第118話 王家の紋章

 リンレィが一人でリンディの家に泊まるのは嫌だとぐずり、当分の間リンディが夜だけ帰って来ることに落ち着いた。

 リンディがロスラント子爵邸に向かう時間になると、リンレィは俺の家にやって来てハティーの所に行き水魔法の練習に励む。

 何とも変則的な生活になったが、時々王都の外へ出て射撃の練習に励む生活が続いた。


 俺はその間に魔力調整を済ませて、魔力73を150分割しても楽に魔法が発動することを確認出来た。

 尤も150のマス目に切り取って等とは面倒なので、魔力73の減り具合を鑑定で確かめながら、アイスランスを射つ方法で測った。

 アイスランス15発射って残魔力66、もう15発射って残魔力58なので推定150発射てる。

 実際には130回から140回魔法を使えば、安全の為に魔力の回復待ちとなる。


 結界のドームの中にリンレィとハリスン達を残して、俺はレオナルの言葉をヒントに風魔法の練習を内緒でする。

 竜巻なんて周辺被害の大きい奴は除外して、突風系と吹き上げ系を重点的に練習する。

 そよ風から強風、推定風速50m/秒とか継続した上昇気流を作り、結界を吹き上げたり横風を起こして水平移動の練習だ。


 隠形に魔力を乗せて姿を隠して、結界の大きさを調節しながら上昇風で浮き上がらせる。

 希望の高さになったら、上昇風から進みたい方向へと風向の変更だ。

 降下しない様に上昇風と進行方向へ風を送るのに手子摺り後日徹底しての練習が必要だと痛感した。

 、魔法慣れしてイメージバッチリだし、一度発動した魔法のコントロールは得意なんだが、風魔法での推進は勝手が違う。


 これはハティーに教えるのは当分控えておこう。

 絶対に遊覧飛行を要求されるし、旅の馬車代わりにされかねない。

 ハリスン達の頭の上でチョロチョロしているのだが、隠形と結界で姿を隠しているので気付かれない。


 * * * * * * *


 魔法比べの知らせと夜会の招待状が届いたのが五月の第一週、第三週の最終日が魔法比べで入場許可証も11枚届いている。

 招待状が届いた時に、尋問タイムが始まってしまった。

 魔法比べの事を話すと、伝がなければ見学は先ず不可能な催しなので是非見学したいと全員が言い出した。

 特にハティーとホウルにボルヘンの三人は、魔法に付いて彼此と盛り上がっていた。


 俺とリンレィを含む11名が、三台の辻馬車で王都の一角にある闘技場に向かった。

 前回魔法を披露した時には、案内係に出場者枠で控え室に連れて行かれたが、今回は見物席である。

 男爵とその配下一行となれば貴族席の末席もいいところ。

 見知らぬ男爵や家族が少数居るだけで、直ぐ隣は一般指定席や一般席と賑やかな場所だ。


 「随分端っこの方だな。隣の席の方が裕福な奴等に見えるぞ」

 「多分商人や分限者の席だろう」

 「その奥が本来私達の席の筈よ」

 「確かに、冒険者らしき奴等も結構居るな」


 冒険者の部門が始まったが、 出場者は四大攻撃魔法が主体で、時に結界魔法の者が結界を張って見せている。

 その結界を的代わりに攻撃が加えられ、よく防ぐと拍手喝采を受けている。


 ほぼ全員25m前後から的に向かい、長々と詠唱している。

 冒険者ならこの程度の距離以上離れては、仲間と協力して討伐出来ないので仕方がない。


 「こうして見ると、ユーゴに教わった魔法って一流よね」

 「特に、短縮詠唱を使っている者が見当たりませんよ」

 「師匠が無詠唱ですからね」

 「他人の前でも(ヒール)とか(アイスアロー)て一言だからなぁ」


 「それでも威力の大きい魔法を撃てる者もいるねぇ。魔法部隊の攻撃しか見たことなかったので、勉強になるよ」


 「こんな所に来てまで魔法の勉強なの」


 ハティーに呆れられるが、魔法の読み取りと記憶が出来ても、本人の攻撃力とか能力は判らないんだから仕方がないだろう。

 一般部門貴族部門と続き、魔法部隊の準備が始まった時に余計な奴がやって来た。


 「フェルナンド男爵様、宰相閣下よりのお願いを伝えに参りました」


 そう言って一礼する宰相補佐官。

 皆の期待の籠もったお目々が一斉に俺を見るし、周囲に居る観客も何事かと注目している。


 「『魔法部隊の展示後、魔法の何たるかを示して貰えないか』と、の伝言だった」


 あの狐野郎、宰相の名を借りておねだりして来やがった。


 「ユーゴ、行って来いよ」

 「そうそう、宰相様のお願いを断るなんて無礼なことをしちゃ駄目よ」

 「派手な奴を頼んだぞ!」

 「宰相様からお願いされるなんて、凄いですユーゴ様!」


 リンレィちゃん、宰相の名を借りた狐野郎のお願いなんだよ。

 一々魔法を削除したり貼付するのは面倒なんだよね。


 「面倒だから数発で良いのなら」


 「ご案内致します」


