第143話 落とし前をつけろ
「カンダール子爵殿、デリスの返事は聞いたな。昨日話した通り、御当家が子爵として存続しているのはデリスが居ての事だ」
「お待ち下さい! デリス、謝る! この通りだ。家の者にも良く言い聞かせ、心よりの謝罪をさせる!」
「カンダール子爵様。私は粗末な剣と僅かな金を投げ与えられ、以後カンダールの名を名乗る事を禁じると言われて、貴族街から放り出された事を忘れる気は有りません」
「それでは、我がカンダール一族がどうなっても良いと言うのか」
「それが本音か。俺も王家に願ってカンダール家を存続させて貰ったが、肝心のデリスを蔑ろにして放り出したと知った時はなぁ」
「フェルナンド殿、お願いですからデリスを説得して下さい」
「子爵家を放り出したんだ。僅かな小銭じゃなく、財産の半分でも持たせたらこんな事にはならなかったのにな」
「そんな、それでは当家か破産してしまいます。それで無くとも王家には多額の詫び料を払っていて・・・」
あららら、王家もカンダール伯爵に腹を立てていたので、降格と同時に財力を削って反抗できない様にしていたのか。
そりゃー伯爵様やリンディに和解金を払えば贅沢は出来ないので、催促されないのを良い事に素知らぬ顔を決め込んだ筈だ。
「まぁ~資産の半分とは言わないが、リンディには金貨2,600枚を支払うんだよな」
「はい、明日にもリンディ様の口座に振り込むと、ロスラント殿に約束いたしました」
「ならデリスは冒険者になるのだから、餞別としてマジックバッグと金貨2,000枚を贈れ」
「えっ・・・それは」
「無理にとは言わないが、リンディの治療費を格安にして遣ったのを忘れたの。ランク5で時間遅延180くらいの物に金貨2,000枚。嫌なら、代わりに俺に対する迷惑料や、あの時カンダール伯爵を治療してやった治療代を貰う事になるな」
にっこり笑ってやると、俺に対する迷惑料の方が高く付くと察した様だ。
「判りました。デリスには5-180のマジックバッグと金貨2,000枚を餞別として渡します。それで良いな、デリス」
デリスが困った顔で俺を見るので「今後の役に立つので貰っておけ」と言っておく。
部屋の隅でホリエントが首を振っているが、よく首を振る男だ。
* * * * * * *
二日後、届けられたマジックバッグを持って商業ギルドに出向き、デリスの口座を作って振り込ませる。
ランク5のマジックバッグは、冒険者が持つランク1に見せかけた3-180のマジックポーチに入れる様に教える。
貴族の五男坊、部屋住みのお坊ちゃんで世間知らず、色々教えなければならないので大変だ。
* * * * * * *
デリスの避難所やドーム作りも何とか様になって来たので、内緒で索敵と気配察知を貼付する。
その上でデリスの作ったドームで野営させ、野獣の接近を気配で探ることから始めさせた。
勿論俺も中に居るが、野獣が近づいても何も教えず見物している。
二度三度ハウルドッグやホーンドッグに襲い掛かられて、結界のお陰で事なきを得てからは真剣に気配察知の練習をする様になった。
デリスの結界で野営を初めて二週間を過ぎた頃、陽が落ちて薄暗くなった草原に複数人の気配が索敵に引っ掛かった。
しかも結界のドームに近寄ってくる。
「デリス、誰かやって来るぞ。俺は姿を隠すので、お前は一人で野営していると言え。良いな」
返事を待たず、隠形に魔力を乗せて姿を隠すと椅子や簡易ベッドをマジックポーチに放り込む。
野獣をおびき寄せる為に、薪を燃やしている火灯りに人の姿が浮かび上がってくる。
「よう、デリスじゃねえか。魔法が使える様になったんだな」
「立派なもんじゃねぇか。此れなら野獣も気にせず眠れそうだぜ」
「入れてくれよ」
「帰るのが遅れてよう。仲間が居るとは思わなかったぜ」
「早く中に入れろよ」
静かにデリスに近づき、小声で「此奴等にやられた事を思い出せ。冒険者を続けるのなら、やられた落とし前はつけろ」と囁いてやる。
俺の方に向き、僅かに頷くと口を開く。
「仲間ねぇ。親切に誘ってくれたが、金も剣も取り上げて散々扱き使ってくれたな」
〈こらっ! 小僧が何を勘違いしてる〉
〈この間は猫の仔が居たから引き下がってやったんだ〉
〈なめた口を叩くと、お仕置きが待っているぞ。あぁ~ん〉
〈此処を開けろ!〉
〈ドン〉と音がしたが結界はビクともしていない。
足で蹴ったくらいじゃ壊れるはずも無いが、剣を抜いたり石を投げたりと攻撃を始めた。
「結界に手を当てている奴のところを開けて、中に入れろ。転がり込んだら即座に塞げよ」
「はい」と答えると同時に、結界に体当たりをしていた男が転がり込んできた。
