第123話 リンディの初仕事

 ヘルシンド宰相の執務室に戻ると、フェルナンド宛の書状が手渡される。


 「騎士団との手合わせはどうかな」


 「それについて、騎士団の方を一人負傷させてしまい申し訳ありません」


 「いやいや、手合わせともなると怪我は避けられないと常々聞かされている。詫びる必要は無い」


 * * * * * * * *


 ホリエントがヘルシンド宰相に呼ばれて、姿が消えると騎士団長が訓練場にやって来た。


 地面に横たわるギランを見ると「治癒魔法師を呼べ!」と怒鳴る。


 ギランは顎を砕かれ腕は不自然に曲がっていて、ただの骨折には見えない。

 それに息をする度に咳き込み血を吐いている。


 「相手は誰だ!」


 審判役の男が「元エレバリン公爵家の騎士団長だった男、ホリエントです」と答える。


 「潰れた公爵家の騎士団長風情が、ギランに対してこの様な暴力を振るったのか! 元公爵家の配下の者がいたな、其奴にホリエントの居場所を聞き出し、此処へ引き摺ってこい!」


 「ですが騎士団長、相手はフェルナンド男爵の配下ですので・・・」


 「フェルナンド? あの魔法使いで、賢者と呼ばれて逆上せ上がっている奴か?」


 「はい、今回も宰相閣下にお願いして手合わせを願ったものですし、ギラン様が・・・相手を怒らせたのが」


 「ほう、それで? ギランがこの様な姿になったと言うのに、何もせずに見逃したのか。お前達は糞の役にも立たん屑だな」


 * * * * * * * *


 「お帰りぃ~、なんて言っていた?」


 「返事は書状に書いてあるそうだ。それより王国騎士団の者達と手合わせをしてな、ちょっと性格の悪い奴を叩き潰してきた」


 「ふぅ~ん、叩き潰したねぇ」


 「何々、ホリエントさん王城で一暴れしてきたの♪」

 「何をやったの?」

 「叩き潰したって事は・・・」

 「ホリエントが叩き潰したのなら重傷だな。上級ポーションか腕の良い治癒魔法師が必要だろう」

 「お城なら、治癒魔法師はいっぱい居るので大丈夫でしょう」


 「で、性格の悪い奴を叩き潰して、終わりじゃなさそうだね」


 「ああ、双剣のギランって奴でな、人を甚振るのが好きな奴と噂は聞いていたが噂通りの屑だな。今回の手合わせは実戦形式だが、首から上への攻撃は禁止なのに何度も攻撃してくる。審判に指摘したが注意しないし、それからも頭や顔への攻撃を繰り替えしてきた。なので、お前の流儀に合わせてやると警告してから叩き潰した。表だって手を出せない相手を裏稼業の者に襲わせたり、楽しみの為に自ら手を汚す・・・と言う噂だ。打ち合っている間も嫌な笑いを浮かべていて、俺を嬲りものにするつもりだったんだろうな」


 「んじゃ、襲われたら遠慮なく反撃してね」


 「えっ・・・俺一人にやらせるつもりかよ。ご主人様」


 「何か不都合な事でも?」


 「王国騎士団で隊長と呼ばれている男だぞ。一人の力ではそんな噂の男が隊長にはなれん」


 「となると、後ろ盾がいるので反則しても注意できない。裏稼業にもお友達がいる」


 「そうなると、ご主人様のお力をお借りしてだな」


 「闇討ちには気を付けてね、騎士団長様♪」


 「冷たい奴だねぇ」


 「未だ何も始まってないからなぁ。王城に乗り込んでギランとやらの首を刎ねる訳にもいかないだろう」


 「いやいや、あんたが先制攻撃をしたら手に負えないから、そこは穏便に頼むよ」


 「やっぱり様子見だな」


 * * * * * * *


 「何故治せない!」


 「無茶を言わないで下さい、騎士団長様。上級治癒魔法師のヘイズ様は不在ですので、中級治癒魔法師では此れが精一杯です。こんな酷い怪我を一気に治せる者などそうそういませんよ。顎は砕けているし、腕もどうすればこんな酷い事になるのですか? それに胸は陥没していて一つ間違えば即死していますよ。三人がかりでも、胸の手当で精一杯です。腕と顎の治療もしましたが元には戻らないでしょう。これ以上をお望みでしたら最上級ポーションをお求めになるか、王家筆頭治癒魔法師のリンディ様にでもお願いして下さい」


 「糞ッ」


 甥っ子のギランが大怪我を負ったとなれば、クラリス妃の機嫌を損ねてしまう。

 その怪我も完治するかどうか判らないとなれば、最上級ポーションだが今から飲ませても間に合わないだろうし、そんな金も無い。


 王家筆頭治癒魔法師を利用するにはどうすれば良いかと考えながら、ヘルシンド宰相の執務室に向かう。


 * * * * * * *


 「宰相閣下に、来客の騎士と手合わせをして負傷した者について、ご相談があると伝えてくれ」


 「負傷者なら、王国の治癒魔法部隊の者に治療させれば宜しいのでは?」


 「その負傷した者はクラリス妃の甥にあたる者で、現在治癒魔法師が必死で治療している。しかし上級治癒魔法師が不在の為に、完全な回復は望めそうもない。その者が不遇な身体になれば・・・その為に宰相閣下に急ぎ面会をしてお願いしたことがあるのだ」


