嬉しそうに呼びながら、ジャンプし続けたのだった。


 厄災の悪神が勇者一行によって倒されたことは、女神フォルトゥナが勇者を召喚した女神の間に転移陣を描いたことによって示された。

 それが起動するのはフォルオルに勇者帰還後、信託によって伝えられるとされたが、実際は私とフォルトゥナが相談して決めることになっている。


 フォルオルに帰還すると凱旋パレードなどが行われ、勇者一行は讃えられた。

 しかし、褒美を与えるにしても、あちらの世界との兼ね合いで難しいものもあり、勇者一行は『この世界の思い出の品』であちらの世界でもあって不自然ではないものを選ぶことになった。


「……この世界のことは忘れる?」

 物を持って帰っても、しばらくするとここの世界で経験したことは忘れ去られていくことを聞かされると彼らは黙ってしまった。

「でも、不自然でないように転移先はあの日のあの場所になっています。こちらでは3年の月日が経ちましたが、年齢も元の状態に、ですからきっと見た目も少し若くなるかと」

「それはいいんだけど……」

 清美さんの言葉に糸さんが泣きそうな目でこちらを見つめる。

「ユノさんのことも忘れちゃうの?」

「……はい、そういうことになりますね」

 ポロリと糸さんの瞳から涙が溢れる。

「泣かないでください。私は忘れませんから……」

「……ユノさん、ご褒美、ユノさんの持ち物でもいい?」

 糸さんの言葉に私は頷く。そんなものでいいならいくらでもあげられる。

「じゃあ、私も」

「俺も」

「僕も」

 結局、みんな私の持ち物から選んだ。


「俺は……ユノさんが欲しいけど……」

「ははっ。無理ですね」

「そうだよね……」

 東雲くんもそう言って私がつけていたバングルを選んでいった。


 そんなやり取りがあったのだが、冒頭に戻る。


「ユノさんは連れてくから!」

 無事に転移させられたとホッとした瞬間、私は強い力で転移陣の中に引き込まれた。

「え?え〜〜〜〜〜!?」

「ユノさんは人間でしょ?あっちの世界にも人間いるから不自然じゃない!」

「そういうこと?」

 光の中で東雲くんに抱き締められながら混乱する中、他の四人の呆れたような笑い声が聞こえていた。


「ユノ、目を開けて。まさかこんなことになるなんて……」

 目を開ければ、既視感を覚える空間に女神フォルトゥナが立っていた。

「これって……」

「まさか勇者があなたを転移陣に引き込むとは思わなかったわ」

 頭を抱えているが、私は何もいうことはない。

「選択肢は二つ選んで。あまり時間がないから」

 前回の転生とは違うのだろう、フォルトゥナの焦りが見える。

「わかった」

「一、あなたは転移しなかったことにして元の世界で生きる。二、あちらの世界に転移して生きる。この場合、あちらの世界との調整が必要なのだけど……ああ、大丈夫みたい。暁月勇乃あかつきゆの、最近ご両親を亡くして一人で暮らしている大学3年生。転移すれば全てわかるみたい。でも、転移したらもう戻って来られないけど……」

 フォルトゥナの顔が曇る。

 確かに、向こうの世界に未練がないわけではないが…

「うん、でも、もし、東雲くんが私を望んでくれているのなら、向こうで生きてみようと思う。それに、向こうは元々の私のホームみたいな世界だからね。生きるのは慣れているよ」

「そ、そうなのね!」

「うん。でもきっと向こうに行ったらフォルトゥナとは話できなくなるのは寂しいかな」

「……大丈夫!!あのね、神様って繋がっているから、きっと向こうの神様からあなたのこと教えてもらえると思うの!」

「そうか。あとは、うん。私もあちらの世界に行ったって信託だけ出してもらえる?みんなには感謝しているって」

「わかった!!じゃあ、時間が来たから、向こうに送るね!本当にありがとう!」


 眩しい光を感じて目が覚めた。

「ユノとしての記憶もそのままか……魔法は……まあ、使えないね」

 ユノとして生まれ変わった時も前世の記憶は朧げに残っていた。今回もそんな感じだ。

「さて、この世界でまた生き直すかな」

 こちらに来れば全てわかると言われたが、本当に全てがわかる。

 鏡を見れば、見慣れた髪の色と目の色の平凡な顔の自分がいる。だが、こちらで生きていなかった時間の思い出も朧げながらにちゃんとあるのだ。


「あ、大学行かなくちゃ」

 東雲くんに会えるかどうかはわからないし、彼がいつまで覚えてくれるかもわからない。

「私から出逢いにいくにしても、どこにいるのかわからないしね……ああ、一人称は変えた方がいいか」

 大学生が「私」というのは少々違和感があるかもしれない。「僕」あたりで手を打とう。

 そう思いながら、地球での新たな第一歩を踏み出した。


「ユノさん?」

 再会はあっという間だった。

 自宅となっているマンションから出ると、彼が立っていた。

「東雲くん?」

「ユノさん!!!」

 あっさりと東雲くんの腕の中に収まった私は、ホッと息を吐く。


「忘れられてなかった」

「忘れるわけない!だって、俺のご褒美!!」

 そう言って、東雲くんはぎゅうぎゅうと私を抱き締め続けたのだ。


 その後、他の四人とも再会を果たし、東雲くんと恋人になるにはまた少し時間がかかったのだが、それはまた別の話。

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