第141話 春の夜会
「良いか、ファイヤーボールを射つ要領は、一つまみの魔力を腕を通して標的に当てる事だ。その際に、腕から流す魔力を一気に的に叩き付ける感じでやれ」
そう言って的に腕を向け(ファイヤーボール)〈ハッ〉と言って射ち出して見せる。
次いで何も言わず〈ハッ〉と掛け声を掛けて射ち出し、最後に何も言わずに射ち出す。
連続して射ち出されたファイヤーボールは、次々と的に当たり〈ドーン〉〈ドーン〉〈ドーン〉と爆発音を響かせる。
「判るか、魔法に詠唱は必要無い。しかし練習中はファイヤーボールだけ唱え掛け声と共に射つ様にしろ。もう一つ短縮詠唱を教えておくから忘れるな」
「えっ、ユーゴ様が詠唱は必要無いって」
「必要は無いが、他人に聞かれた時にどうする。短縮詠唱を口内で呟いていると言わないと、どうやって? 誰に教わったの? と質問攻めになる。俺に教わったと言うつもりか」
「いえ、決して漏らしません!」
「だから短縮詠唱を覚えておけと言っているんだ。冒険者を続けるのなら、野獣相手に長々と詠唱していては命に関わるし、声を出せば気付かれる。だから短縮詠唱を考え出して、口内で呟いていると惚けろ」
そう言ってでっち上げの短縮詠唱〔アッシーラ様の御業をお借りして、彼の物を焼きつくさん、ファイヤーボール〕と教えておく。
ちょっと微妙な顔をしているが、中二病全開の長々とした詠唱なんぞ考えるだけで蕁麻疹がでるわい。
5mから始めた標的射撃は10、15、20mと順調に距離を伸ばした。
真剣で練習熱心な事もあり、20日程で30m射撃では95%の命中率なので、以後は自主練を言い渡す。
次はもう一つ授かっている結界魔法の練習だが、一番最初は避難所作りだ。
透明な結界は判りづらいと思うので、虎姐ちゃんヴェルナ流琥珀色の結界を張ってみせる。
「何か判るよな」
「結界魔法ですか?」
「そうだ、お前の思う結界はこんな物だろう」
そう言って、ヴェルナが最初に見せてくれた円形の楯の様な結界を作ってみせる。
「そうです。魔法部隊の者が見せてくれた結界と同じです」
「結界もそうだが、魔法ってのは瞬時に使えなければ攻撃を受ける。土魔法の避難所やドームも、瞬時に展開できれば危険も少なくなる」
そう言って土魔法で避難所を作り、隣りに野営用ドームを作ってみせる。
「草原でもそうだが、森に入ると視界が悪くなり危険度も上がる。結界魔法こそ瞬時に使えなければならない。火魔法が使えるので、結界魔法もさして難しくは無い。火魔法とは魔力の使い方が少し違うけどな」
デリスを側に立たせ、直径1.5m程の琥珀色の避難所をゆっくりと作る。
地面から立ち上がった半透明な琥珀色の壁が、ゆっくりと自分を中心に回り込んで繋がり上部を絞り込んで封鎖する。
「作り方は見せたとおりだ。火魔法と違うのは魔力を投射するのではなく、自分の周囲に壁を作ると思って放出することだ。その際、どの様な壁かを良く思い描けよ」
真剣な顔で結界を見つめ、手で触れて感触を確かめている。
そうそう、魔法はイメージだけど、そこ迄懇切丁寧に教える気はないよ。
俺の場合は必要な面積に円筒状の物を立ち上げてから上部を絞っているが、瞬時にやるので判るまい。
というか、透明な結界だから何をしているのか判らないってのが本当かな。
空中に張る結界なんて、巨大な風船をイメージしているからな。
デリスの立つ地面から琥珀色の板が立ち上がりゆっくりと周囲を巡り始めるが、途中で消滅した。
何度やっても途中で消滅するか、一回り出来上がって接続する時に繋がらずに消える。
魔力切れまでやっても出来ないので、イメージが完成まで保てないと思い円筒形に変更。
地面に1.5mの円を書き、自分の身長より高く立ち上げて止めてみせる。
「これなら出来るだろう。自分の周囲の地面から立ち上げるだけだし、高さは腕を上に上げた高さで、ここから上を絞れば良い」
描いた円の中心に立たせて、作る円筒の大きさを把握させる。
* * * * * * *
春の夜会当日、王家差し回しの馬車にリンディと共に乗る。
相変わらず仰々しいが、リンディも慣れてきたのか落ち着いているし何か嬉しそう。
王家筆頭治癒魔法師の披露から一年、初めてのデビッタント見物だからかな。
リンディにいきなり結婚を申し込む馬鹿もいないだろうし、王城ではロスラント伯爵様にお任せしよう。
案内係の侍従とアニスの出迎えを受け、リンディの控えの間にお邪魔させてもらう。
お茶の前にアニスに頼み、結び文をヘルシンド宰相に届けてもらった。
受け取ったアニスが変な顔をするが、恋文じゃないよとは言わずに黙っておく。
アニスが帰ってきた時には、ヘルシンド宰相も付いてきていた。
「フェルナンド男爵、今夜の夜会は新たに社交界に加わる者達の顔見せも兼ねた大事なものだ。騒ぎは困る!」
