第109話 当主交代

 「男爵風情で悪かったな。女に絡んで止めに入った者に殴りかかる、殴り返されたら抜き打ちとはテンペス騎士団って卑怯者の集まりか」


 「己は何者だ?」


 「えっ、頭に血が上っているからって胸の紋章が見えないの」


 「ふん、貧乏男爵風情が偉そうにしゃしゃり出てきて、どう落とし前を付ける気だ」


 「今からお前達の主人の所へ行ってやるよ。案内しろ」


 「案内しろだぁ~」


 ペッと足下に唾を吐きかけてきたので、そいつの面にアイスバレットを叩き込む。

 後方に吹き飛び仲間とともに倒れた所を、ホリエントが跳び込み股間を蹴り上げる。

 うん、主人の思いを即座に行動に移すとは、流石は元騎士団長だ慣れてきたね。


 「伯爵の配下と謂えども、貴族に対する礼儀を欠けばどうなるのか判っているな」


 ホリエントの言葉に反応する騎士達、股間を蹴られて白目を剥いた男を確保する。

 ハティー達にはアパートで待っているように言い、その男を引き摺って辻馬車を拾いに市場を後にする。


 「どうする気だ」


 「勿論謝罪に行くのさ。俺の配下に乱暴狼藉を働いたので、叩きのめしたお詫びにね」


 「それって、殴り込みって言わないか」


 「勇猛果敢な騎士団が腰抜け集団と世間に知らしめてしまったので、謝罪に行くのさ」


 貴族街に入る頃には目覚めた男を後ろ手に縛り、逃げられない様に首に紐を掛けておく。


 「酷い扱いだねぇ。まるでワンちゃんじゃないか」


 「気にしなくても良いよ。逃げられるよりマシだろう」


 俺達が主人の所へ向かっていると知り顔色が悪くなるが何も言わない。

 テンペス伯爵の館に着くと衛兵に身分を名乗り、伯爵の配下に無礼を働いたので謝罪に来たと告げる。


 男爵の身分証を見せたのに俺の口上に戸惑っているので「さっさと主人に取り次げ!」と怒鳴りつける。

 慌てて館に走って行く衛兵を見ながら「乱暴だねぇ」と呑気なホリエント。


 正面玄関が開けられ執事のお出迎えを受けるが、身分証の提示を求められる。

 後ろ手に縛られて鼻血を流し、首には紐が巻き付いている男を伴っていては仕方がないか。

 その男が伯爵家の騎士となれば尚更だが、それについての言及は無い。

 中々腹の据わった執事のようだが、主人の器量はどうかな。


 暫し待たされた後テンペス伯爵の執務室へ案内されたが、ソファーにふんぞり返っていたテンペス伯爵は、にこやかに立ち上がり迎えてくれた。


 「かの有名な賢者、ユーゴ・フェルナンド男爵殿を当屋敷に迎えることが出来て嬉しく思う。衛兵に告げられた用件は聞きましたが、当家にその様な不埒な者はおりません。もしや其処な男が、当家の騎士団を騙った痴れ者ですかな」


 「此の男が、御当家の騎士では無いと?」


 「見たことも無い男ですな、我がテンペス騎士団を騙るなど許し難い。厳しく取り調べて厳罰に処しますので、お引き渡し感謝致します」


 「そうですか。いえね、酒に酔って婦女子に絡んでいるところを咎められて、気に入らないからと殴りかかる始末。殴り返されると抜き打ちに斬り掛かり、これ又木剣で叩き伏せられる情けなさ。勇猛果敢なテンペス騎士団を名乗るのは、おかしいと思っていましたよ。ホリエントそいつを引き渡す前に、此奴が持っている身分証を取り上げておけ」


 「フェルナンド男爵殿、それには及びません。私共で徹底的に取り調べて、何処で身分証を偽造したのか調べますので」


 「これは異な事を、仮にも王国発行の身分証ですよ、それが偽造となれば一大事です。ヘルシンド宰相に報告して徹底的な調査が必要です。偽造の紋章をつけているので男は引き渡します。後ほどヘルシンド宰相閣下より、身柄の引き渡しを要求されると思いますので決して殺さぬようにお願い致します」


