第120話 秘密の一端

 返事は直ぐに来たが、何時もながら抜け目がない。

 知らせてきた施療院の住所は二つ、タルトス通り22番地とベラント通り19番地。

 王都に詳しい?ハリスン達に知っているのかを確認すると、ベラント通りはハリスン達が住んで居たクーオル通りから五つ離れた通りだと判った。


 ハリスン達の言葉を借りれば、余り近寄りたくない場所の近くだそうで気を付けろと言われてしまった。

 言ったグロスタが俺を見て「気を付けるのは相手の方か」って言いやがる。

 リンレィを連れていくので、万が一の事を考えてハリスン達に案内を頼む。


 翌日案内されて納得、スラムの1.5歩手前と言った感じで安宿が建ち並び、アイアンやブロンズ程度の冒険者が多かった。

 ハリスン達には表で待っていてもらう事にする。

 ガラの悪そうな奴等が俺達を見て値踏みしているので、身分証を持っている事を確認して、いざとなれば遠慮するなと言っておく。


 リンレィは吊るしのワンピースにローブ姿だが、耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能を内緒で貼付しているので少しは安心だ。

 〔ベラント通り施療院〕身も蓋もない名にずっこけそうになるが、くどくど説明する必要は無さそうだ。


 入り口で名乗ると、院長のノーザンと名乗る男が出てきたが酒臭い。

 院長曰く、治癒魔法師は八名居て年齢は様々だが、見ての通りの場所なので腕の方は推して知るべしだとしらけ気味。

 キャンデルと名乗った初老の男が、院内を案内してくれたが何やらブツブツ言っているが意味不明。


 三階建てで病床は60床、八人の治癒魔法使いが必要とは思えないが、世間の治癒魔法の実態を知らないので黙っておく。

 一通り建物内を案内し終わると、後はご自由にと言って何処かに消えていった。


 仕方がないので治癒魔法師の詰め所に顔を出して、リンレィは怪我の治療しか経験は無いが、病気治療のお手伝いに来ましたと挨拶する。

 八名の治癒魔法使いの内二人ほど明らかに雰囲気が違うし場に馴染んでいない。

 場の提供を要求した以上、警告は無視されたと騒ぐほど野暮じゃないので素知らぬ風を装う。

 最近配属された者だと言われればそれ迄だし。


 どうせリンレィの治癒能力が知りたいのだろう。

 戸惑い気味の治癒魔法師の中から、人の良さそうな女性を選び治療する病人の所へ案内をお願いする。


 「あのぅ・・・後学の為に、彼方方の治療を見学させて貰っても宜しいですか?」


 俺の顔を見るリンレィに頷き、病室へ向かう。

 前日の教え通り、ベッドに横たわる患者に何処が悪いのか聞いている。

 俺は内緒で(鑑定!・症状)〔内臓疾患・大〕おいおい、俺の知識に合わせてくれているのならもう少し易しく教えてくれよ。


 患者も腹の調子が悪いと訴えているので良いか。

 リンレィが患者の示す部位の上に手を翳し(ヒール!)

 (鑑定!・症状)〔内臓疾患・中〕・・・ん、少しは良くなっているって事か。


 「リンレィ、もう一度やってみな」


 俺に言われて再度患部に手を翳し(ヒール!)

 (鑑定!・症状)〔内臓疾患・小〕

 三度やらせて〔健康〕と鑑定に出たが、鑑定が使えないリンレィは三度俺に指示をされて自信を失いかけている。


 「リンレィ、怪我ならある程度の予想が付くだろう」


 「病気の場合は見た目ではどの程度の症状か判らない。となれば、一度治療をして数日後に容体を尋ねなければならない。治っていなければ再度治療をする、それの繰り返しだな。それか二度目には連続2回の治療をすれば良いし、重病と思えば連続三回とか四回の治療をして様子見だな」


 施療院通いの間に内緒で鑑定を貼付して、病人のみの鑑定を練習させてみるか。

 スキルは授かるものと練習により習得するスキルが有るので、練習させても不審がられないだろう。


 二人目からは病人から話を聞き、何回治療すれば治りそうか考えさせてから治療をさせる。

 魔力57の悲しさ、七人目で残り魔力6になったので治療は中止させた。

 ゴブリンの治療なら20回前後の治療が出来るのだが、病人は難しい様だ。

 案内の女性に魔力切れ寸前なので、今日の治療は終わらせて貰うとつげる。


 「あのぅ・・・少しお聞きしても宜しいでしょうか」


 「答えられる事でしたら」


 「あの様な『ヒール』の一言で治癒魔法が発動するのは何故ですか?」


 「短縮した上での口内詠唱ですよ。ヒールは最後の魔力を流す切っ掛けの為に言わせているのです」


 「私が詠唱を短くしても、治癒魔法は使えるのでしょうか?」


 「魔法を授かっても使えない者はいますが、貴女は治癒魔法師として此処に居るのでしょう。なら大丈夫ですよ、詠唱を短くしてもアッシーラ様は怒ったりしません。宜しければ貴女の治療を見せて貰えますか」


