第142話 カンダール子爵の謝罪

 カンダール子爵と歓談していた貴族やご婦人方、ホニングス侯爵が冷たい目で子爵を見ている。

 あの事件は一晩で片付いたが、ロスラント子爵が伯爵家に殴り込んだとしか周囲は知らない。

 当事者は死亡と国外追放、一方の当時子爵だったロスラント伯爵様もリンディや王家も事件の事には沈黙した。


 あの時カンダール伯爵邸で何が起きたのか、その原因は何だったのか初めて知り、周囲の貴族とそのご婦人方が一言も聞き漏らすまいと静まりかえっている。


 「で、でですが・・・私は何も知らされ」


 「爵位を降格になり何かとゴタゴタしていたとは言え、デリスをロスラント子爵邸に長々と預けていたよな。その後帰ってきたデリスを責めて家から放り出し、リンディやロスラント伯爵様には一言の謝罪も礼も言わず治療費も払わなかった。子爵に降格されて家を継いだ時、王家から何も聞かされなかったとは言わせないぞ」


 冷や汗を流して佇むカンダール子爵、返事も出来ない様なので死刑宣告だけしておく。


 「決闘を受けようと受けまいと、お前とお前の一族は潰す。闘う準備を急げよ」


 カンダール子爵に背を向けると、案内してくれたホニングス侯爵に礼を言ってグレンに向き直る。


 「帰るのなら、リンディの馬車に乗せて貰って帰ろうよ」


 「お前なぁ~、いきなり力が抜ける様なことを言うなよ。しかし、これで奴さんは言い訳も出来ないな」


 「黙って潰せば何かと面倒そうなので、満座の中で理由を話してやったのさ。王家は伯爵を処分をして終わったと思っている。確かに王家としてはそうだが、主の留守中にスロスラント邸で乱暴狼藉を働き、リンディの顔を血塗れにして拉致したんだぞ。挙げ句に三男の嫁にしようとしたが、俺達に踏み込まれてリンディに剣を突きつけ俺に帰れとさ。そして長々とデリスを預けておいて治療費の踏み倒しだ。生かしておく必要が無い」


 ヘルシンド宰相に断り、リンディが帰るまで彼女の控えの間で待たせてもらった。


 * * * * * * *


 フェルナンド男爵が夜会の場から去ると、ホニングス侯爵は急いでヘルシンド宰相に報告をする。


 話を聞いたヘルシンド宰相は仰天、夜会の席で決闘を申し込むとは前代未聞。

 しかもカンダール子爵家継承に際して、伯爵が行った非道を彼には伝えていた筈だ。

 それが一年も経っているのに何もしていなかったとは、何と言う愚か者か。


 陛下に従うリンディの事をホニングス侯爵に頼み、従者に命じてカンダール子爵を夜会の場から連れ出せと命じた。


 満座の中で恥を掻き、一人佇むカンダール子爵の所へ従者がやって来ると、宰相閣下がお呼びですとその場から連れ出した。

 いたたまれない思いの子爵はホッとして従ったが、会場の外ではヘルシンド宰相とロスラント伯爵が待っていた。


 「ロスラント伯爵殿・・・父の所業に対し深くお詫びいたします」


 「私の事は良い。フェルナンド男爵とリンディに何と詫びるつもりですか」


 「何でも致します! ヘルシンド宰相様、何卒フェルナンド男爵殿にお執り成しを願います!」


 満座の中で恥を掻いたが、此の儘ではカンダール家は消滅する事になると思い、必死で頼み込んだ。


 ロスラント伯爵と顔を見合わせたヘルシンド宰相、伯爵が頷くので取り次ぎだけはすると言い、カンダール子爵をリンディの控えの間の前につれて行った。


 * * * * * * *


 グレンとのんびりお茶を飲んでいると、ヘルシンド宰相とロスラント伯爵様がやって来る。


 「フェルナンド殿、私は彼に何も言うつもりはないので、許してやって貰えないか」


 「伯爵様の立場としては、これ以上事を荒立たせたく無いでしょう。俺は配下を傷付けられて拉致されたのですよ。それも三男の嫁にしてやると言う、巫山戯た理由でです。降格されたとは言え爵位と家を継いだのなら、謝罪の一つも有って然るべきです。無視するのなら、俺はきっちりと方をつけさせて貰いますよ」


 「それなんだが、カンダール子爵が正式に謝罪したいとロスラント殿に申し出た。同時に君への取りなしを私が頼まれたのだ。彼は満座の中で恥を掻いたので、君達との和解が成立しても貴族としては死んだも同然だ。家督を次の者に譲って隠居するだろう。君は今、彼の家から放逐された少年の面倒を見ているのだろう。彼の今後の為にも、カンダール子爵の謝罪を受け入れてやって貰えないかな」