 「判りました。宰相閣下にお伝えしますので暫しお待ちを」


 取り次ぎの者はクラリス妃の不興を買うことを恐れて、ヘルシンド宰相に取り次ぐ為に執務室へ入っていった。

 控えの間で待たされている者達は、王国騎士団団長が取り次ぎの者と何やら密談し、直後宰相執務室に消えたのを訝しげに見ていた。


 宰相執務室に招き入れられた騎士団長は、ヘルシンド宰相の前で一礼する。


 「手合わせで負傷者が出たとは聞いていたが、それ程酷い怪我なのか?」


 「はい、顎を砕かれた上に腕を折られて胸も陥没する重傷です。現在上級治癒魔法師不在の為に中級治癒魔法師達が治療していますが、回復は難しいとの事です」


 「ただの手合わせで、何故それ程の怪我をするのだ?」


 「実戦形式での闘いでしたが、ホリエントなる男が首から上への攻撃禁止の約束を破って攻撃をして、其れだけに飽き足らず腕を折り倒れたギランの胸を蹴ったそうです。彼はクラリス妃の血筋で、此の儘では・・・出来ますれば王家筆頭のリンディ様にお縋りするほかないと参上いたしました」


 遠回しに、断ればクラリス妃の不興を招くと匂わせて一礼する。


 「リンディ嬢は王城には居ない。ロスラント子爵邸に居ると思うが陛下にお伺いしてみよう」


 騎士団長を待合室で待たせると、国王陛下の下に向かう。

 中級治癒魔法師達で治せない重症なら、王家筆頭治癒魔法師の腕を魔法部隊の者に示す良い機会になるだろう。


 国王に事のあらましを伝え、リンディの治療許可を仰ぐ。


 「ちと話が可笑しいのう。フェルナンドが使いに出す男だ、それなりの腕と分別があると思うのだが」


 「はい、ホリエントと申します男は、エレバリン公爵家で騎士団長を務めていた程の者です。王国の騎士団との手合わせで、決め事を破り執拗な攻撃をするとは思えません。何か理由が有ると思われますが、怪我人はクラリス妃の甥との事で騎士団長も焦っているのでしょう。それとは別に、治癒魔法使い達に中級魔法師達がどうにもならない怪我人を、神聖魔法使いたるリンディが治療するのを見せれば励みになるかと」


 「良かろう。その方に任せるが、怪我をした経緯を詳しく調べておけ」


 * * * * * * *


 翌日ロスラント邸に王家より迎えの馬車が現れて、リンディに治療の依頼を告げた。

 リンディは急いで王家筆頭治癒魔法師の衣装に着替えると、迎えの馬車に乗った。


 王城に到着すると侍従と共にリンディ付き専属侍女アニスが迎えてくれ、一度リンディ専用の控えの間へと案内された。

 ロスラント子爵様から聞いた通り、王城内では専属侍女のアニスが全て取り計らってくれる様だ。


 暫くすると治癒魔法師の一団が現れ、ご案内致しますと一礼する。

 彼等の後を侍女のアニスと共に歩むが、豪華絢爛な通路から簡素な作りの通路へと入る。

 お城の裏側はこんな作りなのかと感心しながら歩き、漸く病室に到着したが一歩中に入ってビックリ。


 治癒魔法使い達がズラリと並んでリンディを迎えるが、好奇心丸出しの目付きで背筋が寒くなる。

 彼等の中でも一際豪華な刺繍を施された衣装の者が、リンディの前に歩み寄ると頭を下げる。


 「王国の上級治癒魔法師を賜っておりますヘイズと申します。此の度はリンディ様の治療の見学をさせて頂くことになりました」


 これはユーゴ様が言われていた、私の値踏みの為に集まっているのかと納得。

 教えの通りにすれば怪我は治ると判っているので、慌てず落ち着いて怪我人の所への案内を頼む。

 病室は隣で、ベッドに横たわって入る男は顎が変形しているが手足は有る。


 「私が不在の為に中級治癒魔法師達が治療いたしましたが、完全には元に戻せませんでした。私もこの状態から元の身体に戻すことは不可能です」


 説明しながら複数の者に手伝わせて患者の上着を脱がせると、腕は歪に曲がり胸も少しへこんでいる。

 リンディは男の状態を見ただけでホッとした。

 ユーゴが、シエナラの森でゴブリンやオークを怪我させて、簡単に治療し変形した患部を元に戻す事は散々遣らされた。


 男の横に立ち顎を見ながら(鑑定!・状態)と口内で呟く〔変形・破片多数残留〕

 椅子を用意しい座り男をベッドの縁に移動させると、顎に薄布を被せて掌を添える。

 此れなら魔力は10程度かなと考え、一つ深呼吸をすると(元の様に綺麗に治れ)と願いながら軽く(ヒール!)と呟く。

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