第125話 王家の事情と此方の都合
動き出した馬車を見送り、アパートに戻って作戦会議だ。
アパートに戻ると、期待に満ちた目が俺を迎えてくれる。
一年近く対人戦の訓練以外、退屈な日々だったので変化が嬉しいらしい。
居間に集まった皆に、見張りの者を監視している事が相手に知られた様なので、明日から奴等の監視は中止と伝える。
但し疑われた程度で、自分達が見張られているのは半信半疑なので、見張りに見張りが付いてくると教えておく。
彼等を監視する者がいれば拉致する気なので、直接護衛のハリスンとルッカス以外は、見張りの奴の周囲には近づかない様に促す。
但し買い物の順路は大体決まっているし、出発前にその日の行き先を全員に告げてから行く事に変更。
直接護衛以外は、数人単位で遠くから見守り異変が起きれば駆けつける事に決めた。
奴等をおびき寄せる餌のホリエントは、数日おきにお買い物の直接護衛に付いて貰う。
そこまで決めたら後はヘルシンド宰相にお手紙だ。
王家の馬車は使いの者が乗る様な簡素な物で、王国の紋章以外は馬車の後部に三桁の番号が書かれていた。
その番号の馬車に誰が乗ったのか、何処へ行ったのかを内密に調べてくれと頼んでおく。
御者から聞き出せばある程度は判るだろう。
* * * * * * *
ホリエントが妻子とハティーのお供でお買い物、荷物持ちとは微笑ましい。
ハリスンとルッカスは退屈そうに護衛の位置に付きお供をする。
俺は隠形に魔力を乗せて姿を隠すと、ホリエントに視線を釘付けにした今日の見張りを遠くから眺めて、見張りに監視が付いていないか探す男を見て笑う。
ホリエントの出番は一日空けてご出勤、次いで中三日で姿を現した翌日から、ハティー達の周辺に買い物客に見えない奴がうろつきだした。
準備は整ったので、お出掛けする全員に防御障壁を付けて送り出す。
何時もの様に隠形に魔力を乗せて姿を隠すと、一足先に市場へ行く。
リンガル通りから市場へ向かう道の脇に一人、ホリエントの姿を見て顔を伏せる男。
反対側の通りを気にも留めずに歩くファランナやホリエント達と、退屈そうなハリスンとルッカス。
広場になっている市場の入り口左右に離れて立つ男が二人、すっかり顔見知りになっているので挨拶をしたい気分だが、今日はお仕事だ。
それぞれが距離を取りながら周囲を見回し、頷きあうと急速にホリエント達に近づいていき、綺麗な包囲網が出来ると同時にナイフやショートソードが引き抜かれる。
さあ、戦闘開始だ。
先ず通りから付いてきた男にアイスニードルを両足に射ち込み、続いてホリエントの後ろから近づく男の背にアイスアローを射ち込む。
〈キャァー〉
悲鳴が聞こえたときには、ホリエントやハリスン達も襲撃者に対し木剣を振るっていた。
人混みでも殺意を持って近づく奴は気配で判るので対応は楽だが、刃物の煌めきと血反吐を吐いて倒れる男達に、市場は騒然となり逃げ惑う人々で阿鼻叫喚の地獄絵図。
ハティーやフィーネとファランナの女性陣に襲い掛かる奴等も、コークス達が蹴散らすが、逃げ惑う群衆に紛れてナイフを突き込む女がいる。
だが耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能を貼付したうえに、防御障壁まで付いている彼女達には通用しない。
違和感に気付いた女が首筋に斬りかかるが、防御障壁に阻止されて狼狽えている所をハティーに蹴り倒される。
なんとまぁ~、買い物客を装い籠の中に武器を忍ばせた女が四人も居たのには呆れた。
襲撃自体は数分で終わったが、ホリエントが男と対峙している。
男の両手に長剣が握られているので、双剣のギランと呼ばれる奴だろうが、彼奴はホリエントの獲物だ。
皆は叩きのめした奴等の向こう脛を叩き折り、逃げられなくしている。
ハティーが巻き添えを食った負傷者を治療しているので、俺も重傷者を重点的に治療して軽傷者をハティーに任せる。
* * * * * * *
「双剣のギラン、残忍で執拗な性格と聞いていたが、"結構間抜け"ってのを付け加えてやるよ」
「抜かせ! こうなったら、己だけは道連れにしてやるさ」
「お前の腕では無理だな。もう一度、顎を砕いてやろうか」
「まぐれは二度も続かないし、今回は真剣だ。その首を叩き斬ってやる!」
言い終わると同時に横殴りに剣が叩き付けられ、弾き上げると反対の剣が下から投げられた。
ギランの勝ち誇った顔が固まる。
真っ直ぐに腹に食い込むはずの剣は、〈ガラン〉と音を立てて地に落ちる。
「いやー、今のは流石にホリエントでも受けられないな」
「双剣のギランねぇ」
「でも相手が悪かったな」
「相手ってよりも、着ている服に負けたって所かな」
「でもお城では顎や腕を砕いて勝っているそうだぜ」
のんびりした声にギランが振り向くと、足止めを済ませたコークスやハリスン達が周囲を囲み見物している。
