第112話 切断
水割りの酒に氷を入れて差し出すと、怠そうに受け取り一気飲みして目を閉じている。
「・・・なによ此れ、魔力切れかと思ったわ」
「残魔力数は?」
「う~・・・53ね」
「さっき魔力を4使って74って事は、ほぼ1/4ちょいの魔力を使った事になるな。俺は一回に1/5程度を使って治療するけど、最初は同じ様に崩れ落ちたよ。それと、踝より上で斬り落とした足の再生には、1/5の魔力を6回使ったからね」
「それって、全ての魔力を使っても一度には治療出来なかったって事よね」
「一日三回時間差で二日に分けて再生したよ。魔力の使い方を知っていなきゃ出来ないと判っただろう」
「そうね、怪我の治療とは大違いだわ。病気の治療はした事が無いけどどうなの」
「通常と言って良いのかどうか、ヒール!一回で治らなければ鑑定して見れば良いよ。患部に手を乗せて集中的に魔力を流すか、魔力量を増やすかだね。何方にしても健康な身体に戻る事を願って遣らないと、表面上の回復で終わる事もあるよ。怪我の場合も、怪我の回復と傷口も綺麗に治れと願えば、傷痕すら残らないね」
それを聞いたハティーのお目々がキラリン、早速ゴブリンの太股をスッパリ切り裂くと(ヒール!)と呟き血止めをする。
じっくりと傷口を観察してから(ヒール!)と呟き、再び傷口を観察している。
また粘着質な性格が目を覚ました様で、ゴブリンが可哀想になってきた。
アイスバレットを射ち込んで複雑骨折させたり、傷口を切り刻んで治療をするがゴブリンには耐えられなかった様で、五度目にご臨終となった。
今度はオークを連れてきてと無茶を言い出したので、奥義の伝授は終了。
王都周辺にはオークなんて滅多に見つからないので、シエナラに戻ってから練習しろと言っておく。
* * * * * * *
アパートに帰ってからもリンレィには水球作りをやらせて、ハティーが残魔力を確認して魔力切れを防ぐ。
魔力回復までの間を利用して鑑定の練習だが、市場へ買い出しに行き売り物の野菜等の状態を鑑定させている。
時にハリスン達に頼み、草原の草を色々集めてもらい鑑定させている。
春の一日、リンディーが訪ねて来たが、リンレィに会いに来たのでは無かった。
俺の前に来ると一礼して、真剣な顔でお願いがありますと言いだした。
ロスラント子爵様から治療依頼を頼まれたのだが、怪我人と聞いて出向いたが今までと勝手が違う。
その場では症状が安定するのだが、十日前後で高熱を発してしまうのでどうして良いか判らないと、泣きそうな顔で言う。
患者を鑑定して怪我は治っていて他に悪い所は無いので、それ以上の治療が出来ないそうだ。
その為に俺にどうすれば良いのか聞きに来たのだが、此ればっかりは患者を診なければ判らない。
俺が同行することにして、相手の許可を貰ってくれと言って帰す。
同行の許可が下りれば、後学の為にハティーも連れて行く事にして、急ぎ準備をする。
仕立屋を呼び、ゆったりとしたフード付きのワンピースを作らせ大きめのスカーフを用意する。
* * * * * * *
リンディを通じてロスラント子爵様から相手の貴族に許可を貰い、リンディのお供としてハティーと共にお出掛け。
ハティーは頭をスカーフで覆い口元も隠し、フードの奥で目だけが見えている。
伯爵邸に到着すれば、鑑定使いと紹介して身元が判らない様にする手筈だ。
勿論名前も呼ばず、姉様と呼ぶ事にした。
相手は伯爵家の五男坊で、野外戦闘訓練の為に野獣討伐中に負傷したそうだ。
護衛も多数居たはずなのにどうしてと聞けば、草叢から飛び出したキラードッグに二の腕を喰いつかれたと。
その為に助けた時には腕が喰い千切られる寸前で、ポーションで応急処置をした後街に戻り、治癒魔法使いからの治療を受けたと聞いた。
執事の出迎えを受けて五男坊の部屋へ案内されたが、似つかわしくない集団に迎えられた。
「賢者、ユーゴ・フェルナンド殿ですな。貴殿のお弟子の方では治療が上手く行かないのだが、貴殿なら治せますか?」
「失礼だが、リンディ以前にも多くの治癒魔法師を頼ったのでしょう。治癒魔法は万能では有りませんよ。えぇと・・・伯爵殿」
「これは失礼した。ダールズ・カンダール、伯爵位を賜っている。で、治せるのか?」
「伯爵殿、治癒魔法は万能では無いと申しましたよ。それよりも治療の邪魔なので、護衛達共々壁際まで下がって貰えますか」
壁際まで下がれと言われて、伯爵の顔がヒクつく。
主人の感情の変化に、忠犬共が俺に威圧を掛けてくるがゴブリン並みで片腹痛い。
返礼に伯爵と忠犬共に、ブラックベアと睨み合う程度の威圧を被せる。
冷や汗を流して震える忠犬とご主人様。
「余計な事をせずに下がれ!」
手で犬の仔を追い払う様にシッシッと振って下がらせると、ベッドの脇にいる女性やメイド達も伯爵の横へ行かせる。