 見学させてくれと言った男は、俺達の遣り取りを興味深げに聞いているが何も言ってこない。

 たぶん、上司に質問を禁じられているのだろう。

 練習の場を提供して貰う謝礼に、ほんの僅かであるが教えてやろう。


 痩せ細った女性の所へ行くと「全能の創造神アッシーラ様より授かりし力を、この者に分かちその御心により病を癒やしたまえ・・・ヒール!」

 翳した掌から淡い光りが降り注ぎ、女性の胸に吸い込まれた。


 (鑑定!・状態)〔肺病・重体〕

 一回の治療で重体って事は相当な重病人か、治癒魔法の効き目が薄いかだな。

 俺なら魔力三つも使えば治りそうだが、魔力差が有るのでこの女性に教えても意味がない。


 「如何でしょうか?」


 「魔力の流れが悪いですね。魔力溜りから魔力を流す方法が間違っています」


 病人の横に置かれたコップを渡し、ウォーターで水を入れさせる。

 七分目ほど水の溜まったコップを受け取り、数を数えながら傾ける。

 五つ数え終わるとコップの水は全て床にこぼれた。


 「お判りかな。治癒魔法を使う時には、ウォーターで水を出す様に魔力を流しては駄目です。コップを傾けた時に五つ数える間に流れた水を思い出して下さい。コップに溜まった水も床に落ちた水も同じ量ですが、魔力の流れだと思えばまったく違うのですよ。もう一度治療してもらいますが、掌は患部より拳一つ程度の高さか直接触れる様にしなさい」


 俺の言葉を聞いて目を丸くしていたが、暫く何かを考えると掌を患部の上に翳して「全能の創造神アッシーラ様より授かりし力を、この者に分かちその御心により病を癒やしたまえ・・・ヒール!」


 今度は掌から溢れる治癒の光りが、先程より長く続きゆっくりと消えた。


 (鑑定!・状態)〔肺病・重体〕ん・・・

 もう一度治療を遣らせてみると〔肺病〕とだけになった。


 「詠唱は・・・〔アッシーラ様の御心をもって、病を癒やしたまえ〕くらいにしましょう。長々と詠唱するのも疲れますからね」


 治癒魔法の手応えを感じたのか、俺の言葉に頷くと何度も口内で練習をし、改めて掌を翳すと「アッシーラ様の御心をもって、病を癒やしたまえ・・・ヒール」


 (鑑定!・状態)〔肺病〕

 重体が二度、肺病が二度なら明日辺り治るかな。

 彼女の魔力を鑑定すると、残魔力が19と出たので無理はさせないでおこう。


 「明日も来ますので、その時にもう一度一緒に治療してみましょう」


 * * * * * * *


 リンレィとユーゴが帰って行くのを見送ると、早速病室に引き返し教え通りの方法で治癒魔法を試したみた。

 結果は驚くべきもので、自分が教わっていた魔力の使い方と違うが効果は目に見えて上がった。


 「なんて事だ、賢者の教えって・・・」


 「なになに、何かを教えてもらったの?」


 ユーゴ達が帰ったので病室にやって来た同僚が、呟きを聞きつけて尋ねてくる。


 「職員に少しだけ助言をしたのだが、直ぐに治癒魔法が上達したと判った。それを今試したのだが・・・」


 「どうだった?」


 「賢者と呼ばれるだけのことはある。俺の言うとおりに魔力を流してみろ! 詠唱も『アッシーラ様の御心をもって病を癒やしたまえ』だけでいいぞ」


 「短縮詠唱ね」


 それから二人して何度も試して、治癒魔法の腕が上がったと確信した。


 「師団長に報告に行かないとならんな」


 「急ぎましょう。治癒魔法部隊の者達が喜ぶわ」


 「治癒魔法部隊どころか、魔法部隊全部の戦力アップになれば俺達も昇格ものだぞ」


 * * * * * * *


 未だ陽も高いのに帰って来た二人を、訝しげに見る魔法部隊師団長。


 「どうした、何か不味い事でも起きたか?」


 「いえ、そうでは在りませんが大収穫です。施療院の者に賢者が少しばかり助言をした結果、治癒魔法の腕が上達いたしました。私も彼の教え通り治癒魔法を使って治療してみましたが、腕が上がったのを感じました」


 「本当か!」


 「はい、医療棟で試すのでご確認下さい」


 その日王城の治癒魔法部隊は大騒ぎになり、賢者の言葉通りの魔力の使い方で治癒魔法の腕が上がったと喜んだ。

 魔法師団長はそれを確認すると、派遣していた二人を連れてヘルシンド宰相の下へ駆け込んだ。


 「宰相閣下、流石は賢者殿です。施療院の治癒魔法使いに数言助言しただけで腕を上げさせています。その教えを持ち帰った者から聞いた方法で、治癒魔法部隊の者達も治療の腕が上がったと喜んでいます」


 「腕が上がった・・・どの程度だ?」


 「はっ?」


 「腕が上がった。治癒魔法が上達したのなら、どの程度上がったのかと聞いている」


 ヘルシンド宰相にそう問われて、治癒魔法が上達したと喜んでいた二人が考え込む。


 「そのう・・・一段上に上がったと言いますか、今まで出来なかったことが出来る様に・・・」

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