第116話 王家筆頭
リンディを伴って館に戻れば、国王陛下より即刻出頭せよとのキツい命令が飛び込んで来た。
「やれやれ。あの男のせいで、どんな処罰を受けるのやら。未だ命を貰ってないのに、此処で止められては堪らんぞ」
ぼやきながら着替えもせず、完全武装のまま馬車に乗って王城へ向かった。
リンディを預かってもらっている手前、子爵様一人を行かせる訳にもいかないので俺も同乗する。
「フェルナンド殿は呼ばれておりませんよ」
「伯爵邸が受けた被害の大半は、俺が原因ですからね。それと、あんな屑を野放しにしている陛下に、文句の一つも言わないと気が済みませんので」
* * * * * * *
王城に到着すると即座に国王の下へと案内されたが、拍子抜け。
跪く子爵様に「中々勇ましい姿だのうロスラント。しかし討ち漏らした様だな」
「あの糞野郎の居場所を知っているのですか?」
「此処へ逃げ込んできたぞ」
思わず子爵様と顔を見合わせてしまった。
探しても居ないはずだ。
「で、どうします。庇うなら容赦はしませんよ・・・と言いたいが、奴は子爵様の獲物だ」
「ロスラント此度のことは不問にするので、あの男の処分は任せて欲しい。リンディに手を出せば、その方を侮ればどうなるのかを全ての貴族が知ることになるだろう」
阿呆らしくなってしまった。
子爵様も意地を通す訳にも行かず、黙って頭を下げている。
しかし、子爵様の覚悟を多くの者達が見ているので、今後迂闊な事をする者が少なくなるだろう。
カンダール伯爵家を爵位剥奪家財没収の上国外追放と、国王が言いだした。
だが治療途中のデリスに何の罪もない、三男は死んだので伯爵だけの処分を要求する事になった。
カンダール伯爵は身一つで国外追放、嫡男に子爵降格後のカンダール家を継がせる事が決まった。
領地に居る嫡男こそいい迷惑だろうが、爵位剥奪や一家全員国外追放よりマシなので諦めて貰うしかない。
* * * * * * *
ロスラント子爵邸ではヘルシンド宰相立ち会いの下、確認の為に連れて来た治癒魔法師が二人、デリスの腕の長さを計測して傷痕を確認している。
二度の再生治療の後では、斬り落とした傷痕は確認出来ず再生治療を始めることになった。
リンディが用意された椅子に座り、再生部分に掌を乗せると(ヒール!)と小さく呟く。
掌の下の腕から淡い光りが溢れ出て、見守る宰相や治癒魔法使いが息を呑んで凝視している。
僅かな時の後、治癒の光りが消えると大きく息を吐き宰相に頭を下げる。
リンディが治療した腕を確認していた治癒魔法師二人が、顔を見合わせて頷きあい「確かに成長しております」と報告した。
「君は治療をしないのかね」
「此れはリンディの仕事ですし、彼には悪いが練習でもありますので」
俺の返事に頷くと、別室に移動して護衛や治癒魔法師達を下がらせた。
「相談だが彼女は君の配下であり、ロスラント子爵殿に預けられている。その身分のまま王家筆頭の治癒魔法師の地位を受けて貰えないか」
「リンディとも話し合ったのですが、現在の生活に満足しているので、この生活を守れるのなら王家の庇護を受けても良いそうです」
「それは問題ない。陛下のお考えは、リンディ嬢に王家筆頭治癒魔法師の地位を与え、子爵待遇として遇するとの事だ。これ以上の爵位はロスラント殿との兼ね合いもあるのでね。君の方はどうだね?」
地位に興味は無いので、肩を竦めるだけにしておく。
リンディの生活は今まで通りだが、公式行事出席の義務が生じるそうで、全ての手配は王家が執り行うとの事。
リンディは出席するだけで良いと言われて、ホッとしている。
「リンディ嬢、ロスラント殿とは一年契約だと聞いているが、王家との契約は一年契約という訳にはいかない。だが君を縛るものではなく、君の身の安全を守る為の契約と理解して欲しい」
「ユーゴ様にお任せしていますので、お願いします」って、頭を下げられても困るんだがなぁ。
「契約の為に、明日私の執務室に来てくれ」と言って宰相は帰って行った。
* * * * * * *
王家差し回しの馬車は12騎の護衛付きで、正式な招待を示す物らしい。
リンディと共に乗り込んだが、リンディがビビりまくって大変。
国王の前に行ったら、土下座しかねないので心配になる。
王城に到着してからは益々緊張していて、馬車から降ろすのも大変。
従者の後を歩くリンディの足が段々遅くなってくる。
仕方がないので背中を押してやるが、何かブツブツ言っている。
此処で声を掛けると帰ると言い出しそうなので、聞こえない振りをして背中をおす。
宰相執務室の隣り、応接間に通されるとヘルシンド宰相が待っていた。
「良く来てくれた。契約内容の説明をさせるよ」
傍らに控える補佐官に頷くと数枚の書類を差し出し説明を始めた。
