第110話 見せしめ
執事のセバスに命じ、家族全員と主立った家臣や世話係の者を執務室に集めさせた。
テンペス伯爵の隣りにブレッドが立ち、俺とホリエントが伯爵とブレッドの斜め後ろに控える。
夕食前に集められ不機嫌丸出しの家族や、忙しい時間帯に呼ばれて困惑顔の使用人達。
如何にも武人といった雰囲気の男に、チャラ男とプライドの塊が服を着たキザ男にそれぞれの配偶者が並ぶ。
本妻や第二夫人に娘達は、伯爵の背後の俺達に興味津々って所か。
俺に促されて咳払いを一つすると、テンペス伯爵が渋い顔で家督をブレッドに譲り隠居する旨を伝える。
突然の引退宣言に、集まった人々が騒ぎ出して収拾がつかなくなった。
広い執務室が喧噪に包まれ、誰が何を言っているのか判らない。
「喧しい!」
ホリエントの一喝に、一瞬にして静まりかえる執務室。
流石は元騎士団長、素晴らしい声量と迫力だ。
「何故だ! 何を馬鹿な! 嫡男である俺を差し置いて、妾の子が伯爵だ! 当主だと」
「汚れた血を当主などとは認められん!」
「そもそもあの女が死んだので、お情けで置いているその男を」
「私は認められません!」
「父上は何を血迷われたのか!」
煩いので再度ホリエントに頷くと「喧しい! 話は未だ終わっていない!」と怒声が飛び、再び静かになる。
徐に伯爵の前に俺が立ち、王家の紋章が描かれた書状を見せてから広げる。
「クルザス・テンペス伯爵の隠居願いを受け、ブレッド・テンペスを後継者と認める。伯爵位継承の儀は後日日時を知らせるが、暫定的にユーゴ・フェルナンド男爵の指示に従え」と読み上げてから「コランドール王国国王陛下が署名なされているが、文句があるか?」
そう言って読み上げた書状を、全員に見える様に向ける。
余計な一文を入れていやがるが、俺が持ち込んだ厄介事なので仕方がない。
此処で俺や俺の周辺に手を出せば身の破滅と知らしめておかねば、此れから俺の遣ることに支障が出かねないので、きっちり遣らせて貰おう。
国王直筆の署名と王家の紋章を見て皆が跪いていたが、仁王立ちの男も居る。
「薄汚い猫が賢者だと聞いたが、己のことか」
その声に勢いづき、跪いてはいるが顔を上げ睨んでくるキザ男。
チャラ男は呆気にとられていたが、へらりと笑って立ち上がった。
「幾ら陛下のお言葉でも余りにも理不尽過ぎます」
「テンペス家の正当な血筋を差し置いて、妾の子が当主などとは認められません!」
「俺はそんな戯れ言に従う気は無いぞ! ブレッド貴様如き・・・」
煩いので腹にアイスアローを二発射ち込むと、ポトリと下に落ちた。
耐衝撃・防刃・魔法防御の服を着ているのならと、顔面にアイスバレットを叩き込み昏倒させる。
後方に吹き飛んだ男を抱えて多数の者が倒れて、騒ぎになる。
〈ヒッ〉とか〈ヒェーェェェ〉なんて声が聞こえる。
「何をする! よくも遣ったなぁぁ」
チャラ男がチンピラの様に斜に構えて睨んでくる。
「国王陛下の書状が不服なら、何時でも兵をもって抗え! 尤もその前に俺が叩き潰してやる!」
陛下の書状をヒラヒラと振って睨み付けると、顔を伏せて誰も何も言わずに静かになった。
「騎士団や警備の各責任者達は立て!」
俺の声に立ち上がった男達に誰に忠誠を誓うのかと問い、国王陛下と新たなる当主ブレッド様に忠誠を誓います。の言質を取る。
静かなテンペス伯爵を見ると、状況に理解が追いつかないのかブレッドの顔をぼんやりと見ている。
それはブレッドも同じ様だが、目は状況を理解しようとしているのか周囲の者を冷静に観察している。
騎士団長と警備責任者に命じて、ブレッドが爵位を授かるまで伯爵以下家族全員を、各自の部屋に軟禁しろと命じる。
その後はブレッドの指示に従えば良い。
数名が何か言いかけたが、今度は家族全員に軽い威圧を掛けて黙らせる。
ドラゴン相手のような気迫を叩き込めば、全員お漏らしをしかねないのでオーク程度に手控えた。
各自の部屋に監視を付け終わると、もう一度騎士団長達や従僕やメイドを集め、彼等が二度と伯爵家の一員として生活する事は無いと伝える。
「フェルナンド様、そこ迄必要ですか?」
「ブレッド、伯爵からお前に爵位が渡る。で、お前が当主になって彼等を自由にさせるとどうなる?」
「それは・・・」
「判っているだろう。必ずお前を排除して当主になろうとする。お前が死ねば、当主の座と伯爵位が転がり込んでくるのだからな。爵位を授かったら最初にやることは家族を、奴等を家族だと思うのならばだが、全員をテンペス家より追放するか終生幽閉する事だな。出来なければそれ迄だ」
「しかし、彼等の親族が黙っていません」
