第135話 馬鹿なギルマス

 統一歴473年12月10日に、王城に呼び出されたロスラント子爵は閲見の間に案内されると、数十名の貴族が見守る中で肩に宝剣を乗せられて伯爵に陞爵した。

 同時に領地は隣接地のファーガネス領を与えられて、王都の館も元ストライ・ザワルト伯爵の館を賜った。


 「陛下、如何なる理由による伯爵位への陞爵でしょうか」


 「不満か?」


 「大変有り難いのですが・・・」


 「理由は簡単だ。フェルナンド男爵を此の国に留め、リンディを預かりその身を良く守った故だ。その方は早い時期からフェルナンドと親交を結んでいたが、他の貴族や我々ではそれは不可能だ。貴族も王家も長きにわたりその地位を受け継いできたが、受け継いだ地位が己の能力や力で得た物でないと判っていない。それ故なんの覚悟も見識も持たず、間抜けな事をしでかす馬鹿が時々現れる。その筆頭がエレバリンでありカンダールだ」


 * * * * * * *


 予想だにしていなかった陞爵と館の引っ越しや、新たな紋章を用意したりと大忙しの年の瀬を迎えた。


 陞爵祝いは年が明け新年の宴の後と決めたが、それでも訪れる使いの者達は引っ越しのゴタゴタに巻き込み、祝いの品と目録を受け取って追い返した。

 領地替えを考えると頭が痛いが、ファーガネス領は代官が管理しているので領地に居る妻や執事に引き継ぎを任せた。


 リンディを預かっている以上、フェルナンド男爵が王都に居なければ領地に帰ることは不可能だった。


 * * * * * * *


 グレンは王家から貰ったアパートが有るので、留守にしても家族の生活の心配は無い。

 オールズと二人で、ユーゴを訪ねてシエナラまで行ってくると告げて王都を旅立ったが、乗合馬車は一日でギブアップ。


 「親父、最近良い馬車にばかり乗っていたから、尻が柔くなってしまって耐えられないぞ」

 「ああ、俺もあの固い椅子には座ってられんわ」

 「馬車を借りるか?」

 「稼ぎに行くのに散在はできんし、足腰の為にも歩くぞ」


 歩けば一々街に泊まる必要もなく、時々遭遇する野獣を狩りながらシエナラを目指して歩く。

 シエナラ街道を歩けば度々早馬とすれ違うので不思議に思い、シュルカの街で貴族専用通路を通りながら何事かと問いかけた。

 衛兵曰く、シエナラの領主ロスラント子爵様が伯爵に陞爵し、領地もファーガネス領を賜ったとのことだった。


 「あれか、たっぷり金貨を吐き出して善行を積んだのになぁ~」


 「爵位と家名に財産を剥奪されて追放されたとは、お可哀想に」


 「まっ、王家依頼の仕事をしている俺達を攻撃したんだからな。それに献上していた薬草の出所に、陛下がご立腹だったそうだからな。命が助かっただけ儲けもの・・・かな」


 「ロスラント子爵・・・伯爵様ってのは、ユーゴと懇意な方なんだろう」


 「うむ、リンディ嬢を預かるほどには、ユーゴの信頼を得ているな」


 * * * * * * *


 20日程でシエナラに到着して、以前泊まったハイドラホテルに部屋を取る。

 コークスかハリスン達にシエナラ周辺の事を教えて貰い、地理を覚えてから森に入るつもりなので慌てない。

 ドラゴン討伐に同行した時の話から、ユーゴは単独行で滅多にギルドに顔を出さないと聞いている。

 あの腕と魔法では単独行になるのは仕方がないだろう。


 コークスやハリスン達は狩り場が違うが、6日~10日程度で獲物を売りに来ると聞いているので、毎日ギルドに顔を出すことにした。

 街の周辺で薬草採取等をする者が出掛けた時間帯にギルドに出向き、持ち込まれる獲物を見たりエールを飲んで待つ。


 4日目に以前出会ったギリスと言う男を見掛けて、ユーゴやコークス達を見掛けなかったかと尋ねた。

 コークスやハリスン達は時々見掛けるが、ユーゴは一度見掛けて以来全然姿を見ないと言われた。


 ユーゴやコークス達に会ったら、グレンがハイドラホテルに泊まっていると伝えてくれと頼む。

 ふと思いつき、ホテルに戻った時にユーゴの事を尋ねてみた。

 ユーゴは三月分のホテル代を預けて出て行ったきり帰って来ないと言われて脱力。


 「彼奴、何処へ行ってるんだか」


 「森の奥へ行ったんじゃないの、あれを使えば俺達が一日がかりの所へ一瞬で行けるから」


 「ますます彼奴を探すのは難しくなるな」


 「部屋を確保しているのなら、戻って来る気は有るんだろうな」


 * * * * * * *


 翌日夕食時にコークス達が訪ねて来た。


 「やっぱり来たか」

 「もっと早く来るかと思っていたのにね」

 「で、俺達を待っていたって事は」


 「おお、周辺の事を知りたいので、暫く一緒に連れて行ってくれ。それとユーゴは何処へ行ったんだ?」


 コークス達がニヤリと笑う。


 「何だよ、意味深な笑いだな」

 「何か裏が有りそうだぞ、親父」


 「ギルマスの頼みで・・・多分壁の向こうだと思う」


 コークスが声を潜めて教えてくれた。


