第114話 伯爵邸の戦闘
「肩の付け根付近から斬り落とした腕ですよ。一度に再生するのは無理ですよ。神聖魔法使いや聖光魔法使いの能力は知りませんが、リンディや俺では、腕なら一度に数cm程度の再生が目一杯ですよ」
「それでも、回数を重ねれば再生出来るのだな」
「まぁね、1週間前後掛かりますが再生は出来ますよ」
「神聖魔法が使える者は久しく現れ無かった、此れが事実なら王家の庇護なくしては大騒動になる恐れがある。貴族や豪商達だけでなく、神聖教団や他国も巻き込みかねない。急ぎ陛下と相談するが、その再生治療を確認出来るかね」
「フェルナンド殿がデリスを我が館に運び入れております。治療は館で行いますので、何時なりとご確認頂けます」
ロスラント子爵の言葉に頷くと、陛下と相談してくると言って執務室を飛び出して行った。
「宰相が言った神聖魔法使いや聖光魔法使いは、腕一本の再生を一回で出来るのですか?」
「私も詳しくは知らないんだ。ただ治癒魔法使いの上位者は再生治療が出来ると聞いている。その再生治療が出来る者を神聖魔法使いと呼ぶ習わしだと。どの程度の再生が可能なのかは聞いた事が無いな。神聖教会に聖光魔法を使える者がいるとは聞いているが、再生治療依頼をするには莫大な金子が必要と言われているし、そうそう欠損を再生しようとする者はいないからね」
そりゃそうか、俺の治療でも金貨300枚をふんだくっているのだ。
身体の欠損を再生するとなれば、莫大な金が必要だ。
その神聖魔法使いを召し抱えるか身内にすると、金の卵を産む鶏を飼っているのと同じとなる。
カンダール伯爵の目の色が変わるのも無理はないか。
暫くすると侍従がやって来て「陛下がお呼びです」と迎えに来た。
* * * * * * *
「よくよく騒ぎを起こす男よのう」
「陛下・・・相手が勝手に騒ぎ出すのですよ。私から喧嘩を売った覚えは一度も在りませんので、お間違えなき様に」
皮肉ったらしく言っているが、厄介事の一端はお前のせいでもあるんだぞ。
「ところで神聖魔法に間違いは在るまいな?」
「陛下、私の面前の治療で、斬り落とされた腕が少し伸びていました。少しですが腕が再生されたのは間違いございません」
「神聖魔法使いなら、腕を切り落としても一度に再生出来るのですか?」
「予も見た訳ではないが、何度かに分けて治療すると聞いている。相当な魔力を必要とする様だ。その方が神聖魔法の手ほどきをしたと聞いたのだが、そうなのか?」
「リンディが受けた仕事なので、少し手ほどきしただけです。他の治癒魔法使いの再生を知りませんが、片腕を再生するので相当な回数治療することになると思いますよ」
「やれやれ、いきなり神聖魔法使いが二人もか。フェルナンドは良いが、その娘を放置する訳にはいかんな」
「陛下リンディなる治癒魔法使いは、フェルナンド男爵の配下であります。男爵に治癒魔法使いは必要無いので当家で預かっています」
「つまり、王家の臣下には出来ないと? フェルナンドはどうか?」
「リンディ次第ですね。栄達を望むのであれば、とっくに俺の手を離れている筈ですが、子爵様の所で満足しているようです」
「明日、子爵邸へヘルシンドを使わす。再生治療を確認出来ればフェルナンド男爵配下のまま、王家の筆頭治癒魔法師に任ずる事になるが良いか?」
「リンディ次第ですが、条件はロスラント子爵様と同等に願います」
この野郎、ヘルシンド宰相から連絡を受け、俺達が来る間に取り込む算段をしていた様だ。
まぁリンディ次第だが、彼女の不利益にならないのなら良しとするか。
神聖魔法使いなんて面倒事に巻き込んだ責任もあるし。
* * * * * * *
「カンダール伯爵様、主人不在の時に無体は困ります」
「黙れ! 執事風情が何を言う。息子の伴侶を迎えに来たのだ、邪魔をするな!」
「なれど、貴族の婚姻には王家の許しが必要で・・・」
「賢しらなことを申すな! リンディはフェルナンド男爵の配下、貴族同士の婚姻ではない! 伯爵家の一員になる事になんの不満があろうか。さっさと連れて来い! 然もなくば斬り捨てるぞ!」
腰の剣を引き抜くと、執事が怯んだ隙に配下に目配せをする。
心得顔で頷いた護衛達が玄関ホールから奥へと踏み込んでいく。
「幾ら伯爵様とは言え無礼でしょう。おやめ下さい!」
「高々子爵家の執事風情が、伯爵たる我にその様な暴言が許されるとでも」
抜いた剣の腹で、執事を殴りつける。
背後に控える従者やメイド達は震えて何も出来ないでいる。
バルガスは朦朧とする意識と視界の中、騎士団の者達を呼びに行かせれば良かったが、此れほどの無体を働くとは思いもよらず後悔した。
「伯爵様、連れてきました!」
「嫌です。離して下さい!」