「王家の命により家督を継いだと言えば良い。その際自分が死ぬか不慮の事故に遭えばテンペス家は取り潰されると言ってやりな。数日内に宰相より呼び出しがある筈だ、その時に今言った事を書面にした物が渡されるだろう」
黙って頷くブレッドと、話を聞いて驚く執事やメイド達。
「聞いた通りだ。お前達の中には縁戚の者や恩義のある者もいるだろうが、以後必要最低限の世話をするだけにしておけ。余計な事を話したり便宜を図ると・・・」
それだけで通じたので、使用人達を下がらせる。
ブレッドが爵位を継ぐまでテンペス家に留まるつもりだったが、翌日にはブレッドに対し即刻王城に出頭せよと迎えの使者が来た。
使者はブレッドに対し口上を述べると「フェルナンド男爵様がおられる筈なので、同行するようにと陛下が仰せです」と言いやがった。
色々と要求した手前、拒否は不可能と諦めて馬車に乗る。
ホリエントを先に帰しておいて良かった、然もなくば護衛か従者の様な顔をして付いて来かねない奴だから。
ヘルシンド宰相に迎えられて、ブレッド共々招き入れられたのは小さな謁見室だったようで、椅子以外の家具が殆ど無い豪華な部屋だ。
扉が開き侍従の「国王陛下です」の声にブレッドが跪くが、俺は横を向いて素知らぬ顔をする。
俺と会う時は相変わらず普段着と変わらぬ簡素な服装だが、近衛騎士以外に宝剣を捧げ持った男を従えている。
あっさりと宝剣を抜くと跪くブレッドの肩に刀身を乗せ「汝ブレッド・テンペスを伯爵に任ずる」と軽い調子で宣言する。
余りの簡潔さに言葉が出ないブレッド、仕方がないので「お返事を忘れているよ」と教えてやる。
「有り難き幸せ、ブレッド・テンペス、コランドール王国と国王陛下に忠誠を誓います」と慌てて答える。
クスクス笑いながらブレッドに立つように促すと、俺に向かって「必要なのか」と問いかけて来た。
「ロスラント子爵様に預けている、治癒魔法師の妹を預かっています。彼女も治癒魔法を授かりましたが、姉の時同様に僅かの金で貴族に身売りさせようとしていたのです。彼女に治癒魔法の手ほどきをしようと思っていますが、今回の様に、俺の周辺の者に気安く手を出されては困るのです。俺の周囲の者に手を出せば叩き潰す、まぁ見せしめですよ。それに自分が身分証を渡した配下ですら、都合が悪くなると知らないと惚ける馬鹿でしたし」
「魔法部隊の者に」
「お断りします。十分な戦力でしょう。王家や貴族が抱える魔法部隊を指南しても、何の役にも立ちません。王立貴族学院でも頼まれましたが、貴族が魔法を使えたからと言って何になるのです。魔法が必要な者は在野の者達です。それに魔法指南と簡単に言いますが、一人ひとり伝える事が違うのですよ。人により魔法により違うし、教えても一発の魔法で魔力切れになり倒れます」
「テンペス伯爵、フェルナンドの推薦だ期待を裏切るなよ」
それだけ言ってひょいと部屋を出ていった。
「それ程難しい事なのかね」
ヘルシンド宰相が興味深げに聞いてくる。
「魔法を授かっても使えない者は沢山いるでしょう。それは魔法部隊に入って指導を受けた者でも同じ筈です。魔法を授かり指導を受け努力するだけでは駄目なんですよ。才能も必要です」
「では現在魔法が使える者なら、指導をすれば上達するのかね。魔法部隊では無く、治癒魔法使い達を」
「それは上級者が教えるべきですよ。切磋琢磨して上を目指す、その様な制度を作れば良いのです」
* * * * * * *
「ユーゴ、リンレィの魔力操作を何時まで続けさせるの? 本人は魔力を動かせると言っているけど、私じゃそんなの判らないし」
「そりゃー俺だって見えないさ。ちょっと草原へ行って試してみるか」
翌日リンレィを連れて王都の外に出る準備をしていると、ハティーが冒険者スタイルでやって来た。
と言うかコークスやハリスン達迄居る。
丁度良いので、生きの良いゴブリンを二匹生け捕って来る様に頼む。
「おいおい、ゴブリン狩りかよ」
「生け捕るの?」
「あんな臭いのを俺達に生け捕れなんて、ユーゴって鬼畜だよな」
「コークス、母ちゃんの治癒魔法上達の為だから嫌とは言わないよな」
「あ・な・た、おねがいねぇ~♪」
「よしっ、ゴブリン狩りはコークスに任せよう」
ハティーの横でリンレィが笑い転げている。
* * * * * * *
王都から離れた場所で琥珀色の結界を張り、リンレィに水魔法の手本を見せるが、水魔法を貼付するのは面倒なのでウォーターで代用。
リンレィの目の前で、掌の上に拳大の水球を作ってみせる。
ちょい魔力を込めているので、水球の形が崩れることなく掌に乗っている。
ハティーが横から指で水球を突き「水魔法も使えるのね」なんて言っているが返事はしない。
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