 皆の冷やかし混じりの声援を受けて闘技場に降りると、魔法部隊の展示が始まっている後ろに控えることになった。

 この間に土魔法と氷結魔法を消去して、雷撃魔法と火魔法を貼付しておく。


 以前見た時より、魔法部隊の攻撃力が上がっている様に思えるのは気のせいかな。

 攻撃魔法の展示が終わると、土魔法使いが標的の柱を立てているので三本だけにして貰う。

 悠然と歩いてきた魔法師団長が一礼する。


 「賢者、ユーゴ・フェルナンド男爵殿。我等魔法部隊の者にお手本をお願います」


 以前の賊扱いからは、比べものにならない丁寧なお言葉ですこと。


 「面倒だから雷撃とファイヤーボールを数発ずつですよ」


 50mラインの所へ立ち、雷撃魔法を連続三発。

 〈バリバリバリドォォォーン〉〈バリバリバリドォォォーン〉〈バリバリバリドォォォーン〉


 続けて上空へ向け、直径3m程のファイヤーボールを三連発

 〈ドッカァァァーン〉〈ドッカァァァーン〉〈ドッカァァァーン〉

 上空で爆発させるが、昼の花火は音ばかりで見栄えが悪いが勘弁して貰おう。


 おーし、終わった終わった。

 即行で土魔法と氷結魔法に戻しながら、皆の待つ見物席に戻る。


 * * * * * * *


 夕暮れ前に、連絡のあったリンディを乗せた馬車が俺を迎えに来たが、お付きの侍女二人に護衛の数も増えてないか?

 リンディはと見れば、純白のワンピースだが豪華な刺繍が施されていて、胸には王家の紋章の下に太い赤線が付いている。


 あの狐野郎、またやりやがった。

 此れじゃ王家筆頭治癒魔法師で子爵と言いながら、制服を着れば王家の身内も同然で、扱いは公爵だ。

 これでは子爵様が同乗できないし、命じられなければエスコートも出来ない。


 馬車は当然の如く公・侯爵の馬車止めで止まる。

 必然的に俺が先に降りてリンディをエスコートするが、近衛騎士の一団が護衛についている。

 リンディの震えが腕に伝わってくるので、乗せられた手をポンポンして「噛みつく奴はいないから安心しろ」と言っておく。

 大広間へ直行とは、既に下位貴族の人達は入場していることになる。

 王家筆頭治癒魔法師、リンディに対するデビューのお膳立てが出来ているって事か。


 「王家筆頭治癒魔法師・リンディ・フェルナンド子爵様、賢者・ユーゴ・フェルナンド男爵様」


 侍従の高らかに吠える声に、大広間に響めきが起きている。

 ヘルシンド宰相が待っていてにこやかに迎えてくれるが、あんたは陛下に付き従ってないといけないんじゃないの。


 「良く来てくれたね。リンディ嬢」


 「ちょっとやり過ぎじゃないですか。何ですかこの紋章は!」


 「神聖魔法の使い手が現れたと、一瞬にして広まってしまってね。諸国の大使達が必死になっているので、王家に近い者と示す必要があったのだ。リンディ嬢は未だ若いし未婚だ、君の家名と紋章がなければどうなると思う。簡単で安全に神聖魔法の使いを手に入れる方法として、各国の王家や高位貴族から結婚の申し込みが殺到するのは間違いない」


 「それは国内からもでしょう。不味ったなぁ~、再生治療が此れほどの騒ぎを引き起こすと思わなかったよ。御免ね、リンディ」


 「いえ、あのまま地下牢にいたら、そのうち売られて娼婦か奴隷になるところでした。魔法の手ほどきをして頂いたことに感謝しています。それに妹も引き取って貰っていますし」


 「その妹さんも治癒魔法を授かっているそうだね。男爵が手ほどきを?」


 「少しは手助けをしていますが、魔法を授かっても使えるとは限りません。親兄弟が優秀だからといって、子や孫も優秀とは限りませんからね」


 ちょいと宰相を睨み、その話はするなと釘を刺す。


 「リンディ嬢は私の傍らに居て、陛下が入室されても跪かずに私と同じ様に一礼すれば宜しい」


 宰相の後ろに隠れて、俺も跪かずに済まそうとしているのに呼び止める無粋な狸。


 「フェルナンド男爵殿は、リンディ嬢のエスコートをお願いしたい」


 「それって、番犬になれって事ですよね」


 「ああ、外交問題になると面倒なので、噛みつくのは止めてくれたまえ」


 ちょっ、狸親父も言うねえ。


 「国王陛下です」の声に一斉に跪く貴族達と、軽く一揖して陛下に頭は下げるが、目はリンディを捕らえて放さない奴等がチラホラいる。

 此奴等が大使達なのかと顔を見ていると目が合うので、闘争心剥き出しだったドラゴンと対峙する気迫で睨み付けてやる。

 グレンやハティー達が討伐した小ドラゴンだが、迫力満点だったので真似た俺の一睨みは効いた様だ。


 目を合わせた大使達が膝から崩れ落ちたり、顔面蒼白で冷や汗を流して震えているので周囲の者が驚いている。


 それを見た宰相が俺の顔を見て首を振る。


 「言われた様に、噛みついたりしていませんよ」

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