第153話 反逆

 「宰相閣下、あの男は素晴らしいですぞ」


 「例の男の事か?」


 「はい、初めての魔法で身の丈の倍近い炎を出現させました! 魔法を授り訓練をしてやっとファイヤーボールが作れる様になるものですが、生活魔法のフレイムに魔力を込めさせたそうです。それがあんな巨大な炎を作るなんて」


 「それで・・・」


 「それでとは?」


 「彼がフレイムを作ったのは判った。調べでは読み取れないものが10個あると判っているのだ、せめて半分の魔法が使える様になってから知らせにきたまえ」


 宰相の冷たい声にやっと我に返り「そっ・・・そうでしたな。余りの嬉しさに我を忘れてしまった様で」と顔を赤らめそそくさと執務室を出て行った。


 身の丈の二倍近い炎か、彼はファイヤーボールの大きさを自在に変え、その威力たるや魔法師団全員で立ち向かっても勝てまい。

 せめて彼の半分でも魔法が使えて、威力も有れば有用なのだが以前彼から聞いた話が思い出される。

 神様の悪戯と聞いて喜んだが、吉と出るか凶と出るか。


 * * * * * * *


 指導係は頭を抱えていた、どうやっても炎以外にならないし火球にすら出来ない。

 魔法師団長に報告してお伺いを立てたが、妙案が無い。


 ひとまず火魔法の訓練を中止しして、他の魔法が使えるのか調べる事にした。

 ベイオスの前でそれぞれの魔法使いが得意の魔法を見せる。

 風魔法なら掌の上でつむじ風を起こして見せ、次いで人の背丈の数倍のつむじ風で周囲を土煙で覆い尽くす。

 土魔法使いはストーンバレットやストーンアロを作って見せ、その後的に射ち込み威力を見せる。


 そうやって魔法を目の前で見せて、真似をさせた結果は驚くべきもので、風魔法・水魔法・氷結魔法・雷撃魔法・結界魔法・空間収納と一月も経たずに次々と習得してしまった。


 指導係や魔法部隊師団長は天才だと喜んだが。ベイオスはイメージ豊かな日本で生まれ育っている。

 目の前でつむじ風や水球を見せられたら、同じ物をイメージして魔力を流すなんて事は造作もない。


 ましてや出来た水球やアイスアローを射ち出すのは、日常生活の中でアニメなどを意識せずに見てきたので、掌から魔法を打ち出す事に疑問すら持ってない。

 魔法で水球が出来れば相手に当てるのは当然だと思っているし、糞煩い指導係や"かわせ"の糞野郎を叩きのめす為と練習も真剣になる。


 ベイオスが一通りの魔法が使える様になったので、野外での実戦訓練を始める事にした。

 何せフレイムで見せた強力な魔法は、王城の魔法訓練場では危険すぎるのでおいそれとは使えない。

 つむじ風は数十mにもなるし、アイスアローは丸太の如き巨大な矢となるので被害が出れば責任問題になる。


 十数名の魔法部隊と、警備の騎士や兵数十名を引き連れての野外訓練に出たが、ベイオスの存在を隠す為のカモフラージュを兼ねた見張りでもあった。

 魔法が使える様になったベイオスは増長して、指導係や師団長の言葉を鼻で笑って無視する事が多くなっていたからだ。

 ここまで育てた魔法使いを、王国の魔法部隊の指揮下から逃がしたくない思いも強かった。


 * * * * * * *


 王都に到着して一度家に戻ると、留守の間の確認を済ませてロスラント伯爵邸に向かった。

 挨拶もそこそこに書状の内容を詳しく尋ねた。


 伯爵様の話では、執事のペドロフよりランゴット商店の事件について連絡を受けた事。

 その連絡の中に一人、おかしな事を言っている者がいて気になり調べたと。


 その男の供述に仕事先で出会った男を兄貴と呼び、郷里の者だと話す相手の人相がフェルナンド男爵そのものだった。

 話の内容はよく理解出来ないが、君の事は逐一報告の義務があるのでヘルシンド宰相には報告したと聞かされた。


 伯爵には俺に関する知り得た事を、王家に報告の義務が有ったのをすっかり忘れていた。

 王家はそれ以後何も伯爵様に問い質さないが、ヘルシンド宰相は捕らえた男の一人に興味を示した様で、自分が帰る時には補佐官に何事かを命じていたと教えてくれた。


 大チョンボ、ペドロフに頼めば伯爵様に連絡が行く、伯爵様は俺の事に関するものは全て報告の義務が有る。

 捕らえた者やベイオスの供述調書から、出会った場所など直ぐに特定できる。

 となれば、俺が番頭に頼んだ事も知られる。


 ベイオスの事を甘く見て、奴の魔法を削除していなかった。

 奴が俺の事を兄貴と呼んだと知ったとなれば、絶対にベイオスの事を調べているだろう。

 コッコラ商会での事と合わせれば、奴が授けの儀で神様の悪戯と言われた者だと結びつけるのは間違いない。


 王家には俺と周辺を探るなと警告したが、知り得たことを報告することは禁じてはいない。

 俺とウイラーとの事は、シエナラの冒険者ギルドでの遣り取りの報告を受けている筈だ。


 あの時奴等は『大恩有るホニングス家を逃げ出したと思ったら』とか言いやがり、俺が揶揄い序でに『爵位剥奪の上財産を没収されて領地から叩き出された』や『ホニングス一族没落の、弔鐘を鳴らした』と喋ったからな。