 伯爵の奴、〈ウッ〉と言ったきり顔を引き攣らせて何も言わなくなった。


 ホリエントは男の胸から抜き取った身分証を弄びながら、ニヤニヤと笑っていやがる。

 首にロープを巻かれた男は顔面蒼白で震えているが、伯爵の背後に控える騎士達に睨まれて何も言えないでいる。


 「テンペス伯爵殿に、無粋な用件で伺った事をお詫びいたします。私は身分証偽造報告の為に、宰相閣下の元へ行かねばなりませんので、此れにて失礼します」


 優雅とはほど遠い一礼をして、帰るぞと執事を促す。


 「お待ち下さい賢者殿・・・一度身分証を確認させて貰いたい」


 「何故です。此の男は貴殿の配下ではないと言われましたよね。それなら身分証の確認など必要無いはずですが」


 「仕方がない。穏便に済まそうと思ったが、馬鹿な小僧には判らない様だな」


 あららら、いきなり尻を捲ったよ。

 ホリエントが吹き出しているって、此奴は娯楽と間違えている。


 「テンペス伯爵様、止めておいた方が宜しいですよ」


 ホリエントが笑いながら忠告している。


 「喧しい! 賢者と呼ばれて、逆上せ上がった小僧に舐められてたまるか!」


 護衛達が剣の柄に手を添えたので威圧を掛けて動きを封じ、伯爵にはドラゴンの相手をする様にみっちりと威圧する。

 一瞬で動きが止まった騎士達と、泡を吹いて卒倒してしまった伯爵。


 「だから止めておけと言ったのに。流石はドラゴンスレイヤー、威圧も半端ないな。伯爵様はお漏らししてしまったぞ」


 護衛達は誰一人動こうとせず冷や汗を流しているので、お座りを命じる。

 お座りをしている正面の護衛に、連れてきた男の所属を尋ねるとあっさり騎士団の一員だと認めた。


 「此の馬鹿をどうしてくれようか」


 「隠居させれば良いだろう。種類は違うが、エレバリン公爵と似たような性格だから」


 「寝首を掻きに来るかな」


 「ユーゴが簡単に殺される筈がなかろうし、そうなると後片付けに来なきゃならなくなるな」


 「面倒な奴だな。このまま目覚めないってのは」


 「それは止めて欲しいな。俺まで親の敵と狙われるのは御免被りたい」


 「薄情だねぇ、此処まで来たら一蓮托生だろう」


 「俺は剣一本でのし上がった騎士だぞ。魔法使いじゃねぇんだ」


 「あ~執事さん、此の男の跡を継げる者を呼んでくれ。馬鹿なら伯爵家は断絶だぞ」


 「おいおい、俺はそこまで言ってないぞ」


 「以前言わなかったっけ。上位貴族が相手でも、気に入らなきゃ叩き潰すのも器量の内だって」


 ホリエントが肩を竦めて何か呟いているが、聞こえないので無視しよう。


 執事が連れて来たのは質素な身形の男で、伯爵家の跡継ぎには見えない。

 部屋に入ってきて転がっている伯爵をチラリと見たが、狼狽える素振りも見せない。


 「名前は?」


 「その前に状況を知りたいのだが」


 「執事からは」


 「なにも」


 冷静沈着だが身形から優遇されてはいない様だ。

 安らかに眠る伯爵を蹴り起こす。


 「お休みの所を申し訳ないが、此の男にテンペス家を譲り隠居しろ。嫌ならそれでも良いが股間を見ろ、恥ずかしい寝姿を多くの者に見られているんだぞ。今日の出来事をヘルシンド宰相に報告すれば、良くて爵位剥奪だな」


 「そんな馬鹿な・・・」


 「出来ないと思うか? エレバリンやその一党がどうなったのか知らないのか」


 言葉の意味を理解したのか震えだした。

 俺を騙して言い逃れようとした事などはどうでも良い。

 ハティー達を揶揄い手を出した事を許せば、後に続く者が出て来る恐れがある。

 その為に、此の男には見せしめになって貰う。


 「決断が出来ないのなら死ね!」


 伯爵に向かって腕を伸ばすと、這いつくばって命乞いを始めた。


 「従います! お言葉通りに致しますのでお許し下さい!」


 全面的に俺の言葉に従うことを誓ったので許して、執事の連れて来た男に向き直る。


 「聞いた通りだ、テンペス伯爵は引退する。理由はそこに居る騎士を含む七人で俺の配下に絡み、挙げ句に剣を抜いて斬りかかったからだ」


 「そんな事で、と言うか貴男は何者ですか?」


 「ユーゴ、ユーゴ・フェルナンド。一応男爵だ」


 「ユーゴ・フェルナンドとは、賢者と呼ばれる御方ですか」


 「その賢者は止めてくれ。此の男に隠居願いを書かせる。後継者はお前と添えてな」


 「そんな事が出来るのですか」


 「隠居願いに俺の添え書きを付ける。王家が拒否すれば、テンペス家は消滅だな。名前を聞いておこうか」


 「ブレッド、家名は名乗ることを許されていない」


 そう言う事ね。

 執事が僅かに頷いている所を見ると、実子の性格が分かろうってもの。


 壁に凭れたり座り込んで震えている護衛達を立たせて、伯爵の股間の染みをクリーンで綺麗にしてやる。

 執務机に座らせて隠居願いを書かせてから、俺が今回の経緯を記した書状を添えてヘルシンド宰相宛てに王城へ届けさせた。

 それを見て、僅かな希望を絶たれた伯爵の顔が絶望に染まる。


 ブレッドを後継者と家族に告げる前に、細々とした打ち合わせを済ませてヘルシンド宰相からの返事を待つ。

 陽が暮れてから届いた書状を確認して、にっこり笑って伯爵に差し出す。

 無意識に受け取った書状を見て、伯爵が座り込み泣いている。

 涙で濡れる前に書状を取り上げてブレッドに見せる。


 「陛下は隠居願いとお前の伯爵家継承を認めたので、今日からお前がテンペス家当主だ。伯爵位の襲爵も遠からず行われる」


 執事にも宰相からの返書を読ませて、全面的な支援を約束させた。

 伯爵の跡を継げる者を呼んで来いと言ったら連れてきた男だ、異論は無いようで打ち合わせ通りテキパキと動き始めた。


 さあ三文芝居の幕開けだ。

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