「さて、君の腕を見せて貰うが傷は痛むかい?」
「いえ、痛みと言うより何か時々ピクピクと痙攣し疼きます」
痙攣と疼きってなによ、取り敢えず上着を脱がせて喰い千切られ掛けた右腕を観察し鑑定して見る。
あれっと思ったが、二人の鑑定結果も聞いてみる。
「リンディ、鑑定結果はどう?」
「負傷となっていますが、異常も無く熱も下がっていたのですが、此れで三回目です」
「姉様の結果は?」
「体調不良と発熱、としか判らないわ」
「デリスと言ったな。負傷した時の状況を教えてくれないか」
「はい、野外訓練中にキラードッグの大群と遭遇して討伐中、草叢から飛び出したキラードッグに横から腕に喰いつかれました。剣を取り落とし振りほどこうとした時に、騎士の一人に助けられました。腕が半分千切れかけていたのでポーションを振り掛けられた迄は覚えています。気がついた時には地面に横たえられていましたが、闘いが終わり撤収の準備をしていました」
「そのまま街に戻り、治癒魔法師から治療を受けたのだな」
頷いているが、何故そんな事を聞かれるのか判らない様だ。
二人に腕の一点を指差し、再度鑑定をさせる。
リンディは言われたとおり鑑定したが困惑気味だ。
ハティーは日頃から鑑定を練習しているだけあって、異変を見付けた様で〈うんっ〉と言って首を捻る。
「何かがいると思うのだけど・・・」
「多分寄生虫・・・虫が喰いついているな」
「虫!」ハティーが首を捻り、リンディが「ヒェーッ」と小さな悲鳴を上げる。
聞いていたデリスの顔が蒼白になり、全身鳥肌立っている。
「姉様はゴブリンやオークの腹の中に虫が居るのを見たことがあるだろう」
「あれは、見ても気分のいいもんじゃ無いわ」
「リンディだって、冒険者の傷口に虫が湧いているのを見たことがあるはずだ。喰い千切られ掛けた腕に応急的にポーションを振り掛け傷口を塞いだが、戦闘中の為にそのまま地面に放置されていた。多分完全には傷が塞がっていなかったのだろうと思う。地面からほんの小さな虫が肉に食いついたんだと思うよ。推測だけどね」
「それで怪我の治療では一時的にしか治らなかったのですか。でも熱があってそれの治療もしていたのですが」
「虫相手じゃ、病気や怪我ではないので治癒魔法では治せないわね。どうするの?」
「デリス次第だな。腕を切り刻んで虫を探すかだが、小さすぎて見つけられる保証はない。そうなると腕を切り落として助かるか、じわじわと虫に食われて死ぬか」
リンディとハティーに見つめられて、蒼白な顔でゴクリと唾を飲むデリス。
元の世界にも傷口から侵入して増殖し、最終的に宿主を殺すなんてのが居たからな。
「虫に食われて死ぬなんて真っ平です! でも・・・腕を失えば」
「それなら大丈夫、リンディが再生してくれるよ。但し元通りに動く様になるには長い訓練が必要だけどな」
「ユーゴ様! 私はそんな」
「教えてあげるよ。大丈夫、リンディなら出来るから」
さて、伯爵と母親の説得だが、我が子の腕が斬り落とされるのを見たくも知りたくも無かろう。
母親とメイド達には部屋から出て貰い、伯爵を呼び寄せる。
事情を説明すると「そんな馬鹿な!」と言ったきりコメカミがピクピクしている。
「デリスは覚悟を決めたし、腕を切り落としても再生は可能だ。但し長い訓練は必要だがな」
「まさか・・・欠損の再生が出来るのか? お前は神聖魔法の使い手か」
神聖魔法って何だ? お前って言い草は気に入らないが見逃してやろう。
「リンディにやらせるさ」
「では彼女も神聖魔法が・・・」
何やら伯爵の目付きが変わっているが、邪魔なので壁際に下がらせる。
ハティーにデリスの腕の上部を縛らせて、血が飛び散らない様にしてもらい、リンディにはデリスの肩を押さえていて貰う。
シーツを腕の下に敷くと斬り落とす手をハティーに握っていて貰い、魔鋼鉄製のショートソードを抜く。
長らく使っていなかったが、定期的に手入れをしているので錆は無し。
デリスの横に立ち、肩を押さえてリンディが顔を背けた瞬間に振り下ろす。
〈ウッ〉と言って身体が撥ねるが、ハティーが斬り落とした腕を下に置いて(ヒール!)と呟き血止めをする。
切り刻んだゴブリンを散々治療してきたくせに、腕一本斬り落としただけで顔色を変えているリンディを、デリスの横へ連れて来る。
幸いデリスは気を失っているので、ハティーを壁にして伯爵から見えない様にして、再生治療の方法を教える。
「そんな大量に魔力を流して大丈夫なんですか?」
「一気に流すんじゃなく、怪我を治す時の様に一定量の魔力を連続して流すんだ。何時もの綺麗に治るようにじゃなく、元通りに腕が戻ります様にと願ってやってみな。全魔力の1/5以上は使うなよ」
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