第119話 リンディの番犬

 崩れ落ちたり顔面蒼白な大使達と、宰相と俺の会話を聞いた陛下が何かを察したのかニヤリと笑う。


 「本日此処に神聖魔法の使い手リンディ・フェルナンド嬢と、賢者ユーゴ・フェルナンド男爵を迎えたことを嬉しく思う」


 陛下の言葉に静かな騒めきが広がるが、陛下の背後に居る王族達の目は冷たい。

 中には興味を示している奴もいるが、リンディをじっくり観察している目付きはスケベ親父の目だ。

 判るよ。王位継承順位が低くても、リンディを手に入れれば発言権は大きくなるからな。


 序でだから興味を示した奴等も、たった今命名したドラゴンメンチできっちり睨み付けておく。

 荒ぶるドラゴンにメンチを切る威圧は、リンディを見ていても気付く様で視線を俺に向ける。

 そしてそのまま硬直し冷や汗を流したり、震えて卒倒したりする。

 中には腰からストンと座り込み、絨毯に染みを作る者までいる。


 静かな騒めきが大使達の異変と、それに続く王族達の異変に段々と声が大きくなっていく。

 彼等の視線の先に俺が居ると気付いた者達が、陛下と俺を交互に見て黙り込む。


 「その辺にしておいてくれんか」


 「元凶は陛下でしょう。欲の為にリンディに手を出せば、どうなるのかをを教えておく必要が有りますからね。王族と言えども容赦しませんので、よく言い聞かせておいて下さい」


 「判っている。君達二人は我がコランドール王国の宝だ、意に染まぬ事はさせない」


 陛下はそう言うと、居並ぶ貴族達に語りかけた。


 「リンディ嬢はフェルナンド男爵に師事し、治癒魔法の頂点である神聖魔法を会得するに至った。彼女を王家筆頭治癒魔法師に任じるにあたり、彼女を預かるロスラントとの兼ね合いもあり子爵位を授けた。家名は師匠から譲られたが、此れが何を意味するのかは言わずとも判ろう」


 おいおい、臣下を脅しているよ。

 俺もそれに乗じて、居並ぶ貴族の列に対してオークキング程度の威圧を掛けて、陛下の言葉の意味を実感させる。


 夜会と言っても、昼間の魔法比べの後なので立食パーティーの様な気軽なもの。

 陛下はリンディを連れて各国の大使や高位貴族達の挨拶を受けている。

 俺は宰相と共に後を付いて行きながら、今後リンディのエスコートはロスラント子爵様に頼んでくれと言っておく。

 都合良く王都に居るからエスコートしたが、有象無象の露払いは預かり主にして貰わないと預けた意味がない。


 俺の申し出は快く受け入れられ、リンディの控えの間はエレバリン元公爵が使っていた部屋を用意してあり、ロスラント子爵に頼んでおくよと気楽に言われた。

 端からそうするつもりなら最初からそうしろよと思うが、子爵様にはお詫びを言っておこう。


 宰相に断ってロスラント子爵様を探して歩くが、人の波が左右に分かれていく。

 ちょっと脅しすぎたかな。

 道が開く先にコッコラ会長とブルメナウ会長の話し込む姿が見える。


 「ユーゴ様、恐いことは止めて下さいよ」

 「貴男様とリンディ様の事を、彼此言っていた方達が身を竦めていましたよ」


 「今度はリンディに群がって来そうなので、予防線を張っておこうと思いましてね。どうも此の国の貴族達って、王家の通達を軽く見る傾向がありますから」


 「それは・・・まぁ~、その為に失脚した方も複数いる様ですね」

 「しかし、神聖魔法の使い手が貴男のお弟子とは」

 「あの方は以前・・・」


 数回しか顔を合わせたことがないはずだが、コッコラ会長は覚えていたようなので頷いておく。

 ふと見ると、グレンが渋い顔でやって来る。


 両会長とは顔見知りの為、会釈をすると文句を言いだした。


 「お前何時の間に広範囲に威圧を掛ける方法を会得したんだ? まるでオークキングと対峙した様な気分になったぞ」


 「それっ、ドラゴン並みの威圧にしようと思ったけど、大使や王族に向けたら腰を抜かしたり失禁する奴もいたので、オークキング程度にしたんだ」


 「止めろよな。夜会が失神者続出になったら、陛下から恨まれるぞ」


 「良いんだよ。この騒ぎの元凶は陛下だからな。釘を刺しておかないとね」


 「で、どうやったんだ?」


 「オークキングになった気分で、会場を睨みながら此奴等を殺すって気迫を込めてみたんだ。ところで、何でグレンが居るの?」


 「お前が余計な事を始めたら、止めてくれと頼まれたんだよ。まったく、何が悲しくてこんな処へ来なきゃならんのだ。俺はお前のお守りじゃねえんだ。と言うか、あのお嬢さんの番犬が暴走しない様に呼び出された様だな」


