第113話 神聖魔法
ソファーを引き摺ってきてベッドの横に置き、リンディを座らせると血止めした腕の上に掌を乗せさせた。
リンディが静かに深呼吸して目を閉じ(ヒール!)と呟く。
「へぇ~、綺麗なものねぇ」
「姉様、気が散るから静かにして」
本格的な再生治療を見るのが初めてなハティーが、感心した声を出す。
冒険者を長年やっているので、度胸がありすぎて空気を読まないところがハティーらしい。
まっ、自分が治癒魔法を使っている時に見る光りと、他人が治癒魔法を使っている時に見る光は違って見えるからな。
光が消えると、ぐったりとなったリンディの手が離れると、斬り落とした腕の先が少し伸びている。
「どうだ、1/5以上魔力を使うなと言った意味が判っただろう」
「はい、こんなに疲れるとは思いませんでした。姉様も同じなんですか」
「厳しい師匠のお陰で崩れ落ちるところだったわ。でも流石はリンディね、一発で再生治療を習得したわね」
「あれだけの魔力を使って、こっれっぽっちしか再生出来ていませんよ」
「一日三回程度の治療を続ければ。そのうち全部再生出来るさ。この調子だと一週間以上掛かりそうだけどな」
「三人でやればもっと早く治せませんか?」
「出来るだろうけど、此れはリンディの仕事だ。頑張れ♪」
さてと、カンダール伯爵がなにか不穏な言葉を発していたな。
斬り落としたところを再生すると言った時に、神聖魔法と聞こえたが嫌な予感がする。
それに伯爵の態度も変わった様だった。
「伯爵殿、腕の再生は今日明日に出来るとはいかない。リンディが10日前後通って治療する事になるが」
「素晴らしい! 神聖魔法の使い手を子爵如きが抱えているなど許されん! リンディと申したな。三男アルテスの妻として迎えてやろう。由緒あるカンダール伯爵家の一員になれば・・・」
〈ウゲッ〉
リンディの再生治癒魔法を見て、夢見るおっさんになり好き勝手を喋り出した屑の腹に、蹴りを入れて黙らせる。
一緒に来ていて良かったぜ。
「なっ、なな、何をする! 此れほど素晴らしい治癒魔法使いを、我が親族に加えれば侯爵は疎か王家との繋がりも・・・」〈ギャー〉
しぶとい奴、リンディと言うお宝を目の前にして痛みなんて感じてない様だ。
楽しい夢を見ている様だが、現実に引き戻してやろう。
俺の治癒魔法が知れ渡った時と同じで後先見ずに飛びついてくる、此処で潰しておかないと面倒事になる。
伯爵を蹴り飛ばしたので、護衛達が剣の柄に手を添えたが抜くのを躊躇っている。
今度はゴールデンベアと対峙して睨み合った時を思い出し・・・(嘘だけど)威圧を叩き付ける。
特に伯爵には、ドラゴン相手にメンチを切る迫力で睨みあげた。
俺の威圧に顔面蒼白になり、冷や汗をだらだら流して竦んでいる伯爵の襟首を掴み、床に叩き付ける。
「何を真っ昼間から寝言を抜かす! リンディをてめえの三男の妻だぁ~。伯爵風情が何を夢見ている! 彼女は俺の配下、男爵である俺の許可無く己の様な腐れ一族に渡すものか!」
髪の毛を掴んで顔を上げさせ、リンディの前に座らせる。
「彼女の胸の紋章を見ろ。子爵風情だと抜かしたが、俺がロスラント子爵様に預けているんだ。己の好き勝手に出来ると思うな!」
ドラゴンを相手にする気迫で怒鳴りつけると、腰が抜けたのかプルプル震えて言葉にならない。
この調子だと、恐怖が消えたらまたぞろ余計な事を言い出しそうなので、リンディを此処へ通わせる訳にはいかない。
ロスラント子爵様の所へ預けて、再生治療を続けた方が良いだろうと思う。
それに此の屑野郎が、子爵様に難癖を付けない様にきっちりと言い聞かせておく必要がありそうだ。
「ダールズ・カンダール、よく聞け! お前の野心とクズっぷりは、よ~く判った。腕の再生治療の為に、デリスは俺が暫く預かる。判ったか!」
威圧を掛けたまま低音の魅力を発揮するが、ハティーが微妙な目付きで俺を見ている。
「十日もすれば帰してやるが、それとは別に、神聖魔法とは何の事だ?」
プルプル震えて言葉にならないので、気付けの為に往復ビンタを三連発で浴びせる。
「神聖魔法とは何だと聞いている! 言えないのか? 神聖魔法が使えるリンディを『三男の妻に』とか『侯爵は疎か王家との繋がりも』なんて口走っていたよな」
子犬の様に震えているくせに〔侯爵は疎か王家との繋がりも〕と俺が言った時、小狡い表情が浮かんで消えた。
必死に何かを考えているが、俺の問いかけに答える気がない様だ。
掴んでいた髪を離し、一歩下がって大きな鼻を蹴り上げてやる。
「好き勝手な夢を見てほざいていたんだ、少しは俺にも判る様に説明しろ!」
鼻を押さえて転がる伯爵を追い、サッカーボール代わりに顔面を蹴り続ける。
血塗れの顔を腫らして動かなくなった伯爵に、「神聖魔法って何だ」と再び問いかける。
俺の本気を悟ったのか、漸く神聖魔法に付いて喋り出したが言語不明瞭で聞き取り辛い。
仕方がないので顔の腫れが引く様に軽く(ヒール!)