 王家がホニングス侯爵にウイラーの事を訊ねれば、当然俺の事も聞いているはずだし身元が判る。

 自然俺が授けの儀で、神様の悪戯だと告げられた事も知っているのは間違いない。


 その俺は王家が爵位を授け賢者と呼ぶ存在、武力では勝てない事を知っている。

 二人目の神様の悪戯と告げられた者が現れたら、考える事は一つ。


 例え友好関係に在ろうとも、対抗手段は持っておくべきだし為政者としては当然の措置だろう。

 だが、相手が悪い。


 奴は表舞台では上に立つ家も金も頭も無い。

 しかし、裏社会でのし上がる方法は知っているし、品行方正とはほど遠い男だ。

 奴の魔法を削除し忘れたツケを、払いに行かなきゃならない。


 「伯爵様、ヘルシンド宰相に会いに行きますので馬車をお借りしたい」


 「何か問題でも?」


 「オークが野に放たれる前に阻止しなければ、不味い事になります」


 * * * * * * *


 「これはお揃いで何事ですかな」


 「俺が来た理由は判っているでしょう。奴は何処です」


 俺の言葉に、ヘルシンド宰相の顔が曇る。


 「黙るのなら王城を吹き飛ばしても探しますよ」


 「フェルナンド殿!」


 「黙っていて下さい。宰相、奴の所へ案内しろ!」


 「それは出来ない・・・と言うか、我々の下にはいないのだ」


 「二人目の賢者候補を逃がしたとでも」


 「賢者候補・・・まさか!」


 「何故俺が素性を隠して、何一つ魔法の事を王家に教えないのか理解しようともしない。俺の事を調べ上げているのなら知っているはずだ。同じ者が現れたら対抗手段として迎えるのは当然だが、奴はあんた達の手に負えない」


 「その通りだ。王国として、武力には武力の対抗手段を持つ必要が有る。それが国家間だろうが、フェルナンド男爵との力関係でもだ。彼を鑑定させた結果、魔力が78有り、読み取れないものが10個有ると判った。君と同じ全属性の魔法持ちと判断して、王城で密かに魔法部隊の者に魔法の指導をさせた。その結果、火魔法・風魔法・水魔法・氷結魔法・雷撃魔法・結界魔法・空間収納の七つの魔法が使える様になった。だが何故か火魔法だけは発現するが巨大な炎だけで、ファイヤーボールすら出来なかった」


 当然だな、生活魔法のフレイムに魔力を込めても炎が大きくなるだけだ。

 奴は火魔法を授かっていないのだから、フレイムで火球を作る知識を持っていなかったのだろう。


 「基本的な事が出来る様になったので、野外訓練の為に王都の外に向かったが、三日目には魔法部隊の者や護衛の兵士達を薙ぎ払って逃げ出してしまった。あの男の行方を追っているが、見つけても捕らえる事が出来るかどうか」


 「捜索はしているのですね」


 「ああ、人相風体を各地に知らせ、見つけ次第殺せと命じた」


 「それ程凶悪な男ですか?」


 「彼の指導や警備に就いていた魔法部隊の者や警備兵に、多数の死傷者が出た。この間リンディ嬢を呼び出したのはその為だ」


 「重傷者多数と聞きましたが、あれから一月以上経ちますよ」


 「フェルナンド男爵殿、私はこの被害の責任を取って辞任する。最後のお願いだ、彼を野放しには出来ない」


 「奴の居場所が判らなければどうにもなりませんよ。あの男を始末しなかったのは俺の手抜かりなので、見つければ片付けますが、次の奴が現れても知りませんよ。それにしても、此の事が各国の大使達に漏れたらどうなると思います」


 「その事は陛下にお詫びし、彼の様な者は放置し記録は全て抹消する様に進言している。君に依頼できたので、後任が決まり次第私は隠居願いを出すよ」


 * * * * * * *


 家に帰って考えたが、彼奴は遠くへ逃げただろうか。

 否、奴は冒険者としての訓練は何一つ受けていない事と、チンピラ気質を合わせれば王都に逃げ込んでいる確率が高い。


 多数の死傷者が出ているのだ、手癖の悪い奴の事だ金品を抜き取っているだろうし、王国の魔法師団に所属していたのなら身分証も持っている。

 大きな街に潜り込みさえすれば、後はどうとでもなるのは此の世界も同じだろう。


 後は塒と金に身分証だが、犯罪者なので冒険者ギルドに登録は不可能となれば、闇で手に入れる事になる。

 王城の魔法訓練場での訓練が出来ないほどの魔法なら、魔法を使えば居場所が知れるのは早かろうが、奴も馬鹿ではない。

 街中で使っても騒ぎにならない様に威力を小さくするはずだ。


 もしかして威力を小さく出来なかったのでは無く、わざと大きな威力のままにして一目置かせ、王城内では訓練が出来なくしたか。

 考えすぎかもしれないが、悪知恵は働く様だったので無きにしも非ずかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る