第152話 ベイオスの訓練
国王は、喜ぶヘルシンド宰相に釘を刺しておく。
「慌てるな、フェルナンド男爵も言っているが、魔法を授かっても使える様になるとは限らないとな。使えたとしても、フェルナンド程の魔法巧者たり得るかどうか」
「勿論で御座います。使い物になるかどうか、魔法部隊の教官の中から口の堅い者を選ばせ、問題の男に魔法を教えさせましょう」
「王家に歯向かう様な言動が有れば即座に中止して、鉱山に戻せ! 教えるのはくれぐれも慎重にする様に言っておけ」
同じ魔法部隊に居て同じ魔法を授かっても、威力は様々で魔力の多寡とは関係ない。
その男がフェルナンド男爵程の魔法使いになれるかどうか、疑問である。
* * * * * * *
11日目に聞こえて来る音や声から、多数の人間が住まう場所だと判った。
馬車が止まり下ろされて連れ込まれた場所で漸く目隠しを外されたが、牢獄よりましだが殺風景な部屋で数名の立派な服装の男達の前だった。
「ベイオス、お前が望むなら犯罪奴隷の境遇から解放してやろう」
高そうな服を着て偉そうに言う此奴は誰だ、と思いながら言われた言葉に理解が追いつかない。
小首を傾げて考え込むベイオスに、傍らの男が「聞こえているのか」と怒鳴る。
「へい・・・でも・・・何で?」
「嫌なら別に良い。元の鉱山に戻って刑が終わるまで働いて貰う」
「いえいえ、鉱山よりマシなら・・・ってどう言う事ですかい」
「当分の間この部屋で寝起きして、教える事に従って貰う。我々の命令は絶対であり、逆らえば死に繋がる事になる」
「従えば相応の給金を払い、何れ自由の身にしてやる。我々に従うか、鉱山に戻るか決めろ!」
「何をするのか知らないが、鉱山より楽なら従いますよ」
「言葉遣いには気を付けろ!」
一兵卒の服に着替えさせられると、今日からコランドール王国魔法部隊の一兵卒だと言い渡された。
その後、魔力を練る方法を教えられて〈やれ!〉の一言で放置された。
王国の魔法部隊の一兵卒って何だよ、それに魔力を練るって。
確かに俺は魔力が70なんとか有るって神父が言っていたが、神父の糞野郎は半笑いでお前に魔法は無いって言いやがった。
何でも神様の悪戯で魔力だけは貰えたが、魔法を授けるのを忘れていると言われた。
だけどおかしいぞ。
魔法を授かって無いのに魔力を練るって、ヘソの奥をよく探せと言ったがなんのこっちゃ。
朝夕に命じた男が現れて魔力の有り場所は判ったかとか、心穏やかにヘソの奥に心を集中しろと抜かす。
一週間でその場所が判らない様なら見込みは無いので、元の場所に戻すから心して探せと言われてしまった。
魔力溜りねぇ~、此の世界に魔法が存在すると判り生活魔法が使えた時には興奮したものだが、授けの儀で外れ判定なのに魔法部隊か。
どっちにしろ魔力は有るのだから此処は言われたとおりにして、鉱山に戻されない様にしなきゃ。
魔力溜りねぇ~、魔力魔力・・・彼奴なんて言ったっけ。
パシリの哲だったかな、アニメ好きでダンジョンが何たら回復魔法がどうとか言ってたっけ。
で・・・お宝とか罠がどうたらで・・・違う。
魔力はたんでんがーで、腹の奥ヘソのなんちゃらを探り・・・此れか!
何やら腹の奥にモヤモヤした感じがするぞ、哲は魔力操作が魔法を射ち出すで・・・
駄目だ、パシリのアニオタの話なんて覚えてないや。
余計な事は思い出すのに、肝心な事はさっぱり思い出せない。
まっ、ヘソの奥にモヤモヤした物が有るって事で明日は乗り切ろう。
下手に逆らったら殺される世界だし、殺されなくても鉱山に戻されるからな。
* * * * * * *
ロスラント邸を訪れたコッコラ会長は挨拶を交わすと、伯爵に人払いを願い出た。
「何か重大な事でも?」
「ユーゴ様の事で御座います。先日ヘルシンド宰相様から呼び出されました。その時に私のフェルカナ支店にユーゴ様が現れて、店の者に頼み事をしたそうなのですが、頼み事の内容を調べてくれと申されました。その返事が届き宰相閣下にお報せしたのですが、ちょっと気になりまして」
「気になるとは?」
「ユーゴ様が支店の者に頼んだのは人捜しで御座います。何でも、フェルカナの街に授けの儀で神様の悪戯と言い渡された者がいるので、その者を探して欲しいとの事です。難なく見つけてその者と会わせましたが、その翌日捕り物騒ぎが起きた様です。どうもそれが気になりまして」
魔法巧者のフェルナンド殿が、何故神様の悪戯と言われた者に会いたがる?