「さっさと喋れ!」
「しっ・・・神聖魔法とは、欠損部位を治療出来る治癒魔法の事です。王家や貴族達の間では神聖治癒魔法と呼ばれていて、教会では聖光魔法と呼ばれているものです」
「で、それが何でお前の息子の妻にと言った話になるんだ?」
「現在王国に神聖魔法の使い手はいません。創造神アッシーラ様を称える神聖教団に、一人居ると言われています」
「それで、何故其れがお前の息子の妻にとなるんだ」
「神聖魔法が使える者は、治癒魔法師の頂点に立つ存在です。その者を手に入れれば貴族として一目置かれ王家も粗略には扱いません。我がカンダール家が手に入れれば、王家は必ず我を侯爵に任じて重鎮として・・・」
また夢見るモードに突入し始めたので、アイスバレットを咥えさせて黙らせる。
再生魔法が、此れほど厄介なものだとは知らなかった。
ホリエントの目と足の再生は、公爵邸制圧のドサクサに紛れてやった事で騒がれなかった。
今回は大っぴらにやってしまった。
伯爵と護衛の騎士達、この場に居ないデリスの母親やメイド達も気付くだろう。
デリスの腕を再生する前に、リンディに手出しを出来ない体勢を作らねばならなくなった。
三人で再生すればとの話は聞こえなかった筈だと思うし、ハティーを鑑定使いと言っておいて良かった。
万が一聞こえていたとしても、鑑定使いに協力して貰い三人で治療に専念すればの話だと惚けるか。
デリスをシーツで包み、斬り落とした腕もマジックポーチに入れる。
騎士の一人を指名してデリスを馬車まで運ばせると、デリスが回復したら知らせると執事に告げて伯爵邸を後にした。
伯爵邸からロスラント子爵邸迄は貴族街なので直ぐに到着したが、ハティーは口止めをして帰らせることにした。
直接アパートに帰らず、市場で降りて歩いて帰る様にと指示する。
出迎えてくれた執事のバルガスに、カンダール伯爵の五男坊デリスだと伝えて部屋を用意させる。
その際世話係には口の堅い者をつける様に頼んでおく。
俺はカンダール伯爵対策の為に、子爵様に相談だ。
「神聖魔法ですか」
「カンダール伯爵はそう言っていました。そう言ってリンディを三男アルテスの妻にしてやるとほざいていました」
子爵様は暫く考えていたが、一度デリスに対する治療を見てみたいと言いだしたので、リンディと共にデリスの所へ行く。
「デリス、気分は?」
「此処は何処ですか?」
「ロスラント子爵様の館だよ。君の親爺さんが不穏な事を言い出したので、腕の再生が終わるまで此処に居て貰うからな」
椅子を引き寄せ、リンディには再生治療は時間を空けて一日三度程度だと言っておく。
ロスラント子爵様の見守る前で、リンディが静かに再生治療を始めた。
手を添えた患部から溢れる光りが収まり、手を離すとまた少し成長している。
子爵様の唸り声が聞こえるが、リンディに体調を尋ねてみる。
「初めての時よりマシかも知れませんが、ごっそり力が抜けた感じです」
「連続しての再生治療はするなよ、どうなるのか俺にも判らないからな。まぁ慣れたら椅子は必要無くなるが、それでも魔力が一気に減るのは疲れるから注意しろよ」
「もしや、フェルナンド殿も神聖魔法が使えるのですか?」
「まぁ使えなければ教えられませんからね。もっとも再生治療が、神聖魔法とか聖光魔法と呼ばれているとは知りませんでしたが」
「こうなると、私が貴男からリンディを預かっていれば、色々と問題が出てきます。彼女の神聖魔法の事を、陛下に報告させて貰えませんか。王家の庇護がなければ、この先大騒動が起きかねません」
確かにカンダール伯爵のはしゃぎ様を見れば、此のまま放置するのは愚策だ。
子爵様に同行して王城に向かうことにした。
こうなると、ハティーの再生魔法を誰にも見せなかったのは正解だったが、教えない方が良かったかな。
まっ、後のまつりってとか手遅れって言葉もあるし、知らなかったのだから不可抗力と諦めよう。
* * * * * * *
「神聖魔法ですか?」
「そうです。フェルナンド殿から預かっている、リンディなる治癒魔法使いに治療依頼が来ていたのですが、何度治療しても数日を経ずして再発するのです。思いあまったリンディが、師匠であるフェルナンド殿を訪ね教えを請いました。その為、リンディに付き添いフェルナンド殿もカンダール伯爵邸に赴いたのですが、腕を切り落とす事になり、斬り落とした腕の再生方法を教えられて実行いたしました」
「それで、斬り落とした腕の再生は出来たのですか!」
今度は、ヘルシンド宰相が喰いついて来た。
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