第115話 奪還

 ん、何か新たな集団が邸内に侵入してきたと思ったら、そこ此処で小競り合いをしながら邸内に広がっている。


 「何だと、ロスラント子爵が押し込んで来ただと! このっ、糞猫一匹に手を焼いている時に・・・構わん、迎え撃って皆殺しにしろ!」


 「伯爵様。あの魔法使いのせいで兵の数が足りません! 此のままではあの男と子爵達の兵に挟撃されてしまいます」


 「魔法部隊の者達はどうした!」


 「王都屋敷に魔法部隊の者など殆ど居ません。その者達は既に戦死か負傷して使い物になりません」


 「糞ッ・・・アルテス、その女を連れて糞猫の所へ行け。女の命が惜しくば、大人しく屋敷から出て行けと言え! お前達も付いていき、少しでも隙があれば斬り捨てろ!」


 父上が神聖魔法使いを見つけたと言っていたが、俺の嫁にと連れてきたのは血塗れの女。

 こんな女を、妻にする為に抱けと言われて躊躇っていたら、いきなり大騒ぎになり護衛の騎士達が次々と死んでいく。

 女を楯にするのは、伯爵家の一員としてのプライドが傷つくが、こんな女の為に死ぬのは嫌だ。


 宝石で飾られたショートソードを抜き、女の髪を掴んで歩かせて騒ぎの下へと急ぐ。

 魔法攻撃を避ける様に、物陰から敵の様子を窺っている騎士を呼びつけ、侵入者の所へ案内させた。


 魔法使いに声を掛けようとして賊が誰だか知らない事に気がついた。

 父上は糞猫と呼んでいたが、まさか糞猫と呼びかける訳にもいかない。


 「おい、あの猫野郎の名前は何だ?」


 「はっ、確かフェルナンド男爵だったと」


 「おい!、フェルナンド! 女の命が惜しければ大人しくしろ!」


 血で黒ずみ顔を腫らしたリンディを楯にした男が、姿を現して何かを叫んでいるが、声が震えているのは荒事に馴れていない証拠だ。

 なら声がよく聞こえる場所まで出向くまでだ。


 「止まれ! そこから動くな! 動けばこの女を殺すぞ!」


 人質が居れば相手が言うことを聞くと思っているとは、頭の中は春爛漫ってところか。

 リンディの髪を掴んで顔を上げさせているが好都合、リンディの右肩と男の左胸を縫い付ける様にアイスアローを強めに射ち込む。


 〈エッ〉と言って自分とリンディを貫いたアイスアローを見ているが、右肩にもアイスアローを撃ち込みショートソードを使えなくする。

 アイスアーローを射ち込む僅かな隙に、騎士達が殺到してくるが遅い。

 連続してアイスアローを額に射ち込み全員射殺。


 男とリンディを繋ぐアイスアローの魔力を抜き、男の左肩にアイスアローを射ち込み抵抗出来なくする。

 ゆっくりと男に近づくと、首を振りながら何事かを呟いているが、リンディを盾にしての戯れ言は許せない。

 口の中いっぱいに氷を詰め込み、息が出来ないようにしてやる。


 倒れているリンディに(ヒール!)ソファーに座らせて気付けの酒を飲ませる。


 「フェルナンド殿! 良かったリンディを探していたんですよ。遅くなって申し訳ない」


 「子爵様、その格好は?」


 「相手が伯爵と謂えども、我が屋敷での乱暴狼藉と預かり人を拉致されては許せません。あの男の命は私が貰い受けます。配下の者達にカンダールを探させていますが見当たりません」


 子爵様は完全に切れている様だが、無理もない。

 自分の屋敷に踏み込まれて、剣を抜いて執事を傷付けれられた挙げ句にリンディを拐かされては、貴族の面目が立たない。

 このまま黙って引き下がれば、臆病者の烙印を押されてしまう。

 たとえ王家から罰を受けようとも、貴族として男として剣を抜く時だ。


 子爵邸で起きた事だ、カンダールの命は子爵様に譲らなければならないか。


 * * * * * * *


 「伯爵様静かになった様です。今のうちに脱出して王家に応援要請をなさいませ」


 「我に逃げ出せと申すか!」


 蒼白な顔で震えながらも、たった一人の男を恐れて逃げたと言われたくない。

 執事に「配下の者達では太刀打ちできず、多数の死傷者が出ております。此のままでは御身のみならずご家族の安全の為にも」と強く勧められて、厩の片隅から逃げ出す事にした。