まるっきり、対人戦の訓練を見物している時と変わらぬ雰囲気に、ホリエントが溜め息を吐く。
「糞ッ」
ギランが吐き捨てる様に叫ぶと、武器を持たないルッカスに斬りかかった。
「うわっととと、相手は俺じゃ・・・」
ギランの斬り込みにルッカスが伏せて躱すと、その上をギランが駆け抜けるが〈ウッ〉と呻いて前のめりに倒れ込む。
「さっきのを真似て見ました♪」
ホウルがギランを踏みつけて、背中からショートソードを抜きながら揶揄い気味に言う。
「お前等なぁ~」
「でも勝負は終わっていたから良いでしょう。逃がす訳にもいかないし」
「さて終わったし、片付けるぞ」
コークスの声に、其処此処に転がっている奴等を引き摺って来るが、未だ剣やナイフを振り回す者には腕を叩き折って大人しくさせる。
* * * * * * *
ハティーが治癒魔法を見せてしまったので軽傷者を任せたが、早いとこ後片付けをしなきゃ警備兵達に邪魔される。
全員片足を叩き折られているので、俺が治療した後は縛り上げて貰う。
縛った奴は首にロープで結んで数珠繋ぎ、男18名、女4名なので男は6名ずつだ。
「何事だ!」
血相を変えて駆けつけてくる警備兵達。
「フェルナンド男爵だ! 配下の者が襲われたので捕らえたまでだ。少し調べたい事があるので、我が屋敷まで連れて行く。後ほどヘルシンド宰相に報告するが、警備隊の方からも俺の配下が襲われたと報告しておいてくれ」
「いや、しかし・・・それは」
「詳しい事をお前に教えると、困った事になるがそれでも聞きたいか? 黙って宰相に報告しておけ。この騒ぎで怪我人が出たが、見掛けた者は治療をしたが残っていれば俺の屋敷へ連れて来い」
「ユーゴ、全員縛り上げたぞ」
「全員連れて帰るけど、ごねる奴は徹底的に殴って大人しくさせてね。怪我なら幾らでも治してやるから」
「任せとけ!」
「おらっ、足は動くだろうが、歩け!」
「糞猫野郎が、後で吠え面かくなよ!」
「間抜け野郎、煩いぞ! 騎士団長、其奴の顎をもう一度砕いてやって」
「おのれ等、出歩く時には後ろに気を付けろよ」
「俺達に手を出した事を後悔させてやるからな!」
「離せ! わたしゃただの買い物客だよ」
「兵隊さん、助けて頂戴」
「騒いでいる奴等を黙らせろ!」
「任せろ! おらっ、黙って歩け!」
〈止めろ!〉〈痛ぇじゃねぇか!〉〈歩くから止めろ!〉〈堪忍してぇぇぇ〉
バッシンバッシン音が聞こえて、その度に何か言っているが歩かなければ殴られると判り歩き出した。
ハティーが青い顔で震えているフィーネとファランナを慰めている。
忙しくて忘れていたが、騎士団長の妻子とはいえ、荒事は慣れてないよな。 囮に使ったことを、心の中で詫びておく。
* * * * * * *
王都警備隊からの急報を、ヘルシンド宰相は国王陛下に伝える。
「陛下、フェルナンド男爵の配下達が襲われたそうです。報告では多数の者が捕らえられ、フェルナンド男爵が自宅へ連行したそうです」
「問題の男は?」
「未だ連絡が来ておりませんが負傷者は襲った方のみの様で、彼の配下は全員無事だそうです。それと目撃者の話から、男爵以外に治癒魔法を使う女がいたそうです。襲撃を受けたのは市場の中でしたので、巻き添えで負傷したり逃げる際に怪我をした者が多数いたそうです。騒ぎが収まった時に一人の女性が負傷者の治療を始めたそうです」
「其れはリンディの妹の事か?」
「彼の配下として、彼の家いる冒険者の一人の様です」
「彼等の中に、治癒魔法を授かっている者が居るとの報告は無かった筈だ。以前にも、魔法を授かっていない者が魔法を使っているとの報告が有ったな」
「何故だか判りませんが、彼の周辺の者にのみその様な者が現れるのが不思議です」
* * * * * * *
「女は別室に放り込んでおいて、騒いだり口裏合わせを始めたら静かにさせてね」
ギランと、以前酒場に顔を出した男を部屋の隅へ移動させる。
酒場や市場で後をつけていた顔なじみが11名を、ギランの反対側に座らせる。
残った五名は初めて見る顔だが、多分ギランのお仲間と思われる。
「おい、猫野郎。男爵程度で俺をどうにか出来ると思っているのか」
「お前の後ろ盾が第三夫人だとは知っているさ。騎士団長もお前の遠縁らしいな。だけどな、国王陛下がお前を引き渡せと言っても、俺に牙を剥いた奴は皆死んでいるんだよ。お前の伯母さんが手を出せばそいつも死ぬことになる」
「なら何故、今殺さない?」
「王家の事情と此方の都合かな。王家は、アブリアナの一族がどの程度関わっているのか知りたいらしい」
「お前は?」
もうすぐコークスやハリスン達はシエナラに帰るつもりだ。
手薄になってから襲われちゃ溜まらないので、裏稼業の者を一網打尽にして後顧の憂いを無くす為だが、教えてやる義理はない。
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