第124話 待ち人来たらず
薄衣で隠された患部から淡い光りが漏れて来るが、見守る治癒魔法師達は話に聞く神聖魔法と少し違う考える。
だがこんなに連続して治癒の光りが続くのは、上級治癒魔法使いと変わらないと思う。
光りが収まるりリンディが被せた薄衣を外すと、怪我をしていた筈の顎にその痕跡はなかった。
〈見て!〉
〈嘘っ、あの状態から治るの?〉
〈でも・・・話に聞いた神聖魔法には見えないぞ〉
〈ヘイズ様に出来なかったことを易々と・・・〉
「お静かに願います」とアニスが騒ぐ治癒魔法師達を鎮める。
椅子を少しずらして腕を見て(鑑定!・状態)〔変形・破片多数残留〕
ここも同じなら魔力は10で良いと一つ頷き、薄衣を乗せると掌を置き(元の様に綺麗に治れ)と願いながら軽く(ヒール!)と呟く。
顎の時同様な治療だが、ベッドの周囲で見守る治癒魔法師達は真剣にリンディの治療を見ている。
そして治癒の光りが消えたとき、腕に怪我をしていた痕跡は無かった。
最後は胸だが、今回は誰一人声を発せずリンディを見つめている。
少し息苦しそうだが血は吐いていない、ユーゴ様がオークの胸にアイスバレットを射ち込んで軽く治したとき、オークは息をする度に血を吐いていた。
ユーゴ様は胸に骨が刺さっていて傷ついているから血を吐くのだと言っていた。
治療を受けているので血は止まっているが、息苦しそうなのは骨が胸に刺さったままなのだろう。
(鑑定!・状態)〔変形・骨の破片多数・損傷〕
今度は損傷が鑑定結果に加わったのは予想通りだが、魔力10では治せないだろう。
此処は魔力15程度は必要だが念の為に20使う事にする。
魔力を10を連続して使ったが、身体の状態も悪くないので大丈夫だろう。
改めて深呼吸をすると胸の薄衣に両手を乗せ、(胸を傷付ける骨を除き、元気になります様に)と祈りながら(ヒール!)と呟く。
〈見ろ! さっきより光が強い!〉
〈凄い・・・〉
〈なんて綺麗な光なの〉
〈此れが神聖魔法なのかしら〉
顎や腕を治したときよりも長く治癒の光が続いたが、その光が消えたとき患者の男は安らかな寝息を立てていた。
流石に連続して魔力を大量に使ったので疲れて、暫く椅子から立ち上がる気になれなかった。
デリス様の治療で再生魔法を使う為に随分魔力を使ったが、一日に三度休憩を挟んで治療していたのだが、今回は連続して魔力を40使った。
ユーゴ様の教えは守るべきだと後悔したが、魔力の大量使用も少し慣れてきた様だ。
「リンディ様、大丈夫ですか」
「大丈夫だけれど、一度に魔力を使いすぎたわ。もう少し休ませて」
リンディが病室を去るときには、ヘイズ達に最敬礼で見送らる事になった。
* * * * * * *
アニスはリンディの乗る馬車を見送ると、急ぎ宰相執務室へと急ぐ。
「そうか、上級治癒魔法師達でも手に負えない治療を一気に治したか」
「一気にと申しますか、顎、腕、胸の順に治療いたしましたが最後の胸の治療は見事でした。見学の治癒魔法師達も感服していました。ですが相当魔力を使った様で、暫く立てませんでした」
「ご苦労だった。彼女の身辺警護と王城での扱いは任せたぞ」
一礼して下がるアニスを見送ると、手元の報告書に目を落とす。
ギラン、王国騎士団中隊長にしてクラリス・アブリアナ妃の甥。
双剣のギランの二つ名を持つが、執拗残忍な性格にて訓練や手合わせで決め事を無視して攻撃する事多々有り。
為に不具の身となり騎士団を去る者もいる。
また自らの手が及ばない時は、裏稼業の者を使って目的を果たすとの噂も有る。
今回の怪我は、首から上への攻撃不可の取り決めを破り執拗に攻撃を繰り返した為に、相手の怒りを買い実戦方式だったのが禍した結果だと書かれている。 しかも顔面に突きを入れた木剣を掴まれての、組み討ちで叩き伏せられたとなっている。
騎士団長の話とは随分違うなと苦笑いが出る。
ふと思いつき、補佐官に騎士団長の経歴書を持って来させた。
アブリアナ公爵の紹介で騎士団に入団、クラリス・アブリアナ妃の遠縁となっている。
やれやれ、クラリス妃を後ろ盾に出世して彼女の甥が好き勝手をするのを許していたのか。
ギランなる男が報告書通りの性格なら、続きがある筈だが相手が問題だ。
フェルナンド男爵が黙って見ているはずが無いし、アブリアナ一族に好き勝手をさせる訳にもいかない。
フェルナンド男爵に警告を発し、ギランが返り討ちにあった時にクラリス妃が余計な事をしない様に、陛下にも報告しておくかと立ち上がる。
* * * * * * *
「ユーゴ、宰相閣下からお手紙だぞ」
ホリエントがひらひらと振る薄い書状を受け取り開く。