 蹄の音が響かぬ様に芝生の上を静かに進み、石畳の上にさしかかると鞭を振るい駆け出す。

 門外に多数の者が敷地内を伺っているが気にも掛けず、数騎の護衛とともに飛び込んで行き王城へ向かって駆けだした。


 * * * * * * *


 ロスラント子爵の急報に、ヘルシンド宰相は驚愕した。

 カンダール伯爵が配下を引き連れロスラント使者邸に乗り込み、選りにも選ってリンディを拉致しただと。

 それも主の留守中に乗り込み、乱暴狼藉の限りを尽くした挙げ句にとは、まるで野盗の所業ではないか。


 急報の末尾に、フェルナンド男爵の姿が消えて、カンダール伯爵邸の方角から破壊音や爆発音が聞こえて来ると書かれていた。

 そして、ロスラント子爵自ら、拉致されたリンディ救出とカンダール伯爵を討伐する旨が記されていて、絶句する。


 まるで王都で内戦が始まるに等しいことで、国王陛下にご報告をと走り出した。


 * * * * * * *


 「何事だ、ヘルシンド?」


 「こっ、ここ此れを・・・」


 息を切らし、震える手で急報文書を差し出した。

 宰相の慌て様に差し出された書状を読みながら、この馬鹿野郎がと憤怒の形相になる。


 「即刻カンダールを呼び出せ! リンディを傷付けたとあるが、あの男は何を考えている!」


 国王が宰相相手に怒鳴り声を上げている時、急報が続々と届き始めた。

 曰くカンダール伯爵邸内で騒動が勃発している。

 カンダール邸内で大規模魔法が使われた模様だ、と。

 カンダール伯爵邸内から使用人達が逃げ出していて、多数の死傷者が出ている様だと。


 極めつけは、ロスラント子爵と騎士達が完全武装でカンダール伯爵邸に斬り込んで行った・・・と。


 「ロスラントも呼び出せ! 内戦を起こす気か!」


 次々と届く急報と共に、特大の爆弾が飛び込んで来た。


 「申し上げます。ダールズ・カンダール伯爵様が、宰相閣下に至急お目に掛かりたいと参上しております」


 国王と宰相が思わず顔を見合わした。


 「此処へ呼べ!」


 国王の怒声が飛ぶ。


 * * * * * * *


 侍従に案内されてやって来たカンダール伯爵は、国王の前で跪き挨拶を述べ始めたが「何事だ! 話せ!」と、国王に遮られた。


 「はっ、フェルナンド男爵が我が館に突然現れ、暴虐の限りを尽くして多数の犠牲が出ました。我等も抵抗いたしましたが、ロスラント子爵までもが手勢を引き連れで攻撃してきました。抵抗虚しく多くの配下が倒れ、事此処に至って陛下の慈悲に縋るほかなく・・・」


 「何故フェルナンド男爵やロスラント子爵が、その方の館に押し込むのだ?」


 頭を上げだ伯爵が「ロスラント子爵殿より紹介された治癒魔法使いの師匠フェルナンド男爵が、伜デリスの片腕を切り落としました」と、言いだした。


 神聖魔法の話は聞いていたが、それに至る経過は知らなかった国王と宰相が驚き、続きを促す。


 「治療の為に何度がリンディなる治癒魔法使いを呼びましたが、今回彼女の師匠との触れ込みでフェルナンド男爵が同行いたしました。伜デリスの状態を調べて、傷口から虫が入り身体を蝕んでいると言いだしたのです。放置すれば何れ死ぬと言い、腕を切り落とすしか助かる術はないと言われて同意しました。その後止血だけをすると、治療に時間が掛かると言い出して、デリスをロスラント子爵邸へ連れて行ってしまいました」


 辻褄が合っている様だが、ロスラント子爵の急報と内容が違う。


 「余りにも不自然な状況に伜デリスを連れ戻す為、ロスラント子爵邸に赴きましたがそんな者はいないと追い帰そうとしたのです。その為にやむなく武力を持って伜デリスを探しましたが見当たらず、リンディを見つけて尋問の為に我が屋敷に連れ帰りました」


 「では聞くが、神聖魔法とは何だ? リンディを三男アルテスの妻にとはどう言う意味だ?」


 国王に問われて言葉に詰まる。

 まさかあの後直ぐにロスラント子爵が帰って来て、王家に報告していたとは誤算だった。


 「陛下、神聖魔法使いは我が王国に存在しません。神聖教団に一人いると言われていますが、それは王国の自由になりません。故に神聖魔法使いを発見したとなれば、少しでも早く王国の庇護下に置く必要が御座います。なればこそ私の三男アルテスと娶せ、コランドール王国国王陛下の配下である私、ダールズ・カンダールの庇護下に置こうとしたまでです。フェルナンド男爵がデリスの腕を切り落として、腕の再生を理由にデリスとリンディを我が物にしようとしたのを阻止したのです」


 「中々面白い話だが、少々無理があるな」


 「何故で御座います?」


 「お前は、デリスの腕を切り落とす場に立ち会っているのだろう。その時フェルナンドから何を聞かされた?」


 「あの男は『腕を切り落としても再生は可能だ』と、神聖魔法が使えるのかと問えば『リンディにやらせるさ』と言いました」


 「やれやれ。間抜けな男だのう」


 「陛下! 何と言われます!」


 「お前が自分で言った言葉を思い出せ・・・と言っても理解出来まい。『神聖魔法使いを発見したとなれば、少しでも早く王国の庇護下に置く必要が』とお前は言ったが、リンディは誰の配下だ。そして誰が預かっていると思っている。二人とも我が王国の貴族だ」


 リンディと言う神聖魔法使い、金の卵を産む鶏を見つけた喜びの余り、肝心な事を忘れていた事に漸く気づいた。

 計画は頓挫し言い訳も通用しないと判り、カンダールは膝から崩れ落ちた。

 国王から発せられた止めの言葉が、カンダール伯爵の耳に届いたかどうか。


 「賢者であり神聖魔法使いが、弟子のリンディに神聖魔法を伝授する場に立ち会っていながら、欲に目が眩んで考えが及ばなかったな」

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