第122話 手合わせ

 一回り院内を確認して最後はサボリ魔と院長の所だが、院長室でのうのうと酒を呑んでいる奴が居るではないか。


 「困りますねぇ~、幾ら男爵様とはいえノックもなく無礼でしょう」


 「今日も楽しくお酒を召し上がっている様だが、お友達ですか?」


 「なんだぁ~、てめえは!」

 「酒が不味くなる、出て行け!」


 「出て行きますけど、貴方達も出て行って貰いますよ。院長さん、騎士団の方がお話しが有るそうですよ。お友達共々ね」


 合図をすると騎士団の者達が殺到して、有無を言わさず取り押さえて縛りあげている。


 「なっ何で? 何で私まで・・・」


 「施療院はホテルじゃないんだから、質の悪いのを引き込むからこうなるんですよ。便宜を図れば懐が潤うだろうけど、反動も大きいんです」


 院長を送り出すと、ホリエントが数人の男に囲まれて談笑していた。

 嘗ての部下達で、公爵家の騎士団が解体された際に王国の騎士団に引き抜かれた者達だそうだ。

 彼等が俺を見る表情はちょっと複雑そうだったので、談笑の邪魔をせずにジーラントって中隊長に、ホリエントに後を任せたからと丸投げする。


 院内外で30名以上を捕らえて連行して行ったが、サボリ魔がいない。

 探しているとルリエナがそっと声を掛けて来た。


 「あのぅ~、キャンデル様はさっき出勤してきましたよ」


 遅刻・・・サボリ魔は大騒ぎの最中に遅刻をして来て、騒ぎを見て目を白黒させていた。


 * * * * * * *


 ヘルシンド宰相より結果を報告したいと連絡が来たが、興味が無いので代理人を行かせた。

 ホリエントはぶつくさ言っていたが、騎士団との連絡係で現場を良く知る者だし、元部下達にも会って来なよと放り出した。


 「フェルナンド男爵殿はご不在か?」


 「いえ、面倒だと申しまして、お前が行けと放り出されました」


 まったく宰相閣下の呼び出しに、面倒だからと留守番役の俺を差し出すか。


 「それは残念だな。後ほど書状を預けるので暫く待って貰う事になる。暇潰しにと言っては何だが、騎士団の者達が君との手合わせを望んでいるので受けてやって貰えないか」


 先日、嘗ての部下達と会って話をしたが、帰ってから元の同僚達にそれを伝えたのだろう。

 俺も公爵家で騎士団長をしている時は、腕の立つ男と聞けば手合わせを所望したものなので、受けて立たない訳にはいかない。


 それに日頃の訓練の成果も確かめたい。

 ユーゴ達との訓練では叩き合いから、最後の方は組み討ちから果ては殴る蹴るまで織り交ぜた過酷なものになっていた。

 剣だけではそうそう負ける気はしないが、何でもありになると冒険者の勘や動きは侮れない。

 その訓練で培った技を、王国騎士団相手に存分に試そうとヘルシンド宰相の申し出を受けた。


 侍従に案内されて出向いた騎士団の宿舎には、ジーラント中隊長と嘗ての部下達が待っていた。


 「申し出をお受けいただき感謝しております」


 「いえいえ、騎士団の方々との手合わせは望むところです」


 和やかに挨拶を交わすが、部下だった者達の表情が硬い。

 ジーラントの背後にいる男達の目付きや立ち姿は、尋常ではない雰囲気を持っていて騎士団の猛者を集めたと思われた。


 屋内訓練場に案内されたが、多くの男達が壁際に沿ってズラリと並びホリエントを見ると品定めをしている様だった。


 「防具は何れでもご自由にお使い下さい」


 「有り難いが、日頃の訓練用の物を持っていますので」


 そう断ってマジックポーチから手袋とユーゴが作った頭巾を被る。


 「それは?」


 「耐衝撃・防刃・魔法防御が付与された物ですので、遠慮無く攻撃して下さい」


 半球状の兜に耳当て付きで、他は薄衣ながら目以外を保護してくれる。

 此れなくしては組み討ちや殴る蹴るの訓練は出来ない。

 手袋も同様だし、口に出さなかったが体温調節機能付きなので快適だ。


 万が一の実戦を想定してユーゴが作ってくれたが、今は訓練用防具としてしか活躍の場が無い。

 ホリエントの言葉を聞いて騒めきが起きるが、実戦形式で首より上の攻撃のみ禁止と言われて了承する。


 お互いに名乗り合って向かい合い、合図の鐘の音と共に裂帛の気合いとともに踏み込んで来たが、間合いを外す様に一瞬遅れて木槍が突き出された。

 半身になり、突き出されて木槍を横へ弾くと同時に剣先を上げながら踏み込む。


 木槍を弾かれた瞬間手元に引き寄せ防御の態勢に移る相手に、上段に構えたまま踏み込みは止まらず、肘打ちと体当たりで吹き飛ばす。


 「それまで!」


 〈体当たりとは卑怯じゃないか!〉

 〈いや、実戦を想定しての手合わせだ〉

 〈あれは騎士の闘いじゃ無い!〉

 〈まるで野盗か冒険者じゃないか〉

 〈しかし、何の躊躇いも無く踏み込んで行ったぞ〉


 「次ぎ!」