 よく御存知でと言いたいが、警備隊詰め所の人間が報告しているので知っているか。


 「良いでしょう。彼と会えますか」


 「表に待たせているよ」ヘルシンド宰相がそう言って背後の補佐官に頷く。


 王家筆頭治癒魔法師リンディは、子爵位ながらも王城では公爵待遇を受けている。

 迎え入れられた部屋は元エレバリン公爵の控えの間で豪華絢爛、子爵の控えの間との違いに驚いていたが、俺の顔を見ると深々と頭を下げる。


 「賢者、ユーゴ・フェルナンド男爵殿、父ダールズ・カンダールの行った非道の数々を深くお詫びいたします。又ロスラント伯爵殿とリンディ殿にもお詫びし未払いの治療費をお支払いいたします」


 「カンダール子爵殿、謝罪を受け入れる前に聞いておきたい事がある」


 「何なりと」


 「先ず、ロスラント伯爵様は貴殿に対し何も言わないと言っているが、カンダール伯爵は主が留守の館に乗り込み、息子デリスを迎えに来たと言いながら、抜き身の剣を持って執事を殴り倒して部下に邸内を捜索させた。そしてデリスには目もくれずリンディを連れ去ろうとしたが、リンディに拒絶されるや血塗れになるまで顔を殴りつけた挙げ句、気を失ったリンディを部下に担がせて拉致した」


 「まさか、そこ迄の事を・・・」


 「事実だ。そのためにロスラント殿は、決死の覚悟でリンディ救出の為にカンダール伯爵邸に討ち入った。此れは爵位剥奪の上王国からの追放か処刑もあり得る行いだ。それは、リンディを俺から預かっている責任感からだ。ロスラント殿が何も言わないのなら俺が言わせて貰う。どう謝罪するつもりだ」


 「フェルナンド殿、それは終わった事としてもらえないか」


 「次ぎにリンディに対する暴行と拉致、挙げ句に三男アルテスと娶せ様とした。俺がリンディ救出の為に伯爵邸に乗り込むと、アルテスは血塗れのリンディに剣を突きつけて俺に帰れと抜かした。今更、貴殿がリンディに詫びても彼女も困るだろう」


 「どの様にすれば・・・」


 「リンディは治癒魔法使いだ、貴殿の父親が理性を失うほどの神聖魔法の使い手でもある。未払いの治療費で計算しよう。俺の治療代金は一回金貨300枚、リンディも同様な治癒魔法使いなので、暴行と拉致の謝罪として金貨600枚。未払いの治療費だが、失った腕の再生治療を一日三回行い十日以上掛かっている」


 「そんなぁ~」


 膝から崩れ落ちたよ。

 単純計算でも一日金貨900枚×10日以上だものな。

 俺も其処迄鬼じゃないので割り引いてやるよ。


 「1万枚以上の金貨を寄越せとは言わない。一日金貨200枚として10日分金貨2千枚をリンディに支払え」


 「有り難う御座います」


 米つきバッタみたいに頭を下げているが、もう一つ有るんだよな。


 「最後にデリスの事だ。現在カンダール家が子爵として存続しているのは、偏にデリスが居ればこそだ。本来お前達一族は爵位剥奪は疎か財産没収の上国外追放になる筈だった。それをデリスのせいで伯爵が追放になり、降格処分を受けたと責め立て、魔法も上達しないからと僅かな金と剣を投げ与えて追放した」


 「お許し下さい! デリスは我が家に迎え入れ、大切に扱います!」


 「デリスの気持ちも確かめる必要が有るので俺からは何も言えない。明日俺の家に来てデリスと話し合え」


 「承知致しました。必ず伺います!」


 こんな所かな、死んだ伯爵を治療してやったのだが、当事者不在では請求も出来ないので放棄してやるよ。

 ヘルシンド宰相に目をやると頷いているので良しとする。


 * * * * * * *


 翌日カンダール子爵の訪問を受けて、デリスと共に殺風景な居間で向かい合うがデリスは俺の背後に立つ。


 俺への謝罪の言葉を遮り、デリスについて話せと促す。


 「デリス、その何だ。お前を追放した事を詫びる。家の者達が酷い事を言った事も改めさせるので帰って来い。いや・・・帰って来て欲しい。この通りだ!」


 深々と頭を下げるカンダール子爵。


 暫しの沈黙の後、口を開いたデリスの声は冷たかった。


 「カンダール子爵様、私は御当家没落は私のせいだと責められて、家名すらも名乗る事を許されず追放された身です。冒険者に身を落とした私に手を差し伸べて下さった、フェルナンド男爵様の下で魔法の指南を受けています。今更帰ったところで、私を責め立て散々侮蔑し嘲笑した方々と笑って過ごせるとは思えません。此の儘御当家とは縁なきものとして生きて行きますので、捨て置いて下さい」


 「良いのか?」


 「はい。此の儘家に戻っても、私は五男の部屋住みです。カンダール家に一生尽くす事を求められるだけです。ユーゴ様から手ほどきを受ける幸運に恵まれました。此の儘ユーゴ様にお仕えしたいと思います」


 「そいつは駄目だ。俺は友人達はいるが配下を必要としていない。冒険者として独り立ち出来る様にはしてやる」


 子爵家の一員に戻れる事を喜ばず、あっさりと蹴ったデリスを驚きの表情で見ているカンダール子爵。

 デリスが戻る気が無いのなら、手切れ金をふんだくってやろう。

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