リンディは緊張の為ガチガチで、聞こえていないだろうと思い代わりに聞いておく。
リンディを一代限りの子爵として、王家筆頭治癒魔法師に任ずる。
公式行事の出席以外は、フェルナンド男爵の配下としてロスラント子爵家の預かりとする。
王家が依頼する治療以外は、ロスラント家で自由に治療しても良い。
また治療対象はリンディが決め、王家は依頼はするが命令はしない。
子爵邸としてリンガル通り15番地の3,4階を提供し、生活の全てを王国が保証する。
別途、一代限りの子爵として年に金貨600枚が支給される。
説明を受けている間に、宰相執務室から国王陛下が静かに入って来て宰相の隣りに座るが、何時もの気楽な格好である。
この狐親父、きっちり王国の貴族に任じて所属をはっきりさせて、俺のアパートの上階を住居として与えて逃げられない様に手配しやがった。
治療依頼も、王家が依頼すればリンディは断れないので、自主性を尊重しているように見える。
リンディが居れば、俺もほいほい男爵を投げ出さないだろうと踏んでいるようだが、そうはいくか。
おまけに生活の全てを王国が保証するって事は、衣食住はおろか従者やメイドに護衛まで付けて、他国の干渉を防止する体制バッチリって事だ。
一階には警備兵の詰め所まであるのだから、好都合だろう。
国王を睨み付けると、にっこり笑ってウインクしやがった。
大筋で問題は無いので、リンディが署名して俺が見届け人の署名をする。
それを見届けた宰相が頷くと、執務室扉の傍らに控えていた男が扉を開ける。
入って来たのはロスラント子爵様、国王陛下の傍らに来て跪く。
「ロスラント、今まで通りリンディの事を頼むぞ。屋敷はフェルナンドの上を与えているが自由にさせれば良い。カンダールの様な屑が現れたら遠慮は無用だ」
「はっ、お任せ下さい」
子爵様の声を聞き、ハッとして顔を上げたリンディが不思議そうな顔になる。
リンディにとって子爵様が貴族の代表で偉い人なのに、跪き丁寧に答えているのは何故って顔だ。
「リンディ・・・国王陛下様だ」
ヘルシンド宰相がぼそりと呟くと、完全に硬直してしまった。
「宰相、余計な事を。未だ決め事があるんでしょう、どうするんですか」
「済まない。だが陛下のご尊顔は覚えていて貰わないとな。それに大事な決め事は家名と紋章くらいだ」
「また、お茶目なことをしないで下さいね」
「彼女は君の配下でもある。と言うか、君の配下にしてロスラント家が預かっている。なので家名はフェルナンドを与えるのが当然だ」
「そんな決め事があるんですか?」
「無い。だが迂闊な家名を名乗らせる訳にはいかない。賢者フェルナンド男爵の配下にして直弟子だ、フェルナンドの家名を名乗らせれば余計な事を企む奴が減るだろう」
「なにか、罠に掛かったゴブリンの様な気分ですよ」
「紋章は羽の無い赤いドラゴンにすれば、否応なく彼女の背後に君が居ると判るからね」
「ドラゴンは王家とその一族の紋章でしょう、安売りをしても良いんですか?」
「安売りなものか、八属性の魔法を自在に使い熟す君と神聖魔法使いのリンディ、誰も異論は挟まないと思うがね。それと通達を出すが、披露目は来月の魔法比べの日の夜会になるので、後見人として出席願いたい」
紋章と俺の家名でリンディの立場を示し、後見人として披露目に立ち会えとは、完全に手玉に取られている気がするが、乗りかかった船だし引き受ける事にした。
* * * * * * *
久し振りにレオナルの顔を見たが、何やら難しい顔をしている。
ルッカス達に聞けば、授けの儀で風魔法と水魔法を授かったのだが、魔法を授かった者が受ける授業では、高位貴族の子弟はお抱えの魔法部隊の者から手ほどきを受けている。
魔力の練り方や魔法を射つ時の要領などを知っており、それなりに授業について行ける。
魔法使いが身近にいない自分は、授業がさっぱり判らないので俺に相談に来たそうだ。
ホウルも俺から教わった事を教える訳にいかないので、可愛い弟分だが黙って見ているしか無いと残念そう。
魔法を授かっていないホウルが、土魔法が使える事に王家も気づいている様だが、俺が魔法を貼付して使える様になったとは知らない。
レオナルを呼んで、何故魔法が必要なのかを聞いてみることにした。
「ユーゴ様、教えて頂けるのですか」
「そうじゃない。レオナルの家は子爵待遇を受ける裕福な家で、魔法が使えなくても何の不都合も無いだろう。もし魔法が必要なら冒険者を雇えば良いのだから」
「以前ユーゴ様達に助けられましたが、あの時少しでも魔法が使えたらアインは死なずに済んだかもしれません。水魔法や風魔法では助けられないかもしれませんが、少しでも抵抗出来る様になりたいのです」
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