王家はフェルナンド殿を賢者と呼び始めた頃から、彼の動向以外に興味を示さなくなったはずなのに。
「コッコラ殿、その事はフェルナンド殿に尋ねてみますので、問題が在るようでしたらお報せします」
コッコラ会長を送り出すと、シエナラの冒険伽ギルドのギルマス宛てに書面を認め、フェルナンド男爵宛の封書を同封して、彼に渡す様に頼んだ。
* * * * * * *
ハリスン達に預けていたデリスを、三月経ってグレン達に預けていたが様子を見にギルドに顔を出した。
ギルドに入ると買い取りのオヤジから呼び止められて、ギルマスが会いたがっているぞと告げられた。
あのオッサンは無視すると食堂まで降りて来るので、嫌々ながら会うことにした。
受付嬢の後に従いギルマスの執務室へ、部屋に入るといきなり「ロスラント伯爵様からだ」と封書を渡された。
受け取ると、もう用は無いとばかりに手をシッシと振る。
この野郎、頼み事は泣きつく癖に舐めていやがる。
部屋を出る時に、一瞬ドラゴンメンチの威圧を叩き込み背を向ける。
〈ガタン〉と椅子の倒れる音がして「の、野郎!」って声が聞こえるてくる。
背を向けたまま掌をひらひらと振りギルマスの部屋を後にする。
エールを飲みながら書状を開くと、何とまぁ~。
俺の名前は出ていないが、何故ベイオスの事が判ったのか。
俺は何処かでドジを踏んだのかな。
高々金貸しと人身売買の疑いで捕らえただけの事すら、王家が把握しているとは思わなかった。
一度王都に戻り、ベイオスの事を何処まで把握しているのか調べなければならない様だ。
* * * * * * *
「良いか、魔法とはアッシーラ様に願い、力をお借りして敵を倒すものだ。その為にどの様な魔法を使い、倒す相手を指し示して掛け声と共に魔力を送り出すのだ」
「でも俺は魔法を授かっていませんよ」
「それは判っている。お前は生活魔法が使えるので、先ずはフレイムを出してみろ」
〈フレイム〉と呟く指差す前に小さな炎が点り暫くして消えた。
「次は掌を上に向け〈アッシーラ様に願い、我が手の上に猛炎を燃やしたまえ〉と詠唱して、掛け声と共に魔力を腕から押し出せ」
「そんな事で魔法が使えるのですかぁ~、と言うかぁ~、俺に魔法が使えるだなんて」
へらへら笑って詠唱しようとしないベイオスに〈言われた通りにやれ!〉と怒声が飛ぶ。
「遣りますよ、やれば良いんでしょう。えぇ~と・・・何でしたっけ?」
「アッシーラ様に願い、我が手の上に猛炎を燃やしたまえだ! こんな短い詠唱も覚えられないのか!」
「はいはい、〈アッシーラ様にお願い、掌の上にたけきほの・・おを燃やせぇー〉〈ハッ〉・・・・・・無理」
「もう一度だ。詠唱も真面目に言えないのなら、相応の覚悟をしておけよ」
本気で怒る指導係を見て、これは不味いと真面目に炎が出ますようにと願い詠唱する。
〈アッシーラ様に願い、我が手の上に猛炎を燃やしたまえ〉〈ハッ〉
〈うわっーっ〉ベイオスも驚いたが、指導している魔法使いもビックリした。
ベイオスの掛け声と共に巨大な炎が立ち上がり、ベイオスがビックリして倒れた為に炎が消えた。
魔法の実践は危険な為に魔法訓練場でしていたのが幸いしたが、室内であれば火事騒ぎは確実だ。
それ程巨大な炎だったので、此の儘では危険と思い訓練を中止して、ベイオスには決して魔法を使うなと厳命して報告に戻った。
報告を受けた魔法師団長はビックリした。
まさかと疑っていたが、神様の悪戯と言われた男が本当に魔法を使えたとは。
それも指導係の報告に依れば、彼の背丈の二倍以上の炎だったと聞き急ぎ確認に向かう。
部屋に戻されたベイオスは、魔法が使えた事に興奮して喜んでいたが再び訓練場に呼び戻された。
今度は指導係と、その男がペコペコする偉いさんとお付きの奴も一緒だ。
「ベイオス、さっきと同じ事をして貰うが真面目にやれ!」
「判ってますよ。でもね、あれじゃ俺が黒焦げになっちまいそうなんだけど」
「なら掌を前に向けてやれ!」
わーったよ。糞偉そうに言いやがってと思いながら、掌を前方に向けて詠唱を開始する。
〈アッシーラ様に願い、我が手の上に猛炎を燃やしたまえ〉〈ハッ〉
前方に向けた手の上に巨大な炎が出現して、俺って魔法使いなんだなと思ったが熱すぎる。
〈うわっちちち〉
余りの暑さに逃げ出すと炎が消えた。
「素晴らしい! 賢者に負けずとも劣らない魔法ではないか。次はファイヤーボールを打たせてみろ!」
「師団長、初めて魔法が使えた者にいきなりファイヤーボールは無理ですよ」
「むっ、ではファイヤーボールを教えておけ。儂は報告に行って来る」
へぇ~、あの偉そうなのは師団長か、俺が魔法部隊の一兵卒だって言われたが、奴がてっぺんか。
今はおとなしく魔法の練習をして、自由に魔法が使える様になったらこんな所はおさらばだな。
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