デリスは手に木剣を構えていて、男の側頭部にフルスイング。
立ち上がろうとした男が崩れ落ちる。
〈あっやりやがったな〉
〈許さん! 己は殺す!〉
そう言って結界に殴りかかった男は、殴りかかった結界が消滅して蹈鞴を踏みながら中に入ってきた。
〈ふん、中々の結界魔法だが、俺に掛かればこんなもんだ〉
自分が壊して中に入れたと思っている様だが、穴は即座に塞がれているんだよ。
デリスが木剣を振りかぶって殴りかかると、慌てて防ごうとしたが籠手を殴られて痛さに蹲る。
「止めを刺しておけ」と小声でアドバイス。
〈兄貴! この糞ガキがぁ~、冒険者の手ほどきをしてやった恩を仇で返すのか!〉
思わず吹き出しそうになる。
「良く言うよ。人を奴隷扱いしておいて恩義を感じろって」
〈お前の結界なんぞ力を合わせれば壊せるんだぞ!〉
〈兄貴もぶち破って中に入ったからな〉
〈今行くから覚悟しやがれ〉
〈おい、一斉に叩くぞ!〉
〈せーのっ〉の掛け声で一点集中攻撃を始めたが〈ドンドン〉と煩いだけ。
面倒になり姿を消したまま奴等の背後にジャンプして、二人ほど襟首を掴んでドーム内にジャンプ。
〈えっ〉なんて言っている奴をデリスの方に蹴り出す。
手に持つ武器の存在を忘れて、驚いて棒立ちの男の顔に渾身の一撃。
血と歯を撒き散らして吹き飛ぶ男を見て、もう一人が慌ててデリスに斬りかかるが、一対一ではとても相手にならず即座に叩き潰されている。
残りの三人は流石にこの状態は異常だと思ったのか逃げ出したが、アイスニードルを足に射ち込み歩けなくする。
隠形を解除してご挨拶。
「久し振りだねぇ。デリスが世話になった礼をしていなかったので、改めてお礼をしておくよ」
結界の中で寝ていられても困るので軽く治療をして動ける様にしてから、一人ずつ暗闇の草原を走らせて、適当な距離になるとアイスバレットを気配に向けて射ち込む。
それぞれ別方向に走らせたが武器も財布も持たせているので、運が良ければ生き延びられる。
気配に向かってアイスバレットを射ったが、その場で動かなくなった奴が四人。
遠ざかる気配の奴は三人だが、足取りが遅い。
後は運任せなので、頑張れよーとエールを送っておく。
* * * * * * *
デリスを連れてシエナラ方向に向かうが、索敵と気配察知の訓練をかねて街道から外れた草原を歩く。
ただ獲物を見つけて倒しても、火魔法では獲物の価値が下がってしまう。
どうしたものかと考え、デリスに尋ねて見た。
「デリスは攻撃魔法の火魔法が使えるが、それ以外に使えるとしたら何が良い」
「それはユーゴ様の使う土魔法ですね。冒険者になって土魔法が此れほど有用だと初めて知りました」
そうかそうか、なら土魔法を貼付してやろう。
〔土魔法・土魔法・貼付,貼付〕〔土魔法×24〕
(鑑定!・魔法とスキル)〔生活魔法・火魔法・結界魔法・土魔法、長剣スキル・索敵スキル・気配察知スキル〕
良し! 久々に他人に魔法を貼付したが、無事貼付出来ている。
夕食後まったりしている時に、土魔法が欲しければ教えて遣ろうかと聞いてみた。
「使える様になれば良いと思っていますが、私は土魔法を授かっていませんよ」
「だが魔法は使えるだろう、俺が何と呼ばれているのか知っているだろう。魔法が使える奴になら、他の魔法を教える事が出来るんだよ。但し魔法には相性というものがあり、授かった魔法でも使えない奴もいるからな」
「是非教えて下さい! 土魔法なら静かに獲物を倒せますし、今までの様に焼け焦げる事も無いので嬉しいです」
よしよし。素直なのが一番だよ。
デリスの目の前で拳大のストーンバレット一つ作ってみせる。
それをデリスに放り投げる。
「ファイヤーボールを作る要領で、それと同じ物を作るつもりでストーンバレットと詠唱し、魔力を流してみろ」
「そんな事で出来るのですか?」
「炎が石に変わるだけで、同じ様に魔力を流すだけだ。別に大した事じゃない。出来るかどうかは、やってみなけりゃ判らないだろう」
片手に俺が渡した石を持ち。それを見ながら「ストーンバレット」〈ハッ〉と掛け声と共に魔力を流す。
「えっ・・・えっ、えぇ~!」
「言った通りだろう。俺は魔法が使える奴を見れば、授かった魔法以外にどの魔法が使えそうなのか、何となく判るんだよ」
魔法を貼付しているだけなんだけど、それを教えるつもりはない。
それにしても此の男、素直に俺の言うことを聞き従うので魔法を覚えるのが早い。
手に持つ石と同じものを、数を数えながら魔力切れまで作れと命じておく。
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