 外野の騒ぎを他所に、次の者を呼び出す審判係。

 次の相手は同じ木剣を持ち、悠然と構えている。

 開始の鐘がなると同時に、ふわりと動いたかと思った瞬間突きが胸に迫っていた。

 鍔元で弾きに行くと剣先が上がり柄頭が襲って来る。

 間に合わないと思い膝の力を抜き、身体を沈ませるが勢いのままのしかかられた。


 〈行けっ!〉

 〈其処だ! 叩き潰せ!〉

 〈よし!〉


 のしかかられながら身を捻り、片手で相手の手首を掴んで後ろに引く。

 勢いのまま手首を掴まれて引かれて、その手首を下に下げられて前転の様に転がってしまった。

 立ち上がろうとした時には喉元に木剣が突きつけられていた。


 「それまで!」


 〈おい、俺達の中隊長までやられたぞ〉

 〈糞ッ、あと少しだったのに〉

 〈しかし、組み討ちは得意そうだな〉

 〈あれだけ押し込まれたら勝てない筈なんだけどなぁ〉


 「次ぎ!」


 〈おい! 双剣のギランだぞ〉

 〈今度は彼奴も勝てないだろうな〉

 〈あの双剣を受けて立っていた者はいないからな〉


 双剣か、噂は聞いていたが此処で会えるとはな。

 ホリエントは騎士団長時代のことを思い出して、木剣を構えなおす。

 相手は片手下段と肩に乗せた木剣は刀身を水平に寝かせた構えから、足下の木剣を振り上げて来た。

 軽くステップして躱すと、肩に乗せた木剣が横殴りに飛んで来る。

 弾き上げ躱して受ける事無くいなすが、左右から襲って来る木剣の軌道は変幻自在だが、時々頭上からや顔面を狙った突き等が混じり始めた。

 どうやら噂は本当の様で、ギランの顔に薄ら笑いが浮かんでいる。


 審判は見ているはずだが咎める様子が無いし、見物席がざわついている。


 〈おい・・・〉

 〈また始めたぜ〉

 〈どうする? 客人には不味いんじゃないか〉

 〈だが、元騎士団長だったそうじゃないか。ギラン隊長相手に通用するのか気になるぜ〉

 〈勝てるかな?〉


 嫌らしく笑いながら袈裟斬りに見せ掛けて耳の辺りを狙ったり、突きも目を狙って突いてくる。

 それも段々と頻度が上がってきた。


 「どうしたギラン殿、首から上の攻撃は無かったのじゃ無いのか」


 受け流しながら揶揄い気味に聞いてみると、コメカミがピクピクと痙攣している。


 「受け流すだけで攻撃してこないので、本気を出せる様に手加減して遣っているんだ。どうしたよ騎士団長様、エレバリン公爵家の騎士団ってこの程度だったのか」


 「良いだろう、お前の流儀に合わせてやろう。後で泣き言を言うなよ」


 「ふん、出来るのかな」


 そう言うと攻撃の速度が上がり、3~4回に一度は首から上の攻撃になってきた。

 足を狙って頭上から振り下ろす、横胴から跳ね上げて突いてくる攻撃が単調になっている。


 「どうした、手も足も出ない様だが」


 笑いながら何度目かの突きが来たとき、僅かに首を傾けて避けると木剣を掴んで引き寄せた。


 〈エッ〉


 間抜けな声を出して突きの体勢のまま引き寄せられたギラン、顔面に渾身の肘打ちが炸裂する。

 首が仰け反り動きが止まったギランの腕を掴み、捻ると同時に肘打ちを二の腕に叩き込み、次の瞬間一歩下がって間を取った蹴りが胸に食い込む。


 「ば~か、この程度の腕で他人を嬲るつもりだったのか。頭を砕かれなかったことに感謝しろ」


 「ホッ・・・ホリエント殿、何をなさる!」


 「はぁ~ん、首から上の攻撃は禁止だった筈だが、お前は何処を見ていた? 此の男にも警告をしたが、己の腕に慢心した報いだ」


 いやはや、訓練で組み討ちや殴り合いの練習をしておいて正解だぜ。

 問題になれば、俺を送り込んだユーゴに尻拭いをして貰おう。

 頼んだぜ、ご主人様♪


 不遜な事を考えながら、これ以上の手合わせは不用だと思い木剣を仕舞う。


 * * * * * * *


 「騎士団長! 大変です! ギラン隊長が・・・」


 「あ~ん、ギランなら屋内訓練場にいるだろう」


 「いえ、それが」


 「何だ、はっきり言え!」


 「その、客人との手合わせで大怪我を負って・・・」


 「ギランが、か?」


 「はい、その客人を怒らせた様でして」


 「誰だ、その客人とは? 此処へ連れて来い!」


 「そのぅ、ヘルシンド宰相閣下の所へ来ていた者です」


 激怒する騎士団長室のドアがノックされた。


 「失礼します。ホリエント様が此方にいると思いますが、書状の用意が出来ましたのでお越し下さいとの事です」


 そう告げたのは使いの者だったが、ヘルシンド宰相の使いを無視する事は出来ず、部下を睨み付け顎で行け! と示す。


 報告に来た男は、ほっとして部屋から飛び出すとホリエントの所へ行き、宰相閣下がお呼びだそうですと告げた。

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