第117話 淡い期待
レオナルはアインの死を今も忘れていないのか。
しかし俺が教えてやる訳にはいかない。
俺から教えを受けていると知れば、その全てを知ろうと群がってくる奴等に食い荒らされる。
子爵待遇の家とは言え所詮宝石商、如何なる武力も持っていないので高位貴族には逆らえない。
「貴族学院で、魔法を授かった者に対して指導してくれる筈だが」
「授かった魔法別に指導をしてくれますが、四大攻撃魔法は熱心に教えて貰えます。治癒魔法も特別指導が受けられます。空間収納魔法や転移魔法は生徒の方が覚えようとしません。マジックポーチやマジックバッグの方が使い勝手が良いですから。転移魔法も壁抜け魔法って馬鹿にされていますし、結界魔法もほぼ不要です」
「風魔法と水魔法は?」
「授業に人が集まりませんし、指南係も顔は出しますが寝ています。水を出したり風を吹かせるだけの魔法ですので、教える方も習う方も遣る気無しです」
「それなのに習いたいと?」
「少しでも役に立つのなら、使える様になりたいのです。アッシーラ様だって、不用な魔法を授けるとは思えません」
水魔法は立派な攻撃魔法になるんだけどなぁ、風魔法も使い方次第で恐ろしい事になる。
それに風魔法の有効利用法のヒントを貰ったので、少しは協力してやるか。
「レオナル、俺の心情として貴族や豪商共に魔法を教える気は無い。だけどな、魔法を使える者にお前の手ほどきを頼むことは出来る」
俺の言葉に顔を曇らせたが、後の言葉で顔を上げるレオナル。
「少しでも魔法の事を俺から聞いたと言えば、上級生や魔法指導の教師達から問い詰められ事になる。だから今後魔法が使える様になっても、他人の前では一切魔法を使うな。教えられた事は親兄弟の前でも口にするな。それを約束出来るのなら紹介してやろう」
「学院の魔法指導にも参加しなくて良いのですか」
「いや、参加しろ。時には判らない事や疑問があれば質問しろ」
訳が判らないって顔をしている。
「お前が魔法の練習をしたり魔法が使える様になった時、その質問や答えは何かしらの役に立つ。覚えていればだがな」
「教わった事を誰にも話しません! 魔法が使える様になっても誰にも見せません言いません! お約束します」
「我が身や周囲の者を守る為なら使っても良いぞ。その時には魔法使いから魔力の扱いを教えて貰い、少し使える様になったと言っておけ。その後は、自分で色々と研究と練習を積み重ねた結果だと言えばよいが、肝心な所は良く判らないと惚けろ」
* * * * * * *
レオナルをリンレィに引き合わせて、魔力操作の基本を教えてやってくれとお願いする。
但し水球の作り方などは教えたり見せたりするなと禁止しておく。
魔力操作の基本さえ覚えれば、何時でも使える様になる。
魔法の使い方はホウルかハティーに頼んで初歩だけ教えて貰えば、後は本人の努力次第って所かな。
リンレィは魔力操作に慣れて、拳大の水球を48個作れる様になっていたので草原に連れて行くことにした。
先ず冒険者御用達の店で冒険者スタイルに変身させるが。ハリスン達が付いてきて彼此と世話を焼いている。
レオナルの次はリンレィかと呆れるが、面倒事は人任せにしておく。
そう言えばレオナルもリンレィも魔法を授かったのがつい最近のことなので、二人とも15才ってことになる。
君達、リンレィは王家筆頭治癒魔法師で子爵様の妹にして、俺の弟子で尚且つ治癒魔法使いの卵だぞ。
狙った獲物が大きすぎるし、レオナルと言う宝石商の息子って強敵がいるぞと思ったが、学院にはミシェルもいるレオナルのリア充ぶりが羨ましい。
* * * * * * *
辻馬車を一日雇い王都の外に出るが、防壁が遠くに見える場所で練習をさせる事にした。
先ず教えるのは身を守る為に、水球を使った射撃だが水球の強度試験から始める。
氷結魔法を削除して水魔法を貼付すると、水球を作り地面に叩きつける。
スーパーボウルの様に跳ね上がったが上空で弾けて飛沫となる。
見ていたリンレィは疎か、ハリスン達までもがビックリしている。
水球作りを命じたが、リンレィの作る水球は4~7秒で形が崩れて水になる。
叩き付けても壊れないとは思いもしなかった様だ。
「やろうと思えば水球の形を長く保てるが、それは必要無い。今見せた強度を数秒保てれば立派な武器になる」
そう言って少し離れた岩に、水球を軽く射ち出して見せる。
〈トン〉と音を立てて弾んだ水球が崩れて飛沫となる。
ホウルに頼み、5mと20mの所に的を作って貰い、20mの的に向かって水球を連射する。
〈トン〉〈トン〉〈トン〉〈トン〉と連続して的に当たると水球が砕け飛沫となる。
続いけて少し硬さを増した水球を連射する。
〈ドン〉〈ドン〉〈ドン〉〈ドン〉四発目で的が壊れたので中止。
