第105話 王立貴族学院
フェルナンド男爵が帰ってしまい、学院長は手元の許可証を見直して焦った。
王立貴族学院、王家が設立した学院で有る以上、最上位者は国王であり代理人の宰相だ。
どうしようかと悩むが良い考えが浮かばない。
翌日にはヘルシンド宰相の代理人が現れて、フェルナンド男爵に対する対応を責められることになった。
でもでもだって、王家の子弟や貴族のと色々弁解を並べ立てたが、宰相閣下の書面を読んで理解出来ないのかと呆れられた。
その場で副学院長が呼ばれ、ヘルシンド宰相発行の許可証を読み上げさせた。
「此れが何か?」
「学院長は書かれた意味が理解出来ない様なので解任する。依って副学院長が当面の間学院長代理となる、との、宰相閣下のお言葉だ」
「お待ち下さい! 余りにも性急な」
「私が命じられたのは、貴男からの弁明を聞き妥当ならその意見を受け入れよとの事です」
「では・・・」
「余りにも意味を成さない釈明で、学院長の資格無しと判断いたしました。正式な解任通知が届くまでは、官舎にて謹慎していてください」
学院長が退室すると、副学院長を伴って応接室で待つユーゴの下へ行く。
* * * * * * *
副学院長から学院内での行動の自由を許す証明証を受け取り、案内係を付けて貰い隅々まで見学をして回る。
10才~13才迄が学ぶ初等科、14才~16才が学ぶ高等科が向かい合うように建ち、その間に実習室や食堂・図書室・談話室等がある。
魔法の練習場や武道の訓練場も別棟に有り、建物の様式や服装は違えど日本の学校と大して変わらないなと感じる。
別棟の寄宿舎や官舎は割愛して、食堂と談話室の地下に在る従者や護衛の待機所で一休み。
殆ど生徒の数だけ従者や護衛が居るので、食堂と同じく王族や高位貴族用と下位貴族用に分かれているのだけが、日本と違い違和感バリバリで馴染めそうもない。
待機所は半地下なので、外部の光りも届き落ち着く。
何かに似ていると思ったらフードコートだ、軽食と飲み物の提供がありテーブルがズラリと並ぶ。
フードコートと違うのは、壁際や通路に長椅子が並び飲食をしない者はそこに座っている。
冒険者ギルドほど荒んだ雰囲気は無いが、代わりに見知らぬ者に対する好奇の目が痛い。
皆お仕着せの服と所属を示す紋章を付けているので、吊るしの街着で紛れ込んだ俺は完全な異端者扱いだ。
「兄さん、誰のお供かは知らないが、あんたの場所はあっちだ!」
指差された方を見ると、トイレの出入り口近くで少数の者がひっそりと座って入る。
首を傾げて見ていると「爵位の無い奴の供は、彼処だ!」とキツい声が飛んでくる。
はいはい、階級社会ってのをよーく理解出来る場所ね。
で、爵位の無い大店の子弟はカーストの最下位に置かれるのか。
親が無理をして通わせるのか、貴族との顔つなぎに送り込んだのか知らないが良い迷惑だろうな。
黙って移動して昼食時間になるのを待つ事にしたが、気の良さそうなお姉ちゃんに手招きをされて隣に座る。
「あんた此処は初めてなら気を付けなさい。地位の高い付き添いの奴等は威張っているからね。もうすぐお昼になるけど、子爵家のお付きから出て行ってお世話をするので、私達は最後に出るのよ」
「そうなの?」
「当たり前でしょう。食事を受け取るところは狭いのよ、上位の貴族家の方々から順に行かなきゃ、混雑するし準備が遅れたら主人が嫌味を言われて大変よ」
貴族と豪商達の子弟なのでマンモス校とは異なり、国内全域から集まっても教育期間六年では数百人も居ないが、それでも混雑はするか。
興味が湧いてトイレに行き、久方ぶりに隠形に魔力を乗せて姿を隠す。
出入り口は壁抜けジャンプして、下位貴族用の食堂に入り片隅で待つ。
鐘の音が響き少しざわついた雰囲気になると、人の気配が食堂にやって来るのが判る。
配膳カウンター側の出入り口からは世話係の従者やメイドが入ると、大振りなトレーに食事をのせてテーブルへ運ぶ。
少し離れた出入り口から生徒が入りそれぞれの場所に座るが、各自の席が決まっているようだ。
レオナルやミシェルの顔も見えるが、お互い離れた席でそれぞれの友人らしき者と楽しそうに食事をしている。
他人の食事に興味は無いので、問題の談話室へお先に失礼する。
片隅の椅子に座り寛いでいると、食事を終えた者から三々五々談話室に現れて楽しそうに談笑している。
食堂でも感じたが、男爵位を示すタイ留めの者が二人しか見当たらない。
男爵の領地や年金では貴族学院に通うのは経済的に無理なんだろう。
のんびりとした食後の一刻、穏やかな時間が流れる談話室のドアが開き緊張が走る。
高慢・・・じゃないが、目に険のある少女と背後に続く五人の少女が室内を見渡す。