「王家は伯爵を追放して、カンダール家を子爵に降格してそれで終わりました。だが、俺とロスラント伯爵様からすれば何も終わっていませんよ。ロスラント伯爵様は王家に遠慮して何も言いませんが、俺は黙って見逃す気はない。騒ぎを大きくする気はないので、前もってお報せしただけですよ」
「だが、夜会の最中に騒ぎを起こされては困る」
「貴族達の集う満座の中でなければ意味がないんですよ」
「では、現在のカンダール子爵が何をしたのかを教えて貰えないか」
「何も、何もしなかったからですよ。今夜社交界にデビューする紳士淑女の皆さんを、遠ざけて騒ぎに巻き込まない様に手配をしておいて下さい」
にっこり笑って宰相を追い返す。
「ユーゴ様、何をなさるのですか?」
「リンディとロスラント伯爵様に対する落とし前を付けさせるのさ。リンディはロスラント伯爵様かヘルシンド宰相の傍に居れば良いよ」
迎えの者に従って夜会の会場に到着すると、既に夜会は始まっていて俺達の入室を告げる声もない。
極めつけは国王も王族達も既に居るし、宰相がそそくさとやって来て「用意をしているので暫くまってくれ」と言ってくる。
国王の奴は俺の顔を見てにやりと笑い、素知らぬ顔で他国の大使達と談笑している。
なる程ね、狐親父も騒ぎが大きくならない様に協力してくれるって事か。
「フェルナンド男爵殿、カンダール子爵殿をご紹介しますよ」
声を掛けて来たのはホニングス侯爵、ちょっと顔が引き攣っているが平静を装っている。
俺も初対面を装い礼を言っておく。
周囲の興味を引かない様に侯爵の後に続き、時々立ち止まり談笑しながら下位貴族達の方へと移動するが、グレンが居るじゃないの。
さりげなく寄ってきたグレンは、苦虫を大量にかみ潰した様な顔だ。
「何で王都に居るの?」
「シエナラまで呼びに来られたのさ。一応国王陛下の臣下だし、アパートを貰った恩も有るからな。お前の番犬ぐらいはするさ」
「義理堅い御方」
「で、何をする気だ」
「ちょっと決闘を申し込むだけだよ。此処で荒事を起こす気はないから安心して」
「決闘を申し込むのが荒事じゃないのか? この夜会は結婚相手を見繕う場だと聞いているのだが」
「何方も人生の墓場行きだから良いじゃない」
俺達の声が聞こえたのか、ホニングス侯爵が硬直しているので、優しく微笑んでカンダール子爵の所へ案内してもらう。
「カンダール子爵殿、宜しいかな」
「此れはホニングス侯爵様、何か・・・御用でしょうか」
隣に居る俺と背後のグレンを訝しげに見ながら返事をする。
「賢者フェルナンド男爵殿より、貴殿を紹介してくれと頼まれてな」
周囲を気遣い、声を落として伝えると俺と位置を入れ替える。
「此れはこれは、賢者殿が私になにか?」
「なに、お前に決闘を申し込もうと思ってな。満座の中でないと逃げられる恐れが有るので、態々夜会の場に出向いて来たのさ」
「異な事を申される。貴殿に決闘を申し込まれる謂れは無いし、例え正当な理由で決闘を申し込まれても、逃げる様な卑怯な真似をするつもりはない! それに決闘云々と言うのなら理由を言え!」
「理由か、判らないのなら教えてやる。一年前、お前の父親カンダール伯爵は、主が留守だったロスラント子爵邸に乗り込み、執事に乱暴を働きリンディを暴行して拉致した。その結果カンダール伯爵は爵位剥奪の上国外追放になったし、三男のアルテスは死んだ。本来ならカンダール一族は爵位剥奪財産没収の上国外追放になる筈だったのだが、リンディが治療中だったデリスを不憫に思い、お前を子爵に降格の上カンダール家を継がせる様に陛下にお願いした。だがお前はデリスを家から追放した」
「それはデリスのせいで父が不始末をなし、我がカンダール家は降格という重い処分を受けた。デリスは当家にとって不用な役立たずと判断したので、家から追放したが、男爵風情にとやかく言われる筋合いでは無い! それが決闘の理由なら、そんな理不尽なものを受ける謂れは無い!」
「そうか、リンディは俺の配下でロスラント家に預けた身だ。そのリンディを神聖魔法が使えるからと、三男アルテスの嫁にと言い暴力を持って拉致した。俺が迎えに行った時に、リンディは顔を殴られて血塗れになり無残な事になっていた。お前はカンダール家を継いだ後、父親のしでかした不始末の謝罪一つしていない。父親の不始末と言ったが、その父親の全てを引き継いで子爵になったのなら、父親の尻拭いもお前の責任だ。一年経ったが謝罪の文一つ出していないお前は貴族に値しない。デリスの為に、俺もロスラント殿も王家に願ってカンダール家を存続させたが、無駄だったので俺が潰すことにしたのだ。文句が有るか?」
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