「ふぇ~」
「水魔法だよな?」
「水しぶきが上がっているから間違いない」
「ユーゴに掛かると、水も痛くなるのか」
「水球を少し固く作ると、立派な武器になるのが判るだろう」
水球を固く出来ると見せたので、標的射撃の練習を始める。
固くしようと思ったら、水球作りの時に考えろだ。
* * * * * * *
陽の暮れる前に、待たせていた馬車で家に戻るとリンディが待っていた。
姉妹二人にハリスン達がにやけているが、夢は破れる為にある。
コークス達にも居間に来て貰い重大発表。
「リンレィの姉リンディが、此の度王家筆頭治癒魔法師に就任して一代子爵位を賜った。子爵邸となる場所はこの上、3、4階だな」
ハリスン達四人がフリーズしている。
可愛い女の子は君達の手の届かない地位で、リンレィは子爵様の妹君になられる。
可哀想なので、指差して笑うのだけは勘弁してやろう。
「お引っ越しと言うか、家の中は確認した?」
「はい、リンレィの部屋も用意されています」
あの狐と狸のコンビは、使用人だけ用意すれば事足りると知っていたのだから。
お引っ越しは簡単だよな、家具調度類は全て揃っているのだから。
またまた、ハティーのお目々がキラリンとなっている。
ハティーの妹分と言うか、娘の立ち位置のリンレィが貴族の妹になっちまったんだものな。
「ねっね。ちょっとお邪魔して良いかしら」
「おいおいかあちゃんよ、ご近所のオバさん相手じゃないんだぞ」
「じゃー、ちょっくらお邪魔させて貰って良いかな」
「はい、ユーゴ様のお顔を知らないでしょうから、一度来て貰おうと思っていました。それに子爵様の所に居ましたけど、お嬢様って呼ばれるのはちょっと気恥ずかしくて」
「リンディも子爵様になったし、王家筆頭となるとごますりハエがブンブン飛んでくるぞ。まあ、そのうち慣れるさ」
「その時は、ユーゴ様のお名前を使っても良いですか?」
「都合が悪くなったら、俺の許可を貰ってからと言えば良いさ。それか王家の許可を貰ってくれと言えば大丈夫さ」
興味があるのはハティーだけじゃない。
ぞろぞろと三階に上がりリンディ子爵邸にお邪魔をするが、なんと扉の前に立番の兵が二人居るではないか。
リンディを見て姿勢を正すが、ん・・・下の警備兵じゃないの。
「下の警備の方達ですよね?」
「はっ、宰相閣下より、リンディ子爵様の警備を命じられ、交代で立番に立つ事になりました」
「なんてこったい。下と此処で二重に守っているって、リンディってユーゴより扱いが上だな」
「当然だろう。片や王家筆頭治癒魔法師で子爵様、俺はしがない男爵風情」
「でも賢者様で、私のお師様です」
駄目だ、賢者の呼び名は消せそうにない。
警備兵のノックで扉が開かれると、執事とメイドのお迎えにリンディが緊張している。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お客様で御座いますか」
「あっ、えっと・・・」
「下のユーゴだ。リンディの後ろに居るのが彼女の妹のリンレィだよ。俺の後ろに居るのは、形ばかりの俺の配下だ。もう暫く居るので宜しくな」
「リンディ様の執事を申しつかりましたルバルトと申します。以後良しなに願います」
俺には豪華すぎる家具も、子爵邸のものだと思えばしっくりくる。
サロンでお茶を飲んでいる間に、リンレィの私室をハティーと三人で見物に行ってしまった。
「レオナルん家の家具の方が、もっと豪華だった様な気がするな」
「彼処は宝石商で稼ぎが良いからだろう」
「子爵様になったのなら、領地も貰ったの?」
「一代限りの年金貴族なので、領地は無いよ。代わりに年に金貨が600枚貰えるよ」
「金貨600枚・・・60,000,000ダーラかぁ~。やっぱり治癒魔法の腕が良ければ稼げるんだね」
「そりゃーユーゴだって(ヒール)の一言で金貨300枚だぜ」
「あれっ、其れじゃーユーゴの方が稼ぎが良いんじゃない」
「ユーゴって男爵様になって、一年で金貨360枚貰っているって言ってたよな」
「でも、こんな立派なお屋敷を貰って、人を雇えば大変だろうなぁ」
「大丈夫、ぜーんぶ王国が面倒みてくれるので、貰ったものは全てお小遣いだな」
「だーぁぁ、ついて行けんわ。俺は森を彷徨いている方が気楽だぜ」
「そうそう、当分飯の心配もないしな」
「夏になったら一年経つので、シエナラに帰っても騒がれないだろうな」
「もうそろそろ忘れてくれないと、ゴロゴロしているのも飽きたよ」
「所詮、俺達はクオール通りで育った貧乏人だからな」
「穀潰しで放り出された身だ、働いてないと落ち着かないや」
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