なんとまぁ、リンディのお城での初仕事が、根暗な奴の治療とはね。
「あ~騎士団長、残念なお知らせだよ。根暗な奴が回復したそうだ」
「そりゃー、王城には治癒魔法使いが大勢いるので治るだろうさ」
「いやいや騎士団長が念入りに潰したのだろうが、リンディが呼び出されて治療したそうだよ」
「ありゃ、それじゃ完全復活したのかよ」
「それでギランって男は、執拗残忍な性格だそうで裏稼業の者とも繋がりかあるそうだよ。おまけにクラリス妃の甥ってさ」
「クラリス妃か・・・」
「何か問題でも?」
「この間の、アブリアナ公爵の血縁だった筈だ」
「へぇ~、それはまた奇遇だね」
「貴族連中は執念深いからな。侯爵よりも、腰を抜かしたパパの方からじゃ無いのか。直接頼まなくても、それとなく匂わせる」
「それが何でホリエントの手合わせに根暗男が出て来るんだ? それなら相手は俺だろう」
「多分俺がお前の使いと知ったか、性格から俺を甚振って楽しもうとしたからだろうな」
「で、奴より騎士団長の方が強かったって事かな」
「そりゃー毎晩実戦紛いの殴り合いをしているのだから、場数が違うよ。緩い突きなんて簡単に掴めたからな」
ハティーやフィーネ達女性陣の外出には特に注意する様に伝えて、護衛に付くハリスン達にも警戒を怠るなと言っておく。
序でにフィーネやリンレィの外出着にも耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能を貼付しておく。
一週間程は静かで何の変化も無かったが、フィーネやホリエントの妻ファランナが食料の買い出しに出ると、少し離れてついてくる女がいるとグロスタが言いだした。
その日はハリスンとルッカスが二人に付き添い、グロスタとホウルがそれぞれ離れて付いていた。
四人は紋章入りの服を着ていて揃って行動しているが、女はつかず離れず後を歩き、視線はフィーネやファランナから外さなかったそうだ。
ホウルとグロスタはお気に入りの吊るしの服を着て、別々に行動しているので仲間には見えない。
なので、気付かれずに女を観察できたと話してくれた。
それを聞き、思わずホリエントと顔を見合わせてしまった。
しかし、ホリエントが元エレバリン公爵家の騎士団長だったことや、王国の騎士団には元の部下達が居るので調べるのは容易いだろう。
それにホリエントが現在俺の配下になっている事も知られている。
俺のアパートはリンディ、王家筆頭治癒魔法師の住まいでもあるので迂闊に近づけない。
外出時を狙って来ると思っていたが、一番弱い所を狙うか。
だがグロスタに気付かれたのが運の尽き、明日以降もハリスンとルッカスが直接護衛に付き、ホウルとグロスタは離れて監視させることに決める。
コークス達にも離れての護衛を頼み、俺は隠形に魔力を乗せて姿を隠して件の女の後をつけることにした。
用心深い相手は、毎回違った者が市場への買い物の時に現れては後をつけてくる。
但し帰る所は同じ安宿の二階で、下の酒場で仲間と情報交換をしている。
隠形で姿を隠して気配を殺して会話を聞いていても、固有名詞は口にしない用心深さ。
裏社会で長生きしているだけのことはある。
女とか娘やお供としか言わないが、一度だけ亭主が出て来ないと呟いた。
ほ~ん、待ち人来たらずで行動に移らないのか。
それを早く言ってよ、ご馳走を目の前にぶら下げてやるのに。
罠に掛ける方法を考えていると、似つかわしくない服装の男がやって来て同じテーブルに座る。
「なんだい、あんたは此処へ来ない筈だろう」
「お前達、後をつけられていないよな?」
「ああ、この辺りに見知らぬ者が来れば直ぐに判るからな。どうしてそんな事を聞くんだ」
「今日女達の確認に向かった奴が、見張りの奴から少し離れて歩く男が居ると行って来た。念の為にその男の後をつけたが、女達の家の方にはいかなかったそうだが気を抜くなよ」
「なら明日からは、俺達を見張る奴が居るか探してみるさ」
「いたらじっくり甚振って話を聞かせて貰うか」
「あの家にいる奴等は冒険者上がりの奴等らしいので、気を付けてやれよ」
はいはい、作戦変更ですね。
判っていれば対処も出来るし、此の男の後をつけさせて貰うことにした。
軽く一杯引っかけると「奴が出て来る様なら直ぐに知らせろ」と言うと、金貨をテーブルに投げて酒場を出て行く。
男は何の躊躇いも無く裏通りから広い通りに出ると、暫く歩き止まっていた馬車に乗り込む。
やれやれ、王国の紋章付きの馬車だ。
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