「おお、居たか。アルテスが婚礼の準備をして待っているぞ」
「誰が貴族なんかになるもんですか! ユーゴ様に断りもなく此の様なことをして、どうなっても知りませんよ」
「小汚い猫如き、どうとでもなるわい」
「ユーゴ様に睨まれ震えていた貴男がですか」
痛いところを突かれて、顔を真っ赤にしてリンディに襲い掛かり殴りだした。
血塗れになり動かなくなったリンディを護衛に担がせて引き上げるカンダール伯爵。
* * * * * * *
子爵様と共に館に帰ってきたが、門衛がカンダール伯爵が来ていたことと邸内で騒ぎがあった様だと報告した。
嫌な予感がしたが、此処は子爵邸なので勝手な真似は出来ない。
玄関に横付けされた馬車から降りる子爵様へ、頭から血を流した執事のバルガスが出迎え報告をしている。
リンディを攫っていった、しかも拒否するリンディを殴りつけて血塗れの状態で護衛に担がせてと。
舐めた真似をしてくれる。
奴の館も同じ貴族街、昼間に訪問したばかりだ。
即行でジャンプし、陽の落ちた貴族街を奴の館方向に向かって跳ぶ。
正門を跳び越え、正面玄関に特大のアイスバレットを射ち込み俺の訪問を知らせる。
〈ドカーン〉と轟音を立てて玄関扉が吹き飛ぶと、邸内が騒がしくなってくる。
玄関ホールの中央に立ち、正面と左右に見える扉をアイスバレットで吹き飛ばす。
おぉ~ぉ、ドカドカと足音荒く多くの者が駆けてくる気配がするが、姿が見える前に土魔法から変えた火魔法を射ち込んでやる。
手加減をして1m程のファイヤーボールだが〈ドーン〉〈ドーン〉と爆発音が邸内に響き渡る。
彼方此方から悲鳴が聞こえるが、従者やメイド達なら逃げるだろう。
闘う意思のあるものは皆殺しだ。
「カンダールの糞野郎は居るか! よくも、俺の配下を拉致してくれたな。出て来い! 出て来ないなら此の館をぶち壊すぞ!」
通路を歩き、人の気配のする場所は全てドアを叩き破り確認して行く。
* * * * * * *
バルガスの話を聞いていた、フェルナンド男爵の姿が消えた。
嫌な予感に襲われながらも、バルガスから事の一部始終を聞いていると、遠くから破壊音が聞こえてきた。
幾ら静かな貴族街とはいえ、此れほどの轟音を立てるのはフェルナンド男爵の魔法に違いない。
呼ばれて来ていた騎士団長に、騎士達と警備兵に完全武装させて待機しろと命じる。
同時にヘルシンド宰相宛てに、バルガスから聞き取ったことを簡潔に記すとともに、激怒したフェルナンド男爵が、カンダール伯爵邸を攻撃しているらしいと走り書きして使者を王城へ走らせた。
「用意は出来たか!」
「ハッ、騎士団40名警備兵50名に完全武装させています」
「此れより我が館を蹂躙したカンダール伯爵の命を貰いにいく。命は捨てたものと思って付いてこい!」
たとえ上位貴族と言えども、好き勝手なことをされて黙っている気はない。
此処で怯んだら生涯腰抜けの汚名を受けることになる。
* * * * * * *
カンダール伯爵邸周辺には、近隣貴族の配下が騒ぎの原因を知ろうと詰めかけていた。
そこへロスラント子爵以下騎士40騎と、50名の兵が完全武装で迫ってきたので自然と道が開く。
「ロスラント子爵だ! カンダール伯爵の命を貰いに来た、門を開けろ!」
完全武装の騎士達に驚いていた衛兵が、ロスラント子爵の怒声に驚き慌てている。
邸内からは散発的に魔法で破壊される音や爆発音が聞こえてくる。
訳も判らず右往左往する衛兵を無視し、強引に通用門から侵入して開門させると「続け!」の一言を残し本館目指して駆け出す。
主人を追って騎馬隊が雪崩れ込むと、兵達が後に続く。
様子を探りに来た者達が呆気にとられてそれを見送ったが、正面玄関に到達した子爵達は抜き身の剣を持って邸内に踏み込んでいる。
様子を探りに来た者達は、それを見てカンダール伯爵とロスラント子爵の抗争だと知り、慌てて報告の為に主人の下に走りだした。
「武器を持つものは斬り捨てろ! 無抵抗のものは館の外に追い出せ!」
声高に命じながら二階の執務室を目指して進むが、殆ど警備の者がいない。
勝手知ったる執務室の前にも護衛の騎士が見当たらず、ドアを蹴り開けて内部に侵入するも人影がない。
「カンダールを探せ! 執事やメイド長を見掛けたら、リンディの居場所を聞き出せ!」
時たま戦闘の音が聞こえてくるが、駆けつけた伯爵配下の兵達が殺到して来たが直ぐに勝敗が決する。
「一階にリンディ様は見当たません」
「二階にも居ません!」
「屋根裏部屋まで全て探せ! カンダールの家族が居れば連れて来い!」
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