獲物を見つけた喜びに溢れる目、嫌な笑みを浮かべてミシエルを目指して歩いて来る。
「ご機嫌の様ですわね、ミシェルさん」
ねっとりとした物言いに、慌てて立ち上がるミシエルと友人達。
胸のブローチを透かして赤線が二本見えるので侯爵家の一員か。
「セリエナ様、何か御用でしょうか」
「相変わらずあの花の香りを振りまいていますの、身分を弁えない方ねぇ」
「何度も申しましたが、此れはクローゼットに置かれた花の移り香です。お気に召さない様ですが、香りが抜けるのに数ヶ月を要するのです」
「あら、卑しい領民の娘でも在るまいし、着替えは幾らでも購えましょう」
薄笑いで喋るセリエナの背後で頷く女達、一人気まずそうなのがいるが警告は無視された様だ。
ミシェルの背後に立ち、ゆっくりと隠形を解除する。
〈えっ・・・誰?〉
〈怪しい奴!〉
〈誰か! 見知らぬ男が!〉
「セリエナと言ったな、父親や侯爵から何も言われなかったのか?」
俺の声に驚いて振り向くミシェルと、「ユーゴさん!」と後ろから声が聞こえる。
同時に談話室のドアを蹴破る勢いで男達が駆け込んでくる。
「その男よ!」
人を指差すとはお里が知れるぞ。
セリエナの声に、一斉に俺の方に殺到してくるが瞬時に足が止まる。
グレンに教えてもらった威圧は、良い働きをする。
「誰が怪しいだ? この通り学院長の許可を貰っているので何の問題も無い」
俺の威圧を受けて、冷や汗を流す男達に見える様に許可証を翳して見せる。
「セリエナ、アブリアナ侯爵や父親から何も聞かされなかったのか? それとも侯爵や父親の言葉を無視したのかは知らないが、アブリアナ侯爵に警告は無視されたと伝えろ」
それだけ言って、ブラックベアのお尻をペンペンする程度の威圧を一人を除いた五人にゆっくりと浴びせる。
セリエナは〈ヒッ〉と一言漏らして白目になって崩れ落ちた。
残りの四人もそれぞれ崩れ落ちたり抱き合って震えていて、談話室が騒然となった。
立ち止まり震えている男達に、五人を運び出せと命じる。
ひとり気まずそうな顔をしていた少女に、セリエナへの言伝を頼む。
「嫌味を言う為に、ミシェルの所まで来る必要は無くなったと伝えてくれ」
「それは・・・どの様な意味でしょうか」
震える声で聞き返してくる少女の顔も真っ青だが、気丈に振る舞っている。
「なに簡単な事だ。ミシェルから何度も聞かされているだろうが、クリスタルフラワーは俺が採取してミシェルに贈った物だ。王妃に献上された花もな。以後ブルメナウ会長からクリスタルフラワーが献上されることは無い」
「それは・・・」
「俺がブルメナウ会長に渡さないからだ」
一礼して震える足で談話室を出て行くが、娘の後を従者と思しき男が後を追っていく。
「ミシェル、迷惑を掛けたな。此れからは違う物にするよ」
「ユーゴ様、何時の間にいらしていたのですか?」
「ん、ミシェル達が談話室に来てからずっと居たぞ」
「えぇ~、全然気が付きませんでした」
「まぁ俺は冒険者だからな、野獣に見つからないように潜むのは得意なのさ」
嫌味女達が居なくなったが、俺とミシェルを遠巻きにしてひそひそ話が聞こえて来る。
振り向けばレオナルも半分腰が引けた状態ながら、精一杯に胸を張っている。
レオナルを手招きしミシェルと引き合わせる。
「知っていると思うが、ブルメナウ商会のミシェル・ブルメナウ嬢だ。長患いが癒えて学院に通えるようになったのだ。仲良くしてやってくれ」
「レオナル・ウイザネスです。ユーゴ様のお知り合いとは存じませんでした」
遅ればせながらドヤドヤとやって来た、学院長代理を含む学院関係者や警備の男達。
「何事ですか! 不審な者が居るとの報告を受けましたが」
「学院長代理、見慣れぬ私を不審者と勘違いをした者が騒ぎ立てただけです。既に騒ぎも収まっておりますが、ご迷惑をお掛けしたことをお詫びいたします」
優雅にはほど遠いが、ゆったりと一礼しておく。
「フェルナンド男爵様でしたか。ヘルシンド宰相閣下のお許しとは言え、余り騒ぎにならないようにお気を付け下さい」
もう一度深々と一礼して「以後気を付けます」と殊勝な顔で返事をしておく。
学院長代理達が談話室から出て行ったのでやれやれだ。
「ただ話しているだけで、どうしてあんな騒ぎになるんだ? 貴族の娘ってあんなに気が弱かったか?」
「ユーゴ様が絶対に何かやったでしょう。皆から色々と聞いていますよ」
「おいおいレオナル、ハリスンやホウル達から何を吹き込まれたのかは知らないが、冒険者の戯言を余り信用するなよ」
あの野郎共め、余計な事を吹き込んでいたら許さん!
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