 グレンが愚痴りだしたのでそっと逃げだして、子爵様を探す。


 * * * * * * *


 夜会に出席して一つだけ収穫が有った。

 王都には王国が設置した施療院が二ヶ所有ると聞いた。

 王都の民で病気治療費が出せない貧しい者に対して、王国に属する治癒魔法師の訓練も兼ねた施設が有るそうだ。


 リンレィにはそろそろゴブリン相手の治療練習を始めさせるつもりだが、病気治療の訓練は施療院を利用させてもらう事にする。


 その前にハリスン達に手伝ってもらい、草原でゴブリン確保に励む。

 今回はその都度捕らえてくるのではなく、群れ単位で捕獲することにした。

 ハリスンには群れを見つければ木剣で手足を叩き折り、逃げられなくしたらホウルの作るドームに放り込んでおいてと頼む。


 後は俺達が出向き、ゴブリンの怪我を治してやる。

 ドームの中なので餌はハリスン達が狩ってくるホーンラビットやホーンボアを投げ込んでおけば暫く生きているだろう。

 ゴブリンには、モルモット代わりなってもらう。


 ゴブリンの飼育場の隣りに、治療用のドームをくっつけてリンレィの治療練習を始めた。

 転移魔法を利用して、飼育中のゴブリンを一匹外に放り出しすと即座に手足を土魔法で拘束して、ウォーターでお水バシャバシャ丸洗い。

 クリーンで男前になったら土魔法で作った診療台の上に固定する。


 「折角魔鋼鉄製のショートソードを作ったのに、試し切りの前にゴブリンの毛剃りとはねぇ」

 「ユーゴと居ると、時々突拍子もない事をやらされけど」

 「此れは極めつけだよな」

 「ゴブリンの毛をゾリゾリ剃っていたなんて、コークス達に知られたら大笑いされるぞ」

 「此れだけは言えないよなぁ」

 「でもハティーさんは鋭いから気を付けろよ」

 「リンレィ、喋っちゃ駄目だよ」


 「はいはい。可愛いリンレィちゃんのお手伝いだキリキリ働け!」


 馬鹿話の最中にふと気になって、使用人達に魔法の事や俺達の事を聞かれていないか質問してみた。

 リンレィ付きの侍女メリサがお喋り好きで、家族の事や一日の出来事を色々話していると。

 魔法の事はとの問いに、教わった事は話していないが治癒魔法に興味があるのか良く聞かれるって。

 抜かったな、王家は探りを入れないと思うが、使用人を送り込んだ者は喜んだだろう。


 使用人も、今大注目の神聖魔法使いの家に勤めるのだ。

 見聞きした事を伝えるだけで良い稼ぎになる。

 ただのお喋り好きか積極的な情報収集か知らないが、リンレィならリンディの情報と、俺自身と周辺の事や魔法の事など多くを知っている。


 さて誰に頼むか、ホリエントは家を守って貰わねばならないし、他に適任者がいない。

 となると、丸投げ一択だな。


 家に帰ると速攻で一筆認め、ホリエントに頼んで王城へ届けて貰った。


 * * * * * * *


 夜遅くリンディ家の執事ルバルトが訪ねて来た。


 問題のメリサは職務から外して王城へ戻すことと、好奇心の強い者や

お喋り好きな者も排除する様に手配をしたと教えてくれた。

 ただ、メリサが紹介者や親族の者に何を話したのかは判らないが、強引な取り調べは出来ないのでお許し下さいと頭を下げる。

 王家も調査対象から俺達を外しても、使用人が見聞きした事を外部に漏らすことに慣れきっていて、今回の手抜かりになった様なのでこれ以上は何も言わない事にした。


 だが若い娘二人だ、与しやすいと侮る馬鹿は多いので注意しろと釘は刺しておく。

 世に面倒事の種は尽きまじ、って誰かが言っていたが事実だな。


 * * * * * * *


 リンレィとお供にハリスン達を引き連れ、草原で一週間の強制合宿を敢行。

 ゴブリンの洗濯と毛剃りはハリスン達に任せて、毎日ゴブリンを切り刻んだり骨を叩き折りリンレィに治療させる日々。

 単純な切り傷から突き刺してから抉った傷や、骨まで断ち切ったもの胸を陥没させてと色々な方法で治療させる。


 リンレィの魔力は57、水球作りを教えてからは毎日魔力切れまで水球を作る様に言ってあるが、魔力は増えていない。

 もし魔力が増えるのなら何処まで教えれば良いのか悩む。


 二度の強制合宿で怪我の治療は出来る様になったので、病気治療の練習をすることにした。

 となれば頼るのはヘルシンド宰相だ、家に帰ると早速おねだりの手紙を認めてホリエントにお願いして届けて貰う。


 * * * * * * *


 「ふむ、施療院で治療のお手伝いときたか。リンディの妹も治癒魔法を授かり、フェルナンドから教わっているのであれば彼等にも良い機会だな」


 「はい、施療院で働く治癒魔法師は、練習中の者や能力が低い者ですので、見学できるだけでも良い勉強になると思われます」


 「では施療院で働く治癒魔法師達の見学を条件に許可しろ。王城勤めの治癒魔法師も紛れ込ませておけ。但し、その者達に質問はさせずあくまでも施療院に勤める者として振るまわせろ」

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