 「そりゃー居場所を知っているので一人でも行ける、と言うか一人の方が早く行けるな」


 「そうじゃなくて、彼奴が一人で蜥蜴をギルドに提供すれば、以前の蜥蜴も奴一人の仕事って事になる確率が高くなる」

 「そうそう、多少の傷も王家に渡した物や今回の物と見比べない限り、あの子一人の仕事って事になるわね」


 「その間俺達はせっせとギルドに顔を出して、彼奴とは無関係と惚けるのさ」

 「厄介事は他人任せに限る。あの子の口癖よ」

 「今回は自分で被る事になるが、見返りは大きいので文句はなかろう」

 「明日から森に入るが食料は?」


 「20日程度なら大丈夫だ」


 「そうか、なら今晩は美味い肉を喰わせてやろう」


 またまた四人がニヤリと笑う。


 「今度は何だ?」


 「あの子から貰ったけど、金色山羊さんのお肉だって」

 「一口食えば、オークション物の肉だと納得するぜ」

 「ああ、普段の肉がブーツの切れ端に思えるぞ」

 「お前等も俺達の悲哀を味わえ!」


 「悲哀って・・・」


 「まっ、ブーツの切れ端だって、三日も食えば肉の味がするから心配するな」


 ボルトの一言に笑いが巻き起こる。


 * * * * * * *


 不味った、地上30mの別荘は冷える。

 地上のドームでも冬は寒いが此れほど冷える事はない。

 薪を燃やせば顔が火照るが直ぐに周囲の壁が熱を奪って寒くなる。

 体温調節機能付きの服でも顔や指先は冷たくなるので、寛ぐどころじゃない。

 そうそうに空中別荘を放棄して、地上に二重のドームを作り一息つく。


 雪を被った独立峰、吹き下ろして来る冷気で寒さも厳しく、野獣の気配も殆どないので避暑地向きの場所と諦めて帰る事にする。

 但し寒いからと逃げ帰るのも業腹だ、何か記念にと思ったが周囲は一面の銀世界で、上空からは川の流れが見えるだけ。


 諦めて壁に向かってジャンプを繰り返すが、今度は葉の落ちた梢をかすめる様に跳び、時々巨大な結界を樹と樹の間に引っかけて地上を探る。

 純白の熊ちゃん発見!

 白熊ちゃんだが、ゴールデンベアの冬毛のように思われる。

 というか、冬眠はどうした! まさか不眠症じゃないよな。


 シエナラの奥地と違い、雪の多い地域なので冬毛も周囲に会わせた白だと思われるが、珍しいので解体主任のお土産用に頭上から一発。

 白いウルフ八頭にハイオーク七頭を狩った所で狩りを中止して、シエナラに帰るべく真面目にジャンプを繰り返す。


 * * * * * * *


 ハイドラホテルに戻ると、グレン達が来ていてコークス達と一緒だと教えてくれた。

 先に合流して蜥蜴を見せたいが、疑いを招く行動は止めておく。

 一晩ホテルでゆっくりして遅めにギルドに顔を出すと、即行でギルマスとサブマスが飛んで来る。


 「どうだった?」

 「大きさは?」


 「いきなりそれかよ。友達にも見せたいので渡すのは待ってくれるかな」


 「取り敢えず物を見せてくれ!」

 「ドラゴンさえ確認したら引き渡しは急が・・・」


 此の馬鹿!

 ギルマスの足を蹴って黙らせたが、手遅れで聞き耳を立てていた奴等が騒ぎ始めている。


 「大きな声をと言うか、此処を何処だと思っている! 何度言えば学習するんだ!」


 〈おい! ドラゴンって言ったぞ〉

 〈奴一人でか?〉

 〈マジかよ~〉

 〈おい! 見に行くぞ!〉

 〈今日の狩りは中止だ!〉


 「見ろ! 何の為に内緒で頼んできたんだ! 糞野郎が」


 「おい! 何処へ行くんだ」


 「帰るんだよ! 物を渡した後ならいざ知らず、その前に騒ぎにしやがって」


 〈おい! 猫の仔が出て行くぞ!〉

 〈ドラゴンって〉

 〈何だよぉ~法螺吹きか〉

 〈糞猫が!〉


 「煩いぞ! 気に入らない奴は前に出ろ! 模擬戦で叩き殺してやろうか」


 最大のドラゴンメンチを浴びせてやると、一瞬で静かになった。


 「糞猫って言った奴は誰だ。相手をしてやるから出て来い!」


 ドラゴンメンチの威圧を掛けたまま、一人一人の顔を睨め付けていくが誰も何も言わない。

 腰を抜かしたり冷や汗を大量に流す奴、足下に水溜まりを作って泣き出す奴。

 最後にギルマスとサブマスに威圧を掛けたまま「余計な事をすれば長生き出来ないぞ」と脅しておく。


 ホテルに帰って一杯やっても気分がおさまらない。

 ギルドで騒ぎになったので、俺が戻っているのが判るだろうから皆と会って相談するかな。


 * * * * * * *


 コークス達が獲物を持ち込んで解体場に行くと、ギルマスとサブマスが揃ってやって来た。


 「おい、お前達ユーゴと仲が良かったな」


 「まぁ、付き合いは長いからな。それがどうかしたか」


 「ちょっとしくじってなぁ。奴のご機嫌を損ねちまったんだ」


 「あの子のご機嫌を損ねたって、何をしたのよサブマス」


 「此処じゃちょっと言い難いんで、二階に来てくれ」

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